第61話 森の魔獣
「とど……め、だぁぁぁぁぁ!!」
聖騎士の一人がフラフラになりながら魔物に止めの一撃を放つ。
最後の一体となっていた魔物が遂にその活動を止め、大地に倒れ伏した。
「はぁ、はぁ……やっと終わった……」
剣を杖にして膝を付く聖騎士。
彼等の周囲には十数体の魔物の死体が転がっていた。
これらは全て彼等が倒した魔物である。
不要な戦いを回避する事も無く、バカ正直に出会った魔物と全て戦っていたのだ。
それというのも。
「お怪我はありませんかドライアドさん!」
全身を傷だらけにしつつも元気いっぱいのエディルがドライアドに向かって笑顔で話しかける。
正直に言って血まみれの男が荒い息使いをしながら笑顔で話しかけてくる光景はちょっとしたホラーである。
「ええ、大丈夫ですわ。お陰で沢山薬草が取れましたの」
「おお、それは良かった!」
この調子である。
薬草を求めてフラフラと大魔の森の奥深くへと進むドライアド、そして彼女に良い格好を見せようとがむしゃらに戦う上司。
既に聖騎士達は体力と気力の限界に達しようとしていた。
「隊長、そろそろ撤退の指示を。これ以上は我々が持ちません」
耐えかねた副長がエディルに提言する。
しかしエディルは副長の発言を臆病風に吹かれたと判断する。
「何を情けない事を。ドライアドさんを見ろ。こんな森の奥深くまで来てもピンピンしているではないか!」
(そりゃその子は戦ってないからだろうが)
しかしここで彼等は気付くべきだった。
エディルの言うとおりドライアドがピンピンしている異常さを。
いくら戦っていないとはいえ、ドレスを着た女が足場が悪く危険な魔物が多く生息する森の中を歩いて平然としているという非常識な状況に。
だがそれに気付いたとしても、恋で目が曇ったエディルでは冷静な判断は出来なかっただろう。
そこで副長は切り口を変えてエディルを説得する事にした。
「ここに来るまでに戦ってきた敵を考えれば、撤退時にも同等の敵と遭遇する危険があります。その場合疲労しきった隊員達では行き以上に苦戦する事は明白です。これ以上奥に入るというのでしたら、非戦闘員である女性を連れて進む事は避けるべきです。一旦戻って十分な準備を整えてから再度挑むべきでしょう」
進むという事は、帰るという行程も考慮しなければならない。
現在の疲弊した状況でこれ以上進む事は自殺行為に他ならなかった。
「むぅ……」
さすがのエディルも副長の言葉の意味が理解できないほど目が曇ってはいなかった。
一瞬残念そうに目を伏せたが、直ぐに気を取り直してドライアドに向き直る。
「申し訳ありませんドライアドさん。準備が整っていない以上、今回はこの辺りで撤退するべきです。幸い十分な量の薬草は確保できましたので」
ドライアドに対して弱気な姿勢を見せるのは躊躇われたエディルであったが、全滅しては元も子もないとドライアドに対して説得を試みる。
本来なら依頼主であるエディルが腰を低くするのはおかしな事なのだが、惚れた弱みがある以上はエディルに勝ち目は無かった。
「あらそうですの? それは残念ですわ」
幸いドライアドはエディルの言葉を素直に受け入れてくれたらしく、撤退に対して文句を言う事は無かった。
「ライズ様ならここで撤退する事無く森の反対側まで抜ける勢いで薬草の採取を続けるのですが、エディル様はライズ様とは違いますから仕方ありませんわね」
「っ!?」
ようやく帰れると安堵した部下達だったが、ここで特大の地雷が踏み抜かれる。
「ライズ=テイマーなら……?」
ライズを敵視するエディルに対し、自分の思い人が大嫌いな男の方が優れていると明確に発言した事は、エディルにとってこれ以上無い屈辱であった。
一切の挫折を知らず、エリートたる聖騎士として積み上げられ続けてきた高いプライドを傷つける発言、それに追加して疲労の限界で正常な判断力が失われていた事も災いした。
「は、はははっ、何をおっしゃいますドライアドさん。あくまでも安全を期しての撤退ですよ。我々騎士団が本気を出せば森の反対側に脱出どころか反転して往復だって出来ますよ!」
売り言葉に買い言葉。ライズへの対抗心からエディルは出来もしない事を口に出してしまう。
「ちょ、隊長!? 何を言ってるんですか! 本気にされたらどうするんです!」
慌てて止めに入る副長。
「軟弱な事を言うな! 我々は王都の神殿に使える聖騎士隊だぞ! 魔物使いごときができる事を我々にできない筈が無かろう!」
「相手はドラゴンを従える魔物使いですよ! 我々と同じに考えてはダメです!」
「我々があの男よりも劣っているというのか!?」
ライズへの対抗心で感情的になったエディルが声を荒げる。
