7 もはや消化試合にしかならなくて
宇宙船アタラクシアは擬装を解除した。
それを僕はワンダガーラのコックピットからスクリーン越しに見る。
民間の宇宙機・宇宙船にとって外装のパネルなどただの飾りだ。実用一辺倒の船ならば外装なしの骨格に機材を取り付けただけの構造の物も多い。だから宇宙船の外見はよっぽど奇抜な物でなければ気にされない。改造も容易だ。
アタラクシアの外装が吹き飛ぶと、中からはドーサンの物と同タイプのレールガン砲台が現れた。吹き飛んだ外装の一部はそのまま姿勢を制御、独立した宇宙機となって散開する。
「あまり頭は良くないな」
「どうして?」
「僕だったらもっと引き付けてから偽装を解除する。敵は不意打ちのチャンスを失った」
「そうね」
シグレはまだ何か言いたそうだったが、ロボの手の中からインベーション大尉の通信が割り込んできた。
あちらには情報は流していないはずだが、自前の目で前方を確認したようだ。
「ロッサ君、あれがヴァントラルの拠点なのか?」
「それ以外の何に見える?」
「違法改造の武装商船か仮装巡洋艦に見えるな」
彼女にもアタラクシアが偽装を解除した姿が見えているようだ。
僕の肉眼だとこの距離での識別はちょっと辛い。正規の軍人なだけあってスペックデータでは僕よりも上なのかも知れない。
「これから交戦に入る。邪魔はするな」
「当然、テロリストに味方はしない。しかし、この状況を当局に通報して自由を得ようとは思わないのか? 仲介ぐらいはするぞ」
「くどいな。欲しいものは自力で手に入れる」
「ヴァントラルめ。人間不信を育てやがって。……戦うなら、言うまでもないが気をつけろよ。偽装を早めに解除したという事は正面から戦って勝つ自信がある、っていう事だ。戦力を誇示して君を威圧するつもりだろう」
なるほど、その発想は無かった。先ほどの大尉自身との戦いが既に戦力差が絶望的だったから、仮装巡洋艦一隻程度を相手に威圧されたりはしないな。
今、僕が操っている機体は軍用とは言え、本来のワンダガーラの五分の一だ。そして、戦力的にはさらに小さい。機体の損傷こそ回転砲塔の近接用レールガン一門だけだが、僕との戦いで弾薬のかなりの部分を使い切っている。火力は元の十分の一以下だ。
そして、推進剤の残りもあまり多くはない。
ワンダガーラは基地の近接防御を担当する機体だ。長距離移動は考慮されていない。推進剤が少なければ運動性も低下することになる。
使用可能な兵装をチェックする。
周辺に展開した機体が邪魔だ。火力としても本体よりもあちらの方が主力だろう。艦載機というよりは『取り外し可能な主砲塔』的な機体であるようだ。
今ある兵器での効果的な排除方法を検討する。
「ロッサ、やる気でいるところを悪いんだけど、ここは私が相手をするわ。二重になったシステムに気付かなかったなんて失態、そのままにはしておけない」
「物理的な交戦の前に電子戦を仕掛けるのはセオリーだ。やるのは構わないが、可能なのか? 裏のシステムなら軍用に準ずるぐらいのセキュリティはあるはずだが」
「あれはヴァントラルで分離した機体は有人機よ。セキュリティホールは解析済み」
「アレをやるのか?」
経験者としては若干の同情をしなくもない。
シグレが何かを操作する気配があり、間もなく有人機たちの編隊に乱れが生じた。
僕は無意識のうちに額に手を当てていた。
「何が起こった⁉」
ジェイムスンは叫んでいた。
戦闘態勢に入りワンダガーラを迎撃しようとしていたアタラクシアだったが、迎撃の主力ともいうべき浮遊砲塔群が応答しなくなったのだ。無作為な方向へ動き、グルグルと回転する。接触事故すら起こしていた。
「まさか、操縦訓練をさせていなかったのではあるまいな?」
