04 ラーベ商店、開店です。
朝、ギルドに向かうとそこは異様な熱気に包まれていた。私が入り口の扉をくぐると、掲示板前で屯していた人垣が割れる。ジロジロと無遠慮な目線を送る冒険者達を無視しながら掲示板の前へ移動すると、大きな羊皮紙に大きな文字でこう書かれていた。
『求む! 短時間で長距離移動が可能な者! 手段・経費は問いません!』
訝しみながらその依頼書の詳細を確認していると、読み上げ係が私に声を掛ける。どうやらギルド所長が私に話したいことがあるそうだ。私は読み上げ係に連れられてギルドの奥にある所長室に入ると、勧められるままにソファに腰掛けた。私の対面に座るギルド所長は薄っすらと笑みを浮かべながら、長距離移動の件について説明を始めた。
「あぁ! よく来てくれたね! 実は君にちょっとお願いがあってね……。入り口の掲示はもう見たかな?」
「えぇ、見ましたわ。それで所長、お願いというのは?」
彼は顎先を撫でながら勿体つけて話し始める。私はその様子に苛立ちを隠すこと無く腕を組み貧乏ゆすりを始める。その様子に彼は笑顔を潜め、真剣な顔つきになる。
「あの掲示を見たのなら話は早い。実はな、アリ――」
「私に移動の依頼をするつもりならお断りですわ」
面倒な仕事を依頼しようとする彼の言葉を遮るように、私はそれを断った。私の答えを予想していただろう所長は、私の返答に驚きも落胆もしていない。しかし、ギルド所長としての立場があるのだろう。彼は返答の理由を尋ね、私はそれに答える。
「お断りする理由は三つ。一つ、私には優先していることがあるのです。ここから離れたらそれができなくなるのですわ」
「優先していること……?」
彼の疑問を無視して理由を続ける。
「二つ、金板冒険者が簡単な仕事を取ると、下位の者達が困るでしょう?」
「『簡単』とは言ってくれる……。“移動持ち”がそうそう見つかるとは……」
「エリザ、シラー、イーサン、ブレイデン、テイラー……ぱっと思いつくだけでもこれだけ“移動持ち”の人員がいるんですよ? 態々私が出る仕事でもないでしょう? 彼等がギルドに来たら、ここに連れてくるように読み上げ係に指示すればいいのでは?」
私の提案に、所長は皺を寄せた眉間を親指で揉みながら何やら考え込んでいる。唸り声を上げる彼に、私は最後の理由を説明する。
「そして三つ、私が依頼している件は、誠実に実施されていますか? この件を明確に説明していただかない限り、私はギルドからの指名を受けることはありませんわ」
「そ、それは……」
「それは、何? ねぇ、もう一ヶ月、一ヶ月も経っているのですよ? この間、あなた方は何をしていたのです? まさか、依頼書を各支部に配布して、それでお終い? ねぇ? 教えて頂けるかしら? ねぇ、あなた方は何をどうして、どうやって、どれだけの経費を掛けて、どれだけの時間を掛けて、私の依頼を遂行しようとしているの? ねぇ所長? 答えてよ」
額から汗を流す彼は何も答えない。顔を下げている彼の目線は落ち着き無く左右に揺れている。……ここで彼を詰問しても埒が明かない。私はため息を吐きながらソファから立ち上がると所長室を後にする。
「あぁそうだ、所長。私を操ろうとは思わないで。私は、私の好きなようにやらせてもらいますから」
所長は頭を垂れたまま軽く頷く。彼は、一度も、私と目を合わそうとしなかった。
――――
「兄ちゃん、景気はどうだ?」
「ランド所長! まぁ、ぼちぼちといったところですね。所長は見回りですか?」
