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【書籍化】異世界おもてなしご飯〜巻き込まれおさんどんライフ〜  作者: 忍丸
春編

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晩酌3 そらまめと幻想への誘い 前編

 ぷちん、ぷちん、ぷちん。

 ひたすら手の中のそらまめに包丁で切れ込みを入れる。

 ザルの中のそらまめが無くなると、まだまだあるそらまめの鞘を持ってきて、ばりっと開ける。

 中にはふわふわのクッションに包まれた青い豆。

 大体四兄弟くらいのそらまめを、空いたザルにぽいぽい放り込む。

 そしてまた、ひたすら切れ込みを入れていく。



「なにをしとるのじゃ?」

「下ごしらえ。そらまめを塩ゆでにするから…こうすると皮が剥きやすいし、塩味も中に染みやす……ん?」

「なんじゃ、豆か。つまらん」



 私は、はっとして周りを慌てて見渡す。

 あんまりにも自然に声を掛けられたから、普通に返事をしてしまったけれど、よくよく考えるとこの場所には私しかいないはず。

 明かりの落とされた居間、窓の外は真っ黒でなにも見えない。しん、と静まりかえった家は昼間とは違う顔を見せる。

 暫く辺りを窺っていたけれど、特に変わりはなかったので、空耳かとまた手元のそらまめに視線を落とした。

 台所の蛍光灯だけが照らす手元は、明るいはずなのに周りの静けさと相まってなんだか薄暗く感じる。

 ――ぴちょん。

 蛇口から水が落ちる音が響く。

 やけに静けさが耳に煩い。

 久しぶりの緊張感。なるべく物音を立てない様に気を付けながら作業をすすめる。

 誰にもバレてはいけない。

 そう。今日は久々にひとり。

 久しぶりの――秘密の晩酌だ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 食料庫の棚をごそごそ探る。

 ふと、ビールのケースをみると大分数が減っている。

 晩酌の度にダージルさんに請われるままにビールを出していた結果がこれだ。

 しかも今日のおつまみはそらまめ。

 ビールに枝豆に次いで最強に合うこいつをダージルさんに出したら…おお、想像するだに恐ろしい。

 しかし、私には短い春先にだけ一瞬現れる、春の味のそらまめを食さないなんて選択肢はない。この異世界でそらまめを見つけ出した苦労も無駄にしたくない。

 ビールを節約するため…ダージルさん、犠牲になってもらう!はい、合掌。

 ジェイドさんにも内緒だ。彼の勤勉さには頭が下がる思いだけれど、無理をしてまで参加する必要はない。

 ――というわけで。涙を呑んでここは私ひとりだけの晩酌にしよう。

 ああ、仕方ない仕方ない。と心の中で繰り返しながら乾物の棚を漁る。

 目的のものを見つけると、食料庫を出ようとして、ふと梅酒の瓶が目に入る。去年つけた梅酒はまだ若い味で、さっぱりと飲みやすい。



「……」



 ――よし。梅酒も飲もう。

 梅酒は意外と何にでも合うオールラウンダーの憎いやつだ。

 私はビールを数本と、その梅酒の瓶を抱えて台所へ戻った。



 晩酌の支度を整えて、自分の部屋へ入る。

 ベットにクローゼット、小さな本棚に細身の飾り棚。

 私の畳敷きの部屋にある家具はそれだけだ。

 この家に引っ越してきて、毎日忙しく過ごしてきたためか、部屋を飾り付ける事もなく今日を迎えてしまった。

 …といっても特にインテリアに興味があるわけでもないし、可愛らしい雑貨や小物には、然程(さほど)そそられない。

 本当に必要最低限のものだけで、女らしくない部屋だとは思うけれど、それもまた私らしさのひとつなのだろう。

 そんな部屋の中でお気に入りの場所がひとつある。

 私の部屋の窓は出窓になっており、窓枠から30センチ程度だがスペースがある。

 そこは狭いけれどベンチのように座れ、時たま日当たりの良い午後なんかはそこで読書をすることもある。

 そして、こんな晴れた日の夜は、窓越しに星を眺めるのにうってつけだ。

 ――いつまでも部屋に電気が付けっ放しだと、流石に見回りの兵士に怪しまれるだろう。

 そう思って部屋の電気を消し、真っ暗だと動くのに困るので、小さいアロマキャンドルを出窓の端の方に置いて火をつける。これは、友人から誕生日に貰ったキャンドルだ。私の部屋にある数少ない女らしいアイテムだ。

