番外 銀色と道化と甘い金色 前編
「シルフィ、わたくしやるわ!」
今日もきらきら眩いほど美しい金色のセルフィが、天に向かって拳を突き上げている。
わたくしはやる気に満ち溢れた姉をみると、胸がどうしようもなくどきどきして、何も喋れなくなってしまった。
セルフィはそんなわたくしには気づいた様子はなく、目の前にある小さな横笛を手に取ると、そっと口をつけて、思い切り息を吹き込んだ。
けれども、息が抜けた音が出るばかりで、先生が見本で見せてくれたような綺麗な音は全然でない。そのことに、セルフィは悲しそうな顔をした。
そんなセルフィを見かねた先生が、セルフィに色々と笛を吹くコツを教えている。
わたくしは、先生に教えを請うセルフィを見て、気づかれないようにこっそりと息を漏らした。
……セルフィが出来ないのであれば、わたくしにも出来ないわね。
……あんな難しそうなもの、挑戦するまでもなく、わたくしなんかに出来るはずがない。
わたくしは机に置かれたもうひとつの笛を見た。
セルフィと色違いの小さな笛は、きらきらしていてとても綺麗。
触ってみたい気もするけれど、きっと先生は眺めるだけでは済まさないだろう。
出来なくて恥ずかしい思いをするくらいなら、やらないほうがずっとまし。
わたくしはそう思って、瞳を伏せた。
そのときだ。
ぴ、ぴーーーーーーー!
甲高い笛の音が聞こえたかと思うと、セルフィの喜ぶ声がした。
ずきん、と胸が痛む。
わたくしが恐る恐るセルフィのほうをみると、先生のような綺麗な音ではないけれど、セルフィの笛から音がでている!
「やったわ!シルフィ!できたわ!」
「上手に出来ましたね。セルフィ姫」
喜ぶセルフィに、優しく褒める先生。
その光景を見て、わたくしは顔を歪めた。
「さあ、セルフィ姫ができたのですから」
――あなたも出来るでしょう?
言外にそういって先生はわたくしに笛を渡してきた。
わたくしはその瞬間、知らない世界にたったひとりで放り込まれたように、心細くなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さあ、お昼寝をしましょうね」
侍女がわたくしたちに声を掛けて部屋から出て行った。
広い部屋の真ん中には、ふたりで寝ても有り余るほど大きなベッドが鎮座している。
わたくしとセルフィは、寝巻きに着替えるとそこへもぐりこんだ。
そして、ベッドの中で顔を見合わせて、侍女に起きていることがばれないようにこそこそと話をするのがいつもの習慣だ。
「……笛から音が出たときはとてもうれしかったわ!シルフィ」
「……よかったわね。セルフィ。わたくしには音が出せなかったわ」
わたくしが目を伏せてそういうと、セルフィはにっこり笑った。
「だいじょうぶよ!シルフィだって出来るようになるわ。今日はたまたま上手くいかなかっただけ」
――だって、わたくしにも出来たんだもの。
セルフィがそういったわけでもないのに、言葉にならない言葉を勝手に頭の中で再生して、わたくしは勝手に傷ついた。
「……もう、寝るわ。セルフィ。おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい。シルフィ」
ごろん、と寝返りをうって目を瞑る。
もう、セルフィの顔は見たくない気分。
わたくしは勝手に自分ひとりで不貞腐れて、ベッドの中で目を瞑った。
暫くすると、後ろから寝息が聞こえてきた。
セルフィの寝つきのよさはうらやましい。わたくしはいつも何か考えてしまって、なかなか眠れないのに。
「――はあ……」
ごろり、と寝返りをもう一度打つ。
長い銀髪がベッドの上に広がり、嫌でもわたくしの視界に入ってくる。
……――なんて、嫌な色。
隣で眠っているセルフィの金色の髪に目をやると、そのきらきらした輝きが眩しくて、またため息を零した。
「憂鬱な顔は、君に似合わないのではないかい?銀色の姫」
そのとき、わたくしの背後で聞きなれない声がして、心臓が跳ね上がった。
