4 告白
涙が溢れた。
ダズの思いが嬉しい。
でも、それを受け入れていいものか。
私のせいでダズは危険な冒険者になった。
ワイバーンに素手で挑んだ。
結果、生きているし、それが銀級たるダズの実力なのだろう。
だけど、ダズの体には残ってしまった傷がいくつもある。
冒険者なら気にしない程度だとしても、大怪我だったものはどれだけあるのだろう。
私がのほほんと生きてる間に、ダズは何度死にかけたのだろう。
ダズを好きだなんて、私だけは言っちゃ駄目なのではないだろうか。
私は、ダズのために、食事を提供する以外に何をした?
情けなくてやりきれなくて、ずぶずぶと何かに呑み込まれる。
「ナンシーちゃん良かったね!」
ちょっとした衝撃と可愛い声。
ぐずぐずと泣くだけの私に、娘ちゃんが抱きついた。
「大好きなひとがくれたネックレスだって言ってたもんね! 王子様が迎えにきたお姫様みたい! ステキ!」
弾んだ声とキラキラした目で見上げられた。
「っ!?」
確かに言った。綺麗ねと褒められて、ダズに会うこともないだろうから、つい『大好きなひとにもらったの』とは言った。娘ちゃんは年頃らしく楽しげに私の話を聞いてくれた。
でも今は動揺するしかない。
「姉ちゃんバカだな、竜騎士だぜ、王子よりかっこいいだろ!」
弟くんが男の子らしいことを言うと、娘ちゃんはびしりと弟くんを指さした。
「職業なんてなんでもいいの! ちゃんと迎えにきてくれるのがステキなのよ!」
「はあ? 意味わかんねぇ…」
「ガキはまだわからなくて当たり前よ」
「なんだとババア!」
「はああ!?」
あわや姉弟喧嘩勃発か、二人とも外へ駆け出していった。
と思ったら娘ちゃんだけドアからチラリと顔を出す。
「ナンシーちゃん! 結婚式は呼んでね! 楽しみにしてる!」
と、とんでもないことを言っていなくなった。
後に残った大人が六人ともが呆然。
最初に笑いだしたのは叔母さんだった。
「ふふ!あはは! あたしの孫は大したもんだ!」
「…ふ、ふふ、あはは! そりゃそうよ、私が産んだんだから!」
「よっしゃ! 俺の子育ては間違ってなかった!」
叔母さんたちの言葉にどうしようもなく恥ずかしくなってきた。
こんなタイミングで大っぴらにバラされるなんて。
親方がそっとそばにきて私の肩に手を置いた。大きな手がじんわりとあたたかい。
「ナンシー。男なんてな、体が丈夫な分、女から見りゃ馬鹿なことばかりする生き物だ。それでも家族のために体を張るのも男ってもんだ。心配はあるだろうが、泣き虫が竜騎士になるなんてよっぽどのことだ。そこは親父さんの分も褒めてやってくれや」
そうだ。ダズは父と約束したと言った。
親方と代わって今度は叔母さんに肩を抱かれる。そのあたたかさと柔らかさに母を思い出す。
「ナンシー、思い思われた恋人同士だって夫婦だって、すれ違う時もあるし大喧嘩をする時もある。だから話し合うんだ。文句なんかいっぱい言っていいんだよ、その三割も直りゃ上々さ。あんたを追いかけてきたのは天下の竜騎士になった男だよ、臓腑を抉るような文句も受け止めてくれるよ」
だけど、と叔母さんは続けた。
「本気で嫌いで迷惑してるのなら、ここですっぱり縁を切って引導を渡してやりな」
驚いて叔母さんを見ると、鼻を鳴らして親指をグッと立てた。
「こちとら雇用主だし心はナンシーの親代わりなんだ。ワイバーンで突っ込んでくるようなストーカーは許さないよ。ほら、思いっきり言っておやり!」
両肩を優しく叩かれて、ダズに向き直された。
でも、まだ混乱してすぐにはなにも言葉が出ず、ダズを見ることもできず俯いてしまう。
ダズを忘れようと家を出てきたけれど、二度と会えないくらい離れようとも思ったけれど、たとえダズが誰かと結婚したとしても―――嫌いにはならないだろう。
今、なぜか真っ青になってビクビクしているダズを、『情けない』と言われていた子どもの頃みたいだと懐かしく思っても、嫌いになれる気がしない。
それこそ今さらだ。
仲の良い幼馴染みだけど、離れたらそれで終わりのはずだったのに、ダズは探しにきてくれた。
まさかの求婚までしてくれた。
私が勝手にしていた誤解もなくなった。
まずは八つ当たりを謝ろう。
真っ直ぐとダズに向く。
「ダズ」
「ふぁ!? ……は……はい」
びしりと直立したダズは、苦い薬を飲んだような顔になった。
子どもの頃のケンカは私が悪くてもダズの方が先に泣きながら謝ってくれ、私はいつもその後だった。
大きくなるにつれケンカは減り、ダズが冒険者になって家を出て会う回数が激減し、ケンカをする余裕もなかった。
でも会う度に、ダズはいたわってくれた。手伝ってくれた。
こうやって思い返すと、ダズにだいぶ甘やかされている気がする。いや、されている。
なんだか、一大決心して飛び出してきたことが、成人したのにダズに甘えっぱなしなことが、やたらに恥ずかしくなってきた。
うぅ、こういうのは一気に言おう、なるべく、勢いに乗せて。
「あの、ヤキモチで八つ当たりしてごめんなさい!」
「え?やき…え?」
「探しにきてくれて、ありがとう。びっくりしたけど嬉しかった」
「え、あ…う、うん」