「そんな、実機での訓練はともかくシミュレーターならば隔日でやらせていましたよ。動かし方はちゃんとわかっているはずです」
「ならば、あの有り様は何だ?」
「ハッキング、ですかね?」
イモムシは首を傾げた。
制御盤を見て自分でその言葉を否定する。
「いいえ。操縦系に異常はないようです。あの動きはすべて搭乗者の意思によるものです」
「初めての実戦にパニクっているとでも言うのか?」
ワンダガーラが発砲した。
大した攻撃ではない。ただの直線でしか飛ばないレールガンだ。放っておいても命中する可能性は低い。
だが、浮遊砲台たちはそうは思わなかったようだ。
彼らは一斉に逃亡を始めた。
敵機とは反対方向へ砲台に可能な最大加速で逃げる。主砲の反動を推進力に追加する者すらいた。
「何なのですか? 無様な。彼らに罰を与えなさい。最大限の苦しみを送り込むのです」
「了……解? それです」
「それとは?」
「あの砲台に乗っているのはクローン兵です。最低限の能力だけを持った廉価人間。ですが、彼らを制御するための端末はタイプOと同じものが使われています。クローンたちの感情を操作できる脳内端末。クローンたちの反抗心をそぐための物ですが、敵はそれを利用して彼らの恐怖心を増幅したのではないでしょうか?」
「理解しました。それならば対処は簡単です。こちらからも彼らを落ち着かせる信号を送りなさい。平静をもたらすと同時に帰属意識を高めるのです。それでこちらに戻ってくるはずです」
「了解」
イモムシは新たな信号を送った。
しかし、砲台たちは止まらない。どんどん逃げていく。
「なぜです。こちらの信号の方が弱いとでも言うのですか?」
「そんなことはありません。信号の出力ならばこちらの方が上なくらいです。しかし、信号を受け取る側が恐怖に慣らされてしまっています。クローンたちを制御するのに日頃から恐怖を多用しすぎました。彼らの脳は恐怖を感じることに慣れてしまっているのです」
「な・ん・で・す・と?」
教授と呼ばれる男にも対応策は思いつけなかった。
じっくり考えている暇もなかった。
アタラクシアの全長1000メートルを超える巨体が振動する。
「左舷の砲塔群、壊滅しました」
「もうですか?」
「宇宙戦闘は距離が離れていれば果てしなく悠長ですが、接近すればこんなものですよ」
「あなた、少し落ち着きすぎていませんか?」
「私のスケジュールには死亡日時が既に書きこんでありますので。それが少しぐらい前後してもあまり変わりません。教授こそ、ロッサ・ウォーガードに殺してもらえるかも知れませんよ」
「それは少々そそられますが、目的完遂の直前で殺されるのは好みません」
「贅沢は言っていられないみたいですよ」
また、振動した。
「今度は右舷か?」
「いいえ。左舷側の外壁に巨大な人形が直立しています」
そして、ブリッジのすぐ近くから轟音が響いた。
「今のは分かりますよ。外壁をレールガンで撃ち抜かれましたね」
「はい。気圧低下を確認。侵入者あり」
「迎え討ちなさい」
「カブトムシ兵、出します。ただ、訓練所の成績を見る限り、その程度で止められるとは思えません」
「こちらのタイプOは……居ませんよね?」
「今回の作戦で全員出撃済みです。残っているのは二戦級の防衛戦力のみです。過去のタイプOたちを使い捨てずにとっておけば良かったんですが」
「経験を積んで余計な知恵を付けられたら面倒ではないですか。今まさにそういう相手に追い詰められている訳ですし」
「面倒くさい、というだけの理由で殺されるのでは彼らだって反逆しますよね」
鶏と卵、どちらが先か。
どちらが原因でどちらが結果なのか、その答えは主観に左右される。議論しても答えは出ない。
イモムシは普段は冬眠状態で保存してある甲殻生物を解き放ったが、その数を示すカウンターが見る間に減っていく。
