入国検査
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僕の目の前に広がるは壁。
ただそれだけ。
もはや見る必要性を感じず、こんなものに脳の処理を使うのは無駄でしかない。
今、その分のリソースを全て耳へと回し、後ろで着替える真多子達の様子を音だけで窺っている。
これは決して僕が助平だからだとかではない。
何かあった時に、僕が出遅れては困るだろうという男気だ。
誓ってもいい。
本当だ。
「う~ん、そろそろミーちゃんの学生服も買い替え時かな? だいぶ小さくなってきたよね」
「ノープロブレム! ミーよりも、お姉さまの方を気にするべきデース!! 特に上半身のところとか……」
上半身、つまり胸部ということだろうか。
それを気にする必要がある、となると大きくなって窮屈なのだろう。
これはいけない。
あとで、僕の目でしっかりと確認する必要がある。
もちろん、大切な仲間のコンディションはいつだって気を遣うのは当然だろう。
全然卑しい気持ちはない。
僕は全神経の集中を注いだ耳で、布擦れ一つ洩らさず聞き取ろうと気を張る。
「おう、タコロウいるか!」
「どひゃぁッ!!」
ずっと背中の方へと注意していたものだから、隣の伝声管から不意打ちのように飛び出す声に驚いた。
これではまるで、僕が卑しい気持ちを持っていたようじゃないか。
兄貴が悪いわけじゃないが、間が悪い。
「ご、ゴホン! いるよ、兄貴」
自分の体温が一気に上がっていくのが分かる。
きっと耳まで真っ赤に違いない。
僕の顔を見ているのが、この何も無い壁だけで助かった。
「あん? まぁいいか、ともかく列に並んだぜ。 なんか向こうから人が来てるみてぇだが、あれが係員ってやつか?」
そういえば、着いたらまた呼ぶと言われていたのだった。
今の情けない顔を見せない様にカニ歩きで窓辺までにじり寄ると、顔を出して外の様子を眺める。
兄貴の言った通り、列の前の方から誰かがやって来ていた。
きちんとした身なりに、中央の国章が付けられた帽子。
学生時代から長期休みの度に見ていた光景なので間違いない、あれが検査の係員だ。
「あの人で間違いないよ、兄貴。 僕は対応のために、ちょっと外に出て来るよ。 何か用があったら運転席から直接呼んでね、聞こえると思うから」
「ま、気長に待っとくわ。 任せたぞタコロウ」
どうやら係員の対応は僕へ丸投げを決めたらしい。
兄貴達が喋ると外周国の人間だとすぐにバレるため、その方がコチラも都合が良い。
「聞いてたか二人共? 係員に中を確認されるかもしれないから、大人しくしてるんだぞ」
車内へ頭を引っ込めると、まだ着替えている真多子達へと振り向かずに声を掛けておく。
間違って振り向きでもしたら、また星美の右手が火を噴くだろう。
再びカニ歩きを始めると、簡易補修の施された後部扉へと近付いていく。
夜中に真多子がブチ開けて来たので、たてつけが少々調子悪いのだ。
「ふふ、もうこっち向いても大丈夫だよコーちゃん。 あんまり気を使わなくてもいいのに~」
「ノーゥ! ダメですよお姉さま!! タコロウは甘やかすとどんどん助平になりマース!!」
(生意気なお子様め……真多子に変なことを吹き込むんじゃない)
文句を言ってやりたいところだが、ここは大人の男としての余裕を見せるために星美の発言は無視しておく。
子供の言うことに一々反応していては、真多子に同レベルのやつだと思われてしまいかねない。
ここは検査係員への対応を円滑に終わらせることで、名誉回復する作戦でいこう。
(あとで真多子が褒めてくれたからって、嫉妬するなよおチビめ……!!)
