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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第二章 突撃、隣の宇宙船
14/20

8 樽を転がして

 ブリッジの中に飛び込んだ。

 一個小隊に待ち伏せされるぐらいは覚悟していた。しかし、出迎えの銃撃はなかった。目にうつる敵の数は2。


 一体は節足動物タイプの改造生物だ。

 先ほどまで相手をしていた甲殻付きの連中と同じく人間並みの知能は持っているのだろう。イモムシ型なのを見て『ひょっとして幼体か?』とチラリと思う。


 もう一体は総金属製のロボットのような存在。

 円筒形のボディと多数の触手を持つ。身体は無機質だが、その動きは無機質とは言えない。アタフタと慌てふためいている。ロボットではなくサイボーグの類いだと判断する。

 遠隔操作されているロボット、と言う可能性もあるが。


 非武装ではあるが節足動物タイプの方がまだしも冷静に僕を見ている。

 そちらの方が手強いと見る。

 壁を蹴って急接近する。

 口から何かを吐いて来たのを紙一重で回避。

 非武装であるのを考慮して狙撃銃の銃床をボディに叩きつけた。何かが潰れる感触があるが、生命力の強い虫型の身体ならば死にはしないだろう。


「く、来るな!」


 金属ボディが声を上げる。

 触手の一本に取り付けられた拳銃から銃撃してくる。


 弾道を見切るのは難しくない。

 空間狙撃銃で応射する。

 こちらの弾丸が樽型のボディを撃ち抜く。

 中身まですべて機械かと思ったが、内側は肉が詰まっているようだ。肉入りの缶詰めは潰れたカエルのような呻き声を出して吹き飛んだ。


 コイツも意外にしぶとい。

 銃弾に身体を貫通されても死ぬ様子がない。対生物用のホローポイントに切り替える。


「待って、そいつがジェイムスンよ」

「誰だ、それは?」


 シグレからの通信が入った。

 僕の返答に彼女は呆れたようだった。


「その船のオーナーよ。もう一方のイモムシがそのまま『イモムシ』って言う名前で船長に登録されているわ」

「人間型はしていないんだな」

「イモムシの方は最初からその姿で生産されている。脳や神経系は人間のものをそのまま流用した歪なキメラよ。その船には人間として登録されている乗員は居るけれど、人間の姿をした者はいない。オーナーは人間の事が相当に嫌いみたいね」

「そのオーナーがこの樽か」


 樽が拳銃をもう一度、僕に向けようとしている。

 僕はその触手を撃ち抜いた。

 半分千切れかかった触手を力任せに引きちぎる。


「グワァァッ。わ、私にこんな事をしてタダで済むと思うなよ! だいたい、樽とはなんだ、樽とは!」


 お、聞いていたか。


「お前の事など知らん。そんなヤツは樽で十分だ」

「何だと! 私はだなぁ!」

「組織の上層部について何も教えなかったのはお前たちだ。敬意の持ちようがない」


 特別に憎しみも感じないけどね。

 この樽がどんな生き物なのか知らないが、コレを殺すのをシグレが止めたと言うことは情報源として貴重だと考えたのか?

 しかし樽はおとなしく捕まる気はないようだった。


「こんな所までノコノコとやって来たのが運の尽きだ。馬鹿め、思い知れ」


 樽は僕の目に入らない場所で何かを操作した様だった。

 しかし、何も起こらない。


 シグレが僕の宇宙服の外部スピーカーを勝手に操作した。


「お生憎様。ロッサの脳内端末を操作しようとしても無駄よ。自分がやった事への対応策はちゃんと用意しています」

「何者だ?」

「はじめましてジェイムスン教授。以前はトレゴンシーと名乗っていたそうですね。古典文学がお好きなようで。私はシグレ・ドールト。あなたたちヴァントラルが撃墜しようとしたガスフライヤーの情報中枢を担っていた強化人間です」

「お前が黒幕か? こちらが差し向けたタイプOを逆にコントロールしてこの船を襲わせた」

「そこまで単純な話ではありません。燃料公社からもヴァントラルからも逃げおおせるためには宇宙船が必要で、それがここにあるのならば遠慮なくいただこう。そう思ったのは事実ですが」

「公社所属の強化人間。……逃亡奴隷か」

「あまり間違ってはいませんね。立場としては確かにそんなようなものです」


 僕としては少々不愉快だった。

 ジェイムスンの推測が気に入らない。『シグレが僕を操っている?』それが完全にあり得ない事ではないのが気に入らない。かと言ってそれが事実でないと証明する方法はシグレを殺して見せるぐらいしか思いつけない。

