43.内臓改造・コメダ珈琲店編
実は最近鍛えている。いわゆる「肉体改造」というやつだ。何て言うとほとんどのブラザー(※このエッセイを読んで下さってる紳士淑女の事)が「筋トレをやってるんですね」とお思いになることだろう。確かに「不倫」「ギャンブル」、そして「筋トレ」は「中年男性が陥りやすい人生の罠」のベスト3だ。三島由紀夫、長渕剛、松本人志の例もあるように、ガリガリでひょろひょろだった人が急に筋トレを初めてマッチョになる例は枚挙に暇がない。
私の周りでも前の会社のぽっちゃり系上司が急にジムに通い出した事があった。最初は「運動不足だから週一で軽く鍛えてる」なんて緩めな気持ちでの始まったものの、いつの間にか出勤前にジムでひと汗流してくる「エクストリーム出社」が習慣になるほどエスカレート。まるで「すごいよ!!マサルさん」の磯辺 強、通称「キャシャリン」が信奉する「マ神(マッスルの神)」が上司に宿ったみたいだった。
この筋トレ依存症は周囲に伝染するし、その感染力はそこそこ高い。特に事務職のように閉鎖的な空間で仕事をしていると更にその危険性は高くなる。結果、上司から先輩へと感染した。これがシナジー効果と言うものだろうか、「週末にどれくらいハードに鍛えたか」を競い合うようになり、互いのトレーニング結果を語り合う姿が私の部署の週明けの光景となった。ちょっとしたパンデミックだ。
健康にも良いので鍛えるだけなら問題ない。それの危険なところは「鍛えてる事を誰かに自慢せずにいられなくなる」事だ。昼飯時に二人で「ベンチプレス何キロ上げれる?」「良いプロテイン見つけたよ」「アンダーアーマーのセールがあるんだよ。タンクトップ買わなきゃ」的な話をやたらとするようになったが、他人の筋トレの話を聞きたいニッチな嗜好を持った人間なんてほとんどいない。それを横で聞いている女子社員の目たるや実に冷ややかなものだ。ぼそりと私に「ええと、何と言うかアレですね・・・」と呟いてきたこともあった。高田純次は「年寄りにありがちな『説教』『昔話』『自慢話』をしないようにしている」と語ったが、筋トレ好きも自慢話はしないように心がけた方が良い。とは言え、通常の状態ではすぐに理解出来るこんな事も筋肉に浸食された脳では難しいのかもしれない。
少し前置きが長くなったが、私が鍛えたい部位は上腕二頭筋や大胸筋なんかではない。胃袋だ。これを拡張しなければならないと決意したわけだが、それには下記のような経緯がある。
それは近所で見つけた美味い豚骨ラーメン屋さんでの事。替え玉をしたいけど完食する自信がなかったので諦めて帰ろうと思ってた時、ダメ元で店員さんに「半替玉って出来ます?」と尋ねたら「出来ますよ」と言われたので迷うことなく注文。追加された半分量の麺を嬉々として啜ってる最中にふと我に返った。「俺はいつから半替玉を頼むような軟弱な男になったのだろう」と、やるせない気持ちでいっぱいになってしまった。
私が半替玉という珍しいシステムを知ったのは学生時代の一蘭。当時の価格は確か替玉が150円だったのに対し半替玉は100円。量が半分ならお値段も半分の75円であって欲しいが、全替玉だろうと半替玉だろうと店員さんの茹でる作業が発生するので労務費を考えるとやむを得ない。とは言え、25円損している負け確定のシステムであることも否定できない。生意気だった当時の私は「半替玉なんて女子供が頼むもんだよ。男だったら普通の替玉一択」などと豪語していたものだが、いつしか過去の自分が定義する「男」から外れてしまったようだ。女でもなく子供でもないので、中性的ナイスミドルといったところだろうか。
このままではいけない。常に大盛りが無料なら迷わずに大盛りを頼み、お代わりが無料なら迷わずにお代わりする男でありたい。それに私の人生の本番は65歳からだ。会社と言う牢獄から解放された時、私は肉体的にも精神的にも真の自由を手に入れる。そう、夢の年金生活だ。みんながあくせく働いてる時間帯に食べ歩き、美味いブツに出会ったら「年金で食べるラーメンは最高です」なんてSNSに投稿。「#年金」「#ラーメン」のハッシュタグをを付けて投稿する年金受給者型ラーメンインフルエンサーとしての第二の人生。そんな薔薇色の老後が私を待っている。その頃に内臓的全盛期を迎えられるよう、今から鍛えておかねば。
