05 王都からの来訪者
「あっ! いたいた、ラーベさぁ~ん!!」
七日市が開かれている広場の片隅にゴザを引き商品を並べる私の元へ、ギルド職員のヘレナが手を振りながら駆け寄ってくる。私は彼女に手を振り返し、背中に張り付いているシルヴィアを引き剥がす。レインとシルヴィアの頭に帽子を掛けてやると、辿り着いたヘレナが息を整えながら私に銀貨を差し出した。
「あの、すみません……。ウチの浮かれポンチが……。これ、帽子の代金です」
「浮かれポンチ……? もしかして、ランド所長のことですか?」
手渡された銀貨は三枚。帽子の代金は銀貨二枚と伝えていたはずなのだが……。手のひらの銀貨からヘレナに目線を移すと、彼女は申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。
「帽子の代金と、お詫びだそうです。ホントすみません、普段はこんなに人が来ないのに、今日は所長の宣伝が効いたみたいで……。それで調子に乗っちゃってて」
「成程……。宣伝ってのは、“例の草”の件ですかね?」
「例の草……? あぁ、そうですよ! 所長が緊急連絡網なんか使うから、全土から買い付け人が来てるんですよ! こんな田舎なのに!!」
ヘレナは髪や衣服を整えながら、でも素敵な男性に出会っちゃったらどうしようと身体をくねらせている。その様子に顔を見合わせるシルヴィアとレイン。所長のことを浮かれポンチと評していたが、彼女も十分浮かれポンチだ。
「それでこんなに人が多いのだな! 辺境伯全土とは――」
「違うのよ、シルヴィアちゃん! 王国全土から来てるのよ!」
「「王国全土!?」」
驚き声が揃った私とレインはヘレナの顔を見上げる。ヘレナの表情は何処か誇らしげだ。この浮かれポンチめ!
「えぇ、代理人を立ててる人も多いんですけど……商会の買い付け人なんかがちらほら……みんな“例の草”目当てですよ!」
「そんなに凄いものなの? だってあれ、シルヴィアちゃんがちょちょっと取ってきモガァッ!?」
「レインは悪い夢でも見てたんだよな! なっ!!」
口を滑らせそうなレインの口を塞ぎなんとか誤魔化す。ヘレナは胡乱な顔をしていたが追求することはなかった。ゴザに並べた商品を一つ一つ手に取り値段を確認するヘレナに商品の説明をしていると、少年冒険団のテディ達に声を掛けられた。丁度いい。私はリュックから人数分のスクロールを取り出すと彼等に手渡した。
「……なんなんすか、これ」
「これはな、自動防御スクロールだ。お前さん達は危なっかしいからなぁ。ポケットにでも入れとけば、大抵の攻撃から身を守れるぞ」
私の説明に驚く三人。特にアロラは財布を確認すると残念そうな顔をしながら小刻みに顔を左右に振る。スクロールを私に返そうとする彼女に、半ば無理矢理押し付けるようにしてそれを持たせる。
「ラーベさん、その……気持ちは嬉しいんですけど、えっと、お金が……」
「金なんていらんよ。俺はな、知り合いには早死にしてほしくないんだよ」
「ラーベさん、大丈夫ですって! 俺達は結構強いんだから!」
胸を張りながら答えるテディは自分の力を過信しているようだ。その彼の頭を無言で叩くアロラに、脇腹を突くシーラ。その様子に声を上げてヘレナが笑う。
「全然大丈夫じゃないでしょ、テディ? こないだも閉門に間に合わなかった癖に」
「い、いや! ヘレナさん、あれは……」
「黙らっしゃい! 若い冒険者は貴重なのよ!? それに、女の子二人を守らなきゃいけないんでしょ? 悪いことは言わないから、ラーベさんの好意に甘えときなさい」
諭すような口調でヘレナに言われた彼は、渋々ながらスクロールを折り畳みズボンのポケットに仕舞う。その仕草にくすくすとレインが笑うと、広場の中央付近から歓声が上がった。どうやら競売が開始されたらしい。ヘレナが見回りのためにそちらに向かうと、テディ達も見物のためにヘレナの後を追った。シルヴィアがそわそわしているのでレインに付き添うように言い付けると、シルヴィアは満面の笑みを浮かべて競りの会場に駆け出した。慌てて後を追いかけるレインを見送ると、私は今日の売上を確認する。
……自動防御スクロールに照明スクロール等が大分売上に貢献したな。小物入れや帽子等の細々した売上も合算して、全部で金貨三十二枚と銀貨八枚。これらの構成基材は私の魔力と周辺魔素なので実質無料。出店料の銀貨三枚だけが実質の経費なので一言で言えばボロ儲けだ。まぁ、この人出も萬寿草による“競売バブル”だろうが、これだけの収入が得られるとなると冒険せずに市場の売上で食っていくことも――そこまで考えていると、突然声を掛けられた。売上金を素早く袋に仕舞い声の主に顔を向けると、声の主は若い女性だった。腰にナイフを下げているところをみると彼女はきっと冒険者だろう。