「向こうにはドラゴン以外にも多くの魔物が居ます! 準備が無ければこちらの方が不利なのは当然ですよ!」
普段なら上司に逆らうことも無く従う副長だったが、命が掛かった状況ではそうも言っていられなかった。
しかしここで彼等は1つの過ちを犯した。
熱くなりすぎた所為で周囲への警戒を怠った事、危険な森の中で大声をあげ続けた事だ。
森の中に激しい振動が響き渡る。
「な、何だ!?」
突然の衝撃にエディル達は口論を忘れて周囲を見回す。
そして彼等は気付いた。
自分達を見下ろす存在の姿に。
「こ、こいつは……!?」
それは巨大な獅子だった。
しかし普通の獅子ではない、獅子でありながら口の両端には鮫のような三本の歯が生えており、その顔は人間のように表情が形作られていた。
その表情は、獲物を見つけた捕食者が浮かべる喜びの表情だ。
獅子が近くに居た聖騎士に長い尻尾を振るう。
とっさに盾を構える事に成功した聖騎士だったが、盾はまるでクッキーの様にカチ割られ聖騎士の身体をいともたやすく吹き飛ばす。
「なんて尻尾だ!」
見れば獅子の尻尾の先端はまるでメイスの様に膨らんでおり、その先はまるでスパイクのように太くて長い針が何本も付いていた。
「あら、あれはマンティコアですわね。尻尾の針には毒がありますからお気をつけくださいまし」
毒と聞いて即座に聖騎士達が盾を構えて吹き飛ばされた仲間を囲む。
そして内側に入った聖騎士の一人が倒れた仲間に対して毒消しの魔法を唱えて治療する。
「針を飛ばす事も出来るので気をつけてくださいね」
他人事の様に気楽にアドバイスを飛ばすドライアド。
「総員防御魔法を展開しろ!」
「ダメです、全員魔力が残っていません! これ以上魔法を使ったら意識を失います!」
「何だと!?」
想定以上に部下達が疲弊してた事に驚くエディル。
しかし敵はこちらの事情などおもんぱかってはくれない。
マンティコアは再び長い尻尾をしならせてエディル達に攻撃を放ってくる。
守りに徹した聖騎士の盾が再び破壊される。
「負傷は!?」
「ありません!」
毒針が刺さってないかの確認に盾を破壊された部下が応える。
「総員撤退!盾を持っている者と長物を持っている者は陽動をしながら下がれ!」
エディルの指示に従い、大きめの盾を持つ聖騎士が殿を勤め、その後ろに槍や弓を持った聖騎士が位置取る。
マンティコアに対して弓を持った聖騎士が矢を放つ。
マンティコアはその攻撃を回避して再び尻尾を叩きつけてきた。
聖騎士が盾を犠牲にしてその攻撃を受け止める。
今度の盾はさすがに大きめの盾だけあって一度の攻撃では破壊されなかったが、二度三度と攻撃されればどうなるか分からない。
実践を考えた質実剛健な盾ならばもっと耐えられたのだろうが、聖騎士達の盾は見栄えをよくする為に性能を犠牲にしていた。その為に盾とは思えないほどに脆かったのだ。
「ドライアドさん、部下が護衛しますので走ってください」
「エディル様はどうされますの?」
「私はこの魔物を倒してから戻ります」
エディルがドライアドの前に立って剣を構える。
複数の聖騎士が弓でマンティコアを攻撃、その攻撃を全て避けたスキを狙って槍を持った聖騎士がマンティコアの体に手傷を負わせる。
だがその身体に届く前に太く硬い毛皮によって威力を大幅に減衰させられてしまう為、大したダメージにはならない。
「急いでください」
盾を破壊され槍を持たない騎士達がドライアドを急かす。
「魔法が使えずとも武器はある! 相手の攻撃に当たらない様に回避に徹しながら削れ! そうすれば時間は掛かろうとも確実に倒せる!」
エディルの指示に従い、部下達は回避に重点を置いた戦術で戦いを進めてゆく。
この流れならば時間は掛かるだろうが勝利を得る事は可能だろう。
誰もがそう思った。
約一名と一匹を除いて。
「あらあら、その戦い方では全滅してしまいますわよ」
ドライアドが呆れた様につぶやく。
「はっ?」
その小さな呟きを聞く事の出来た聖騎士が首を傾げる。
何故優勢な自分達が負けるというのか?
聖騎士の疑問に気付いたドライアドは、彼に蠱惑的な笑みで微笑みながら答える。
「だって、あの魔物は一匹でだけですもの」
その通りだった、しかしそれならば敵を倒すのは容易なのでは? そう聖騎士は考える。
「でも、生き物ならつがいが居ると思うべきなのでは?」
一瞬、ドライアドの言葉の意味を理解しかねた聖騎士だったが、直ぐにその意味を察した。
しかし、その気付きはあまりにも遅かった。
森の中に新たな咆哮が響く。
「嘘だろ……」
ドライアドの説明のお陰で、唯一状況を正しく理解できた聖騎士が絶望的な顔を見せた。
彼の視線の先には、森の奥から次々とやってくるマンティコアの群れの姿があったのだった。




