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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第二章 突撃、隣の宇宙船
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6 宇宙船アタラクシアのひと騒動

 宇宙船アタラクシア、船内。

 整備補給基地VT-02の至近距離で起きた核爆発を観測し、ジェイムスンは喝采していた。


「いやはや、もう終わりかと思っていましたが、なかなかどうして続くものですね。あれだけ近くで爆破したのでは基地にもかなりの被害が出たのではありませんか?」

「通信や観測系の機器は壊滅でしょうね。放射線による人員の健康被害も懸念されます」

「基地に激突されるよりはマシでしょうが『目』を失ったのは地味に痛いでしょう。DML-13に一番近い観測機器だったのですから。強化人間君が二の矢、三の矢を繰り出せばさばききれないのでは?」

「そうでしょうか?」


 イモムシは疑問を呈した。


「保安局がそんなに優秀だとでも?」

「いいえ。それ以前の問題です。我々は保安局の宇宙機よりも現場に近い所に居ますから、ホワイトアウト前にうっすらと観測できました。強化人間ロッサ・ウォーガードの乗った宇宙機は補給基地から離れる方向に移動しています。『何が何でも基地に体当たりをする』と言った強迫観念に駆られているようには見えません。どちらかと言うと生き残るための逃走だと思います」

「それは、面白くありませんね」


 教授の声が低くなった。

 大声では無いが、ドスの利いた声だ。


「面白くありません。子供たちはキチンと運命に押しつぶされねばなりません。殺し殺される日々を日常とし、破壊と不幸をふりまかねばなりません。未来への希望など持ってはならないのです。そうでなければ……」


 異形へと変じた長命者はそれ以上は言葉を紡がなかった。

 しかし、付き合いの長いイモムシはその先の言葉をはっきりと予想できた。『そうでなければ、私があまりにも惨めではないですか』と。


 あまりにも長く生きすぎたのがこの男の不幸であり、こんな男があまりにも長く生きているのが人類にとっての更なる不幸である。

 と、イモムシは何百回目かの再認識をおこなった。


「ま、彼が逃げ出したからと言って、私らに何か出来るとも思えませんが」

「そうですね。とりあえず強化人間君の逃亡先を調べてください。保安局が長距離砲撃で仕留めてくれるならばそれでも構いませんが、今回の子供は本当に生きが良いようですからね。逃亡先に口封じの人員を派遣しましょう」

「はぁ」

「やる気のない声ですね。そんなことでは困ります。確かにこれの結果が出るのは私たちが冥府へ旅立った後になるはずです。ですが、だからと言って手を抜くことは許しません」

「そんな理由でやる気がない訳ではありません。ところで教授、私の知らないところで、アタラクシアに指示を出しましたか?」

「いいえ。……どうしました?」

「反応炉の出力が上がっています。メインロケットもアイドリング運転を開始。これだけ見ると出港準備のようですが」

「そんなはずはないでしょう」

「ですよね」


 イモムシは首を傾げた。

 そして、次の瞬間、金属の樽と節足動物の主従は揃って悲鳴を上げた。宇宙船が何の警告もなく動き出したのだ。

 完全な無重力だと油断していた彼らは0.5Gで4メートルほどを落下、床に叩きつけられた。


「イテテ。……教授、死ねましたか?」

「うぅぅぅ。この程度で死ねるなら苦労はしませんよ。痛くて頭がクラクラするだけです」

「それは残念」


 複数の意味で残念だ、とイモムシはこっそり付け加えた。

 そして真面目に情報の収集を始める。


「それで、何が起こったのです? すぐに止めさせなさい」

「それが、どんな異常も見つけられません」

「は? 私が何の指示も出していないのにアタラクシアが動き出した。これが異常でなくて何です?」

「ですが情報中枢は異常を感知していません。セルフチェックをかけてみても完全に正常であると答えが返ってきます。完全に正常な動作として移動を開始した、と」

「馬鹿げています」


 ジェイムスンは日頃は宇宙船の操作はすべて配下に任せている。それが大物らしい振る舞いだと信じているからだ。

 しかし、自分でも操縦ができない訳ではない。長すぎる生の暇つぶしに必要そうな免許はあらかた習得している。

 彼は手近な制御板に移動してデータの呼び出しを行った。


 彼は笑い出した。

 楽しい笑いでも明るい笑いでもない。暗く不気味なふくみ笑いだった。


「なるほどね。完全に正常に動作しているようです。最上位権限を持つはずの私の操作すら受け付けないとは、大した『正常』です。こんな『正常』が事故で起きるなどあり得ません。この船はハッキングを受けています」

「それこそ『馬鹿な』と思いますが、この船ってそう簡単に乗っ取られるほど安普請でしたっけ?」

「普通の民間船としては最高レベルのセキュリティを誇っているはずですよ」

「そのセキュリティを突破するって、何者なんですか?」

「あなたじゃないんですか?」


 イモムシは背中をエビぞりにして驚きを表現した。


「ええっっ⁉」

「違いますか? 自分の乗る船がコントロール不能になっているにしては落ち着いているようですが。それに、あなたであれば時間無制限でこの船の攻略に挑むことが出来ます。大変怪しいです」