この部屋にはわたくしとセルフィしかいないはず。
それに、扉の外にはクルクスが文字通り張り付いて見張っているはずだ。ここは3階だし、窓から入ってくるなんて――……
「おや、僕の声がきこえなかったのかな。それとも、いつも泣いているような仮面をつけているくせに、人様に憂鬱なんて言う、僕の図々しさに呆れてしまったのかな。……仕方ないね。僕は随分図々しいもの」
わたくしが闖入者について考えている間も、そいつは只管喋り続けている。
「そして、図々しい僕はとうとう姫様方の寝室に忍び込むという、凶行に出たわけだ。なんたる!なんたることか!僕はこれでとうとう変態の称号を――」
「……ぶっ!」
謎の闖入者がいきなり変態なんて言い出すものだから、わたくしはついつい噴き出してしまった。
「……なんだ。僕の声が聞こえているじゃないか」
すると、そいつは酷く優しい声でそういって、わたくしの視界に入るように移動してきた。
眠るセルフィの向こうに回り込んできた、闖入者の出で立ちは正しく『道化師』。
泣き顔の描かれたのっぺりとした仮面に、大きなシルクハット。異様に派手なローブに、じゃらじゃらと沢山の宝石がついた装飾品を身に着けている。
「僕の名前は――テオ。『道化師』テオだよ。銀色の姫。君を妖精女王の宴に招待したくて、迎えにきたんだ」
闖入者で変態で、道化師なテオと名乗るそいつは、わたくしに白い手袋を嵌めた手を、芝居がかった動作で差し出してきた。
「銀色の姫、さあ僕の手をとって」
――妖精女王の招き。
その言葉に思わず胸が高鳴る。
妖精女王。それはわたくしの先祖のひとり。人外でありながら、人間と契って血を残した、酒をこよなく愛する人外のことだ。
ジルベルタ王国の王族には人外の血が流れている。
それは公には公表されていないけれど、妖精女王の血を引く証である金髪碧眼を高貴な色として扱っていることから、国の根幹に関わるものであれば、暗黙の了解として皆が知っていることだ。
そして、わたくしは金の色を持たない。
辛うじて碧眼は持ち合わせているけれど、わたくしの髪は銀色。金とはまるで逆の色。
…どうやら、おかあさまの母方の色が強く出てしまった結果のようだけれども、正直わたくしはこの色が大嫌い。
みんなで揃って食事をしているときなんかは、一人だけ異物になってしまったような気分。
勿論この色のことで、おとうさまやおかあさまがわたくしを邪険にするわけでもない。
他の皆も、姉のセルフィと同じように扱ってくれるから、これはわたくし自身の問題だ。
――それに、わたくしはセルフィに比べると酷く劣るもの。
なんでも挑戦して、なんでもやりとげるセルフィ。
できることならば、なにもせずに静かに傍観していたいわたくし。
確かにふたごではあるけれど、全く違う人間のはずなのに、周囲はまるで同じもののように扱う。
小さい頃はそんなに気にもならなったけれど、大きくなるにつれ、わたくしのなかでそれはとても大きな違和感となって感じられるようになった。
――わたくしの憧れと羨望の金色のもとになった妖精女王。
わたくしは、どうしてもその人外に会ってみたくなった。
ごくり、と唾を飲み込むと、ゆっくりとベッドを降りる。
そっとセルフィをみてみると、ぐっすりと眠っている。
……わたくしが、ここからいなくなったと気づいたら、セルフィは寂しがるかしら。
きっと、城も大騒ぎになるに違いない。クルクスなんて、泣いてしまうかもしれない。
わたくしは小さく「……ごめんなさい」と呟いて、セルフィから視線を外した。
ふかふかのスリッパを引きずりながら歩いて、テオに近づくと、わたくしは勇気を出して、その白い手をとった。
「では参りましょう。姫。暫し、妖精女王に至るまでの短い旅路を楽しもうじゃないか!」
「――たびじ……?」
テオは大げさな動作で片手を振り上げると、寝室のドアに手を掛けた。
――あ、扉の外にはクルクスが――……!
そう、わたくしが言う間もなく、テオの手によって扉は開かれてしまった。
――びゅおおおおおおおおう!
