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4 作戦立案

 時間はわずかにさかのぼる。


 僕は亜光速宇宙船の迎撃をするための作戦案を作った。まだ頭の中だけのものだが、原理的には不可能ではないはずだ。

 だけど、僕にはそれを実行に移す権限がない。人望もない。僕が自由に動かせる戦力だけでは亜光速船を破壊することは絶対に不可能だ。そして、案だけを上層部に提出して後は任せようとしても、その上層部が分裂していて機能していない。


 詰んだな。


 ジェイムスンに笑われるのが気に食わないといっても、これではどうしようもない。

 この時点で僕は半ば以上あきらめていた。


「ねぇ、ロッサ。私もそちらへ行っていい?」

「シグレ? このアタラクシアのブリッジに来たいってこと? いや、それは止めておいてくれ。まだ安全の確保が十分でない。それに、状況次第ではこの船を捨てて逃げなければならない。そんな時には最初からワンダガーラに居てくれた方がありがたい」

「逃げるのは無しで」

「無理を言う」

「超光速宇宙船をすべて破壊されたら『地球へ行こう』っていう話もなくなっちゃうよ。神に挑むのもね」

「厳しいな」


 その時、僕はコトコトと聞きなれない音がするのに気づく。

 誰もいない方向の壁の中からだ。僕は銃を構える。


 一見何もないただの壁だったが、点検口が設けられていたようだ。パカリと開いて中から体長1メートルぐらいの生き物が出てくる。その形状は


「大きなアリ?」

「ただのアリではないぞ、若いの」


 アリが喋った。

 イモムシも喋るのだから別に不思議ではないが、虫型ばかりをそろえている金属の樽には少し呆れる。

 疑問を感じる部分があるとすれば、このアリさんの頭部が小さすぎる事。イモムシ船長とは違って人間の脳を入れられる大きさではない。遠隔操作される機械アリなのだろうかと思案する。


「何者だ?」

「この船の住人としてはおぬしの方が新参だ。そっちこそ何者だ? 察するところ先ほど側面の砲塔群をぶっ壊したのはお前だな?」

「ロッサ・ウォーガードだ」


 答えながらイモムシ船長の方に目を向ける。

 船長は首を横にふった。


「その方はハーリー爺さん。この船の整備担当者です。その方に銃を向けても無駄ですよ」

「そこまで装甲が厚いようには見えないけど?」

「爺さんは集合知性体です。そこにあるのは数ある体の一つでしかない。壊されても大して困りません」

「集合知性っていう事は一つだけの脳では十分な知性を得られない?」

「フン、お前さんたち程度の知性なら、脳味噌ひとつで十分じゃがな」


 レアな存在が出てきたとちょっとビックリ。

 とは言え、僕がやる事に変わりはない。


「この船は僕が制圧した。それに異議を唱えるかい?」

「別に。そちらの争いは好きにやれば良い。不必要に船を傷つけなければな」


 それが整備担当の気概、なのか?

 いや『不必要に傷つける』どころか、ジェイムスンの予定によればこの船は丸ごと破壊されるわけで、それを思えば理解不能だ。


 困惑する僕に船長がふたたび助け船を出してくれた。


「その方はこの船とともに生まれた教授に次ぐ高齢者です。船とともに生まれ船とともに死ぬ。この船が役目を全うして廃船になるのならばそれに抵抗する事はありません」

「そういう物ですか」

「そういう物じゃよ、若いの。この船はお前たちの遺伝情報の買い付けに動いた事もある。わしらはお前たち鬼どもの親のようなもんじゃ」

「親、ね」


 その言葉は僕には実感できない。

 何かプラスの意味があるようだけど、無条件で頼れる存在なんて僕にはそんな物は無いから。

 でも『親』という言葉を実感できない『子供』にとって『親』とは『毒親』とか『虐待』とか『ネグレスト』とか、そんな表現がふさわしいんじゃないかな?