そう決意した私はコメダ珈琲の門を叩いた。肉体改造の始まりだ。
コメダの代名詞と言えば「逆見本詐欺」。広辞苑の選定基準が「いっときの流行にとどまらない、私たちの言語生活に定着した語」とあるが、私の感覚ではすでに要件は満たしていると思われる。SNS上ではみんなが当たり前のように使っている。次回の広辞苑・第八版に収録されそうな僕らの合言葉だ。
メニューの写真より明らかに大きいサイズの商品が提供される、サービス精神旺盛な名古屋発祥の喫茶店らしい大盤振る舞いは一見すると良い事尽くめだが、現実はそう単純ではない。沢山食べられるのは確かにメリットだが、同時に量が多すぎて食べきれないリスクもそこには存在する。まさに諸刃の剣的なサービスだ。私も来るたびにひやりとする状況に出くわす、もしくは痛い目に遭っている。
しかし、これこそが今の私が望むべき状況。これを平らげる事で私の胃袋は大きな成長を遂げるだろう。
この日はカレーな気分だったので「旨辛スパイシーカリー インディアンスパゲッティ」を頼みたかったが麺系は盛るのが比較的容易なジャンル。コメダ珈琲のそれ系ともなれば「食べても食べても減らない」事で有名な福岡の「牧のうどん」に負けるとも劣らぬ凶悪なスパゲッティが出てくる恐れが充分過ぎるほどにある。それに対峙するのは麺だけではない。コメダのスパゲッティにはもれなくバゲットがついてくるので写真を通してもボリューム感がある。映画「ゴッドファーザー・パート2」でロバート・デ・ニーロ演じる若き日のビト・コルレオーネがバゲットでお皿についたスパゲッティのソースを拭きながら食べていたシーンをコメダで再現してみたいのだが、まだまだ私の未熟な内臓で挑むのは時期尚早。今回は代わりに同じカレー味系統の「カツカリーパン」に挑戦だ。
インディアン同様に対峙する機会を虎視眈々と狙っていたコメダの「カツカリーパン」。巷で「大きい」と騒がれているこいつはお値段の方もスケールがデカい。ほとんどのチェーンが最安値設定にしているど田舎の店舗にも関わらずカツカリーパンは930円と強気のお値段。ちょっとお高いので怯んでしまったが、実はこいつは新宿中村屋が監修しているカツサンド界の期待の新星だ。きっと値段相応、もしくはそれ以上の価値があるに決まっていると信じ、カフェインレスコーヒーと一緒に注文。さて、いかほどのブツが出てくるのやら。
店員さんがテーブルに運んできてくれたそれを見た第一印象は「ブッシュドノエル?」。茶色いビジュアルとその大きさのせいでクリスマスケーキでお馴染みのあれと見間違えてしまいそうなほどの規格外さ。ローソクが刺さってないのが不思議なほどだ。
続いて思ったのは「メジャーか物差し持って来ればよかった」という事。「大きい、大きい」とは聞いていたが噂にたがわぬこのサイズ感には思わず唸ってしまうし、思わず測りたくなる。こいつはどうにも人の測量欲求を刺激する。世の中には同じように測量欲をビンビンに刺激された人が数多く存在していたらしく、何人もの人が実際に測ってその結果をネットに上げていた。それらを総合してみるとおおよそのサイズは幅が約17㎝、奥行き約12㎝、高さが約7㎝と、ちょっと上品な鰻重の重箱のような代物だ。
正直、もうこの時点で気持ちが飲まれていた。とは言え、人生には分が悪い状況でも戦わなければならない時がある。それにお腹が空いていたのも事実。早速食べ始める事にした。
3等分にカットされたカツカリーパンの最初の一切れを口に運ぶと雑念は吹き飛んだ。さすがはコメダ、さすがは中村屋。少し辛めのカリーソースと揚げたてでサクサクしたカツ、そしてカツやカリーソースに当たり負けしない強めのパンのバランスが最高で実に美味い。今までの私にとってのカツサンドと言えば「まい泉のヒレカツサンド」や「肉の万世の万カツサンド」あたりの作り置きしっとり路線。勿論、あれはあれで良いのだが、これはこれで良い。揚げたてのカツがすごく斬新に感じる。
