2 作戦計画
亜光速でやって来る異星人。
おそらくは敵。
ヴァントラルでは『神の使徒』と呼ばれ、過去に交渉を持った事があるようだが詳細は不明。
『異星人』と仮定してはいるが、本当に人類由来でないかどうかも不明だ。
僕の知る限り、地球人類がスペースラムジェットを運用した事はない。
だが、原理的には現在の科学力で建造し得るものだ。どこか宇宙の片隅で誰かが造り出したとしてもおかしくはない。
人間が造ったのではないとしても、自己複製能力を持った機械が進化したという可能性もゼロではない。
結局、確実なのはあの亜光速宇宙船がこちらを完全破壊できる脅威として接近中であると言う事だけだ。
僕の今の居場所は宇宙船アタラクシアのブリッジ。
共に居るのはイモムシ船長とジェイムスンとか言う金属製の樽。樽は発泡硬化剤で壁に貼り付けになっている。
どちらも信用するわけにはいかないが、僕が睨みを利かせている間は何もできないだろう。
完全には信用できない相手がもう一人。
額に角を生やした女性が入って来る。身長・体重ともに僕よりも大きい。シグレとは違ってメリハリのある女性らしい身体つき。片腕・片脚だが器用に動く。それどころか、どこで見つけたのか骨つきの肉をバリバリと食い散らかしている。
無くした手足を再生させるために大量に食う必要があるのは理解する。
「汚いですね。連邦軍の士官という物はもっと上品に食べられないのですか?」
「それには同意します」
ジェイムスンたちが口々に言う。
インベーション大尉は彼らをギロリと睨んだ。
「犯罪者の巣窟でマナーを守るつもりは無い」
「エイリアン警報の発令中はすべての武装勢力と停戦するのではなかったのですか? 武装勢力と言うならば個人経営でしかないそこの強化人間君よりも我々の方がよっぽど適していますが」
「お前たちはエイリアン側の味方だろう。人類の反逆者としてここで殺処分するのが正しい」
「構いませんよ」
肯定したのは樽だった。
「ここの指揮権はロッサ君にある。彼に頼め」
「死にたがっている者をわざわざ殺してあげるほど親切にはなれませんね。むしろ生き残らせて地団太を踏ませてあげましょう。それと大尉、この船の指揮官を僕と認めるのならば、これは僕の船です。あまり汚さないでください」
「了解した」
カラン・インベーションの食べる速度が少しは落ちた。
「それで、ロッサ君。これからどうするのだ? 停戦と言ってもエイリアンが近くにいる間だけだ。私としてはこの船を捨てて遠くへ離脱。その後、連邦軍への投降というコースをお勧めするが」
「その予定はありません。当面は亜光速宇宙船の撃破を目指します」
「不可能だ」
「無理でしょう」
「出来ないに決まっているでしょう」
三人まとめて否定が返ってきた。
僕は制御盤を操作して現在のこの船の軌道要素を呼び出す。惑星ブラウや衛星群の位置も調べ、そこに分かる限りの連邦軍の戦力も付け足す。
「別にこの船の戦力だけで攻略するとは言っていません。……軍や保安局の動きも考えておきます。どうしても撃破不可能とわかったら第二目標、この船を生き残らせるミッションに入ります」
「そっちも出来ませんよ。物わかりの悪い鬼ですね。光速からどうやって逃げるつもりですか?」