 遠慮なくぶち殺して問題がある相手では無さそうだ。


「今は取り込み中だ。邪魔をする気が無いのなら、ブリッジからの退去を命令する」

「まぁ、そう言うな。わしらだってこの船を破壊されたくは無いんじゃ。ほんの少しばかりならば手助けができるぞ」

「今すぐに強力なレーザー兵器を用意できるとでも?」

「それは整備の分を超えるな。わしらが言いたいのはな、ちっとは親らしい、この言葉が気に食わないのならば年長者らしい言葉じゃ。お前さん、そうやって気を張っているがな、少しは人を頼ることを覚えた方がいいぞ。世の中、そこまで捨てたもんじゃない。お前さんを助けてくれる者も少しはいるはずじゃ」


 訳がわからない。

 他者など敵か、敵の予備軍にすぎない。


 友軍に分類できる相手ならば攻撃はしないし多少の援護はするが、そこまでだ。


「納得しておらんようだな。わしらが正しい証拠、と言ってはなんだがお前さんに見えていないものを教えよう。さっきのお嬢ちゃんの申し出だがな、お前さんはすげなく断ったが後で埋め合わせしておいた方がいいぞ。あれはお嬢ちゃんがお前さんのそばに居たいというのが理由だ。別に全員がブリッジに集まった方が効率的だとか、合理的な判断による物じゃない」

「ちょっと、ナニを言っているのよ!」


 シグレの焦った声が答える。

 これは図星を刺された声だと僕にもわかる。


「そうなのか?」

「そうよ。悪い?」

「全然悪くない」


 むしろ嬉しい。

 確かに単なる友軍ではなく僕に好意を持つ相手はいるようだ。シグレ以外にも居るかどうかは怪しいが。


「少しは理解できたようで何よりじゃ。そこで、じゃ。わしらが言いたいのはお前さんには亜光速宇宙船を迎撃するための具体案があるのじゃろう? その案を諦めずにこれまで関わりを持った全員に送ってみたらどうかと言うことじゃ。一人や二人は応えてくれるかも知れん」

「いや、ヴァントラル関係者以外で僕に関わった人間は二、三人しかいないんだが」

「少なくとも私は応援するぞ」


 インベーション大尉が声を上げた。


「ロッサ君の作戦立案・戦闘能力が本物なのは身に染みた。それに、シグレちゃんの境遇については喉の奥の小骨みたいにずっと引っかかっていたんだ。それを助けてくれただけでも信用に値する」

「私って小骨レベル?」

「引っかかったままだと痛いんだぞ」

「私は痛い思いすら出来なかった。口から食べ物を摂取するという贅沢すら出来なかったけどね」


 大尉が凹んでいる。

 でも、彼女を通して連邦軍を動かせる可能性はあるのか。

 それはありがたいが、連邦軍だけでは僕の策は成立しない。


 保安局は動かせる、か?


「ロッサ君、まずは君の考えを話してくれないか? どんな策か分からなくては説得も難しい」

「そうだな」


 僕はちょっと考えこむ。

 僕は作戦を空間認識で考えている。言語化するのは難しい。


「まずは大前提として、亜光速宇宙船を破壊するにはその速度を利用するのが1番だ。ヤツの最強の武器もまた速度だが、相対速度の違いは相手だけに有利な訳じゃない」

「それは同意するが、相手はその速度を利用して宇宙空間で空力を利用したようなターンをやってのける化け物だぞ。機動力という面では明らかに相手に分がある」

「そう。つまりヤツに自由な動きを許さない事がこちらの勝利に必須の条件となる。ここから先は一部が賭けとなる。そこの樽が言ったことが正しいのならば、ヤツの目的が超光速宇宙船の破壊であるならばこのアタラクシアを含めてすべての宇宙船を破壊しなければならない。それが可能なルートはそう広くない」


 だいたいこんな感じだ、と僕はスクリーンにそれを表示する。


「大分絞れた、と言ってやりたいがまだまだ広いぞ。縮尺から言って差し渡し10万キロはあるだろう。この範囲に適当に攻撃したって当たりっこない。敵だって回避行動ぐらいはとるだろうし」

「だからこのアタラクシアを囮にする。ヤツが反応できるギリギリの時間で先ほど算出した回避軌道へ入る。ブラウの裏側に入ってしまえばまともな攻撃は出来ないはず。回避軌道に入ったアタラクシアを攻撃しようと思ったら移動ルートはさらに限定される。このルートだ」