そうやって一切れ目を至福の状態で食べ終えた後、残った二切れを見て思った。「やっぱり完食は無理だな」と、早々に心の中で白旗を上げた。
とにかくボリュームが半端ない。単純にカロリーで比較できるものではないのかもしれないが、カツカリーパンは驚異の1,242kcal。1杯が800kcal程度とラーメン界でもハイカロリーな家系ラーメンを軽く凌駕する破格の熱量。まるごとソーセージ(396kcal)3個分相当だ。ただ、まるごとソーセージがスリムなボディにカロリーを凝縮しているのに対し、カツカリーパンは厚めのカツにふんわりとしつつも力強いパンゆえに食べ応えが違う。必然的に咀嚼回数も増えるので満腹中枢がより刺激される。
案の定、2切れ目を食べたら満腹寸前に。3切れ目にトライすべきかしばし悩んだものの、このまま無理をして食べ進めれば「美味い」よりも「つらい」が前に出ると思われる。事業、投資、戦争、そしてカツカリーパン。不利な形成を覆すのが困難と判断したら迅速に撤退するのが適切なリスク管理。「すいません、持ち帰りいいですか」と、スタイリッシュに降参だ。
一般人なら這う這うの体で逃げ帰るかもしれない状況だが、エリートビジネスマンは敗走する際もエレガントさを失わない。「端から持ち帰るつもりで注文しましたよ」と言わんばかりに落ち着き払った優雅な手つきで残った3切れ目をアルミホイルに包み、関が原で退却する島津軍さながらに悠然と、そして堂々たる態度で通路を通ってレジに向かう。そして店員さんに「御馳走さまでした」とにこやかに挨拶してお店を後にした。
残念ながらこの日は敗戦と相成ったが、カツカリーパンを通して色々と課題が見えたのは良かった。どうやら私は胃袋の容量だけでなく消化能力も鍛えないといけないようだ。この日は結局、夕食の時間帯になってもあまりお腹が空いてなかったので晩御飯がカツカリーパンの残りとコンビニの野菜サラダとなった。腹持ちの良さは消化能力の未熟さの裏返し。量だけでなく消化速度も鍛えねば。しかし、930円もした高級品だが、二食分と考えれば意外とリーズナブルだったな。
修行初日はこのような結果となってしまった。一見惨敗だが、心が折れていないので個人的には惜敗と言ったところだ。まだ、私は強くなるのを諦めない。
カツカリーパンとの戦いから数か月後、私は再びコメダ珈琲の門を叩いた。敗戦を糧とすることが出来る者のみが最終的な勝利を掴む。家でご飯を食べる時に心持ち大目にご飯をよそったり、行きつけのラーメン屋でやってるランチタイムの白ご飯無料を頼んだり、ガストでねぎとろ丼に唐揚げを追加注文したりと、日々研鑽を重ねていたおかげだろう、当日はすこぶる調子が良かった。明らかに仕上がっていた。心技体の全てが揃っているのが自分でも分かる。「前回は惨敗だったカツカリーパンですらペロリといける」そんな自信が体中、主に消化器系を巡っていた。
そうなれば注文すべきはインディアンスパゲッティ、ただ一つ。さあ、やってやろうではないか。
と、ここでアクシデントだ。この日訪れた店舗ではインディアンスパゲッティが提供されていないことが判明。何という初歩的なミスだろう。個人的経験則だが、コメダは店舗によって提供されていないメニューが結構多い。この店舗ではサンドウィッチにコメチキが2つ付いた「昼コメプレート」が提供されないのは知っていたが、まさかインディアンまで非提供とは。スマホにコメダ珈琲のアプリをインストールしてるので事前に確認出来たのに失念してしまった。しょうがないと言うと合いびき肉や玉ねぎ、ケチャップやウスターソースに失礼だが、気分がスパゲッティになっているので「コクと旨味の本格派 ミートソース」を注文。対コメダ戦、第二ラウンド開始だ。
