3 八つ当たり
身なりを清潔にしたダズと、食堂で仕切り直し。
私が気絶したのもあるが、住み込みの従業員にぼろぼろの竜騎士が会いにやってきた理由を把握したい叔母さん一家が立ち会うことになった。
少し恥ずかしいが、食堂を休ませてしまったのが申し訳ない。
ちなみにダズが今着ている服は若旦那から借りたものである。
お風呂は三回もお湯を入れ替えたそうで、ついでだからと洗ったダズの着ていた服はよほどに傷んでいたらしく、繕えないほどボロボロの端切れになってしまったとか。
そして。
一家が見守るなかでまず言われたのが「竜騎士になれたから結婚して」だった。
やっぱりなんの話かわからない。
「…そんな約束、した?」
「え」とザッと青くなったダズは、次の瞬間「あ」と言って両手で顔を覆った。
「……してない…」
「だよね…」
一家の大人たちは椅子に座ったままズッコケた。若女将の「はあ?」の声に、ダズの兄嫁ミレイさんを思い出す。口調もそっくり、さすが従姉妹。
ダズは小さい頃に教会で読み聞かせられた竜騎士の話に憧れたそうだ。
私だって竜騎士物語はかっこいいと思って聞いたし、同年代の少年たちはみんな木の枝や棒を剣に見立て、大人しいロバに乗って竜騎士ごっこをしていた。
ダズは怖くて乗れないって泣いていたけれど。
「ナンシーだけが弱虫の俺のそばにいてくれたから、ずっとずっと一緒にいてもらうには格好良くならないといけないと思って竜騎士を目指した」
だけど騎士になるには貴族でなければならず、平民は兵士止まり。階級的に兵士には竜騎士になる機会はない。
だが冒険者なら、貴族ほどの機会はないが兵士よりは討伐などでワイバーンに出会える確率が高い。
銀級冒険者になれば、竜騎士の乗騎であるワイバーンを狩りにいく許可がでる。
ダズは銀級になってから何度もワイバーン討伐をしつつ、その度に乗騎になりそうな個体を探し続けた。
「ワイバーンはタイマン勝負で百発殴れば従えられるっていう先輩たちの話が、」
「それ酔っ払いの与太話なのでは!?」
「いや、金級の竜騎士はみんなその方法でなったってギルド長も言ってた」
これだから脳筋は。
なんでそんな事を成し遂げてしまうのか。
なんでそんな方法を確立してしまうのか。
「…え?じゃあ今回の仕事は討伐じゃなくてワイバーンを目当てに行ったってこと?」
「そう。仕事じゃないから報酬もないし、今回のために貯めてた金も全部じゃないけどだいぶ使った」
ダズがどれだけのお金を持っていたかなんて知らないが、保冷庫を買ってもしれっとしていたから銀級の冒険者はすごいお金持ちだとは思っていた。
ダズの武器や装備品を見たことがないけれど、階級に合わせた高級品なのだろうとは思っていた。
なんだかんだと冒険者も金がかかると聞こえていたし。
でも命には代えられない。
だから宿に泊まるよりは少しでも節約になるようにと、うちに泊めていた。下心だけで泊めていたわけではないのに、いつからかお土産に高価なものが増えて、それが当たり前になってしまっていた。
それが強さの証拠だと安心しきっていた。
「身体強化はできるけど、基本的に素手で殴らなきゃいけないから回復系の道具やポーションをたくさん買って、」
「す!? 素手ぇっ!?」
思わず立ち上がったら、一家の大人たちも同じくツッコんだ。みんなで驚愕、という顔。
ダズは、こちらの気が抜けるようなぽかん顔。
その表情に、よくぞ帰ってきてくれたという安堵と、この大馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿者がという憤りが激しくないまぜになり、ドバッと涙が溢れた。
「ナンシー!?」
今度はダズが立ち上がる。勢いのあまり椅子が倒れた。机を迂回して私のそばまできたが、わたわたと手を彷徨わせている。
それを睨みつける。
