14 誰が為に鐘は鳴る
「ど、どうしたの!? ラーベ殿、顔色が……!」
「あぁ……みんな、済まない。ちょっとパーティー会議をしたいから、一旦この場はお開きにしたいんだが……」
若草亭に戻った私は集まった面々に解散を告げると、先程座っていた席に深く座り皺を寄せた眉間を親指で揉む。私の様子に、飲み騒いでいた面々は大人しく私の言葉に従ってめいめい帰路についた。
「それで、何があったの? 顔が真っ白……」
私達だけとなった円卓でレインが問う。私は卓に置かれていた果実水を一口飲むと、先程シルヴィアが見つけた浮遊アレイについて説明した。専門用語を極力排して説明したつもりだがレインは終始難しい顔をしており、私の説明が悪いのかあまりアレイについて理解は得られなかったようだ。とりあえず、帝国の誰かが何かを探していることについては分かってもらえたようだ。
「ラーベ殿、その……」
「ん~? どうしたぁ~?」
説明を終えた私がレインに質問事項があるか確認をしたのだが、彼女は予想外の質問を口にした。
「なんでそんなに顔が赤いの……?」
「あっ!? ラーベ! そのコップの、飲んじゃったのか!」
シルヴィアの声に手元のコップを確認する。匂いは柑橘系。果実の皮の風味なのか口に含むと苦味が舌に広がるが、それがアクセントとなり複雑な風味を醸し出している。単に甘くした果実水とは異なる“大人味”に、手にしたコップはすぐに空になった。
「これいいねぇ~! おかわりはあるのかな?」
「バっ……! それ、テディが酒を混ぜたやつだぞっ!!」
「……あんだってぇ!?」
……通りで顔が熱い訳だ。私は魔素変換で水を作り出すと、手元のコップに水を注いで一息で飲み干す。一部始終を見ていた若草亭のウェイトレスにウィンクすると、彼女は鼻で笑いながら空いた食器類を下げ始めた。
「あの、ラーベ殿。さっきの話だと、ラーベ殿が魔力を使うのって危ないんじゃ……?」
「んー……。移動と捜索、それと攻撃は駄目だなぁ。確実に探知されちゃうねぇ……。でもな、隠匿術式で覆えるものぐらいなら大丈夫だ!」
「ラーベが転移術式を使えなくても、我が術式を展開するから問題無いぞ! こんな時のために、ラーベ達が眠った後にこれの使い方を練習してたのだ!」
手にした行動支援装置を高らかに掲げて得意気に言うシルヴィアの頭をわしわしと撫でると、彼女はニンマリと顔を緩める。しかし、私の言葉にその表情を固くした。
「すごいなぁ、シルヴィアちゃん! でもな、俺が展開してもシルヴィアちゃんが展開しても、行動支援装置を通すとな、魔力波形が同じになるからな、結局は探知されるんだなぁ、これが……」
浮遊アレイの有効捜索期間は三日から一週間程度。その間は極力行動支援装置を使用せずに過ごすことにして、私達は暫くの間若草亭で寝泊まりすることになった。今更ながら気付いたが、毎日白狐の里を行き来していた私達が異常なのだ。
行動支援装置を使えぬ私には大したことが出来ない。その日の夜は七日市にて売りに出すスクロールをいくつか作成すると、早目に床についたのだった。
――――
「よっ! お兄さん、一週間ぶりだね!」
翌日、七日市でゴザ一枚分の“ラーベ商店”を開いている私の元にやって来た彼女は、軽く手を上げて明るい声で挨拶した。彼女は確か――
「あら? 私のこと忘れちゃった? エリザよ。“運び屋エリザ”思い出した?」
「前回の七日市で王都の商人だかを連れてきたんだよな? ちゃあんと覚えてるよ」
私の言葉に破顔するエリザを余所に、私の両サイドからは非常に冷たい目線が送られている。抓られたり捻られたりしていないだけマシなのだろうが、正直落ち着かない。あえて両サイドからの視線を無視した私は言葉を続ける。
「でも前回は競売があったからこの街に来たんだよな? 今日はどうした? 買い付けか何かか?」
前回の熱狂的な賑わいと打って変わって、今日の七日市は落ち着いた雰囲気だ。私も店を広げているが、前回と違って広場に余裕があり割と中心部に近い場所でラーベ商店を開設している。前回の七日市で知り合った彼女は私の質問にニヤニヤと笑いながら胸元から何やら取り出すと、私の眼前にそれを突きつけた。
「んっふっふ~! とくとご覧あれ!」
眼前に突きつけられた羊皮紙を受け取るとその文面を確認する。レインとシルヴィアも内容を確認して小さな声を上げた。
「人員移送依頼……? 俺達を王都へ? ランド所長が、転移持ちを辺境伯が手配するって言ってたが、エリザが請けたのか」
「そうよ! 割の良い仕事だし、お兄さん絡みだから速攻で請けちゃった!」
「おぉっ! 塔の調査の件だな! ようやく我らの旅が始まるっ!」
依頼書を横から見ていたシルヴィアが勢いよく立ち上がり、右手を高く突き出して叫ぶ。その様子を微笑みながらレインが眺めている。そうだ、エリザの転送でなら哨戒網を抜けられる。こちらとしては断る理由は何も無い。渡りに船とはよく言ったものだが、“網抜けにエリザ”だ。利用させてもらおう。……というか、辺境伯直々の依頼に拒否も出来ないだろうが。
