第10話 ドラゴンの背中
デクスシの町を暗雲が覆う。
町の人々は雨が降る前に帰ろうと我先に家へと走っていく。
「降りそうですねぇ」
そんな空の下、ユニコーンの付き添いで老人達の腰痛治療にやって来たライズがつぶやく。
「そうだねぇ。今夜は嵐になるかもね」
ユニコーンの治療を受けている老婆が空の色を見ながら応える。
その顔は嵐への不安よりもユニコーンの治療による気持ちよさへの喜びを見せていた。
「そうなるとマズイですね」
しかしライズの表情は硬い。
「おや、何がマズいんだい?」
「ウチの事務所はなけなしの金で作った掘っ立て小屋なんで、嵐が来たら高い確率でぶっ壊れちゃうんですよ」
これは冗談でも比喩でもなかった。
ライズはデクスシの町で暮らす為に町外れの土地を購入したのだが、いかに市街地とはいえ、ドラゴンを始めとした広大な土地を購入するにはそれなりにお金がかかる。
彼は名ばかりとはいえ、苗字を持つ一代貴族である為、一般人の様に領主の土地に住まわせてもらうのではなく、貴族としてその土地を買い取る必要があったのだ。
勿論貴族とはいえ、土地の売買には問題やしがらみ、それにコネが必要となる。
そういう意味ではライズはコネも知識もなかった為、土地を借りる権利を購入したのだった。
これは王都に地方貴族がやって来た際に暮らす別荘屋敷を建てるのと同じ理屈であり、ライズもそれにならっての行為である。
そしてその代金には、領主に対する一種のみかじめ料も入っており、コネのある貴族なら不要なその金額も支払わねばならないがためにライズは金欠に陥っていた。
「あら大変ねぇ。毎年この時期はけっこう強い嵐が来るのよ。だからこの辺りの家は結構頑丈に作られてるんだけど、お店を作るときに親方は何か言ってなかったの?」
そう言われたライズは、掘っ立て小屋を建てる時に親方に似たような事を言われた事を思い出した。
只その時は嵐がこんなに早い時期に来るとは思わなかったのと、早く雨風をしのぐ場所がほしかったが為に格安の事務所を作ってもらったのだった。
「そういえば言われたような気が……」
「あらまぁ、けど、それなら早いうちに新しい家を頼んでおいた方がいいわね。この時期の嵐は一度や二度じゃないから。ちょうど親方の息子夫婦がそろそろ子供を産むから、今家を頼めば優先的に家を作ってくれると思うわよ。親方の息子さんもお金が欲しいでしょうしね」
「そうだったんですか」
どうやら大工の親方の息子もまた大工らしく、ライズは家を建て直すのに必要な金額を治療にやって来た老人達から教えてもらうのだった。
「お馬さんのお陰で季節の変わり目でも体が痛くなくてありがたいわぁ」
「馬ではないと言っているだろうが!」
老婆の言葉にユニコーンが抗議の声をあげる。
もはや老人達の治療における定型の会話だ。
「雨が降る日は古傷が痛むんだが、ユニ公のお陰で今年は全然痛みがねぇぜ!」
「変な略し方をするな!」
ユニコーンが再度抗議を行なうが、老人達はガハハと笑うばかりで取り合ってくれない。
彼のストレスは頂点に達しようとしていた。
だがそんな彼に救い主が現れる。
「おばあちゃーん」
幼女だ。
小さな幼女がライズ達のほうに向かって駆けてくる。
「あらあら、メイちゃんどうしたのー?」
老婆が孫に対して猫撫で声で質問する。
「そろそろ雨が降るからおばあちゃんを読んで来なさいって」
どうやら老婆を迎えに来たようだ。
「あらあら、ありがとうね」
治療を済ませた老婆は立ち上がり孫の手を取る。
「それじゃあこれは今日のお代ね。またお願いにお馬さん」
「だっ!」
「またねお馬さん!」
「うむ! いつでも来るといい!」
老婆に抗議しようとしたユニコーンだったが、幼女の言葉に嬉しそうに応える。
彼は幼女さえ居ればどうでもよいのだ。
「じゃあ儂等も帰るとするかの」
老人達も次々と帰ってゆく。
「そんじゃ俺達も帰るか」
「うむ」
ライズ達もまた雨が降る前に我が家へと向かう。
「そろそろ金も貯まってきたし、新しい家を考えるのもありだな」
