第35話 沼に住まう者
町の酒場で歌い手として働く事となったセイレーンから、リザードマンより依頼を申し込まれたとの報告が舞い込んできた。
「主様の許可がなければ依頼は受けれないと言っておきましたので、リザードマン達との交渉は主様にお任せ致します」
と、セイレーンは依頼を申し込まれた事を告げた後、自分達が仮の宿とするウィーユス河へと帰って行った。
セイレーン個人としてはライズのそばに居たいのだが、彼女は水がなければ生きていけない魔物。その為否が応でも夜はライズの元を離れざるを得なかったのだ。
予断ではあるが、ライズの牧場にも水場が無い訳ではない。
牧場内には水の魔物ケルピーが自分の生息域にする為に改良した泉があったのだが、ソレはあくまでもケルピーの家、ほかの魔物が暮らすには少々手狭であった。
その為、ほかの魔物達が暮らせる土地を確保できるまではウィーユス河に暮らして貰うしかなかったのだ。
「リザードマンか……確かクラーケン達がこの町に来る時にも襲い掛かってきたとか言ってたっけ」
さすがに報復の為に依頼のフリをして声をかけてきた訳ではないだろうが、一抹の不安を感じずには居られないライズであった。
「どうされるんですかライズ様?」
ラミアがケルピーの出した水をライズに差し出す。
「そうだな、とりあえずは話を聞いてみよう。その上で依頼を受けるかどうかを決めるってとこだな」
「それが宜しいかと。護衛には私が付かせて頂きます。同じ爬虫類系の魔物ですから、緩衝材の役割を担う事ができると思いますから」
実際には種族が違えば同系統の種族でもあまり意味がなかったりする事の方が多いのだが、ライズの役に立ちたいラミアは彼の為に最悪自らが盾になるつもりで護衛を申し出る。
「分かった。頼りにさせてもらうよ」
もちろんライズもラミアの考えは理解している。
危険な事はして欲しくないし、させるつもりもなかったが、戦場で背中を預けた彼女達従魔の献身を素直に受け入れてやりたい主心もあった。
結果その優しさは影の部隊へのしわ寄せになるのだが、まぁそれについては本人達も進んで受け入れるのであまり問題はないだろう。
表も裏も、全ての魔物達の願いはライズの役に立つ事なのだから。
◇
翌日、ライズはラミアとユニコーンを引き連れてデクスシの町へと向かう。
正しくはデクスシの町の入り口前だ。
「リザードマンとの交渉、注意してよね」
交渉に同行するレティがライズに注意を促す。
今日のレティは騎士としての戦闘用簡易礼服ではなく鎧を纏っていた。
何も知らなければこれから戦いに赴くのではといった装いだ。
「大丈夫だって。リザードマンはむやみやたらに多種族に喧嘩を売ったりはしないから」
だが心配するレティをライズはやさしく勇めた。
「けどリザードマンは亜人といっても人間と闘った事もある種族よ。いざ戦いに発展するとウィーユス河は彼らの拠点として支配されてしまうわ。それにリザードマンはゲリラ戦にも秀でているって聞いたわ。危険度では普通の魔物よりも危険なのよ」
分類上魔物とは獣の因子を持つ者の事を言う。
単純なそして魔物には二種類が存在する。
動物型の魔物と、半人半獣の魔物だ。
そういう意味ではリザードマンは魔物に分類される。
だが魔物といっても多種族と交流できる知性を持ち、文化を築いている者は便宜上亜人に含まれる。
人ではないが人と同じようにコミュニケーションを取れる、人に類する存在と言う意味でだ。
そういう意味ではライズの従魔にも亜人は存在した。
もっとも、亜人もまた一般的な魔物と同じで人間と敵対する者が多々存在するため、通常の魔物と同じで危険な存在だと認識される事が多い。
ただし、獣の因子を持たない亜人からすれば、魔物と同一視する人間の認識は非常に不愉快なものだそうだが、それはまた別の機会の話である。