中央広場の隅で品物を並べてゴザに座る私に、厳つい髭面のギルド所長が声を掛ける。銀貨三枚を支払えば七日市で店が開ける――これを聞いていた私は、長雨の最中に売り物になる物を作っていた。我ながら高品質で、それでいて良心的な価格設定だと思う。大勢の人が行き交うこの中央広場の隅に、ゴザ一枚分のスペース。それが私の“店”だ。立地も規模も猫の額のようだが、初めての売買経験に心がウキウキとしている。今日は特に人が多いようで、広場の隅だというのに多くの人が商品を手にとって、何人かは購入までしてくれた。ごった返す人混みの中ではトラブルも起こるのだろう。広場の中では何人かの衛兵と、ギルド職員が見回りをしている。所長は私の並べる商品の中から麦わら帽子を手に取り、様々な角度から検分している。
「……いい仕事してるな」
「ありがとうございます。銀貨ニ枚ですけど、どうです?」
「銀貨ニ枚、か……。ちょっと高いな」
「でも、すごく涼しくなる“工夫”がしてあるんですよ」
「“工夫”ねぇ……」
目を細めて私を見る所長は、帽子に手を翳して“鑑定”し始めた。彼は目を大きく開くと何かを口にしようとして、溜息だけを吐いた。
「ま、もう兄ちゃんの作るモンに口出しはしねぇがな……。そうだ、午後イチで競売が始まるんだが、どうする? 席取っておくか? 俺が各支部に連絡しただけはある! 昨日の今日でこの人出だ! 早目に取っておかないと立ち見すら出来なくなるぞ?」
「席、ですか……。自分の採取物がいくらまで釣り上がるか見ものですけど……私はそういうの駄目なんですよ」
「は……? 駄目ってなんだ?」
「いえね、緊張して、汗びっしょりになっちまうんですよ」
私の答えに大声で笑う所長。彼は手にした帽子を被ると、いつもの何倍も人が多いからトラブルには気を付けるようにと忠告して去っていった。手を振りながら見回りの任務に戻る彼の背中を見送りながら、帽子の代金を貰ってないことに気付いて自嘲気味に笑う。確かに、気をつけなきゃな……。
「お待たせ! ラーベ、良いもん買ってきたぞ!」
「ラーベ殿、はい」
私に駆け寄ってきたシルヴィアとレインは、“良いもの”を私に手渡す。薄い木の皮に包まれたそれは、厚めのパンで、何枚もの薄切り肉を重ねた分厚いサンドイッチだった。
「これはな、ピリッとしてとても美味いぞ!」
「シルヴィアちゃんは何個も食べてたものね……。ラーベ殿、こっちも」
レインから飲み口の付いた革袋を受け取り、サンドイッチを齧る。濃い目の味付けにピリッとした辛味が口の中を走る。きっと山椒だろう。口の中の物を飲み込むと、革袋に口を付ける。中に入っていたのは酸味のある果実水だ。
「果実水は若草亭のサービスだって。……そうだ、ラーベ殿、若草亭の娘さんが『浮気しちゃ駄目ですよ!』って言ってたんだけど、どういうこと?」
「そうだ! ラーベよ、あの娘とデキているのか!?」
……思い当たる節が無いな。いや本当に。じっとりとした目付きで睨むレインに心当たりが無いことを告げるも、納得していないようだ。
「多分あれだな……。俺達はいつも若草亭で飯食ってるから……他の店を使わないでね! ってことなんじゃないのか?」
「……本当にそれだけ?」
「あぁ、店の外で顔も見たことないしな」
「まぁでも強いオスにメスは惹かれるからな! ラーベほどの男なら、我等のオサを超えるぐらいに嫁を娶れるぞ!」
口を尖らせるレインの帽子を取り、頭を撫でてやると不機嫌な様子は収まったようだ。シルヴィアは自分から帽子を取り、その頭を私の背中にグリグリと押し付ける。後ろに手を回してシルヴィアを撫でると、甘い声を出してクスクスと笑う。そんな私達に、隣のスペースで金物を売る老婆が孫でも見るような目付きで眺めている。
空は晴れ、風も穏やか。まったりとした時間に、私は満足感で一杯になり笑顔を浮かべるのだった。
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