 ぽうっとほのかな灯りがともり、ぼんやりとオレンジ色に視界が染まった。



 ――自分の部屋で飲むぶんには警備もいらないよね。



 そらまめをひとつ食べかけて、ふと警備付きで晩酌をすることになった理由を思い出し、言い訳のように自分にそう言い聞かす。

頭を軽く振って、茹でたての湯気がまだ上がっているそらまめを、ひとつぺろっと皮をむいてそのまま口へ含む。

 口にした瞬間、豆の甘みとそらまめの香り。

 ほく、と柔らかく茹でられたそらまめは、程良い塩加減。

 とりあえずビール、とぷしゅっと缶を開ける。

 グラスに注ぐ今日のビールは、ドライなキレ味が売りのビール。

 泡をちょっとだけ吸って、ぐいっと金色のしゅわしゅわの液を飲めば、舌の付け根あたりがピリリと辛味を感じる。



「ぷはーっ」



 アルコールの混じった息を一気に吐き出す。

 ビールはこの最初の一口が最高だ。

 プレミアムなビールの癖のない味もいいけれど、ジリジリと舌を刺激するキリッとしたこちらの味もとても良い。

 ごく、ごく、ごく、と一気に飲み込んでグラスが半分ほどまでに減ったら、続けてそらまめをぱくり。

 ビールの苦味がそらまめの甘みに変わり、口の中がホッとする。



 ――うう。ビールに合うなあ。



 頭の中で枝豆VSそらまめ対決を妄想しながら、ひとつ、ふたつと連続して食べて、またビールをグビリ。甘くなった口をビールがきゅっと引き締めて、これがまた癖になる。

 気づけばグラスも空になり、ビールの空き缶が数本と、盆の上にはそらまめの殻がこんもり。次は何を飲もうかと、梅酒の瓶をちらりと横目でみる。

 琥珀色に染められたそのお酒は、キャンドルの灯りに照らされてなんとも魅惑的だ。

 よし、と梅酒に決めて陶器のコップを用意する。

 まだまだ夜は肌寒い。足の指先が少しだけ寒さでかじかんでいる。

 こんな時はお湯割にするに限る。

 ケトルに水を入れて沸かす。

 さっき食料庫から持ってきたチータラも皿に盛る。

 温かいお酒にはチーズを合わせるのが好き。スモークチーズもいいけれど、このカマンベールチーズ入りのチータラもなかなかイケる。

 ケトルがカチン!と鳴ってお湯が沸いたことを教えてくれたので、陶器のコップに半分ほど注ぐ。

 ほかほかと湯気が立つコップに、梅酒を注ぐとふわりといい梅の匂い。透明なお湯の中に琥珀色の梅酒がもやもやと溶けていく。

 お湯割を作るときはは先にお湯を入れて、それからお酒。それが鉄則。香りの立ち具合が全然違うのだ。

 お酒を後入れしたので、自然に湯と混ざる。かき混ぜなくて良いのも嬉しい。

 コップを持つと、お湯がお酒で程良い温度になり丁度持つと気持ちいいほかほか加減。

 甘酸っぱい梅の香りをかぎながら、ふうふうと息を吹きかけてひとくち飲む。

 口から喉、食道を通って胃。順番にじんわり体のうちから温かくなるのが判る。

 ほうっと熱い息を吐く。キャンドルの灯りできらきら揺らめく琥珀色の水面をじっと見つめて、足を出窓に両方乗せ、抱えるようにして体を縮める。



 温かい梅酒のコップを少し冷えた足の甲にあてて、その温もりで暖をとりながら、チータラをひとつ。

 カマンベールチーズ入りのこれはお気に入りで、数袋常に必ずストックしておくほどのとっておきだ。これもダージルさんに出したら一瞬で消えそうで、中々食べられなかった待望のおつまみ。