「その前に今の掘っ立て小屋が吹き飛ばないと良いがな」
ユニコーンがブヒヒンと笑う。
「だ、大丈夫だろ」
ちょっと自信なさげにライズは答えた。
◆
「やばいなぁ」
ライズは掘っ立て小屋の中で不安げにつぶやいた。
彼等が牧場に帰ってきた頃に合わせる様に雨は降り出し、ライズは慌てて掘っ立て小屋の中に逃げ込んだ。
小屋の中にはラミアはハーピーといった人型の魔物に雨が苦手なサラマンダーの様な魔物が避難してきていた。
そして時間が経過する毎に、雨は強さを増し、風が吹き荒れ、掘っ立て小屋がギシギシと悲鳴を上げ始めた。
既に隙間からは雨漏りが始まり、桶を置いて床濡れを防いでいる。
だがこのままではいつ屋根が吹き飛ぶか分かったものではない。
と、そこで突然掘っ立て小屋が上げる悲鳴が消える。
「あれ? もう嵐が終ったのか?」
不自然に止まった掘っ立て小屋の悲鳴を不思議に思ったライズがドアを開けると、そこには大きな壁が立っていた。
「これは!」
それは壁ではなかった。
大きな鱗の集合体だ。
鱗は時折脈動して揺れている。
「ドラゴンか」
そう、掘っ立て小屋の前に立っていたのは彼が使役するドラゴンであった。
「この小屋の悲鳴が煩かったのでな」
などといいながらドラゴンは自分の体を盾にし、翼を傘に変えて横殴りの雨風から掘っ立て小屋を守っていた。
彼のお陰で掘っ立て小屋が倒壊を免れたのは間違いない。
「悪いな、気を使わせて」
「かまわん、どうせする事も無い身だ」
ドラゴンの言葉に自分は役立たずだという自重を感じるライズ。
彼のコンプレックスは根深い。
「いや、本当に助かったよ。ありがとう」
ドラゴンを慰める為、そして本心を伝える為にライズはドラゴンに感謝の言葉を述べた。
「ふっ、気にするな」
ドラゴンの寂しげな笑みに、ライズはなんとかして彼に仕事を見つけてあげたいと思う。
何か、彼にしか出来ない仕事はないものかと。
そんな時だった。
掘っ立て小屋の壁がドンドンと再び悲鳴を上げた。
最初は風向きが変わって風雨の直撃を受けたのかと思ったライズだったが、外に居る自分がドラゴンのお陰で濡れていない事に気付き、その悲鳴が自然現象ではないと気付いた。
「はーい」
ライズがドアを開けると、そこにはずぶ濡れになった大工の親方の姿があった。
「親方さんじゃないですか。一体どうしたんですか?」
いかに町からそう遠くないとはいえ、風雨が激しい中を歩いてくるのは非常に危険な行為だ。
嵐で吹き飛んだ建物一部が飛んでくる恐れもあるし、嵐の日を狙って現れる危険な魔物も存在する。
町の入り口からそれほど離れていないこの牧場に来るだけでここまでずぶ濡れになっているのがよい証拠だ。
「頼む! 馬を! お前さんの所の馬を貸してくれ!」
しかし親方はそんなライズの心配など聞えなかったかのように、彼にすがり付いてきた。
「落ち着いてください」
親方の勢いに驚いたライズであったが、戦場で幾度もピンチを乗り切ってきた彼は即座に冷静になって親方に質問をする。
その手で後ろに居る魔物達に合図を送りながら。
ライズの合図を受け取ったラミアが夜間を取り出し、ケルピーが水を入れ、サラマンダーがかまどに火を灯す。
その間も親方は理由を説明する事無くおそらくはユニコーンの事と思われる馬を貸してくれと連呼する。
そしてハーピーに呼ばれてやってきたドライアドが状況を察し、精神を沈静化させる花粉を飛ばして親方を強制的に冷静にさせる事でようやくその場が落ち着いた。
「どうぞ」
ラミアが沸いたばかりのお湯を差し出す。まだこの事務所にはお茶などという贅沢品はないからだ。
「ああ、すまない……あちっ!」
受け取ったお湯を飲もうとした親方はその熱さに驚き、数度息を吹きかけて少量口に含む。
「……はぁ」
暖かいお湯を飲む事で、冷え切った体に熱が戻る。
その熱が強制的に沈静化された心を穏やかにさせる。
「何があったんですか?」
ライズに促された親方は、ハッと自分がここに来た理由を思いだす。