注文後、店内を見回してみると北川景子似の綺麗なお姉さんが優雅に食後のコーヒーを楽しんでいた。そしてその前には食べ終えたスパゲッティのプレートが。こいつは驚いた。大盛り四天王(※筆者が勝手に言ってるだけです)であるコメダのスパゲッティを完食するとは。人は見た目に寄らないとはよく言ったもの。清楚な見た目では考えられないパワフルな女性なのだろう。なるほど、外見は北川景子でも中身は神取忍(※日本の女子プロレスラー。「女子プロレス最強の男」と呼ばれる女傑)ってわけか。きっと語尾に「コノヤロー!」を付けているに違いない。なので職場では相手が目上だろうと書類に不備があれば
「領収書が添付されてねえぞ!コノヤロー!」
なんて怒鳴ってるだろうし、家では子供が嫌いなものを残そうとしたら
「好き嫌いするんじゃねえ!コノヤロー!」
と、厳しく叱る。そして、このスパゲティを食べ終えた後は
「コメダのスパゲティ、完食だ、コノヤロー!」と吠えたに違いない。
私も負けていられない。彼女が裡に神取忍を秘めているなら私は蝶野正洋だ。彼女に続き、「コメダのスパゲティ、完食だ、ガッデム!」と、勇ましく勝ち鬨を上げようではないか。そんな事を考えているうちにスパゲティが到着。大喰いは速度が勝負。満腹中枢が出す「もう無理っす」のシグナルが脳に伝達するまでに生じるタイムラグを利用して掻き込まなければならない。ゆえに電光石火の勢いで食べ始める。そしたら電光石火の勢いで食べ終わった。「ガッデム!」と叫びたくなるような達成感など何もなし。私の中の蝶野も出る幕がない。
あれ?なんだこれは。
結論から言うと、当初予想していた「さすがはコメダのスパゲティ。禍々しいほどの量だ・・・」なんて事態にはならなかった。提供されたのはメニューに載っていた写真とほぼ同様。コメダイズムを感じないそのサイズは逆見本詐欺を名乗るには相応しくない代物。どうやら北川景子似はただの北川景子似だったようだ。一般的な成人女性なら神取忍を宿さなくても問題なく完食できる量。ちょっと拍子抜けしてしまった。
これまたカロリーで恐縮だが、「コクと旨味の本格派 ミートソース」はたった646 kcalしかない。やはりどう考えてもおかしい。カツカリーパンの半分程度だし、デザートであるシロノワールの933 kcalよりも少ない。何故なんだろう、名古屋の喫茶店には「スパゲッティは盛ってはいけない」のような不文律でもあるのだろうか?謎としか言いようがない。
こうしてコメダ珈琲との再戦はぼんやりとした勝利。ただ、日頃から鍛えていた成果が出始めてきているのだろうか、正直まだ喰い足りなかった。なので、帰りにマックに寄ってハンバーガーとシェイクをテイクアウトして帰路についた。コメダで追加注文しても良かったのだが、ミートソースに勝ったからと言って油断できない。まるで「小腹が空いてるとか、あとちょっと食べたい。そんな時にどうぞ」的な状況で頼んで下さいと言わんばかりなネーミングの「お手頃ホットスナック」に分類された「ホットドッグ」や「手作りたまごドッグ」を軽い気持ちで頼もうものなら酷い目にあう。前者は583 kcal、後者は594 kcalと全然お手頃ではない。小食な人なら余裕で一食分。今回は私の勝利とは言え、何せ相手はコメダ珈琲だ。警戒を解いてはならない。今度訪れる際も最大限の注意を払って臨もう。
最後にちょっと余談だが、インドとインディアンは全くもって別物だ。「インドスパゲッティ」よりも「インディアンスパゲッティ」のほうが語感が良いのでこうなったのだろうが、ちょっと乱暴すぎる。と思いつつも、勢いでねじ伏せるコメダのストロングスタイルは嫌いではない。
さて、こうして私の肉体改造、いや、内臓改造が始まった。これからも時には悔し涙を流し、時には歓喜にむせび泣く、そんな過酷な戦いが続くことだろう。だが、努力は必ず報われる。必ずや鍛え上げられた胃袋を手に入れ、みんながあくせく働いてる時間帯に食べ歩き、「年金で食べるラーメンは最高です」なんて本文に「#大盛り」や「#替玉」のハッシュタグを付けて投稿する第二の人生を謳歌したいと思う。
今後もそのために日々努力し続ける筆者と、その裡に宿る蝶野正洋を応援して頂けたら幸いだ。
「次はかつやで修行だ、ガッデム!!!」