 シグレが僕と一緒にいる限り、僕を操る機会はいくらでもある。僕が過去にも未来にも操られることがないと証明するのは不可能だろう。


 不愉快だから僕は二人の会話に割り込んだ。


「それで、この樽はどんな生き物なんだ?」

「彼は長命者よ」

「長命者?」

「はるか昔に異星生物との共生によって不老不死を得ようとした人間。その当時の権力者や大富豪たち。いえ『当時の』と呼ぶのは正しくないわね。死なない身体を持ったことで彼らはその地位をずっと保ち続けた。今でもほとんどの組織のトップは名目上だけでも長命者で占められているはず。燃料公社も連邦軍もね。テロ組織のトップまで長命者だとは思わなかったけれど」

「その長命者が本当に不老不死ならば人数が増え続けているはずじゃないのか? 先に長命者になった連中が新規参入を阻害していればそうでも無いのか?」

「新規参入の阻害って。まぁ、最初のうちはそういう理由で長命者が増えなくなったみたいね。でも、今では新しく長命者になりたがる人は居ないわ」

「その先は言わなくていいぞ」


 樽が不機嫌な声を上げた。

 その声でだいたいの事情は理解できた。


「不死の代償に樽になる訳だ」

「樽ならばまだいい方よ。のたうち回る触手の塊に、それも100㎡にも及ぶ触手の塊になってしまった者もいる。長い年月のうちに知性も感情もすり減って、人間の形骸しか残っていなかったりね」

「言うな!」


 樽が叫ぶが、シグレの解説は止まらない。


「彼らの特徴として、外傷に対する耐性や不老とともに『自殺できない』という事が上げられるわ。人間としての本人が死にたくなっても異星生物の部分が死ぬことを許さない。宇宙船を自爆させるスイッチを造ることは出来ても、自分がその船に乗っている間はそれを決して押すことが出来ない。手の込んだ方法で自殺しようとしても大抵は失敗する。そこの彼も何回も自殺騒ぎを起こしている。トレゴンシーと名乗っていた頃に周辺を巻き込んで自殺しようとして、失敗してジェイムスンと名を変えた。違います?」

「……」

「だから彼の事は生かしておいたほうが良い。彼が死んだら宇宙船が爆発するような仕掛けがあるかもしれない。でも、彼が生きている限りは致命的な問題は決して起こらない」

「ペラペラとよく口の回ることだな」


 樽の恨み言はシグレの言葉に対する肯定と受け取れる。

 僕は納得した。

 この生き物を安全に捕獲する方法を思案する。こいつの生命力は相当に強いらしい。ならばまずは手足となる触手をすべて斬り落とすことから始めようか。


「ちょっと待て、そこの強化人間。何か物騒なことを考えていないか?」

「別に。ヴァントラルで教えられた標準手続きをやるだけだ」


 ワンダガーラの中で見つけた超振動ブレード(小剣サイズ)を取り出す。


「死なないと言っても痛みは感じるんだぞ」

「僕たちもそうだよ」


 原種の人類ならば命を落とす、そのぐらいの怪我をすることは僕たちの訓練では珍しい事ではなかった。

 この樽がヴァントラルの幹部だというのなら、僕たちが受けたのと同程度の痛みは甘んじて受けてもらいたい。

 先ほどのシグレの言い分によれば、あの訓練は相当に不当な物だったらしいから。


 が、僕が行動に出る前に新たな声がそれを遮った。


「ロッサ・ウォーガード殿、言い分はよくわかりますがそこを曲げてこの者に多少なりとも情けをかけていただきたい」

「イモムシ船長か」

「はい。そんな奴でも私とは長い付き合いなもので」

「イモムシ……お前が」


 樽が感動に打ち震える。が、節足動物は前足の小さな手で何かを投げた。樽に向かって飛んだそれは猛烈な勢いで泡を吹きだす。宇宙機の緊急補修用の発砲硬化剤だ。

 泡はあっという間に固まって樽を拘束した。


「イモムシ!」

「おや、お気に召しませんか? 四つ切にされるよりは硬化剤漬けの方がマシだと思ったのですが」

「イモムシ、あなたは自分の手で私を苦しめたかっただけでしょう」

「長い付き合いだけによくお分かりで」


 なるほど、樽に人望がない事はよくわかった。

 こいつの事はしばらく放っておいても良いだろう。


「イモムシ船長、以後この宇宙船は僕の指揮下に入る。異存はあるか?」

「ありません。私はさっき内臓の一部を派手に潰された身ですよ。反抗なんて、とてもとても」

「シグレ、この船には戦える人間は後どのぐらいいる?」

「その船長にカブトムシ兵を鎮めるように言ってくれる? 機械類については私の方で掌握が可能。乗っ取りはほぼ成功よ」

「カブトムシ兵団も生き残りは少数ですね。戦闘中止命令は出しておきます」


 これで一件落着、かな。

 状況終了を宣言するのにもう少し、といった所か。

 何か忘れているような気がするが。


 硬化した泡の中に閉じ込められた樽が嗤った。

 一体、何がおかしいのか?