「亜光速宇宙船と言っても即座に亜光速までの加速・減速が可能なわけではありません。長い時間をかけて加速してこちらとの相対速度を光速近くまで持って行ったというだけです。つまり、ヤツは亜光速でこちらの近辺を『通過』するだけです。ならば惑星ブラウを盾にすればよい。いくら亜光速でも巨大ガス惑星を貫いて攻撃するのは無理でしょう」
「なるほど。しかし、通過後に後ろに向きに撃ってくる可能性は?」
「実体弾は絶対に届きません。可能性があるとすればレーザーなどの光による攻撃ですが、これも赤方偏移によりエネルギーは大幅に減少します。対処は可能でしょう」
僕が退避ルートの軌道計算をしようとすると、何もしないうちにその軌道が算出・表示された。
誰がやったかは、だいたいわかる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
シグレの声が返ってきた。
金属の樽が動かせる触手をブルブルと震わせる。
「み、認めん。認めんぞ。神の計画が、神の使徒の力がその程度の軌道計算だけで無効化されるなどあるわけが無い」
「実際、この軌道は結構シビアよね。相手の動き次第で射線が確保されてしまいそう」
「ほれ見ろ。どうせ助かりはしない」
「そうでも無い。神が超光速を嫌うと言うのが事実なら、亜光速船が光速を超えた情報収集が出来ないのであれば、あちらがこっちの動きに反応する時間はほとんどない。よほどの偶然が無ければ攻撃できないはずだ」
「そんな浅知恵が神に通じるかな?」
「これは浅知恵では無くて物理法則の問題。相手が超光速通信とか光速を超えた観測手段とかを持っていなければそうなる、という事。……浅知恵と言えばさっきの話だけど」
「な、何かね?」
「超空間航行がパラレルワールドへの移動であるか、パラレルワールドを生み出しているのだとすると、あなたたちがこの星系へ来たのはほとんど意味のない行動なのでは?ヴァントラルがテロを起こすワールドと起こさないワールドが分岐するだけなのでは?」
「フム。それこそ浅知恵だな」
「よっ、教授。我ら無知蒙昧な輩に英知を授けてくれませんか」
イモムシ船長が合の手を入れる。こういうのをタイコモチって呼ぶんだよな。
教授と呼ばれてジェイムスンはまんざらでもないようだった。
「いいですか。どこかへ宇宙船を送った場合『宇宙船がそこへ行かなかった』というパラレルワールドは観測されません。これは太陽系に残ったものたちが『宇宙船がそこへ行った』事を知っているからと考えられます。戦力として宇宙船をどこかへ送った場合『戦力がそこへ行った』という事実までは確定するのです。その戦力が目的を達成するかどうかは不確定ですけどね」
「今回の場合はガスフライヤーが首尾よく補給基地にぶつかったパラレルワールドやドクマムシが全機撃墜されたワールドへの分岐は考えられるわけだ」
「そうなります。また、宇宙船が到着する先も乗組員の認識と大きく違った所へは行かないようです。違和感があっても大抵は『自分の記憶違いかな?』で、済む範囲のようです」
「先の話であった事故を起こしたことになった宇宙船がもう一回おなじ星系を訪れたらどうなるのだ?」
「分かりません」
「なぜ?」
「その宇宙船の乗員が怖がって二度とその星系には戻りたがらなかったんですよ。だから不明です。私としては無理矢理でも騙してでも送り込みたかったのですが、失敗しました。残念です」
確かに残念だ。
しかし、それならば『その宇宙船や乗組員がそこへ戻れなくなるような強制力が働く』と言う可能性もあるのか?
