バーニンホット01
「な、なんでこんなことに……なってるんだ?」
俺、台場烈は今、オーガニックの拠点である都内某所に建てられた風間サンライズビル、その地下室にいた。
ここに来たのは、この場には模擬戦用に用意された魔法具コロッセオフィールドが置かれていて、そこに今回一緒にダンジョンに入る予定の大貫さんとゴールドクラブの面々がいるとフロントに聞いたからだ。遅れてやってきた俺も悪いが、あいつらも勝手に動きやがって何やってんだ……なんて思ってた気持ちは目の前の光景でもう吹き飛んじまった。
実際、確かに大貫さんたちはその場にいた。だが、目の前の光景は俺の予想を大きく超えたものだったんだ。
両手をバンザイして興奮の咆哮を上げる巨大レッサーパンダ。
オドオドとしているひまわり顔のフォーハンズ。
やれやれ顔の妖精。
そして、今回付き添い予定のオーガニックの探索者パーティ『ゴールドクラブ』が全員倒れている前で首を傾げている大貫さん。
俺の視界に入ってきたのはそんな光景だった。
ああ、まったく意味が分からない。俺、ちょっと集合時間に遅れただけのはずなんだが……一体、ここで何があったんだ?
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俺の名前は小島龍平。上級クラン『オーガニック』に所属しているパーティ『ゴールドクラブ』の一員だ。
俺たちのパーティ名であるゴールドクラブのクラブは倶楽部ではなく棍棒の方のクラブだな。要するに金棒って意味。名付けたのはクランリーダーの風間ユーリさんだ。
あの人のセンスはちょっと独特だってのは噂では聞いていたけど、俺たちのパーティ名はまあまあ無難な方だって烈さんが言ってたな。
烈さん本人はマッスルプリンスなんて二つ名を付けられたもんだから、本名で呼ばないとブン殴るって公言してるんだけど。
それで、今日はその烈さんの指導の下でダンジョン探索を行うため、オーガニックの拠点である風間サンライズビルにパーティ全員で来ているんだ。
ここなら今回俺たちが挑む熊林渓谷に繋がってる上野ゲートまで近いし、集合場所としてはちょうど良かったんだな。
それにしても今回は運が良かった。熊林渓谷の魔獣は結構強くて、俺らの実力だと通常個体なら倒せるけど、上位種だとギリギリって感じだったんだよね。それで俺たちだけで挑んで平気かどうかと悩んでるところに、烈さんが付き添ってくれるって話になったんだ。
まあ、烈さんは烈さんで熊林渓谷で調べることがあるからそのついでらしいんだけど。ただ、何故かウチ所属でもない探索者が一緒に行くことになったんだよな。
「いやぁ。皆さん、お若いですね。ははは、私はこの歳で探索者になったものですから見た目がですね」
「それでも健康状態は改善されてるから、ゼンジューローも以前に比べれば若々しくはなってるはずなんだけどねぇ」
「中高生の時からおじさん顔と言われていましたから」
「キュル」
「ニパーーーーー」
それで、一緒に行くことになっているこの人は大貫さんって言うらしい。多分、テイマーのおじさんだ。本人はレベル一桁台の気配しかしないけど、従魔の三体はなんだか強そうだ。
あの大きなレッサーパンダっぽい何かは俺らと同クラスの圧力を感じるし、喋る妖精は喋るだけでとんでもなく珍しい。これがおが肉のメイチューバーとしてデビューした喋る妖精か。存在自体は知ってたけど、それがこの人の従魔だったなんてな。
それに頭が口の生えてるヒマワリのフォーハンズが、四脚の台と一緒に並んでる。フォーハンズは人型魔法具だから従魔ではないと思うんだけど、あのヒマワリ頭はどう見ても寄生植物系の魔獣だ。そうなるとこいつもやっぱり従魔なのか?
なんかもうよく分からないけど、この人は多分、相当に強力なテイマースキルを手に入れた人なんだろう。
VIPの護衛用で知られるフォーハンズも所有してるってことは、相当な金持ちかもしれない。
もしかしてうちのクランのスポンサー?