「シグレ、保安局からのロックオンはある? この宇宙船が制圧されたことを知れば問答無用で撃って来てもおかしくない」

「無い、けど」

「そうだった、エイリアン警報」


 樽の笑い声が大きくなった。こちらに聞かせるように哄笑する。


「私に勝ったつもりのようですがね、強化君。結局のところ目的を達成する真の勝者は私なんですよ」

「どういう意味だ?」

「知りたいですか?」

「知っているか? その発砲硬化剤は硬いだけじゃなく丈夫なんだ。銃弾を受けても砕けずに綺麗に穴が開く」

「分かりました。教えますよ。だから銃を下ろしてください」

「……」

「我々ヴァントラルの行動目的が何か知っていますか? 地球至上主義と謳っていますが真実は少しだけ違います。我々は神の啓示を受けたのですよ。宇宙に偏在しあらゆる情報を管理する超知性体である神にね。そして、ある役目を与えられた」

「神、ね」

「信じていませんね。ですが事実です。神は超光速宇宙船の存在を喜ばない。それだけを覚えておいてください。我々は超光速宇宙船の存在を減らすためにあらゆる手を打ちました。テロ行為もその一環にすぎません。完成した超光速船を買い取って死蔵するなんてこともやっています。この船の事ですが」

「本題に入れ」

「もう入っていますよ。我々が神の啓示により動いている、その観点から見た場合、今回のガスフライヤー襲撃はどういう意味があるんでしょうね?」

「宇宙船が稼働するコストをほんの少し押し上げる効果はあるかもしれない」

「ま、その程度です。つまりガスフライヤーの襲撃は作戦の中軸ではあり得ない。あなたの参加した作戦は陽動なんです。その点、あなたは大変よく動いてくれましたよ。ブラウ惑星系内の目をすべて釘付けにしてくれましたからね」


 そして、その陽動作戦の最中に『エイリアン警報』が発令された。

 どんな奴か知らないが発見された敵性のエイリアンとヴァントラルはグルなのか。


「外患誘致、か」

「そうなりますかね。やって来るのは神の使徒。目的は人類の持つ超光速関係のすべての物を破壊することです。もちろん、この船も例外ではありません。ああ、逃げようと思っても無駄ですよ。通常航行では逃げられる速度ではありませんし、この船の超空間航行機関は火を落としてあります。再稼動まではどうやっても24時間はかかるでしょう」

「それならばお前も死ぬぞ」

「それが目的ですから。そう思えばイモムシよ、よくやりました。こうして拘束してもらえたおかげで順調に死ねそうです。この身体は神の使徒が近づいたら勝手に逃げ出しますからね」


 どうしてこうも次々と問題が起こるんだ?

 一つ解決したと思ったら次のトラブルがすぐに舞いこんで来るじゃないか。


 ガスフライヤー破壊指令を受けた時からトラブル続きは確定していたのだろうか?

 それを言うなら僕がテロ組織のもとで製造された時からだろう。どこかの戦場で使い捨てられるのは最初から決まっていたようだから。

 生まれた時からの因縁をここで断ち切る。

 そう考えれば少しは気合も入る。


「カラン・インベーション大尉。聞いていますか?」

「聞いているぞ。シグレちゃんからばっちりと情報を流してもらっている。ジェイムスンの証言はしっかりと記録した」

「それは何より」

「外部との通信の許可が欲しい」

「許可しましょう。その代わり、連邦軍で掴んでいる『神の使徒』とやらの情報を流してください」

「機密情報は無理だぞ」

「可能な範囲で構わない」

「しかし、ロッサ君。ひとつ言っていいか? 敵性のエイリアンと君が戦う必要は無いんだぞ。この船を放棄して逃げればいい。ジェイムスンが言ったことが本当ならばそれだけで助かるだろう」

「僕の目的は破壊と略奪。そう宣言したはず。せっかく略奪した物を置いて逃げるなんて出来ない。やろうとも思わない。この後の予定のためにもこの船は使わせてもらう」

「ただの自信過剰と言えないあたり、困ったものだ」

「ロッサにはそれだけの実力と実績があるもの」


 シグレからの信頼がなかなか重い。

 でもね、僕は少し前に決めた行動目標のためにアタラクシアを確保しようとしているけれど、シグレの方も夢みたいな目標を語っていたよね。


「こんなに早く『神の使徒』と戦う機会が来るとはね。神殺しも意外に現実的な目標だったのかな?」


 さあ、次の戦いだ。

 神の使徒をぶちのめして地球への道を切り開くとしよう。

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