途端に、扉の向こうから強い風が吹き込んでくる。
扉の向こうはいつもの見慣れた王城の廊下でも、扉に張り付いたクルクスでもなく。
そこに広がっていたのは、どこまでもつづく青空。
強い風に吹かれて、物凄い速さで雲が流れていく。
風を正面に受けて、わたくしの髪がなびく。目を開けているのが難しいほどの風。それはとても冷たくて、寝巻きの薄い生地では肌寒いくらいだ。
地面ははるか下。王城の上空に扉は位置しているのだろうか、広大な森に囲まれた小さな小さな白い城がぽつん、と建っているのが見える。
「さあさ。どうぞどうぞ」
テオは容赦なくわたくしの背中を押してくる。
強引に、強い力で押してくるものだから、わたくしは抵抗することも出来ずに、あっというまに扉のふちに立たされた。
「や、やめて。なにを……」
焦って後ろに首を回してみるけれど、見えるのはつるりとした泣き顔の仮面だけ。
そして、とうとう――どん、と勢いよく押され、わたくしは宙に投げ出された。
「………!!!」
ふわりと体が浮いて、内臓が置いていかれるような気持ち悪さがおなかの中から湧き上がる。
物凄い勢いでわたくしは地面に向かって落ちていく。
スリッパはあっという間に脱げてしまって、わたくしよりはるか上空に昇っていってしまった。
いつのまにか、テオはわたくしから少し離れたところにいて、わたくしと同じように空を泳いでいる。だから誰もわたくしを支えるものはいない。
――落ちる!このままでは死ぬ、死んでしまう。
その事実が、わたくしの中に絶望を生み出し、じわじわと体全体に染みこんでいく。
わたくしの目からは涙が零れ、その涙は下へ落ちずに、空へ向かって昇っていった。
「はははは!落ちている!落ちているね!愉快だなあ」
そんなわたくしをよそに、テオは楽しそうにくるりくるりと回転している。
とんでもない速さで落ちているのだから、声なんて聞こえなさそうなのに、何故かテオの声だけはわたくしの耳にはっきりと届いた。
楽しそうに遊んでいるテオに、わたくしの中にふつふつと怒りが湧いてくるけれど、声をあげることも出来ずにただただ地面に向かって落ちていくことしか出来ない。
そのとき、笑っていたテオが急に冷めた声をあげた。
「……ああ。飽きた……」
すると、次の瞬間、体が何かに引っ張り上げられるように持ち上がるのを感じる。
そのせいで、どうしようもない眩暈と吐き気が沸き起こってきて、わたくしは目を瞑って耐えた。
「落ちるのも意外と退屈だ。……さて、遊びはここまでにして」
テオはそう言って、わたくしを抱え込んだ。
じゃらり、と沢山の宝石が擦れる音がする。
すっかり冷え切っていた体に、テオの体温が伝わってきて、少しだけほっとした。
「次は優雅に空の散歩と洒落込もうじゃあないか!」
けれども、ほっとした次の瞬間、テオの勇ましい声と共に、今度は横に強烈に引っ張られる感覚がしたかとおもうと、水平に体を保ったまま勢いよく飛び出した。
……どれくらい経ったのだろう。
わたくしはずっと目を瞑っていたから、よくわからないけれど、段々と横に滑るように飛んでいる感覚に慣れてきて、若干余裕がでてきた。
「ねえ。銀色の姫。目を瞑っているのはいい加減にして、ちょっとだけ外の世界を覗いてごらんよ」
そんなテオの声が耳元で聞こえる。
テオはしっかりとわたくしの体を支えてくれているから、地面に触れていないのにも関わらず、意外と姿勢は安定している。
「……た、高いのでしょう……?怖いのでしょう……わたくし、そんなの嫌だわ」
「怖くなんかないさ。高くはあるけれどね」
「やっぱり!」
「でも、怖い以上に素晴らしい風景が広がっているよ。みなくちゃあ、損だよ。……最も、僕のような図々しいやつと一緒に見るのは君が嫌かもしれないけれどね」
テオはそういうと、空を飛ぶのをやめて止まってくれた。
そして、横になっていた体勢をまっすぐに戻して、優しい手つきでわたくしを抱きしめ直した。