びくりと動きが止まるダズ。
私のひと睨みで大人しくなるくせに。
「ぁ…あ、危ないでしょう!」
「えぇ、と……そ、そうです……ね?」
「なんで疑問形なの! 馬鹿!」
「えぇ、うぅ、銀級になったし、やばくなったら死ぬ前に回収してもらえるように助っ人も頼んだし、」
「馬鹿あっ!」
「ええぇ…」
「ばか!」
「…すみません」
冒険者なのだ、私の知らないところで何度も命懸けだったはずだ。
ダズは何食わぬ顔で毎度帰ってきていたが、本人が思っているより治した傷痕がわかる。
回復魔法が使えたら、すぐに綺麗に治してあげられるのに。
何度そう思ったか。
なのに。
冒険者になったのは私が原因だったなんて。
都合の良い女どころじゃない―――ダズを殺す疫病神じゃないか。
そんなの嫌だ。
嫌だ。
「…わ、私の、ことは、わ…忘れてくだ、さい」
なんてことだ。
ダズにさよならを言われたくなかったのに、自分が言わなきゃならなくなるなんて。
でも、ダズを死なせるなんて絶対嫌だ。
離れよう、遠くへ行こう。もっと、もっと遠くへ。
ダズが怪我をしないように。
穏やかに生きられるように。
「お、お嫁さんなら、ダズの街に、なりたい、ひとが、いっぱいいる、から、だいじょうぶ」
涙でダズの表情は見えない。このまま早く消えたい。
「わたし、なんかより、ずっと、ダズを……助けられる、ひと、ばかりだから」
彼女たちは、魔法や地位でダズを助けることができる人たちだ。おまけに見目もいい。
ダズの前から早く消えてしまえ、私。
「嫌だ! 俺は!」
がしりと、右の手首をつかまれた。
ダズの目が強く弱く揺れ動き、引き結ばれた口がまた開いた。
「ナンシーが好きだ!大好きだ! ずっとずっとず〜っと一緒にいたい! ナンシーがいるからどんな依頼でも生きて帰ってこれる! ナンシーの作る飯をずっと食べたい! ナンシーの生活の助けになりたいし、そのためなら犬になったっていい! …冒険者が駄目なら今すぐ辞める…ナンシーが危ないと思うことはしない」
言いながらダズがくしゃくしゃになっていく。
そろそろと、今度は両手で包まれた私の右手の甲を、ダズは自分の額につけた。
「ナンシー、お願いだ……結婚が嫌ならもう言わないから、せめて幼馴染みとしてそばにいさせてくれ」
ダズの手が熱い。
大きくてゴツゴツしてガサガサの、父とは違う戦う手が、小さく震えている。
「それも駄目なら近所の知人でもいい」
見たことがないくらいしょげた肩に、なぜかイラッとしてきた。
さっきまで好きだと言っておいて、近所の知人でもいいなんて、その振り幅はなんなの。
それこそどういう意味なの。
ダズの嫁と仲良くできないから出てきたのに、それを追いかけてきてせめて知人でいいってなに?
そもそも、ダズが私のことを好きだなんて、そんな素振りどこにあったの。幼馴染みだからって納得できる行動ばかりだったじゃない。
ふと、いるはずの私がいなかったから混乱してるだけなのでは、と思った。それだけの幼馴染みだった自信はある。
「……ダズは私のこと、幼馴染みとしか、思ってないでしょう?」
「そんなわけあるか」
「だって、これをくれた時も何もなかったじゃない」
被せ気味に反論されて、ムッとしながらお守りのネックレスを服の首もとから出す。あの時のやるせなさは忘れられない。
なのにダズは真っ赤になりながら不貞腐れたような顔になった。
「我慢してた、めちゃくちゃ我慢した。あの時俺は銀級にもなってなかったし、おじさんとおばさんに竜騎士になったらって約束してたから超我慢した」
ダズの言うおじさんとおばさんとは、私の両親のことだ。
ダズがうちに泊まりにくるようになったのは、両親がいなくなってから。それまでは季節に一度か二度の帰省時に両親と一緒にダズの顔を見にいった程度だったはず。
え、そんな話、いつしたの?