無言の抗議として扉を強めに閉めると、蒸気屋台の外で係員がやって来るのを見守る。
数人ほどが別々の馬車の戸を叩き、数台まとめて検査しているようだ。
丁度手の空いた検査係員の一人が、僕達の蒸気屋台の前へと足を運ぶ。
「見慣れない馬車だな。 引き手はどいつだ? しっかし、午の国にこんなものあったか……?」
「あぁいえ、僕達は巳の国から来たんです。 これは蒸気で動く乗り物なもので、運転手はいても引き手はいないんですよ」
「ほぉ、自動車みたいなものか……他国で乗られているなんて珍しいな」
中央を囲む干支連合12カ国は、一部を除きどこも馬車や駕籠が主流である。
機械の力を使わなくとも、魔人類の鍛えた足腰があれば事足りてしまうからだ。
僕達のように引き手の居ない乗り物でここまで乗りつける者は、極少数で稀なのだろう。
係員は物珍しいという好奇の目を隠すこともなく、ジロジロと『ヤタイヤタイヤ』を眺めていた。
引き手の有無は、そのまま力ある魔人類がいるかどうかに繋がる。
中央の彼らにしてみれば、機械とは非力な者の補助としての印象が強いからだ。
おかげで、中の皆を通すための検査がかなり緩くなると踏んでいる。
「それにしても巳から来たか。 まだ真夏には早いだろう、何用だ?」
この質問をされるのは勿論想定していた。
そもそも僕達だって中央への便が無くて困っていたくらいなのだから。
「これ、実は中が屋台になってまして。 僕と仲間で作り上げたコイツの料理を寮の旧友にも味わってほしいなと思ったんですよ。 それに旅立ってから久しいですからね、時期をズラしてゆっくりしたかったですし」
「寮……キミ、転生者だったのか。 ふむそうか、まぁこんなもの思い付くのは転生者くらいだもんなぁ。 一応照会するから学校と卒業年度を言いなさい」
僕が中央学校に通っていたことが分かった途端、係員の対応が少し柔らかくなった気がする。
この係員も転生者なのだろう。
僕へ同郷の繋がりを感じているのかもしれない。
もっとも、僕は転生者ではないのだが。
「第八学校の二年前の卒業生です。 あの申の方角にある寮ですよ」
「二年前か、それなら手持ちの名簿にまだ載ってるな……えぇっと」
係員は懐から分厚い本を取り出すと、指を舐めてからペラペラ小気味良く捲っていく。
転生者達は何故かこういう書類に逐一まとめていくのが好きな傾向にある。
面倒なことだが、時には証拠として残るので助かっていた。
「あ~と、よしあった! それじゃ、指紋見比べるからこの紙に押してくれ」
本の後ろに挟んでいた薄紙を一枚抜くと、係員はインクと共に僕へと渡してきた。
指の跡が一人一人違うことを利用する方法らしいが、よくこんな事を思い付くものだ。
僕は親指の平を使って薄紙にクッキリとした跡を残す。
「右手親指、これで間違いないかと」
「どれ……うん、いいでしょう。 とりあえずキミは問題ないようだね。 ところで中には誰が乗っているんだい?」
「巳の国で気の合った仲間を三人ですね。 前に一人、後ろに二人ですので中を確認してください」
僕がそう言って後部扉の方へと先導する。
真多子は腕を隠しているし、星美は子供。
兄貴は歯を見せなければ普通に見えるし、問題はないはずだ。
「おはようございま~す! コッチはアタシ達だけだよ~」
扉を開くと、私服に着替えた真多子が出迎えてくれた。
星美は彼女の後ろに隠れて様子を見ている。
いかにも無害そうな女子二人組という感じだ。
即興ながら、中々に上手い役作りだろう。
「やぁどうも。 一応、決まりだから中を確認させてもらうよ、お邪魔するねお嬢さん方」
隠れている者がいないかざっくりと見渡し、ソファーの中や洋服入れなどの人が入れそうな所を開いていく。
「それじゃ失礼したね」
一通り確認し問題がないと分かると、係員は真多子達へ軽く会釈をして出ていく。
とりあえずなんとかやり過ごせたらしい。
検査係員は運転席に少し顔を出したら、そのまま後ろの列へと去って行った。
「ふぅ、みんなお疲れ様。 あぁ真多子は腕を隠したままにしてくれよ。 中でも人目があるからな」
「おっけ~。 はぁ、ドキドキしたね~! バレないか心配しちゃった! アタシ顔に出てなかったよね?」
「パーフェクト!! 怪しまれなかったのはミーの名演技のおかげデース!! 未来のスターに出来ないことなどありまセーン!!」
どこからその自信が湧いてくるのか疑問である。
僕が中央学校の出だと伝えたから、ここまで緩い検査で済んだというのに。
だが、喜んでいる所に水をさすのも格好悪い。
僕は聞かなかったことにして流しておいた。
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