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5 未来を見る

 僕は超光速宇宙船ビークル02ごと惑星が壊滅するのを見た。

 亜光速というものが圧倒的な破壊力となる事は理屈の上では分かっていた。だが、実感としてはまったく足りていなかった。まさか、惑星が壊れる?

 こうして見るとガス惑星の陰に隠れるという戦略にも無理があるかも知れない。ガス惑星を貫通しての攻撃も不可能ではない。


 いや、ガス惑星が盾にはならないとしても、最低限煙幕としては機能するだろう。

 ブラウの陰に隠れるのは無意味ではない。


「シグレ。レストラット保安長からの返答は?」

「まだ検討中だって」

「急げって」

「それが、惑星ドワルは30光分は離れている。亜光速の宇宙船でもここまで来るには30分以上かかるだろうって」

「馬鹿が! 30光分先で見えているのは30分前の光景だってなぜ分からない? 敵はもう目の前だぞ!」

「今の言葉をそのまま送った」


 保安長とのやり取りですら数秒のタイムラグがある。返答が来る前に次の動きを決めなければ。

 

「シグレ、悪いが作戦変更だ。すぐにこちらへ来てくれ。ワンダガーラは脱出艇として残したかったが、別の用途ができた」

「私が、そっちへ?」

「僕が迎えに行く」


 シグレが自力で宇宙空間を渡って来れるとは思っていない。


「インベーション大尉。ブリッジは任せる。勝手な操船はさせないでくれ」

「了解した。ブリッジの指揮権を受け取ろう。あと、私のことはカランで良い。インベーションでは長いだろう」

「承知した。カラン大尉」


 遠隔操作でワンダガーラを呼び寄せる。シグレも宇宙機の操作はできるが、彼女は理屈を立ててから動かす。フィーリングで直感的に操縦する僕の方が圧倒的に速い。

 僕自身も近くの避難用ハッチから宇宙へでる。単純なハッチを流動性のジェルで満たしたエアロックでさえない非常口だ。原種の人間がここを通ったら急激な気圧の変化で健康被害を受けかねない(宇宙服の性能次第)。いきなり真空にさらされても問題ない僕なら平気だが、シグレを連れた帰り道はちゃんとした通路を通った方がいいかも知れない。

 それだと時間がかかる。

 先ほどの判断ミスが悔やまれる。


「ロッサ、返信が来た。レストラット保安長配下の宇宙機ミラビリスは協力してくれるそうよ。それと、時間がないのよね。ワンダガーラのコックピットの分離機能を見つけたわ」

「それで行こう!」


 僕は彼女に最後まで言わせなかった。

 ワンダガーラの高性能の耐Gシートは失うには惜しい。あれが無いと高機動時のシグレへの負荷が大き過ぎる。


 接近してくるワンダガーラを見つめる。遠隔操作の対象をアタラクシアの上でフィギュアとなっているドーサン・ロボへと切り替える。


 ワンダガーラからコックピットブロックが分離する。

 本来ならあれは本体が致命的なダメージを受けた時に緊急離脱するための機能だ。核融合炉の爆発から逃れるために結構な勢いで射出されるはず。それをシグレは優しくそっと分離した。


 ドーサン・ロボのアームを伸長させて、それを掴む。

 アームを引き戻すと、シグレは小さく悲鳴を上げた。勢いが強すぎたようだ。確保したコックピットブロックをロボの懐へ大切に抱えこませる。


 よし、これで大丈夫。


 僕は避難用ハッチを逆に通って船内に戻る。

 結局、僕が外へ出た意味はほぼなかった。


「早かったな」

「……シートにつけ。加速するぞ」


 カラン大尉の冷やかしを受け流しす。

 え、流せて無いって? 強引にでも流す。


 実際、そろそろ予定の時間だ。

 惑星ブラウの陰に入る軌道を選択する。アタラクシアを攻撃する為にはヤツは反陽子砲が狙っている宙域を通過しなければならない。その宙域には連邦軍の攻撃も既に発射されているが、そちらは気休め。あるいは牽制だな。連邦軍が発射したミサイルなど光速とは比較にもならないほど遅い。ヤツにとっては容易に対処できる攻撃だ。

 とは言っても、避けるか迎撃するためには思考のリソースを多少は消費するだろう。それが狙いだ。

 もともとアタラクシアの退避行動に対処するには反応時間がかなり短い。そこへ牽制攻撃を追加しておけば本命の反陽子砲に気づくのが遅れるだろうと期待する。相手の能力が分からないので絶対ではないし、希望的観測が入っている事も認める。しかし、僕に考えられる作戦のなかではこれ以外にヤツを撃破可能な戦法はない。


 読み違えが発生したとしても、ヤツの反応速度が僕の期待よりも遅かったのならば良いな。

 その場合はアタラクシアが生き延びてブラウ惑星系は壊滅する。


 ヤツの対処能力が僕の予想よりも高かったらどうなるか、って?