「……いつ、お父さんとお母さんに…?」
「冒険者になる前の子どもの時。竜騎士になったらナンシーを嫁さんにしていいか聞いたら、『ナンシーがいいよって言ったらいいよ』って。…まあ、弱虫な俺がちょっとは逞しくなれるようにって、そう言ってくれたんだろうと思う」
「いや完全にいいとは言ってねぇな…」「あんた、シッ」と親方たちのこそこそ声が聞こえた。
子どもの時…本当に…?
「でも約束は約束だ。俺はおじさんとおばさんくらいにはナンシーを大事にしたい。どんなに可愛かろうと竜騎士になって、結婚を約束してもらえるまでは押し倒すことを我慢する!」
「なんて格好良くヘタれたことを言い切るんだ…!」「ヘタれの我慢なんてヘタれでしかないわよ」「あんたたち、シッ!」と若旦那夫妻のこそこそ声もした。
我慢……私に手を出すことを我慢して、他の女性で済ませてたから、わざわざ彼女たちはやってきたのだろう。
両親のように大事に思ってくれていたのは嬉しいけれど、それはそれこれはこれ。
だって私はなんの約束もしていない。
「…どうせ、他のひととだったり、そういうお店に行ってるんでしょう? 『それが男の嗜み』なんでしょう! それが『武勇伝』なんでしょう! 何が我慢よ!」
前に勤めていた食堂は夕方から酒を出していたので、酔っ払いが楽しげに語らっていた。若気の至りだっただの、娼婦は別枠だから浮気にはならない、冒険者たるもの現地妻がいて当然、などと。
ダズはそんなことしないと思いつつも、それが私の希望でしかないこと、ダズの幼馴染みでしかない私にはどうしようもないとも思っていた。
彼女たちに言い返せなかった自分が一番情けないことはわかっている。
こんな八つ当たり、言わないはずだったのに。
「俺は童貞だよ! 飲み屋は行くけどそういう店には行ってないしパーティーを組んでもそういう関係になったことは一人もいない! そんな武勇伝なんか一個もない!」
まさかの宣言に真っ赤になっているダズをまじまじと見つめる。
とてもモテモテ銀級冒険者の言葉とは思えない。
「…は? そんなわけないでしょう、だったら彼女たちはなんなの! 私、色んなひとにダズの都合の良い女って言われてきたのよ! なにもされないのに! なんにもないのに! それなのに、私が結婚するまでダズが結婚しないって言うからさっさと誰かと結婚しろって言われたんだから! 何目線よ! ダズは私の兄弟のつもり!?」
「は?」
急に店内が冷え込んで、声が出せなくなった。熱くなっていた頭が少し冷える。
「ナンシー、それ、どんな女が言ってたの?」
静かにものすごく低いダズの声音に戸惑う。
でも、確認はしなければならない。
「…ピンク色の長い髪をツインテールにした、私と同じくらいの身長の女の人…」
「…あいつか」
「…ダズの、恋人なんでしょう…?」
「違う」
「…結婚のはなしまでしてるのに?」
「それは俺がナンシーに振られた後のはなしだよ。銀級になってからそういうのでよく絡まれるようになったんだ。昔からの顔見知りは俺がナンシー一筋なのを知ってるけど、最近活動拠点を移ってきた奴らは銀級がツレだと自慢したいらしい。振られたらどうすんだってしつこくて、ナンシーが誰かと結婚するまでは諦めないって言ったんだ」
あのひとがダズの結婚相手でも恋人でもないことにひどく安堵する。
でも『ナンシー一筋』って。
「ナンシーが俺以外の誰かを本気で好きになったなら、それは、祝福、する、つもり、だったから…」
拳を握りしめて、ダズが珍しく眉間に深い皺を寄せて唸るように言った。
「全然祝福できるツラじゃねぇな」「そりゃ無理っすよ」「思いが重すぎて空回り」「あんたたち!シィッ!」
「…いや、祝福はする、絶対する……だって」
何を言われるのか不安になり、ぐっとネックレスを握ると、ダズが顔をあげて、弱々しく笑った。
「ナンシーが幸せなら、それでいいんだ」




