第48話 恐怖の猫人間
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
シーサーペントの巨体が吹き飛ばされる。
それを行ったのは、猫の頭をした人型の何かだった。
獣人? 否、その存在の体は獣人特有の毛に覆われてはおらず、尻尾も付いていなかった。
完全な人間の体である。
そう、身長にして175Cm程度の中肉中背の体が自身の10倍はあろうかという巨体を二度も吹き飛ばしたのだ。
「全員構え!」
敵の出現にリザードマンの長ゲルドは迅速に指示を出す。
「今度こそコイツを倒すぞ!」
ゲルドと前衛の戦士達が槍を構え、後衛の戦士達が弓をつがえる。
「今度こそ倒された同胞達の敵を討つぞ! 後衛が弓を放ったら槍兵は突撃。その後即座に左右に散開して弓兵の狙いを妨げるな!」
「「「了解!」」」
「狙いよし!」
後方から準備が整った事の報告が聞こえる。
「弓隊、放て!」
ゲルドの号令に後方から幾つもの矢が放たれた音が重なり、大きな合唱となる。
そして矢は天上より舞い落ちる雨のように猫人間に襲い掛かった。
「よし、突撃!」
矢が猫人間に命中する前にゲルドは突撃指示を出す。
対象が回避した直後の硬直した状態を狙う為だ。
そして矢が猫人間に降りかかる。
だが猫人間は矢を回避するそぶりも見せずに立ち尽くしている。
リザードマンの迅速な対応に対処出来なかったのか?
答えは否だ。リザードマンの放った矢は、猫人間の体に命中こそしたものの突き刺さることなく弾かれてしまった。
「おぉぉぉぉぉぉっっ!!」
だがゲルドはその光景に臆する事無く槍を突き出す。
他のリザードマン達も同様に猫人間に襲い掛かった。
十数本の槍が猫人間の身体に突き刺さった……かに見えた。
「何!?」
だが、猫人間の体には傷1つなく、その手には一本の槍が半ばからへし折られた状態で握られていた。
そして半ばから折れた槍の柄には、他のリザードマン達が放った槍の穂先が突き刺さっていた。
「ば、馬鹿な!」
ゲルドは気付く、猫人間が持っている槍の穂先は、長である自らだけが使う事を許されたモノである事を。
そして己の持つ槍が、半ばで叩き折られていた事に。
「い、いつの間に」
驚いたのはゲルドだけではなかった。
自らの渾身の一撃を軽々と受け止められた事に彼等は少なからず衝撃を受けていた。
「長っ! 避けてくださいっ!」
「っ!? 全員散開!!」
後方からの怒声で正気に返ったゲルドが指示を出し右に飛ぶ。
一拍遅れて部下達も左右に飛んで避けると、再び猫人間に矢の雨が降り注ぐ。
「今度はどうだ!?」
一度失敗した攻撃が効く訳が無い。そう理性が理解していても、心はかすかな希望に縋る。
そして、希望は無残に打ち砕かれた。
猫人間の身体にはかすり傷1つついていなかったからだ。
ただ立っていただけだと言うのに。
「……」
猫人間が折れた槍を捨てて、正面に位置する弓兵達に向かって歩き出す。
「っ! いかん! ヤツを止めろ!」
矢をつがえなおしている弓兵を守る為、槍兵達が猫人間に襲い掛かる。
すでに身を守る為の槍を捨てている為、今度は防御が出来ない筈だ。
そして左右からの屈強なリザードマン達による、人間以上の膂力による槍衾。
コレならば敵も耐えようが無い。
そう、リザードマン達は信じようとしていた。
どうしようもない程の不安を胸の内に秘めながら。
そして、その予感は正しかった。
リザードマン達の槍は猫人間の体を貫く事無く無残に砕け散った。
それは、まるで石に柔らかい果物を叩きつけたかの様だと、ゲルドは場違いにも感じてしまった。
猫人間が進む。
武器を失ったリザードマン達が一瞬どうやって止めようかと戸惑う。
それがいけなかった。
猫人間の姿が突然彼等の視界から消えたのだ。
「っ!?」
一瞬で姿の見えなくなった猫人間に驚くリザードマン達。
そして次の瞬間、轟音が轟いた。
轟音の発生源となった場所は、先ほどまで彼等が居た場所だ。
つまりは、弓兵達が居た場所のすぐ隣という事だ。
「はっ!? 弓兵は!」
慌てて弓兵の居る場所を見たゲルドは困惑した。
なぜなら先ほどまで弓兵達が矢をつがえていた場所には誰も居なかったからだ。
否、一人だけ居た。
猫人間だ。
そこには猫人間だけが立っていた。
「ゆ、弓兵は!?」
突然姿の見えなくなった仲間の生死を確認する為に周囲を見回すゲルド。
「う……うう……」
弓兵達は彼等が先ほどまで居た場所から更に後方で倒れ伏していた。
「一瞬で全員があそこまで吹き飛ばされたのか!?」
戦慄するゲルド。
不幸中の幸いだったのは未だ死者が居ないことか。だがこのままでは間違いなく死者が出る事をゲルドは確信した。
その不安が的中するかのように再び猫人間が弓兵達に近づいてゆく。
「止めを刺すつもりか!? 皆の者、なんとしてでもヤツを止めろ!」
ゲルドは戦力で猫人間にタックルをするが、猫人間は意にも介さないで進んでゆく。
「このぉぉぉぉ!!」
「止まれぇぇぇ!!」
武器を失ったリザードマン達がタックルをしたり羽交い絞めにしたりと猫人間の歩みを止めるべく抵抗をする。
だが猫人間はしがみついたリザードマン達を引きずったまま歩むのを止めない。
「くそっ! なんて力だ!」
だがさすがの猫人間もまとわりつくリザードマンをうっとおしく思ったのか、無造作にしがみつくリザードマンとつかむと、乱暴に放り投げた。
もっとも、ソレは猫人間の感覚であり、実際に投げられたリザードマンには、凄まじい力で引き剥がされた後、とんでもない勢いで投げつけられたといっても過言ではなかった。
そして次々とリザードマン達を放り投げ、遂には最後まで残っていたゲルドまでも投げつけられてしまった。
「ぐぅっ! ……う……」
あまりの痛みに体を動かす事が出来ない。
そうこうしている間にも倒れた弓兵達の下へと猫人間が歩みを進めてゆく。
このままでは弓兵達が止めを刺されてしまう。
しかしどれだけ力を入れようとしても体は思うように動かない。
「だれか……」
誰か助けてくれと、切にゲルドは願った。
そしてその願いは唐突に叶った。
「どっせぇぇぇぇい!!」
虹色に輝く巨体が、真横から猫人間の小さな体にぶつかったのだ。
コレには猫人間もたまらない。
どれだけ強靭な肉体を持ち、圧倒的な攻撃力を持っていようとも、自身の10倍の質量の物体が猛スピードでぶつかってくれば堪えきれずに体が吹き飛んでしまう。
それは、猫人間の体の重さが人間のソレと大差ないが故の、加速エネルギーがもたらした当然の結果であった。
「今のうちに仲間を連れて撤退だ!」
ゲルドの目に映ったもの。
それは、虹色の巨大な蛇の勇姿であった。