 お湯割で程よく温まった口の中でチーズがとろり。

 濃いチーズの風味ととろとろの舌触り、それと一緒に鱈の旨味が噛めば噛むほどしみてきて、まるでリスの様に噛み噛みと前歯でチータラを齧る。

 ――うう。止まらない。

 皿の上のチータラが私を誘う。誘惑に負けて、どんどんチータラを食べ進めてしまいそうな自分を止めるためにお湯割を口に含めば、口の中がほっこり温まって幸せな気分。



「なんじゃ、美味そうじゃの」



 唐突に、としか言いようがない。

 少し高めの声とともに現れたそれ(・・)に気づいて、いままでのぬくぬくとした気分は吹っ飛び、ぞわりと身体中に鳥肌が立った。

 そこに忽然と現れたそれ(・・)は一見すると美しい少女に見える。

 それ(・・)は恐ろしいほど色素が薄い。金、というよりは白に限りなく近い白金の髪は、ふんわりと美しく波打っている。腰まで伸ばされた髪はそれ(・・)が動くたびに、ふわりふわりと羽のように軽く舞う。

 白金に縁取られた瞳は澄み渡る空の色。宝石よりも尊く貴重な輝きをもって煌めくその瞳は、私の全てを見通すような力強さを持つ。

 まっすぐに伸びた鼻梁(びりょう)。赤い果実のように熟れたふっくらとした唇は艶やかに濡れていて、透けるような白い肌と、色素の薄い髪色の中でそこだけが際立って色鮮やかだ。

 人形のよう、なんて表現では足りない。

 その美しさは明らかに人外のそれだった。

 美しすぎるものを見た時、人は恐怖するのだと――今、初めて思い知る。

 ふふ、と笑う声がする。

 出窓に座る私を見上げるように床に座り込むそれ(・・)はなにやら愉しげだ。



「なあ。(わらわ)にもそれをおくれ」



 細く、折れそうなほど華奢な指で梅酒の瓶を指す。

 重そうに見えるほどたっぷりと豪奢なレースを幾重にも重ねた白いドレスが、畳を擦ってしゃらしゃらと音を立てる。細い首元から体全体を覆うそのドレスは、それ(・・)を中心に放射状に何処までも広がり、その端は暗闇に溶けて見えない。

 ごくりと唾を飲み込む。

 得体の知れない何かが手の届きそうな場所にいる。

 ――これは、逆らってはいけないなにか(・・・)だ。

 私は震える手で、コップを出窓に慎重に置いて、それ(・・)の希望を叶える為に、そっと床に足をおろした。ゆっくり、そろそろと足を運ぶ。それ(・・)の為のグラスを用意しなければならない。

 飾り棚のガラス戸をゆっくり開ける。

 そこにはいくつかのグラスが飾ってある。私がお酒が好きなことを知っている友人から貰ったものだ。1人で晩酌をする時に使う、特別綺麗なグラス。

 梅酒のお湯割ならこの辺り、と思いひとつのグラスを手に取ると――



「湯はいらぬぞ。そのままで良い。――なあ、妾はこの酒の中の果実も欲しい」



 それ(・・)がそう言ったので、そのグラスを取るのをやめた。そして、ふと先日薬草売りから貰ったグラスが目に入る。この間梅シロップを渡したので、グラスの数はふたつに増えた。紅色と翠色のそれは、梅の実を入れて酒を飲むのにちょうど良さそうなサイズだ。

 私は翠色のグラスを手に取る。

 酒を注ぐために梅酒の瓶へ近寄り、瓶の蓋を開けて用意してあった菜箸で梅の実をひとつ取り出す。

 翠色のグラスにころりと梅の実を入れ、とぷ、と琥珀色の酒を注ぐ。



「妾の酒はそれかの?」



 気付くとそれ(・・)がすぐそばまで来ていた。

 それ(・・)は、期待に満ちた瞳でグラスを見つめると、私の手からそっとグラスを取り上げ、中の酒を眺める。

 キャンドルの仄かな灯りが翠色のグラスの文様で屈折して、琥珀色を美しい翠に変える。



「ほ。これは懐かしい文様じゃの。チコの花か。相変わらず美しいのう。(いにしえ)の民の杯…妾に相応しい」



 そして唇をそっと寄せ、一瞬香りを楽しむようにしてグラスを揺らした。ゆらりと揺れる梅酒から漂う香りは期待通りだったのか、長い睫毛の瞳をすうっと細め、舌を僅かに突き出してほんの少しだけ酒を舐める。