そんなオカルトじみたパワーは自然科学にはそぐわないが。
「まあいい。宇宙船が並行世界に紛れ込むとしても、観測上の誤差としか思えない程度の差異しかない所へたどり着くならば問題ない。このアタラクシアで太陽系に行ってもちゃんと地球は出迎えてくれるんだな」
「そうでしょうか?」
「何か問題でも?」
「あなたがとんでもない幸運に恵まれて神の使徒から生き延びたとします。あり得ない事ですが、まぁそれが起きたと仮定しましょう。そして超空間航行で太陽系に向かったとします。地球にはたどり着けません。絶対に」
「だから、なぜ?」
「これは神の計画です。全知全能、ではないでしょうが地球人からはそう見えるぐらいの超知性体の計画です。その大いなる存在が行う計画がこの星系でほんの数隻の宇宙船を破壊するだけで終わるでしょうか? 神とはそんな卑小な存在でしょうか? そんなはずはありません」
ジェイムスンが何を言おうとしているのか、僕にもおぼろげに理解が及んだ時、僕よりも早く激しく反応する者がいた。
彼女は口の中の物を盛大に弾き飛ばしながら叫んだ。迷惑な。
「同時多発テロか!」
「そう呼べますね。テロではなく全面的な軍事侵攻と呼んだ方が適切かもしれませんが。現在、宇宙船が停泊している39の星系に対して同時に攻撃を行うことになっています。逆にその39の星系以外にはこの時期に宇宙船が行かないように我々で手を回しました。地球人類の超光速移動は今日で終わりになります。超空間航行機関の製造元がある地球は攻撃目標として最重要の物になっていますね。間違いなく念入りに破壊されます」
大尉はもう何も言わなかった。
骨付き肉の残骸を放り出し、通信を行う。今聞いた話を上官に報告する。
僕たちの目的地が破壊されるのは有り難くないけど、同時多発で起きている事件ではこちらには何も出来ないな。
目の前にいる敵を片付けてから対応を検討しよう。
「シグレ、公式発表以外に連邦軍に動きはあるかい? 保安局の大ボケ反陽子砲は別として、亜光速宇宙船に対する作戦計画を知りたい」
「ううん、それがね」
「さすがに分からない?」
「いえ、通信データの一部は解析出来ているんだけど、どうも揉めているみたい」
「亜光速で接近する物体に対する作戦計画は無い?」
「それも無いんだけど、どうやら連邦軍と保安局の間で対立が」
「指揮権を取り合っているのか?」
「ううん、逆。保安局は外宇宙からの侵略に対しては連邦軍が対応するべきだと主張して、連邦軍は超空間を経由しない存在は保安局のテリトリーだと言っている。亜光速でやって来る物体に対する法規が存在しないみたい」
「いや、それは法規の有無の問題じゃないだろう」
僕は頭を抱えた。
組織として指揮権を取り合うのならばまだ分かる。しかし、この非常時に指揮権を押し付けあうとは。
連邦軍も保安局も仕事をしたがらない無能の集まりか?
ジェイムスンの笑い声がまたしてもブリッジに響いた。
僕は戦場のデータと亜光速宇宙船の動きに注視する。
こうしている間にも敵は近づいてくる。あと一時間ぐらい? 二時間はかからないだろう。
見ていると亜光速宇宙船の動きはあまり宇宙船っぽくない。金属の樽はあいつの事を機械生命体と呼んだが、確かにそんな感じだ。機械である以上に生物らしい動きだ。
グっと近づいてきて、太陽風を浴びてたじろいでいる。時々、必要以上に恒星から離れる進路をとって慌てて戻っている。まるで嫌な物から顔を背けているようだ。
機械的な正確な動きではなく、生物的な感覚的な運動。
だが、それは少しぐらい無駄の多い動きをしていても特に問題が起こらないという余裕の表れでもある。
亜光速船の動きはなんとなくだが、気が弱そうだ。
相手の性格を考慮しながら亜光速船のこれからの進路を予測する。
間違いなく惑星ブラウには近づかないだろう。このあたりのプラズマや宇宙塵の密度は惑星間の空間のそれを大きく上回る。限りなく虚無に近い恒星間の空間に慣れているならばブラウ周辺は悪夢に等しいはずだ。
ブラウからなるべく離れ、その上でここやブロ・コロニーへの攻撃を可能にする進路。だいたいの見当は付けられる。
相手がそこを通るとして迎撃計画を立案する。
僕単独。ドーサンやアタラクシアの能力だけでは迎撃など不可能。しかし、他者を巻き込めばやれなくもない。
で、手が止まった。
指揮権を押し付けあっている二大勢力。連邦軍と保安局のどちらに作戦計画を持ち込めば良いんだ?
やっぱり、逃げようか。
ジェイムスンの高笑いだけが響き続けていた。