わずかな時間を稼ぐ以上のことが出来ているようには見えない。
「これは、ダメですね。覚悟を決めましょう」
「まだです」
「その小さな銃で抵抗してみますか?」
ジェイムスンの金属製の触手の一本には小型の拳銃がわざわざ溶接してあった。最初から武器一体型の触手を用意することもできたはずだが、教授は『溶接』にこだわっていた。
「この銃はファッションですが、撃つことはできます。死ぬことが出来ないこの身体と合わせればそこそこの抵抗も……無理ですか」
「相手は戦闘兵器です。諦めてください」
どこかでまたも警報音が鳴った。
「今度は何ですか? どこが壊されました?」
「変ですね。どこも異常ありません。普通に戦闘継続中です」
「船内で戦闘中なのに異常がないと言うのも変ですが……おや、これは?」
「外部からの緊急通告ですね。発信元は保安局? これは、エイリアン警報じゃないですか!」
「敵対的な異星生物が発見された時に発信されるというアレですか。と言うことは、神さまの使いが発見されましたか。迎撃が間に合わなくなっていると良いのですが。イモムシよ、こうなったら結末を見なければ死んでも死にきれません。そこの出入り口の前に荷物を積み上げなさい。1分でも1秒でも長くここに立てこもるのです」
「このブリッジは無重力だから積み上げても意味はありません」
それでも、と。
イモムシは自前の糸を吐いた。粘着性のある糸で扉を接着する。
扉が爆発した。
指向性爆薬を仕掛けられて、扉はひとたまりもなく吹き飛んだ。イモムシの糸など何の役にも立たなかった。
「私はこう言う役回り何ですね」
人の頭脳を持った虫けらは悟りを開いていた。
ヴァントラルの移動拠点アタラクシアに突入した僕は順調にブリッジを目指していた。
考えて見るとこれはヴァントラルの一員としてガスフライヤーに行うはずだったのと同じ行動だ。ただの民間機のはずのガスフライヤーよりもテロ組織の拠点の方が簡単に制圧できると言うのは何なんだろうね? 単にシグレが優秀すぎるだけか。
邪魔をする生物兵器たちは空間狙撃銃で駆逐する。
警報が鳴っているが、当然の事として気にしない。
ブリッジの扉を発見した。
ワンダガーラで見つけた指向性爆薬で吹き飛ばす。
「ロッサ君、少し良いか?」
カラン・インベーション大尉からの通信?
シグレが中継しなければここまでは届かないはずた。ならば下らない用事ではないのだろう。
「今は戦闘中だ。手短に」
「要点だけ言うと、連邦軍として君たちに休戦を申し込む」
「意味不明なんだが」
「先ほど、保安局からエイリアン警報が発令された。エイリアン警報について知っているか?」
「詳しくは知らない。宇宙戦争開始の合図とだけ理解している」
「正確には『人類』と『敵対的な非人類』の接触に関する警報だ。人類全体の存亡に関わる事態なので、これが発令された時には連邦軍は『人類』に属するすべての武装勢力との交戦を一時的にストップする。私が君たちのことを一つの武装勢力と認めれば休戦が可能になる」
「その休戦には、こちらの行動に対して制限はあるのか?」
異星人に対して連邦軍の指揮下で戦ってくれ、などと言われるならば却下だ。
「別に、ない。こちらに攻撃してこなければ十分だ。もちろん、反社会的な行動も『攻撃』のうちに入るがな」
「……少し検討する」
「本当に検討するだけか?」
「その休戦の対象にはヴァントラルも入るはず。つまり、その休戦を受け入れたら、ここの戦いも放棄しなければならないのでは?」
「気づいたか」
「だから少し待て。指導者を拘束して武装解除をすればアタラクシアは武装勢力のくくりから外れる。ヴァントラル全体はともかく、な」
「あまり長くは待てないぞ」
「10秒だ」
僕は身構えた。
ブリッジ内部に突入する。
「10秒で制圧する」




