元悪役令嬢は数学を教える3
事件が起こります!
数日後の夕方、ヴェロニカは一人街の大通りを歩いていた。ボランティアの授業が終わった後、教会の者と話し込んで、いつもより帰るのが遅くなってしまった。
まだ暗くは無いし、他にも貴族らしい人が何人も通りを歩いているので、一人でも危なくないだろう。
そう思っていたが、ヴェロニカがある通りに差し掛かった時、急に誰かに腕を掴まれた。
「きゃっ!!」
ヴェロニカは声を上げたが、あっという間に路地裏に引っ張り込まれる。
「一緒に来てもらおうか」
男の低い声で言われ、ヴェロニカは体の芯から冷える感じがした。立ったまま後ろから拘束されているので男の顔は見えないが、喉元にナイフを突きつけられている。
どうしよう、どうすればいい? 抵抗するとこのまま喉を割かれそうだし、かといってこのまま素直に連れて行かれても、無事でいられるとは思えない。
ヴェロニカは、考えた末言った。
「……あの、後ろの建物の窓から、人が見てますよ」
もちろん嘘である。しかし、男は「あ?」と言って上を見上げた。
ヴェロニカの喉元から一瞬ナイフが離れた隙をついて、ヴェロニカは男の足を思い切り踏みつけた。ハイヒールで。
「いっ!!」
男が呻き声を上げると、ヴェロニカは懐からある物を取り出し、大通りに向けて思い切り放り投げた。それは、孤児院の子供からもらったおもちゃの癇癪玉だった。
もの凄い爆発音がして、大通りを歩いていた人々がこちらに目を向ける。
「ちっ」
舌打ちをして、男は逃げていった。男がいなくなり、心配した人々が集まって来た後も、ずっとヴェロニカの心臓はバクバクしていた。
◆ ◆ ◆
「ヴェロニカ、無事か!!」
その夜仕事から戻ったハルトムートは、勢いよくリビングのドアを開けた。ハンスから、ヴェロニカが襲われた件を聞いたのだ。
「……あ、はい、大丈夫です。お帰りなさいませ、旦那様」
ハルトムートのあまりの勢いに、ヴェロニカは驚きながら答えた。ヴェロニカは今、リビングのソファに座ってハーブティーを飲んでいる。
ハルトムートは、ずかずかとヴェロニカの方に近付くと、彼女の隣にストンと座った。そして、ヴェロニカの身体をギュッと抱き締める。
「良かった……ヴェロニカが無事で……!」
慌ててティーカップをテーブルに置きながらも、ヴェロニカは嬉しさで笑みを浮かべていた。
◆ ◆ ◆
「それで、お怪我はございませんでしたか、アイスナー夫人」
二日後の昼、フリーデが心配そうな顔で聞いた。
夜会の一件以来、ヴェロニカとフリーデは手紙をやり取りする関係になり、今日はフリーデと二人でお茶会をしている。
場所はフリーデの生家である男爵家の庭。アイスナー家の庭よりは狭いが、よく手入れされた素敵な庭だ。
「ええ、無事です。事件から数日たった今も、犯人は捕まっていませんが」
ヴェロニカは、さすがにフリーデに敬語を使うようになっていた。フリーデは敬語じゃなくても良いと言ってくれているが、フリーデは未来の王妃である。その自覚を促す為にも、敬語を使った方が良いだろう。
「……しかし、男の目的は何だったんでしょう」
フリーデが、真剣な顔で考え込んだ。
「アイスナー夫人は、ボランティアの際、華美にならない服装をするよう心掛けていると伺っております。金銭目的だとしたら、他にも貴族が大通りを歩いている中、アイスナー夫人がターゲットになった理由がわかりません。わいせつ目的なら、もう少し大通りから離れた場所で犯行に及びそうなものです。アイスナー夫人個人が狙われる理由があったのか……」
さすが名探偵。フリーデの言う事に一理あるなとヴェロニカは思った。
果たしてヴェロニカが襲われた理由は……?




