合い言葉学習法
俺は勉強が苦手だった。
小学生の頃まではどうにか頑張れてはいたが、中学に入ってからは目を覆いたくなるほどの悲惨な成績ばかりを叩きだしていた
そんな俺を救済するべく、幼馴染で秀才の紬が協力してくれることになった。
普通のやり方ではなかなか頭に入らない俺の為に、紬はある奇策を講じた。
学校のいたる所で俺を通せんぼして、合い言葉のように様々な問題を出してきたのだ。
「江戸幕府の第三代将軍は?」
「……徳川家光?」
「せいかーい!」
俺が答えると紬はドアを開けてくれた。
こんなやりとりを毎日三年間繰り返しているうちに、俺の成績はみるみる向上していき、高校入試が目前に迫った今では、紬と同じ志望校に願書を提出できる程にまで成長していた。
◇
入試前日の放課後。
深々と降り出した雪の中を下校していた俺は、ふと教室に忘れ物をしていたのを思い出し、取りに戻るべく学校へと向かっていた。
頭に積もった雪を払いながら薄暗い玄関へ入ろうとすると、ドアの前に紬がぽつんと立っていた。
俺に気付いた紬が声をかけてくる。
「どうしたの?」
「教室に忘れ物をしちゃってさ。紬は?」
「お母さんが仕事帰りのついでに車で迎えに来てくれるって言うから、待ってるの。大雪で足を滑らせたら大変だからって。心配性すぎるよね」
「ああ、でも明日は大事な試験なんだし、この大雪の中を歩くよりも車に乗せてもらった方が楽だろ」
「うん、確かにね。……ついに明日、なんだよね」
「そうだな。お前のお陰でここまで頑張れたよ」
「フフッ……じゃあ、これが最後の合い言葉ね」
紬はドアの前に立ち塞がったまま姿勢を正した。
「おう、何でも来い!」
「いくよ? えっとね……じゃあね……私の好きな人は誰?」
「へっ?」
思いがけない質問に俺はたじろいだ。
「え、えーっと……バスケ部のキャプテンだったエー先輩とか? それともクラスのイケメンのビー君とか?」
紬は黙ったまま首を横に振る。
「うーん……ひょっとして……俺とか――」
「あっ、お母さんだ」
ふと外を見ると、玄関の前に小さな車が停車していた。
紬はスルリと俺の横をすり抜けて外へと歩き出す。
玄関前に積もった雪をかき分けながら車に乗り込み、ドアを閉める直前、
「せいかーい!」
紬は大声で返事をした。
◇
ゆっくりと走り去っていく車を見送った俺は、紬のはにかんだ笑顔を脳裏に焼き付けたまま、深々と降り続ける雪をいつまでも眺めていた。