 その場合はアタラクシアも惑星系もすべてまとめて蹂躙されるだけだ。


 僕とカランは適当に空いているシートに座った。

 イモムシ船長には身体を固定するための定位置が設けられていた。金属の樽、ジェイムスンは硬化剤で固定されているので良くも悪くも問題ない。アリ型の群体生物であるハーリー爺さんは6本の足で踏んばるだけで十分なようだ。


 アタラクシアが加速を再開する。

 この船にだせる限りの最大加速で宇宙を飛ぶ。最大と言っても大気圏離脱の必要もない外洋型宇宙船の加速だ。耐える、という言葉を使うほどの物でもない。


「ロッサ。連邦軍との間のデータリンクを確立。ブラウの陰に入っても敵の姿を見れるようにしたわ」

「ありがとう」


 シグレの報告とともにスクリーンに映し出される情報量が増えた。しかし、相手は亜光速。他所から迂回して回ってくる情報ではタイムラグがあってほぼ使えないと思った方がいい。


 情報が入ってから動いたのでは遅い。

 未来を予測して行動しなければ。


 遠隔操作でワンダガーラを動かす。

 アタラクシアの後ろをついて来させる。念のため残った全ての兵装をスタンバイさせる。

 狙いはつけない。

 全方位に弾をばら撒く用意だ。


「ロッサ君。ワンダガーラが最後の砦になると考えているのか?」

「その可能性はあると考えている。無駄になったらそれでも良い」

「ならば教えておく。ワンダガーラの自爆コードだ」

「え?」


 確かに破片をばら撒く上でワンダガーラ自体を自爆させられれば効率的だ。

 しかし、そんな物があったと言うことはカランは自分ごとならばいつでも僕たちを始末できたという事だ。

 僕は彼女に勝ったと思っていたけれど、実際にはせいぜい相打ち。僕たちは彼女の情けによって生かされていたに過ぎない。


 相打ち感、なんて物は無いな。

 敗北感が僕を襲う。

 いや、今はそれどころでは無い。亜光速の敵との戦いが第一だ。


 アタラクシアが動き出しても敵の進路に変化はない。

 当然だ。こちらの動きが向こうに届くまでも時間がかかる。敵がそれを見て反応して、その動きが光としてこちらに戻ってきて初めて敵が動いたと分かるのだ。


 ふと思った。

 亜光速での戦いは20世紀以降の無線やレーダーやインターネットに支配された戦場よりも、伝令や斥候を使う近世以前の戦争に近いのかも知れない。

 戦いによって引き起こされる被害は段違いだけどね。


 こちらの動きが相手に届くまでの時間、その時間に相手がいるであろう場所、それらを勘案して動く。

 方程式を解けば正確な数値が出るだろうが、僕はいつもどおりに大体の感覚でその辺りを処理する。そちらの方が早い。


 亜光速船の軌道が膨らむ。

 かかったな。

 宇宙空間とは思えないような空力的な動きで亜光速船が宇宙を泳ぐ。アイツには大きなヒレまで付いている。

 亜光速の怪物の未来位置から見えない場所へ移動した。そこで僕はアタラクシアの進路を変更する。

 これは亜光速船が連邦軍と保安局の攻撃をかいくぐった時の為の動きだ。


 アタラクシアを射界に納めるために進路を変更した亜光速船。

 そこには連邦軍のミサイルが殺到している。

 しかし、宇宙基準・亜光速基準で言うならば至近距離であっても地球型惑星が幾つも飲み込まれるぐらいには離れている。空力的な動きができるアイツならば簡単に避けられる。


 そこから先で起こったことは僕でも目で追うことも理解する事も出来なかった。いくら僕でもリアルタイムでは無理だ。


 リアルタイムって何だろうね?

