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12 元軍人は、静かに暮らせない。

 「ラーベさん、い、生きてらしたんですね……!あぁ、良かった……本当に良かった……!!」



 冒険者ギルドでクソガキ共に絡まれ、奴らが“祝福”と称する転送魔法で北部山脈の麓に強制転送されてから五日。北部山脈の麓で出会った巨大な白狐が人化したシルヴィアと共に、冒険者ギルドに戻ってきた私を受付嬢がカウンターから身を乗り出して出迎える。



 北部山脈には凶暴な魔獣が生息している――これは北門の衛兵の話であったが――そんな危険な場所に転送されたのだ。歴戦の“勇者”や凄腕冒険者ならいざしらず、冒険者ギルドに登録したての新人中年が北部山脈に飛ばされたのだ。生還は絶望視されていたそうだ。



 私を転送したクソガキ一味は、今ものうのうとこの街で暮らしているらしい。私の中の常識では殺人未遂に該当するのだが、この街の法では奴らを裁くことは出来ないらしい。登録者同士の揉め事は、当事者同士で解決するのが鉄則だそうだ。どうやら大陸東部は法治国家ではないらしい。



 『破壊のビリネル』と呼ばれるクソガキ共の頭は、今までもこうしたイザコザを起こしていたそうだ。駆け出しの若者にちょっかいを出しては再起不能にするビリネルは銀板登録者であり、腕っぷしもそれなりらしい。奴らは素材収集に出ているそうで、ここ数日はギルドに顔を出していないという。



 「ラーベさん、あの時私が大声で騒いでしまったばっかりに……本当に、すみませんでした……」



 そう言いながら深々と頭を下げる受付嬢へ、私は苦笑を浮かべる。あの時の騒ぎがなければ、私はシルヴィアと出会うことは無かった。むしろこちらが感謝してもいいくらいだ。



 「いや……頭を上げてください。私はこの通り、元気に帰ってきましたから!」



 私が彼女に声を掛けると、受付嬢はゆっくりと顔を上げる。その表情には困惑の色が浮かんでいた。……何かおかしなことでも口にしたか?



 「あの……ラーベさん?」

 「……何でしょうか?変なことでも言いましたか?」

 「いや、変なことと言うか……変な所が無いのが変、というか……」



 ……意味が分からないな。彼女はブツブツと北の魔物が、とか、化けられてる……等と不穏な言葉を口にしている。



 「なぁラーベ!この女はどうしたのだ?なんかちょっと怖いぞ……」



 シルヴィアは私の服の裾を摘みながら一歩後に下がる。帰還の報告ついでに、私はシルヴィアを冒険者ギルドに登録するためにここに連れてきたのだ。冒険者ギルドのお決まりに、新人は荒くれ者に絡まれるということを教えたら、じゃあ片っ端からバッシバッシ!だな!なはは!と笑っていたので、トラブル回避のために私が傍に付いているのだ。



 「あの、ラーベさん、あなたは本当に、ラーベさん、ですよね……?」



 何を言っているんだ……?この数日間の間に姿形が変化している訳でもないのに。毎朝髭を剃る時に自分の顔を見ているが、そんな変化は無かった筈だ。街道を歩いて帰還した為に、若干日焼けはしているが。



 「そんなに違和感がありますか?自分では何が何やらさっぱりですが……」

 「その口調ですよ……。前はもっとこう、不自由だったじゃないですか」



 そう言われて気が付いた。私は今まで母国語で思考してから、この国の言語に脳内で変換して喋っていた。その過程が無くなっているのだ。受け答えが滑らかになっていることに、受付嬢は違和感を抱いたのだろう。……何故だ?何故私は普通に話せている?我が事ながら訳が分からない事態に、顎先に手を当てて考え込むと、シルヴィアが明るく言い放った。



 「そんなことか!ラーベはオサと“繋がった”ではないか!」



 思い返してみると、白狐の里のオサに頭を齧られた際、頭に鋭い痛みを感じた。“記憶の転写”が行われたのだが、精神操作に対抗する攻性防壁が展開され、意図せぬ記憶が転写された。その時に言語も転写されたということか……。



 「そういうことか……なるほど、理解した」



 私はシルヴィアの頭を撫でながらそう口にする。まだ困惑している受付嬢に、北の森で言葉の特訓をしたんですよ、と適当に誤魔化す。胡乱な目をしているが、“白狐に頭を齧られたら喋れる様になってました!”というより、余程マシだろう。



 「それで……こちらのお嬢さんは?」



 受付嬢はシルヴィアを見ながら私に問う。



 「あぁ、北の森で出会いましてね。旅に憧れているそうなので、連れてきたんですよ。路銀を稼ぐためにも、彼女もギルドに登録しようかと」

 「そういうことでしたか……。この子がラーベさんと一緒に行動するなら、パーティーとして登録なさいますか?その方が実績の面でお得ですので」



 受付嬢がパーティーと口にすると、シルヴィアの赤い目が輝く。



 「うむ!うむ!!パーティーな!!!知ってるぞ!オサもな、パーティーを組んでいたのだ!我もラーベとパーティーを組むぞ!」



 ラーベと最強のパーティーで魔王誅滅だ!と握った手を頭上に掲げるシルヴィアを、優しい目をして受付嬢が頷く。……大丈夫か?頭の弱い子だと思われていないか?



 「すみませんね、この子、ちょっとお伽話にお熱になってまして……」

 「いえいえ、とんでもない!この子ぐらいの年代は、皆勇者に憧れますから」



 私もそうだったなぁ……と遠い目をして受付嬢は言う。勇者に夢中になるのは、この国の若者にとって麻疹みたいなもののようだ。



 「じゃあお嬢ちゃん、勇者に名乗りを上げるなら、まずは金板登録者になろうね!」

 「おう!金板だろうが黒板だろうが!我はあっという間に成り上がってみせようぞ!!」

 「うん、その意気だね!金板になれば、領主様の御推薦もいただけるし、頑張ろう!」



 ……どういう意味だ?領主の推薦?まさか本当に、勇者が存在するのか?



 「あの、『領主様の御推薦』ってのは……?」

 「辺境伯領では、金板登録者以上であれば領主様のお目通りが叶うんですよ。そこで力が認められれば、正式にテオドル辺境伯領の勇者として活動出来るんですけど……知りませんでしたか?」



 ……知りませんでした。



 「その……不勉強でして。そもそも、何のために勇者に――」

 「魔王をっ!倒すっ!ためでしょうがっ!!!」



 カウンターに両手をついて、食い気味に受付嬢は答える。……何ということだ、お伽話の世界ではなく、現実に魔王が存在しているとは……。彼女曰く、北の極地に封じられた魔族の活動が、ここ数年活発化しているらしい。かつて封じられた魔王が復活する予兆に、本格的な侵攻を受ける前に再び魔王を封じる為、各領地で勇者を擁立しているそうだ。この辺境伯領でも、数年前に魔獣の大襲来を受けて大きな犠牲を出したという。



 「うむ!ラーベよ、我と共に魔王を倒す旅に出るのだ!!!」



 貴様と我なら百人力だ!と笑う力強いシルヴィアの宣言に、静かに平凡に暮らしていく私の未来予想図が、ガラガラと音を立てて崩れていくようだった……。

第1章、完!


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