「私なんて見た目十人並みだし、ダズを助ける能力もないって、ずっといじけてた」
「そんなこと、」
「だけど!」
心臓が飛び出そう。
丸裸の気持ちを伝える恥ずかしさと緊張で顔も体も熱い。
いけ私。ここで言えなきゃダズはずっと幼馴染みだよ。
「ダズが…大好き! 私と結婚して!」
勢いと心を込めすぎて裏返った大声になってしまい、目もつむってしまった。
でも。
言えた。言った。
声に出せたことに満足していると、バターン!と激しい音がした。
目を開けるとダズが床に仰向けに倒れていた。
「ダズ…!」
「ぜひ喜んでーーーっ!!」
慌てて駆け寄ろうとすると、仰向けのまま、涙と鼻水でべしょべしょで真っ赤なダズが両腕をあげて叫んだ。
そばに膝をつくと、手を伸ばされ、それを握る。きゅっと握り返される。
また手を繋げられることに、目が潤む。
「ありがとうナンシー、臓腑を抉る別れの文句かとビビッた……ありがとう、幸せにする」
「…ふふ。私もダズを幸せにしたい」
「ふあぁぁ、今以上の幸せなんて……もう腰が抜けた…」
「ふふっ、しっかりしてよ」
仰向けのままのダズがらしいやら、面白いやら、つい笑ってしまう。
「はは!銀級なのにしまんねぇなぁ」「収まりゃなんでもいいのよ」「そうそう、いい酒の肴だわぁ」「これもある意味武勇伝すね」と親方たちが笑っていた。
ポケットからハンカチを出し、渡すか拭いてあげるか迷ったところに、弟くんが息を切らせて帰ってきた。
「た、たいへん、ワイバーン、ヘバった」
え?と思った瞬間、ダズが「しまった!」と言いながら起き上がった。え。
「ナンシー悪い!すぐにトンカツを作ってほしい!」
「え?」
ダズの説明によると、従魔にした魔物には主人となる人間の好きな食事や食材をまずは与えるのが決まりで、それを従魔が気に入ると、こちらの言う事を聞きやすいらしい。
冒険者の竜騎士のワイバーンにはパンを好むものもいるそうだ。
とはいえ、従魔にした直後には手持ちの干し肉をとりあえずあげるのが普通なのだが、ダズはどうしても私のトンカツを最初に食べさせたかった。
急いで地元に帰れば私はおらず、気が動転して今まで何も食べていない。ワイバーンにも何も食べさせていないどころか水も飲ませていない。
なんということでしょう。
「ちゃんとお世話できないなら連れてくるんじゃありませーーん!!」
親方たちに頼んで、馬用の水飲みバケツを農家さんから借りてまずは水を飲ませるのをダズに任せ、私は店にあった魔豚肉を全部買い上げ(支払いはダズ)、トンカツを揚げまくった。
空きっ腹に揚げたてのトンカツは魔物でも大丈夫だろうかと思いつつ、とりあえず十枚作り、気に入られなかったら生の肉をあげようとそれらを持って外に出る。
一人では持てないので、叔母さんたちに手伝ってもらい、生肉の塊は若旦那にお願いした。
人垣の中のワイバーンは、ダズの持つバケツから水を飲んでいた。そばにはバケツがいくつか転がっていて、どうやら手伝ってくれた人がいたようだ。
「ダズ、とりあえず十枚は揚げたよ。生肉も持ってきた」
「ありがとナンシー!さあ食え!」
トンカツが二枚載った皿を突き出すという、ワイバーンへのなんとも雑な対応にダズの背中を叩く。
「まだ熱いから!それにちゃんと食べやすく取ってあげないとお皿も食べちゃうかもでしょ。トングもあるから優しくあげて、はい」
「えー、そこまでしなくてもコイツら結構器用、」
「ダズ」
「はい!トングありがとう!」
サッと振り向いてトングを受け取ったダズは、トンカツを一枚ワイバーンの鼻先に寄せる。
ワイバーンは鼻をひくひくとさせると口を小さく開いた。
そこへトンカツをぽいっと入れる。
店で出すとわりと大きく見えるトンカツだけど、ワイバーンが相手だとものすごく小さい。
相対的な大きさはしかたないとしても、熱は小さくても油断ならない。味見で何度火傷をしたか。普段生肉しか口にしないだろうワイバーンが口内への熱に強いと思えず、気になってしかたない。
「熱くないかな?」
思わずこぼした声にワイバーンの目がこちらを見たのでびくりとしてしまった。
くっちゃくっちゃと何度か咀嚼するとまたすぐに口を開ける。
「大丈夫みたいだ」
「良かった」
叔母さんたちから順繰りにトンカツの皿を受け取りダズに渡して食べさせ、十枚食べきったので今度は生肉をあげようとしたら、ワイバーンはそっぽを向いた。え。
そして、私に鼻を寄せてきた。え。
「え?え?」
ダズに隠れようとしたけど、それでも追ってくる。
焦る私にダズは笑った。
「ほら。ナンシーのトンカツは特別美味いって言ったろ」
「なんで? 材料も作り方も普通だよ?」
「ははっ、不思議だよなぁ。ナンシー、せっかく生肉持ってきてくれたけどこれもトンカツにしてもらっていい?」
「いいよ。本当に人が食べる物を気に入るんだね。待ってて」
ダズに言ったのに、ワイバーンは犬がおすわりするような格好をした。あらま。
「…俺も食べたくなってきた」
「なんで張り合おうとしてるの…」
「くっそコイツ、ナンシーに懐きやがって」
「ふふ、私じゃなくてトンカツでしょ」
結局、今日の仕入れ分の魔豚肉は全部ワイバーン用のトンカツになった。