そういった事情から、リザードマン達との交渉は町の外で行われる事となった。
これは冒険者ギルドと町長からの要請だ。
「リザードマンは亜人の中でも人間との衝突の少ない存在だけど、でもそれは単純にお互いが積極的に接触しようとしなかったのが理由よ。リザードマンは自分達の縄張りである沼地に篭る習性があるし、人間も沼地に利益を見出せなかったからだわ」
レティは軍で学んだリザードマンと人間との歴史について思い出しながら説明をする。
ライズは魔物の生態については詳しいが、魔物と人類の歴史となると専門の教育を受けていない為スポーンと知識が抜けている事があるからだ。
「でね、過去にそんなリザードマンと何らかのトラブルが発生した際にはリザードマン達と大規模な戦闘が発生したらしいの。町長達が町の外で交渉して欲しいって言ったのも、リザードマンの価値観が分からないから、何が原因で交渉決裂するか分からないからよ」
「成るほどねぇ。歴史的観点から交渉を警戒してるって訳か」
ライズは納得した。
それと同時に、内心でレティの博識さにも舌を巻いた。
通常貴族はさまざまな勉強を行うが、レティの様に魔物である亜人との歴史まで詳しく知っている者はそうそう居ないからだ。
「レティは物知りだなぁ。俺もそんな魔物との歴史までは知らないからなぁ」
「こ、この程度貴族なら常識レベルの知識よ、アンタこそ魔物使いなんだから、詳しく勉強しなさいよ!」
などといっているが、実際にはそうではない。
レティの知識はライズとより深く仲良くなる為に彼女が夜遅くまで勉強した涙ぐましい努力の結晶なのだから。
もっとも、当の本人は歴史にはたいした興味が無い為にその努力は空振りしてしまっていた訳だが。
「あはは、そうだな。それじゃこんどレティに教えて貰うとするか」
「しょ、しょうがないわねぇもー」
(やった! 二人っきりでお勉強! 勉強しておいて良かった!)
しかし、今回に限ってはその努力が実を結びそうであった。
◇
ライズ達が待ちの入り口に到着すると、門の入り口は普段よりも兵士の数が多かった。
よく見れば城壁の上の兵士達も心なしか数が多い。
「リザードマンを警戒しているのね」
レティの言葉にライズが城壁上の兵士達が多い場所の真下を見ると、そこには緑色の尻尾を生やした魔物の姿があった。
そう、彼らこそがリザードマンであった。
リザードマン達はみなこし布を纏い、上半身は肩と胸を守る皮のブレストプレートを装備していた。
そして片手には骨でできた槍、もう片手には骨を板に貼り付けた盾を装備していた。
「ふむ、アイツが群れのリーダーだな」
ライズがリザードマン達の中の一体をボスと認識する。
「え? どれ?」
リザードマンの見分けが付かないレティにライズはそっと失礼にならないようにこっそり指を指す。
「真ん中のリザードマンだ。アイツだけ胸にネックレスをつけてる、おそらくアイツは戦士の中でも別格だからアレを付ける事を許されたんだ」
「ライズって歴史には疎い癖にそういう事には目端が利くわよね」
「種族によってそういうしきたりを持っている魔物は多いからな。そういう所に気をつけろって学んだんだ」
「ふーん」
表向きは興味なさそうに振舞うレティだったが、内心では誰から学んだのかが気になっていた。
(たぶん魔物使いの先生に習ったんだろうけど、昔の事は全然話してくれないのよね。いつか話してくれるのかしら)
過去を話して貰えない事、それはレティにとって自分とライズの距離感そのものだと思えてならなかった。
「じゃあ接触するか」
ライズは護衛として付いてきたレティとラミアの前に立ってリザードマンに話しかける。
「はじめましてリザードマンの皆さん。俺がご依頼を受けたモンスターズデリバリーの店主、ライズ=テイマーです」
ここにライズの店が始まって以来、初めての多種族との交渉が始まろうとしていた。