久しぶりに頭が上にある感覚に、わたくしは心底ほっとして――思わず目を開けてしまった。
「……すごい」
目の前に広がっていたのは、どこまでも広がる広大な森。
その森は赤色や金色、茶色、緑色――色々な色に染まり、色彩に溢れた光景は、まるで一枚の絵画を見ているようだ。
葉が風に揺れるたびに、いろんな色が混じりあい、金色の葉がざわめく様はとても美しい。
強い風が吹くたびに舞い散る落ち葉。まだ落ちていない葉も美しいけれど、地面に積もる落ち葉のなんとも柔らかそうなこと!きっとあそこに思い切り飛び込んだら、ふわふわで気持ちいいに違いない。きっとセルフィなら、一番に飛び込むはずだ。
遠くに見える標高の高い山は、すでにてっぺんには雪を被っている。
眼下に見下ろす森は色に溢れているのに、遠くの山は既に冬支度を始めているのが、なんとも不思議な気分。
あの山の上は冬で、ここは秋。
季節の境目を目の当たりにして、じわじわと感動がわたくしのなかに湧き起こった。
「綺麗だろう?僕は、秋ごろの山々の景色がなんとも好きなんだ。この季節は風は冷たいけれど、眺めている分には延々見ていて飽きないところがいいよねえ」
テオは楽しそうにそういった。
空から落ちることにさえ直ぐに飽きてしまう、テオでさえ魅了する秋の山々。
確かに、ずっと見ていたい素晴らしい景色だ。
わたくしは、思わず人差し指をそっと宙に滑らせて、山の稜線をなぞる。
――これを絵として描けたなら。いま、この感動をここに残せたら。
どきん、どきんと胸がうるさい。
沸々と湧き上がる創作意欲が止まらない。
……けれど、わたくしにはこの美しい景色を写し取れるような技量は無い。そのことに思い至って、わたくしの浮き立った心は一瞬にして沈み込んだ。
「銀色の姫は絵を描くのが好きなのかい?」
「うん。そうなの……でも、とてもではないけれど、他のひとにみせられるような腕前ではないから、内緒なのだけれど」
何故かテオの質問にするりと答えが出た。
いつもなら、少し逡巡してからでないと話せないのに、なぜかテオにはするりするりと言葉がでる。それに、絵を描くのが好きなんて、セルフィにすら話していないわたくしの秘密なのに、あっさりとばらしてしまった。
「すばらしいね!上手い下手はともかく、美しい風景を残そうと思うその心が美しい――君の描いた絵をいつかみてみたいものだ」
「わからないわ。だってわたくし……なにも」
なにも、できないもの――……。
そう言おうとした瞬間、テオはわたくしの口を優しく白い手袋をした手でふさいだ。
そして、テオに背中を預けていたわたくしをぐるりと回転させて、自分のほうに向かせる。
すると、わたくしの視界いっぱいにテオの泣き顔の仮面が広がった。
「銀色の姫は何を恐れているんだい?」
「お、恐れてなんかないわ」
「銀色の姫は何を躊躇っているんだい?」
「……躊躇ってなんて、ないわ」
「銀色の姫は何で――そんなに、悲しそうなのかな……」
「悲しくなんて、ないわ……」
まるで舞台俳優が紡ぐ、演劇の台詞のような問答にわたくしは戸惑ってしまう。
それに、最後にわたくしを悲しそうといった、テオの口調のほうがよっぽど悲しそうで、切なそうで。わたくしは思わず息を呑んだ。
「仮面を外してごらん」
先ほどまでの大仰なまでの物言いから打って変わって、静かな口調でテオがそういうものだから、なんだか逆らうのも可笑しい気がして、わたくしは素直に仮面に手をかけた。
そっと白い仮面を外すと、その下から現れたテオの素顔にわたくしは息を呑んだ。
そこにあったのは、まじまじと見るのも憚られるような異様な顔。
目の周りの肌は裂かれたようにケロイド状になっていて、目玉はどこにも無い。
目玉があるべき場所には、闇のように黒々とした魔力の残滓。それが意思があるもののように、蠢き、零れ、溢れている。
「君は、僕が何者だとおもうかい?」
「何者だと……おもう……?」
テオの問いかけに言葉を詰まらせる。
