元悪役令嬢は数学を教える5
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その夜、路地裏にある古びた家屋に、二人の人物がいた。薄暗い部屋を、蝋燭の灯りだけが照らしている。
「何だって! 俺の事がバレているだって!?」
そう叫んで椅子から立ち上がったのは、三十代くらいの男。黒い髪を肩まで垂らし、無精髭を生やしている。
「ああ。だから、お前には遠くに逃げてほしい。ほら、これを逃亡資金に使え」
黒髪の男の向かいに座った人物が、小さい布袋をテーブルに置く。黒髪の男が袋の中身を確認すると、何枚もの銀貨が入っていた。
「……まあ、これだけあれば当分は事足りるか。ありがとよ」
「アイスナー夫人の殺害は未遂に終わったものの、協力してもらったからな。……せっかくお茶を淹れたんだ。飲んでくれ」
銀貨を渡した男が、テーブルに視線を向けて言う。テーブルには、二人分のティーカップ。
黒髪の男がお茶を一口飲もうとした時、部屋のドアがバンと音を立てて開かれた。
「犯罪組織『シリウス』のメンバーだな! 今からここを捜査する! お前にも衛兵の詰め所に来てもらうぞ!」
そう言ったのは衛兵の一人。その側にも、数名の衛兵がいる。
「くっ……アジトだけでなくここも嗅ぎつけられたか!」
黒髪の男が、苦虫を嚙み潰したような顔で声を出した。
衛兵の一人が、銀貨を渡した男に視線を向けて言う。
「あなたにも来て頂きますよ――ドミニク司祭」
◆ ◆ ◆
数日後の昼、ヴェロニカ、ハルトムート、フリーデの三人は、アイスナー邸の応接室でお茶を飲んでいた。
「……それにしても、ドミニク司祭が不正をしていたなんて……」
ヴェロニカは、視線をティーカップに向けて言った。
衛兵がヴェロニカを襲った男を逮捕した際、一緒にドミニク司祭も逮捕された。司祭は、貴族からの寄付金の半分を教会の修繕やボランティアの為に使い、残りの半分は私的に流用していたらしい。
そして、ヴェロニカを襲った男を雇ったのもドミニク司祭だった。
ヴェロニカはボランティアの内容を充実させる為、以前から、寄付金の使途の内訳を教えてくれるようドミニク司祭に頼んでいた。ヴェロニカとしては、ただ使い道についてアドバイスが出来ればと思っただけなのだが、司祭は危機感を抱いた。
もし寄付金の私的流用が露見したら、寄付の打ち切りだけでは済まないかもしれない。それでドミニク司祭は、使途の内訳を教えるのを先延ばしにし、ヴェロニカを亡き者にしようとしたのだ。
現在教会は、司祭の交代や事態の収拾等で混乱しており、ボランティアはしばらくの間休止する事となった。
「でも、さすがフリーデ様ですね。男を雇ったのがドミニク司祭だという状況証拠を衛兵に提示できたから、衛兵達も動いてくれたのですもの」
「そんな……大した事では……」
フリーデは、照れくさそうに手を振った。
フリーデは、教会を訪れた際、マティルデの側に置いてあった木材を見て不審に思った。この木材は、高価なものではない。司祭が言う程経済が苦しくなるものだろうか。
そして、フリーデが確信を持ったのは、テアが転んで書類をぶちまけた時。フリーデは、その際床に落ちた書類の一部を目にした。その書類は教会の収支に関する記録で、それを見る限り、教会の経営は苦しいとは思えない。
「それで、暴漢が捕まりそうだという嘘の情報を流す作戦を実行する事にしたんですね。ドミニク司祭を焦らせてボロを出させるように」
「ええ……でも、そもそもその作戦を考えたのはアイスナー伯爵。アイスナー夫人が称えるべきは、アイスナー伯爵です」
「孤児院の見学の時に詳しく話せなくて申し訳なかった」
ハルトムートは頭を下げてヴェロニカに謝った。話を聞くと、ハルトムートがボランティアを見学したがったのは、ただ興味があったからではなく、寄付金の流用を既に疑っていたからだそうだ。
「いえ、話せなくて当然です。気になさらないで下さい」
ヴェロニカは慌てて手を振った。
「そう言えば、テアは経理の仕事をしていて、司祭の不正について薄々感づいていたようですね。それで、私達にこっそり不正の事を伝える為に、わざと転んで書類を見せたと……賢い子だわ。教会で働くのがもったいないくらい」
ヴェロニカが言うと、ハルトムートが口を開く。
「テアは、姉であるマティルデに金銭的な援助をしてやるからと司祭に言われて、経理の仕事をしていたんだな。マティルデの方も、テアの為に教会の仕事をしていた……。良い姉妹だ。テアは、私が懇意にしている商会で働けるよう頼んでみよう。もちろん、テアが良ければだが」
「それはいい考えですね」
ヴェロニカは、笑顔で応えた。
「……しかし、君が襲われたと聞いた時は、心臓が止まるかと思った。君が楽しそうに本について語る姿や、生き生きと勉強を教える姿をもう見られなくなったらと思うと苦しくなる」
ハルトムートは、本当に苦しそうに語る。
「……心配して下さり、ありがとうございます」
ヴェロニカは、微笑んで応えた。形だけの妻をこんなに心配してくれるなんて、優しい人だ。
「……ヴェロニカ」
「はい」
「君がここに嫁いできた日に、冷たい事を言ってしまったが、これからは……いや、何でもない」
ハルトムートは、ゆるゆると首を振った。
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