 スクリーンに映し出される移動範囲の帯がグッと狭まる。もはや一本の線となる。

 線だといっても宇宙空間にふさわしい縮尺での話だ。1000キロメートルかそこらの幅はあるはずだ。


「この範囲だと決め打ちしても普通は当たらないだろう。だから他の攻撃の後に反陽子砲の砲撃を加える。もちろん、敵に直接撃っても当たらないので目標はここだ」


 亜光速宇宙船の移動ルートのすぐ横にGO37と番号だけを割り振られた小天体が浮かんでいる。差し渡し20キロメートルほどのブラウの衛星の一つだ。このぐらいのサイズだときれいな球形になることは出来ず、いびつな形の岩塊として惑星の周りを周回している。


「この岩塊を砕いて破片を敵の進行ルート上にばら撒く。どんなに小さな破片でも相対速度亜光速でぶつかれば大きな被害を与えられるはずだ」

「連邦軍の攻撃は目くらましと囮で本命は保安局の反陽子砲か。とりあえず、連邦軍の攻撃は任せろ。上層部を通していたら間に合わない。イロイロと伝手をたどって実戦部隊に直接働きかける。しかし、保安局を動かすのは私では無理だな」

「仲が悪いもんね」

「任務が似すぎているんだ。重要な案件ほどぶつかり合う事になる」


 シグレと大尉の掛け合いを聞いていても保安局を動かすのは無理だと分かる。

 無理なのは大尉だけではない。僕の『独立した武装勢力』認定も大尉が行っている。当然ながら僕も『連邦軍派』だと思われているはずだ。


 やはりこの作戦は放棄して逃げ出した方が良いか?

 相手がどの程度に広範囲の攻撃をするかわからないから、逃げて逃げ切れるか不明なのが困る。


 僕の思いとは関係なくインベーション大尉はあちこちに通信を送っている。作戦はすでにスタートしてしまった。今さら立案者が逃げ出すわけには行かない。


 保安局に通信を送っても無駄だろう。そもそも僕は保安局の組織がどんな構造になっているか知らない。ただの通信担当者と話しても意味はない。より上の人間と交渉しようと悪戦苦闘している間にタイムアップしてしまうだろう。


 では、どうする?


 答えは既に大尉とハーリー爺さんが言ってくれている。

 僕が少しでも関わった人間、そして最前線で反陽子砲の運用を行なっている人物。レストラット保安長に連絡をとるべきだ。

 あの機械化人間にはちょっと憧れる。

 僕からはむしろ好意を持っている相手なのだが、向こうからの心証は悪いだろうな。先ほど話した時にはおちょくるような返答を返した覚えがある。


 それでも今は彼にすがるしかない。


「シグレ。保安局のレストラット保安長のところに通信をつないでくれ」

「了解。現在、ロッサが言った作戦案をファイルにまとめ中。反陽子砲の標的のほか、最適な発射タイミングを算定」

「助かる」


 これは本当にありがたい。

 僕は基本的にフィーリングで動いているから厳密な発射タイミングを数字で示すとかは苦手なんだよね。前にそう言ったら「フィーリングだけで宇宙を飛ぶな」って怒られたけれど。


「ロッサの名前でファイルを送信します」

「作戦を実行するか否かにかかわらず返事はくれと付け加えてくれ。この作戦を実行しないのであればこちらも脱出を考えなければならない」

「心配いらないと思うけど。ロッサの案以上に有効な手立てを考えつけるとは思えない。この作戦に乗らなかったらそいつはどうしようもない馬鹿よ」


 僕のようなテロリストからの提案なんか検討するまでもなく不許可であっても全然おかしくはない。つい先刻まで敵対していたのだからなおさらだ。


 などと思っていたわけだ、この時の僕は。

 後で知った現実ではレストラットは僕のビークルビーク02への避難勧告を知って僕の事を評価していたし、時間を無駄にしたせいで作戦の中身をろくに見ないでGOサインを出していた。が、そんなことは神の視点を持たない身では分かるはずないよね。

 僕たちの事をのぞき見していた神は面白がっていたかも知れないけれど。


 スクリーンを見ると亜光速宇宙船が惑星ドワルへ接近していた。


 惑星壊滅まであとわずか。

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