そして切羽詰った様子で、だが先ほどよりは理性的に理由を語り始めた。
「息子の嫁が産気づいたんだ。本当なら予定はまだ先だろうっ言われてたんだが、嵐で飛んできた物が家の壁を突き破ってきやがってよ、驚いた拍子に産気づいちまったんだ!」
「この町に産婆さんは?」
冷静に、パニックに陥った親方が産婆を忘れている可能性を考慮して、ライズはゆっくりと質問する。
「今は隣町の出産の手伝いに出ていっちまってる。息子の嫁の出産時期を考慮しても十分間に合うと言って手伝いに向かったんだが、まさかこんな事になるとは……」
この時代、臨月の女性の出産時期の予測は産婆の経験則による勘で決められる。
そして複数の女性の出産が近い場合などには別の町や村の産婆が手伝いに向かう事も良くある事であった。
「頼む! お前さんの所の馬の魔物に頼んで回復魔法を使ってくれ!」
すがり付いてくる親方に、ライズは申し訳なさそうな顔で首を横に振った。
「ユニコーンの回復魔法は怪我や病気を癒すものですが、出産の助けになるものではありません」
いかにユニコーンの治癒能力であっても、出産となれば畑違いだ。
「そ、そんな……」
親方が頭を抱えてへたり込む。
「足の速い魔物に頼んで隣町まで産婆さんを連れてきてもらってはどうですの?」
経緯を聞いていたラミアが会話に加わってくるが、今度は親方が首を横に振る。
魔物の強靭な足ならば嵐の中でも走る事が出来る。
「ダメだ、隣町までは馬で二日だ。どれだけ早くてもこの嵐の中じゃあ時間が掛かりすぎる」
親方の言うとおり、隣町まで言って帰ってくる間に事は終っているだろう。
最悪の場合母子の死亡もありうる。
「だったら空なら……あ、いえ」
空を飛んではどうかと言おうとしたラミアだったが、すぐに欠点に気付いて口をふさぐ。
「空? そうか! 空を飛べる魔物がいるんだな!」
親方が一縷の望みを抱いて立ち上がる。
「いえ、その……」
「親方、外は嵐です。幾ら飛べる魔物といえどこの風の中じゃあ」
ライズの言うとおりだった。
空を飛ぶ魔物なら地上の道を無視してずっと早い時間で隣町に到着するだろう。
それは空が晴れている時の話だ。
たとえ強力な魔物であろうとも、嵐に逆らって目的地に向かうのは非常に危険な行為となる。
「ダメ……なのか」
親方の顔が再び絶望に染まる。
『我の翼ならば、嵐を切り裂く事は容易だ』
「「っ!?」」
親方の膝が屈しようとしたその時、絶望に包まれた掘っ立て小屋の外から力強い声が響いた。
「ドラゴンか!」
声は掘っ立て小屋を守っていたドラゴンのものだった。
『話は聞こえていた。我が翼ならば嵐など物ともせず一刻で隣町とやらまで往ける。我を求めよ、主よ』
絶対的な自信に満ち溢れた声。
最強種たるドラゴンに不可能などないとその声が断言していた。
「親方、隣町までの案内と産婆さんの呼び出しをお願い出来ますか?」
「ま、任せろ!」
ドラゴンの声に驚いていた親方だったがなけなしの勇気を振り絞り己の胸を叩いて道案内を請け負う。
「ドライアド、親方と産婆さんを保護する為について来てくれ。ラミアは親方の家に行って産婆さんを連れてくる事を説明してきてくれ」
「分かりました」
「分かりましたわ」
「では行きます」
ライズの号令に従い、親方とドライアド、それにラミアが共に掘っ立て小屋から出る。
「頼むぞドラゴン」
「任せろ」
ライズの声にドラゴンは体を低く沈ませて彼等を受けいれる姿勢をとる。
「では乗ってください」
ライズは親方を促してドラゴンの背中に登っていく。
「おおっ!」
おっかなびっくり登っていく親方だったが、雨でドラゴンの鱗が滑りやすくなっていたのか、足を踏み外してしまう。
「危ないですわ」
だが後ろで待機していたドライアドの蔦が彼を支え、上へと押しこんでゆく。
「す、すまない」
「どういたしまして」
全員がドラゴンの背中に乗ると、ドライアドのスカート状の花びらの下から蔦が伸びだし、三人を包んでいき半円状のドームを形成していく。