この闖入者で、道化師で、妖精女王の遣いは――人外だと、人でない何かなのだと。単純にわたくしは思っていた。……それ以外にも、何かこのテオという男にはあるのだろうか。
「ふふふ、化け物。それ以外に僕を示す言葉があるとしたら、そうだね。愚か者。道化。あとは――元、人間」
テオはなんとも楽しそうに唇を歪ませて、「昔々の愚か者の話をしよう」と歌うように話し続けた。
「その愚か者はね。恋心に踊らされて、自分の気持ちの導くままに、何も考えずに全てを棄てて別の世界に飛び込んだんだ。慣れない世界、慣れない道理。愚か者にとってそこは、慣れないものばかり。愚か者はいろいろなものに巡り合って、沢山の経験をした。けれども、最終的には愛しいと思った相手すら見分けがつかない大馬鹿者でね。……随分と長い間捜し歩いたのだけれど、結局見つけられず、絶望した愚か者は自分の目を抉り取り、別の世界から逃げ出したのさ」
テオの語る物語に聴き覚えがある。
そう、それはこの国に古くから伝わる物語。精霊に恋してしまった哀れな男の物語。
けれども、物語では紡がれていない男の末路が語られている。
闇が零れる瞳を、テオは笑うときのように細めた。……いや、実際に笑っているのかもしれない。
「愚か者は愚か者なりに、その時々の気持ちで、その時出来る精一杯をやりとげた筈だった。でも、全てが愚か者の思い通りには進まず、とうとう愚か者は全てを諦め、そして絶望した!しかもそのときには人間ですらなくなり、元の世界に馴染むことすらできなかった!……けれども、暫くしたら、そんな気持ちもどうでもよくなってしまった。だって、いくら後悔していたって、絶望していたって、変わらず世界は移り変わっていく。そして、毎年、美しく枯れていく秋の景色がひろがるのさ」
テオはわたくしの腰を片手で抱えて、まるでダンスを踊るようにくるりくるりと廻りだす。
「だから、今は後悔していない!ああすればよかった?やらなければよかった?……知るもんか!心の導くままに、やりたいことをやっただけさ!やらなかったら、後悔もできなかった!追いかけなかったら、絶望もできなかった!ただ、世界を彷徨って踊って歌うだけじゃあ、知ることが出来ない体験だ。僕は大変な宝物を手に入れたのさ」
そこで、テオはぴたりと廻るのをやめて、わたくしの顔にずいっと自らの顔を近づけた。それはまさにダンスのフィニッシュを決めた瞬間のような、とても気障な格好で――そして、また話を続けた。
「だから、銀色の姫。君も何も出来ないと泣いて、何もせずにいたら、貴重な体験を――宝物を得る機会を逃してしまうかもしれないよ?」
「……わたくし、泣いてなんかいないわ」
「そうかい?僕には泣いているようにみえる」
「……そうなの、かしら」
「少なくとも、泣いている仮面をいつもつけている僕よりかは、泣いているように見えるさ」
そういって、テオはわたくしの手から仮面を受け取った。
テオを見上げると、道化師はうっとりと眼下に広がる広大な秋の森を眺めている。
心成しか、眼窩から漏れ出る闇も増えているような気がする。
「テオ。あなたはあの物語の、精霊界にいってしまった道化師なの?」
「さあね。どうだろうね?」
テオはわたくしの問いを笑ってごまかした。
そして、もう一度美しい秋の森を眺めて、
「ねえ、銀色の姫。僕は君の描いた絵を見てみたいな。きっと君が描くこの景色は、素晴らしく美しいに違いない。僕の魔法の目では見れない世界がきっと描かれているだろうからね」
「誰にも内緒だけれどね。目を抉り取ったことだけは、今でも後悔しているんだ」と、テオははにかんで笑った。
その笑顔に、何故かわたくしの胸の奥がきゅんと苦しくなった。
……なんだろう。不思議な苦しさだ。
「絵を描いたら、見てくれる……?下手でも?出来てなくても?」
「勿論さ。楽しみにしているよ、銀色の姫」
そういって、テオはまるで物語の登場人物のように気障な仕草で、わたくしの額に唇を落とした。




