ブラックワークス01
「はーー、疲れたー」
「お疲れー」
「お疲れさーーん」
はい。お疲れ様です。
私は探索協会一般職員の沢木素子と申します。
太陽が昇っていますね。輝いていますね。今の私たちの脳内もキラキラと輝いています。徹夜明けのハイテンションってヤツです。
しかし昨日は、というかつい先ほどまでは本当にしんどかった。探索協会埼玉支部内が怒号飛び交う修羅場でした。
退勤時間ギリギリで迷宮災害が発生したせいで残業コースに突入……までは、まあまあ許容範囲内でした。一大事ではありますが、我々がやらなければならないのは埼玉県の上級探索者や一部の探索者に連絡をとって、都内の日本探索協会本部にある転移門へと送り込むことぐらいでしたから。
ちなみに転移門というのは、日本のいくつかの主要都市に設置されている魔法具で、転移スキル持ち探索者の魔力をチャージして別の転移門へと長距離転移を行うものなんです。ただ転移門ひとつにつき、同じ魔力でしかチャージができないんですよ。
数十人を一気に長距離転移するには一ヶ月分くらい魔力をチャージする必要がありますのでこういう非常時でもないと使われないし、一度使うと連続使用もできません。
一気にヤバくなったのは迷宮災害が発生して一時間後に埼玉県内にゲートが追加で出現した時です。
先ほどもお話ししたように転移門はその仕様上、連続で使用できるものではありません。予備もありますが、それを使うのは国家的危機があった場合に限定されます。
日本では、すでに迷宮災害に対する対応スキームがある程度確立されていますが、それも戦力があってのこと。主力となる探索者はみな他の迷宮災害の現場に送られています。
いえ、実際にはそれでも防衛するだけの戦力は残されていましたが、何を思ったのか覚醒施術を受けていた議員が子飼いの探索者と共にゲートを閉じるために突入してしまったのです。結果は全滅。刺激された魔獣たちが一斉に飛び出して防衛線が突破され、今回の鴻巣市の迷宮災害による被害は国内では近年稀に見るものとなりました。
実のところ最初に発生した秋田県、兵庫県は初動対応がしっかりできていたために被害は少なく、また兵庫県は発生地点の立地条件や資源獲得の可能性が高い先と繋がったために新たなるダンジョンとして残す予定になっています。
青森に関しては厄災級への変異直前の個体との戦闘により近隣の山がひとつ吹き飛んで地図が書き換わる事態になりました。ただ、幸いなことにそばに町はなく、犠牲は一部の住人と戦闘に参加した国防軍兵士と探索者の計三十名程度に抑えられたそうです。
都市部での戦闘になった場合、犠牲は数万単位で発生していたでしょうし、犠牲はあったものの運が良かったと言わざるを得ません。
そして我らが埼玉県鴻巣市ですが、埼玉県内の迷宮災害としては九年ぶりの大被害です。
すでに戦力の分配が確定した後での遅れての発生と、青森の準厄災級の出現により戦力の投入があちらに回され、また出てきた魔獣が数で押す蟻系統であったことも被害拡大の一因でした。
そうなれば私たちにできることといえば、関係各所と連絡を取り合いながら各々の担当などに連絡を取って増援の依頼を出すことだけです。
結局は上級クラン『オーガニック』の風間ユーリさんと『グランマ騎士団』の三船ベラさんのふたりが協力してボスを倒してゲートを閉じてくれたおかげで、迷宮災害は一応終息しました。
そしてその後の処理も一区切りついたのが今です。後は引き継ぎをして寝るだけです。まあ家に帰らずに仮眠室で寝て、数時間後にはまた仕事なんですけどね。
やりたくはないですが、私たちが動かないと今回被害を受けた方々への対応が遅れてしまいます。本当にね。嫌な時代になったものですよ。
しかし、太陽が眩しいですね。もう限界です。お布団と幸せなキスをして終了したいです。今ならお布団に欲情できる自信があります。子供とか生まれたらどうしましょうか。生まれるのは枕ですか? 低反発な子だと良いですね。ともかく今はただ布団に入りたいんです。布団布団布団布団……
「おうみんなお疲れ」
「あ、吉田課長。ようやく戻ってきた」
「お疲れ様です」
「上の方、どっすか?」
おや、吉田課長が戻ってきました。
顔色が悪いですね。三時間ほど前に上に呼ばれたっきり、戻ってきませんでしたが相当詰められたんじゃあないでしょうか。おや、課長がなぜかこちらを見ています。おやおや、こちらというか私?
「ははは、上も今ようやく落ち着いたよ。まあ、これからがまた大変だろうけどな。沢木、ちょっと来てくれるか?」
「あ、はい」
なんでしょうか。
ここ最近の騒動の元である大貫氏には、今回協力を呼びかけてはいません。
あの人の戦闘能力は確かなようですが、彼は未だ二ヶ月未満のルーキー。どれだけ強かろうと、死ぬ時はあっさり死にます。特にソードアントは群れで行動するもの。物量で攻められれば、上級探索者でも危ないのです。そんな場所に例え有望だとしても、いえ有望だからこそ経験の少ないあの人を放り込むことなどできません。
最低でも半年。若葉マークが取れるまでは参加させないのが探索協会の方針です。人の命を蔑ろにしている職場などと揶揄されることもありますが、そういうところはちゃんとしているんですよ。
なので、今回大貫氏は関係がないはず。
となると……なんのお話でしょうか?
いや、なんでもいいんですが、さっさと寝たいです。その話、後じゃ駄目ですか?
あ、駄目? はい。
【次回予告】
救いたまえ。
救いたまえ。
哀れなる女の魂を救いたまえ。
泥沼に落ちた彼女を救いたまえ。
ただ今はひとときの救済を。
絶望が女を壊す前に。
嘆きが女の口から漏れる前に。
救いたまえ。
救いたまえ。
哀れなる女の魂を救いたまえ。