そしてドームが完成した後、目の高さの壁に穴が空いて視界を確保する。
準備が出来た事を確認したドラゴンはゆっくりと羽ばたき空中に浮き上がる。
「お、おお!?」
空を飛ぶ経験がはじめてであろう親方が驚きの声をあげる。
「では道案内を頼みます」
「わ、分かった。 向こうの山に向かって飛んでくれ。隣町は山のふもとにある」
ライズに促された親方が指示を出すとドラゴンはそれに従って山を目指した。
◆
「あそこだ! あの町だ!」
デクスシの町を出発してから約30分、1時間と立たずにドラゴンは隣町へとやって来た。
「よし、この辺りで下ろしてくれ! すぐに産婆のばあさんを呼んで来る!」
指示に従ったドラゴンが地上に降りると、親方は転がり落ちるかのような勢いで地面に着地する。
そして100mほど先にある隣町へと駆け出していった。
「これなら出産に間に合いそうですね」
「ああ、助かったよドラゴン。さすがは最強の魔物だ」
「この程度、我ならたやすい事だ」
ライズの感謝の言葉にドラゴンがそっけない返事をする。
だがその声は誇らしげだ。
「たやすい……か」
ドラゴンの言葉にライズはふとある事に思いつく。
「帰ったら、ちょっと相談してみるか」
「どうかされましたの?」
「ああ、ちょっと思いついた事があってね」
後ほど、親方に連れられてやって来た産婆が腰を抜かして失神しかけたが、無事にデクスシの町まで産婆を届け、親方の息子の嫁は無事に出産を終えたのだった。
◆
「では往くぞ!」
ドラゴンが楽しそうな声で宣言すると、その体がゆっくりと空に浮かび上がってゆく。
「目的地はレステーの町、途中ピシエン、ハミトレの町を経由する、荷物を落とさない様に気をつけろよ!」
その警告に従って、ドラゴンの背中に乗った人間達が荷物を抱える。
「出発!」
ドラゴンが隣町であるハミトレの町へと翼を羽ばたかせてゆく。
そして地上ではライズがその光景を楽しそうに見守っていた。
「どうやら上手くいきそうだな、ドラゴン馬車」
出産のゴタゴタが終った後、ライズは町長と町の商人達とある相談をしに出向いた。
その内容は、ドラゴンを使った輸送業であった。
馬よりも早く、魔物に襲われる事もなく、大量の荷物を運べるドラゴンをバシャ代わりに使おうという計画だ。
ドラゴンを馬車代わりに使うという大それた計画に驚く商人達だったが、同時にその計画の魅力にも引き込まれていた。
ドラゴン馬車の運賃は馬車とは比べものにならない程高いが、目的地までの時間を大幅に短縮できるのと、護衛の傭兵を雇わなくて良いというメリットがあった。
特に時間が大きく売値に影響する生ものや、高価な装飾品を運ぶ商人達には非常に魅力的なものだった。
計画に乗り気になった商人達のアドバイスを受け、最終目的地までの間にある街も経由し、途中で降りたい人間をやや安い価格で乗せる相乗り制度も作った。
これは乗合馬車と違って、決まった目的地にだけ行くわけではないドラゴン馬車の不安定さを利用した制度で、そのドラゴンに相乗りする人数が多いほど、全員の運賃が分割で安くなる制度だ。
この制度を説明した事で、旅の商人達が互いの目的地を相談しあって相乗りをする様になり、噂を聞きつけたほかの町の商人や貴族も同様に利用するようになった。
「ドラゴンにも仕事が出来て何よりだなぁ」
生き生きと空を飛ぶドラゴンの姿に喜ぶライズ。
そして彼はその手にずっしりと重みを与える、金貨の袋の姿にも喜んでいた。
「いやー、しかしドラゴン馬車は本当に儲かるな! これならドラゴン馬車だけで豪邸が立つかも!」
思わぬ収入に、ライズはホクホク顔である。
だが彼は気付いていなかった。ドラゴン馬車を運営する為に用意した座席と荷台付きの巨大な鞍の代金がを示した請求書に、どれだけの金額が書かれているのかを。
彼が大儲けする日は、もう少し後だった。
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