「と、言う訳で! あなた方を王都に連れて行きます! って言っても、今日は休まないと……もう魔力も底をついてるしね」
「エリザさん、だっけ? 私はレイン。よろしくね。……それで、どうやって王都に?」
レインの問にエリザが転送で飛ぶと答えると、転送の距離、時間、休憩箇所等の話を詰め始めた。こういう時に旅慣れているレインは頼りになる。道中の費用は辺境伯持ちであることをきっちり確認する彼女の姿を見ながら、シルヴィアに話を振る。
「シルヴィア、レインをよく見ておけ。いいか、超一流になるにはこういう旅の詳細を詰めたりしなきゃならないんだ」
「……あっ、ちょうちょ!」
「おいっ!!」
難しい話は嫌いなのだろう、シルヴィアは私の言葉を聞こえないふりをしている。視線を泳がせるシルヴィアの頭を掴んで無理矢理レイン達の方に向けると、レインとエリザは苦笑を漏らす。
「いいなぁ、お兄さん達は仲良さそうで。ねぇ、私って結構便利よ? 転移持ちだし、荷物も沢山運べるし……パーティーメンバーにちょうどいいんじゃない? 今ならなんと! 結婚を前提としてパーティーメンバーになっちゃいます!」
「……結婚は置いておくとして、追加メンバーを募集する時は声を掛けるよ」
「あらら、フラれちゃった!」
エリザの売り込みをやんわりと断ると、彼女はくすくすと笑った。彼女は今夜の宿をまだ決めていないようだったので、私達が滞在している若草亭を薦めた。明日一緒に出発するし、一緒の宿の方が都合がいいだろう。同じ部屋に泊まる! と言い出した彼女であったが、流石に一部屋に四人はキツイ。スペース的な問題で。転移の疲れもあるだろうし、一部屋使ってゆっくり休むことを提案すると、意外にもすんなりそれを受け入れた。
ではまた後で! と手を振る彼女を見送りながら、この二人の凍りつきそうな目線をどうやって温めるか頭を痛めるのだった。
――――
「ゆうべは、おたのしみでしたね!」
「なんだ、それ……」
翌朝、若草亭の食堂で朝食を摂る私達を部屋から降りてきたエリザがからかう。言葉の意味が理解できていないシルヴィアは、眠たげな目線を彼女に送っただけですぐに食事に戻った。レインの方に顔を向けると、目を合わせた彼女は顔を赤らめて視線を泳がせる。
「あらら……冗談のつもりだったけど、本当に……」
「ごっごっ誤解だ! ラーベ殿とは、その、まだ……」
「ん~? まだ? ねぇ、まだ、なにかしらぁ?」
朝っぱらだというのにエリザは元気だ。私は溜息を吐きながら彼女に朝食を勧めると、エリザは私達の円卓に腰を下ろした。彼女の朝食が運ばれてくる間に、今日の行動について確認すると、目線を下げてもじもじしていたレインも真剣な顔つきになる。
今日は昼過ぎに西の街へ転移し、そこで一泊。翌朝に王都に転移して辺境伯と面会する流れになっているそうだ。一回で王都に転移できないのはエリザの魔力が関係している。荷物や人員を運ぶ時は西の町を経由しないと魔力が保たないのだそうだ。
一通り確認したところでエリザの朝食が運ばれてくる。朝食を口に運ぶ彼女にシルヴィアが彼女に尋ねた。
「なぁ、さっきのはどういう意味なのだ?」
「んー? さっきの? 転移の話かな?」
「違う! お楽しみがどうとか……」
「あらぁ~!? シルヴィアちゃんって結構ウブ? いい? 男と女が一緒の部屋で寝るってのはねぇ――」
そうエリザが口にしたところで、外の様子が騒然としているのに気がついた。私だけでなくその場にいた者全てが口を閉ざし耳を澄ませる。聞こえてくるのは慌ただしい足音、怒号、そして鐘の音――
鐘の音が耳に入った瞬間、エリザの顔が険しくなる。素早くサンドイッチを口に詰め込むとスープで流し込み立ち上がりながら装備を確認している。ただならぬ気配に私も顔を引き締めると、レインも立ち上がり若草亭のウェイトレスに何やら確認している。この事態についていけてないのは、私とシルヴィアだけだ。二人で顔を見合わせているとレインから厳しい声が飛ぶ。
「ラーベ殿っ! ボサッとしないで! この街の避難所は!? 待機位置は!?」
「あ、あぁ……?」
「街によって違うけどね! 大体この手の鳴らし方は緊急事態の報せよっ! 避難とか冒険者の集合とか!」
エリザの声に私は外に出る。そこには子供の手を引く親の姿や、走る冒険者の姿があった。街の人々は広場の方へ、冒険者はギルドの方へ――私達もギルドに向かうべきだろう。私も装備を整えると、丁度眼の前に少年冒険団がやって来た。
「ら、ラーベさんっ! ま、魔獣ですっ! 魔獣の襲撃ですっ! それと避難指示がっ!!」
息を切らしながらテディは私に大声で告げる。後ろを振り向くと覚悟を決めた表情のレインとシルヴィア、そしてエリザが待機していた。
「私はこの街の冒険者じゃないけど、これも何かの縁よね。最大限協力するわ!」
打ち鳴らされる鐘の音を耳にしながら、私達もテディの後について冒険者ギルドに急行するのだった。
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