失礼な言葉遣いしたら、オーガニックに迷惑がかかるかも? パーティメンバーの、特に田崎にも一応注意しておかないと。
……なんて話を田崎にしたら鼻で笑われた。
「バッカだな龍平。烈さんがスキル頼みの素人を連れて来るわきゃねえだろ。金持ちの道楽の付き添い? だったら、もっとちゃんと人員を揃えてやるだろうさ」
「あー。そりゃあ……まあ、そうか?」
返ってきた田崎の言葉はもっともなものではあった。
確かに烈さんは元々熊林渓谷を調べるついでに俺らに付き添ってくれるわけだし、そこに面倒なオマケも一緒にさせるなんてことをするはずもないよな。
「これだからチート野郎はよー。それぐらいお得意の未来予知で分かんねーのかよ?」
「チート野郎って言うなよ。そんな便利なもんじゃないんだから」
揶揄う田崎に、俺は口を尖らせながらそう返す。
田崎の言う通りに、俺のスキルは未来予知だ。2秒以上先の未来を見通す反則級のスキルで、チートって言われてしまうのも、客観的に見れば理解はできる。ただ強力なスキルな分、リソースをそっちに持ってかれて俺のステータスは軒並み低いし、未来予知も万能じゃないから、戦いはいっつも綱渡りだ。
そもそも避けようがない攻撃は、視えていてもどうしようもないしな。
「はいはい。チート持ちはみーんなそう言うんだ。つーかさー。龍平はもっとアンテナ立てておけっての。大貫さん、あの人はな。気功師だよ」
「は?」
気功師? 気功師ってアレだよな。気の力で敵を倒すっていう?
「レッツゴー倶楽部のクランメンバーチャットで最近話題だからさー。あの人」
レッツゴー倶楽部って烈さんのメイチューブチャンネルだよな。そこで大貫さんが話題? なんで?
「大貫さんさ。あの人、結構大物なんだぜ。個人でオーガニックと同盟結んでるみたいだし」
「は、マジかよ?」
オーガニックで同盟を結んでいるのなんて同格のクランだったり、生産専門クランだけのはずだぞ。ウチが個人で同盟結んでるなんて聞いたこともない。普通に考えればウチに入れちゃえばいいだけだろ?
「それによ。あの人、烈さんに勝ったことがあるらしいんだよ」
「流石に、それは……嘘だろ?」
あの烈さんだぞ。ウチのナンバー4。シーカーグランプリ上位常連で、個人としても上級探索者の烈さんが大貫さんに負けた?
「マジもマジ。烈さんに聞いたヤツもいて、詳細は教えてくれなかったけど、事実なのは確かだってさ。そりゃあさ。烈さんの油断もあったんだろうが、オーガニックのナンバー4を倒せる攻撃を持ち、強力な従魔が三体、フォーハンズは従魔かどうか分からないけど……を従えてるんだ。並の探索者のわけがねえよ」
田崎が嬉しそうに笑いながら、そう言った。
ああ、こいつの悪い癖が出てるな。強いやつを見て攻撃を受けたくて仕方なくなってる。
「なあ龍平。烈さんを倒した大貫さんの攻撃と俺の盾。『どっちがツエーか』知りたくねえか?」
「お前なぁ」
「大丈夫だって。最悪、ヤバそうな状況になりそうだったら、お前が未来予知スキルで止めてくれんだろ?」
そう言って田崎は俺の肩をポンッと叩くと、踵を返して大貫さんの方へと向かっていった。
まあ、田崎の言う通り、アイツの防御はまさしく鉄壁だ。烈さんだって舌を巻くほどの硬さなんだ。それに想定外の事態になりそうだったとしても俺の未来予知スキルがあれば、最悪の状況は回避できる。だから俺も田崎を止めることはしなかった。
だけど、この時の俺はまだ知らなかったんだ。目の前の大貫さんは普通のひ弱そうなおじさんで、彼の攻撃が田崎の盾で止められないなんて考えられなかったし、仮に烈さんに勝ったのが事実だったとして、どれだけ強かったとしても、精々田崎が吹き飛ぶくらいなものだろうと。
それぐらいには俺も田崎の硬さは信頼していたし、問題はないと思っていた。思っていたんだよ。
なのに、それがあんなことになるなんて……
【次回予告】
その犬は待てという言葉が聞けない犬だ。
ダラダラと涎を垂れ流し、
押さえつける手を見て、餌が増えたと喜ぶ犬だ。
静止も懇願も意味はなく、
絶叫はただ餌の味付け程度にしか感じない。
彼らはただ、噛み付かれた後で気付くのだ。
それは己らの手に負えぬ、ただの狂った獣なのだと。





