第96話 海を越える
ライズ達は蒼く澄み渡る海の上を飛んでいた。
「いやー、ドラゴン馬車とは凄いものですなぁ!」
豪勢な衣装を纏った男性が興奮しながら眼下の海を見下ろす。
「あまり身を乗り出すと落ちてしまいますよカーナヴィ伯爵」
ライズが注意すると、カーナヴィ伯爵と呼ばれた男性は恥ずかしそうに椅子に座りなおした。
彼の名はアドヴァ=カーナヴィ。海を越えた先にあるフォルトレス大陸の国家、シーフリート国の伯爵であった。
「いやいや、お恥ずかしいところをお見せした。なにしろ空を飛んで海を渡るなど初めての経験ですからな」
初老に差し掛かった年齢ながら、カーナヴィ伯爵は子供の様にキラキラとした目でドラゴンと上空から見る海を見つめる。
「はるばる船に乗ってこちらの大陸にやってきたは良いが、仕事が終わっていざ帰ろうとしたらシーサーペントの群れが沖に現れて退治するには何ヶ月もかかると言われた時はどうしたものかと困惑したものです」
この世界には魔物が存在する。
通常の獣と違い、力、速度、知恵、魔力、全てにおいて上をゆく危険な生物だ。
人間達はこれらの魔物と戦いながら生活圏を広げてきた。
騎士団や衛兵、果ては民間人である冒険者によって魔物から人々は守られ、町から町へ行き来する魔物も間引きされてきた。
今では街道を行き来するくらいなら少人数の護衛でも良いくらいに。
ただしそれは地上での話だ。
海上となると状況は大きく変わってくる。
海で遭遇する魔物は、周囲の全てが自分にとって有利な戦場であり、逆に人間にとっては海上に現れたときくらいにしか攻撃のチャンスはない。
更に海の魔物は環境が良いのか、体が大きくなりやすい。
大きいという事は、それだけで脅威だ。
ただ体当たりするだけで人間の乗っている船が転覆しかねない。
しかも相手は早く小回りが効く。
そして性質の悪いことに、魔物達は危なくなったら海の中に逃げる事ができるのだ。
どれだけ追い詰めても、後一歩で逃げられてしまったらもうなす術はない。
そうした事情から、海で魔物の群れが現れたら全滅させるまでに長い時間がかかる。
さらに本当に全滅したのかを確認するための時間も必要な為に、さらに解決には時間がかかるのだ。
そうした理由から、船乗り達は魔物の居ない海域の情報を注意深く集める。
海岸沿いに移動する船乗り達はその情報を頼りに魔物の居る海域を避けて交易を行ってきた。
ただこれも、同じ大陸の町同士での交易と、海を隔てた他の大陸との交易では大きく事情が変わる。
なにしろ大陸間の移動には時間がかかる。更に魔物の分布を調べようにも、沖に出れば周囲には目印になるものが何も無い。
夜間なら星を見ればある程度は現在位置が理解できるが、日中ではそうもいかない。
その為、大陸間での貿易の航路に魔物が出た場合、数ヶ月をかけて完全な魔物の駆除が必要とされていた。
「ライズ男爵のおかげで国王陛下をお待たせせずに済みそうだ。誠に感謝いたします」
カーナヴィ伯爵は、格下の名誉男爵であるライズに対しても丁寧な態度を崩さない。
通常の貴族なら平民あがりである名誉貴族など貴族ではないという空気を匂わせるものだが、カーナヴィ伯爵からはまったくそんな気配は漂ってこなかった。
「こちらにも利益のあるお話です。それに代金は国から頂いておりますから、お気沖になさらないでください」
そう、カーナヴィ伯爵を運ぶ依頼は、テンド王国からの正式な依頼であった。
デクスシの町に戻ったライズ達であったが、仕事を再開して数日も半月も経たない内にレティから騎士団経由で仕事の依頼が入ったのだ。
王都への移動距離を考えると、ずいぶんと早いと訝しんだライズであったが、その理由はレティにあった。
彼女はライズ達が封魔の術宝を取り戻す為、王都に向かう旅に同行した。
そしてライズ達が術宝を取り込んだスパイを倒して町に帰る前に、マルド元団長から通信用のマジックアイテムを渡されたとの事だった。
(表向きは迅速に報告ができる様にとの事だったけど、本命はこっちなのは間違いないよなぁ)
ライズの予測どおり、そのアイテムが至急されたのはマルド元団長と国王達の策略であった。
国家の有事の際、迅速にライズの力を借りるための窓口としてマジックアイテムをレティに提供したのだ。
(通信用のマジックアイテムって国家機密だよな普通)
予想以上に自分が国に利用されていると感じたライズであったが、いざとなったら魔物達を連れてトンズラすればよいかと判断してあえて国に利用される事を受け入れた。
(俺を利用するって事は、俺が居なくなったら困るって事だ。となればフリーダ団長もうかつには動けないし、他国のスパイから本気で俺を守るためにマルド元団長の指示を受けざるを得ないだろう)
ライズもまた、利用されるだけでなく、こちらも国を利用する事を選ぶ。
具体的には依頼料の吹っかけである。
(それに、カーナヴィ伯爵からは個人的に約束も取り付けられたからな)
ライズはちらりと自分の後ろに座るラミアを盗み見る。
不安と期待の入り混じった複雑な表情だ。
(海を隔てた国なら、ラミアの情報を教えてくれるラミアの集落があるかもしれない)
ソレこそが、ライズが真に国に利用される事を受け入れた本当の理由であった。