「…ふふ」と小さくそれ(・・)は笑って、くい、と今度は口に含んだ。



「ああ…。甘いのう。それにまだ若い」

「お気に召しませんか」



 あの10年ものの梅酒の方が良かっただろうか。恐る恐る聞くと、それ(・・)は優しく微笑んで首を振る。



「若いというのは良いことじゃ。古きものばかりを有り難がる阿呆もおるが、若く青々とした時は一瞬。その時しか味わえぬ、得難きものよ。ふふ、妾は気に入ったぞ、もそっと注げ」



 ぐいっとグラスをこちらに寄せるその顔は、とても機嫌が良さそうにみえる。

 私は胸を撫で下ろし、再び梅酒でグラスを満たすと、それ(・・)は私のコップの方をつい、と指差して「お主も杯を持て。妾はひとりで酒を飲む趣味はない」と、にんまり笑う。

 慌てて自分のコップを持つと、それ(・・)はこちらへにじり寄って来て、押し付けるようにグラスをコップへぶつけて来た。

 杯がぶつかり合って、チン、と高い音がする。



「ヒトはこうして…乾杯、というのじゃろ?ヒトと酒を酌み交わすのは久方振りじゃが、忘れはせぬ」



 そう自慢げに言いながら、またひとくち酒を含む。

 酔いが回って来たのか空色の瞳を潤ませて、ゆるゆると頰を弛緩させた様子は、先ほどまでの得体の知れない何かへの恐怖を若干和らげてくれる。

 私も冷めてしまった梅酒を一気に飲みきり、新しいお湯割をコップへ注いだ。ふわりと湯気が立つコップの温かさが、いつの間にか冷たくなっていた指先を解してくれる。



「つまみはこれか?ほ。なんじゃこれは。白くて細長い。魚の匂いと…乳の香りがするの」



 盆の上の皿をいつの間にか漁っていたそれ(・・)は、チータラを摘んでまじまじと物珍しそうに眺めて、ぱくりと端に齧り付く。



「ううむ、これは…」



 よほど気に入ったのか、それ(・・)は残りのチータラをぱくぱくっと食べきると、指をペロリと舐める。「ぬう…」と満足そうに唸ると、二本三本と更に手にとって嬉しそうに齧り付く。

 頬を緩ませて夢中でチータラを味わっているそれ(・・)は、存外見た目通りの少女らしくみえ、微笑ましい。

 この頃にはもう私の中の、それ(・・)に対する恐怖はだいぶ薄れていた。



「あの…」

「なんじゃ」



 声をかけるとそれ(・・)は口の端からチータラをぶら下げたまま返事をする。美しい見た目とちぐはぐな仕草がなんだか可笑しい。



「あなたは誰?」



 私の問いに、一瞬それ(・・)はぽかんとした顔をした後、「あー。そうか」と視線を上の方に彷徨わせた後、こちらを見てニヤリと不敵に笑う。



「見ればわかるじゃろ?…ほれ」



 それ(・・)は私の方に背中を見せると、ふりふりと身体を揺らす。

 すると美しい白金の髪がゆらゆら揺れる中に、何か異質なものがちらちらと垣間見えた。

「こうした方が判りやすかろう」と、それ(・・)がふるりと身を震わせ、背中のあたりに力を込めるような動作をする。

 途端、それ(・・)に慣れて来て油断していた私の頭が、その光景を目の当たりにして停止する。

 ――それはあまりにも現実離れした光景。

 現れたのは玉虫色に輝く黒い蝶の羽。

 羽はゆっくりと2、3度羽ばたいた。すると、黒い羽がキャンドルの光の当たる加減で色が七色に変わる。鱗粉なのだろうか、キラキラとした何かが宙を舞い、黒い羽を彩っていた。

 暫く何も何も考えられずに、それを眺めていたらしい。はっとして、停止していた私の頭がようやく動き出す。

 人型に蝶の羽。正にそれは…。



「よ…う、せい?」



 驚きのあまり思わず声が漏れる。

 その私の声にそれ(・・)は、にんまりと笑って肯定した。



「そうじゃ。しかも、ただの妖精ではないぞ。

 ――女王じゃ。凄かろう?」



 それ(・・)は綺麗な空色の瞳を細めて、さも面白い冗談を言った時の様に、華奢な手で口の辺りを押さえて、くつくつと笑って肩を揺らした。

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