「なんでしょう、お嬢さん?」
「ねぇお兄さん、そんなにお金をジャラジャラさせてたら、悪い奴に悪いことされちゃうよ?」
どうやら私の不用心を注意してくれたようだ。今までの短い街暮らしの中でも理不尽を感じることが多々あったというのに、確かに注意が足りなかったな……。私は頭を搔きながら彼女に礼を言う。彼女は大したことはないと言うが、それでは私の気が済まないので麦わら帽子を礼に贈る。彼女は鼻歌交じりで帽子を被るとなんだか悪いわね、とはにかんだ。
「そうですね……じゃあ、お釣り、というのも変ですけど……ちょっとお話しませんか?」
「お兄さん、ナンパ?」
「いや、連れが競売を見物しに行って暇なんですよ。それで、話し相手になってもらえたらな、と」
いたずらっぽく笑う彼女にそう言うと、彼女は手を叩きながら大声で笑う。……そんなに面白いことを言ったつもりはないのだが。中腰になる彼女に折りたたみ椅子を差し出し、私の対面に座ってもらう。彼女は腰のポーチから昼食を取り出すと頬張りながら話し始めた。
「じゃあ、何を話そっか? 彼氏? 残念だけどいないんだなぁ、これが! スリーサイズ? それはもっと仲良くなってから! それとも――」
「ちょっと落ち着いて……。そうだな……貴女は何処から来たんですか?」
私が話を振ると彼女は勢い良く話し始めた。彼女は王都から大手商会の買い付け人を転移魔法で連れてきたそうだ。辺境伯領の南端のこの街まで、王都から馬車を上手いこと乗り継いでも五日はかかる移動距離を、途中で一回休憩しただけで転移してきたという。
「でもツイてたよ! この仕事、最初は金板冒険者に指名されそうだったんだけど、その人が辞退したみたいでさ、私に話が回ってきたってワケ!」
「じゃあ貴女も結構やり手な方なんで?」
「そうなのよ! “運び屋エリザ”銀板冒険者よ! 絶賛彼氏募集中!」
「銀板! 実は私も冒険者で、最近鉄板に昇格したんですよ。銀板なんてまだまだ先なんで、眩しく見えますねぇ」
「おっ! じゃあパーティー組んじゃう? お付き合いを前提として!」
彼女の問に笑いながら丁重にお断りすると、まぁそりゃそうかと笑う。からからとした性格が話していて気持ちがいい。彼女は並べている商品を手に取ると、色々な角度から品定めをする。運び屋ということもあり物を見る目を持っているのだろう。商品と値段を比べながら顎に手を当てて唸る彼女の表情は、先程までと打って変わって真剣そのものだ。
「ねぇ、もしかして、ここの物って、お兄さんが作った? それとも誰かから買い付けた?」
「……企業秘密、ってことで」
「えぇ~~~! いいじゃないの、このケチンボ!」
私の肩をぽこぽこと叩く彼女に質問の意図を尋ねると運び屋らしい回答が返ってきた。この商品を各地で販売すれば、大きな利益を上げられるという。特にスクロールは各地で需要があるものの供給量が少なく、かなりの利益が見込めるそうだ。……魅力的な話だな。まぁ、ランド所長も言っていたようにトラブルが起こるかもしれないから用心するべきだろう。短時間で距離を詰め大分打ち解けたが、私は出会ったばかりの彼女の提案を話半分で聞くことにした。彼女はニコニコと笑いながら胸の前で腕を組み、大きく頷きながら喋り続ける。
「まぁでも、“狂犬”がこの仕事を断ってくれて本当に良かった! 御蔭でお兄さんに出会えたし! そうだ、お兄さんのお名前はなんていうの?」
「あぁ、俺の名前はラーベ、“草刈り”のラーベだ。……その“狂犬”ってのは?」
「“狂犬”はね、最初に話を受けた金板冒険者なんだけど……彼女は冒険者になって一ヶ月で金板に昇格したのよ!」
「一ヶ月で!? ……そりゃあ凄いな」
「でも一番凄いのは、頭のネジが何本もトんじゃってるってところだね」
曰く、街中で服を脱ぎ始めたかと思うと近付いてくる男を軒並み半殺しにしたりだとか、飛来した魔獣を笑いながら仕留めたとか、王都の中心で王政批判を叫ぶだとか……。“狂犬”の名に恥じないトびっぷりだ。
くわばらくわばら。王都に近付いたら犬には注意しようと、私は心に誓うのだった。
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