 時間という言葉の意味でさえ亜光速での戦いでは通常と意味が変わってくる。


 とにかく、僕も後になって再構成してようやく何が起きたのか少しは理解できた。


 亜光速船は僕の計算通りに衛星GO37へ近づきすぎた。

 レストラット保安長はシグレの計算した通りのタイミングで反陽子砲を発射した。

 放たれた反陽子はGO37へ着弾し、岩塊を巨大な爆弾に変えた。致命的な岩のかけらが相対速度亜光速で敵にぶつかろうと広がる。


 敵の反応速度は常識はずれだった。

 絶対に避けられないだろうと思った爆散円をかろうじて回避していた。そこへ連邦軍の攻撃の第二波が襲いかかった。


 連邦軍は僕の作戦案に改良をほどこしていた。僕が考えていなかった第二波攻撃は電磁波によるものだった。

 各種の攻撃用レーザーから無線やレーダー電波に至るまでありとあらゆる周波数の電磁波が亜光速船に叩きつけられた。普通ならば攻撃になどならない電磁波も多かったが、そこは相手が亜光速である事が強みになる。

 紫方偏移。

 いわゆるドップラー効果。

 高速で動く物体はそのスピードにより、周波数のより短い電磁波を受け取る。より大きなエネルギーを持つ電磁波を受けるのだ。


 本当に効果があったのかな? と、思わないでもない。

 相手は元から亜光速の世界の住人だ。紫方偏移付きの電磁波を受け続けるのがデフォルトのはず。当然、その対策は充分に持っているだろう。


 この攻撃でどの程度のダメージを与えたのかは分からない。

 先の反陽子砲の余波が効果を上げていたのかも。

 分かっているのは亜光速船が進路を変えた事。そして一方向以外にはその後は攻撃をしなかった事だ。


 亜光速船は進路を惑星ブラウに近づく方向へ変えていた。ほとんどブラウをかすめるような軌道だ。


 その時、僕がワンダガーラの兵装の使用と自爆コードの入力をしたのは『なんとなく』としか言えない。はっきり説明できる合理的な理由はない。強いて言うならば自爆させる事のデメリットがほとんどなかったからだ。

 先ほど感じた敗北感をふり払うために不必要に自爆させたのだ、と言われても否定はできない。


 ともかく、ワンダガーラはアタラクシアの後方で自爆して大量のデブリを撒き散らした。

 爆発の光はブラウの陰に隠れて亜光速船からは見えなかっただろう、と思う。


 その後はほぼ同時に異変が起きた。


 僕からはブラウの表面が大爆発をおこしたように見えた。水素とヘリウムの大気が噴き上がって来る。

 その奔流はアタラクシアが当初の予定通りの軌道を進んでいたらそこに居たであろう未来位置を正確に貫いていた。


 亜光速の砲弾、だ。

 弾自体は目に見えなかった。もしかするとブラウを貫通する間に消滅していたのかも。

 ガス惑星を貫く時に発生したソニックブーム的な物が水素とヘリウムに核融合反応を引き起こしていた。それがブラウの大気を噴き上げた物の正体だ。

 あれが直撃していたらアタラクシアはどうなっていただろう?

 大気だけならば損傷を受けるだけで済んだかも知れない。しかし、大気の柱の中に亜光速の砲弾がほんの一欠片だけでも混じっていたならば、ひとたまりもなく粉砕されていただろう。


 まったくの同時に宇宙の比較的近いところでも爆発が起きていた。


 亜光速船はブラウをかすめるように飛んでいた。

 それもアタラクシアを明確に敵と認めた動きだ。アタラクシアを破壊することを第一とした攻撃のための軌道。その軌道は必然的にアタラクシアに追従していたワンダガーラに接近する事となった。ワンダガーラの自爆により撒き散らされた破片が亜光速船を襲った。


 今度は避けられなかった。


 ほんの小さな欠片が少し引っかかっただけだと思う。でも、それで充分だった。惑星さえ壊すパワーがわずか直径5キロ、全長60キロほどの物体に対して解放された。


「ええっと。何が起きているのでしょうか?」


 イモムシ船長が言った。

 彼のシートからでも僕と同じだけの情報は入手できるはずだが、理解が及ばないようだ。

 僕は最低限の答えを返す。


「もう何も起きない。終わった」

「終わったって、何がです?」

「ヴァントラルの目的もそこの樽の望みもすべて終わった」


 僕の言葉をカランが引き継ぐ。


「目標は破壊された。今は無数のカケラとなって円錐状に広がっている。亜光速で広がる円錐だ」

「つまり神の使いとやらは?」

「破壊された」


 カランは言い切った。

 その言葉にジェイムスンの嘆きが重なった。


「馬鹿な。あり得ない。あるはずがない。ただの戦闘用強化人間が万能なる神の御使を討ち取るなどあって良いはずが無い」


 戦いの専門家がそうでない相手を討ち取る。

 別におかしな事ではないと思う。


「状況、終了だ」

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