「そう言われるとなんだか自分がハッキングしたような気がしてきますが、残念ながら濡れ衣です。信じてもらうほかありませんが、私が犯人ならば一番に考えることはどこかの金属のビア樽を叩き潰すことです」

「この永遠に成体になれない生き物が裏切り者でないと仮定するならば、残る容疑者は一人ですね。連邦軍相手に奮戦した強化人間君だ」

「いえ、ロッサ・ウォーガードは戦闘技能こそ優秀ですが電子戦の技能は無かったかと」

「その無いはずの技能でワンダガーラとかいう宇宙機を見事に操っているでは無いですか。つまり、その技能を今まで隠していたか新たに手に入れたという事です」

「技能を手に入れるって、アプリをインストールするのとは違いますよ」

「別に本人が習得しなくとも、それが可能な人員か機材の可能性もあります」

「それならば可能は可能でしょうけど……」


 戦闘用強化人間どもは基本的にコミュ障だ。と、イモムシは口の中でもぐもぐ言った。しかし、それは大きな声にはならなかった。ジェイムスンの推測が正しいのではないかと彼も思い始めていたから。

 拷問によって言うことを聞かせたり、女性を性的に篭絡したりする方法は教え込まれているはずだと知ってもいる。


「今、確認中ですが、この船は強化君が戦った宙域から遠ざかる方向へ加速しているようですね」

「我々を自分から遠ざけようとしている?」

「イモムシ君、脳みそまで虫けら並みになっていませんか? そんな訳ないでしょう。我々を排除したかったらむしろ軌道速度を落として惑星ブラウに落下させるべきです。この船は大気圏突入能力は持っていませんからね。確実に始末できます」

「空気の組成を操作して生身の人間だけを排除するのもアリですね」

「そのあたりは通常の運行とは別系統になっているので外部からの手出しは難しいのでしょう。それは置いておいて、この船の軌道が変更されている理由を考えると、ランデブーでしょう」

「はい?」

「たぶん、強化君は全力でこちらへ向かっていると思いますよ。この船を破壊しようと思っているのならば、すれ違いざまに攻撃を撃ちこめばそれで済みます。相対速度が大きいほど破壊力は大きくなりますからこの船を動かす必要などは無い。ですが、この船を乗っ取ろうとしているならば話は別です。こちらに接舷し乗り移れる程度の速度差にしなければならない。そのためには急加速の後に同じだけの減速をする必要がある」

「それは分かります。宇宙空間ではどんな抵抗も働きませんから」

「だから自分が減速するのと同時にこちらを加速させたのでしょう速度差をなるべく小さくするために」


 ジェイムスンは触手となった腕で制御盤をたたく。

 近距離用のレーダーはまだ彼の操作を受け付けていた。接近してくる物体をとらえる。


「来ますよ、彼は」

「ロッサはこの船がヴァントラルの所属だと知っているのでしょうか?」

「さてね。単純に一番近くにいる恒星間移動が可能な物体としてこの船を奪おうとしているのかも知れません。ですが、そんな楽観はしない方が良いでしょう。完全な敵として全力をもって叩き潰すべきです」

「了解しました」

「では、船内にいる人員を戦闘態勢に移行させてください。私はもう一つ別にやる事があります」


 教授は彼しか知らない秘密のコードを入力した。


 すると、あたりが真っ暗になった。





 僕たちはヴァントラルの宇宙船に向かっていた。

 保安局の宇宙機にロックオンされてはいない。一時的にせよ彼らはこちらを見失ったようだ。


 ワンダガーラとかいうこの虎じま宇宙機はさすがの軍用機だった。

 一番有り難かったのはシグレを座らせた予備シートだ。予備と呼ぶと簡易的な物に聞こえるが、実際には操縦装置を除けばメインのシートよりも高級品だった。全身を加圧しガッチリと固定する。Gの影響を軽減できるのだ。これは戦闘用強化人間のパイロットの横に原種に近い『お客さん』を乗せるための設備なのだろう。

 だから、ある程度遠慮なく加速が出来た。


 移動しながら多腕式の腕を使って、ドーサンに推進剤を多少なりとも移すことも出来た。

 これでドーサン・ロボも少しは戦える。


「ヴァントラルの宇宙船、アタラクシアの制御権は大半を奪い取ったわ。現在はランデブーポイントへ向けて移動中」

「上出来だ。こちらも減速を開始する」


 僕たちの身体がシートに押し付けられる。

 隣のシートのバイタルをチェック。正常の範囲内。

 このワンダガーラが限界まで性能を発揮したらダメだろうが、2Gや3Gならば問題ないようだ。


 このまますんなりとドッキングできるだろうか?

 もう一波乱ぐらいありそうな気がするんだけど。


「シグレ、アタラクシアの性能について知りたい。特に武装を」

「航行性能よりも居住性を重視した贅沢品の宇宙船ね。人工重力を発生させるリングまで付いている。ここにそれなりの人数が居住しているようだから、白兵戦になった場合の兵力は多いかも。宇宙船自体には武装は無いわ」

「テロ組織の移動拠点が非武装?」

「そんなに不思議はないと思うけど。周りの不審を買わなければ武器なんて必要ない。重武装よりも隠密性を重視したのでは?」

「後ろ暗い人間が非武装であることに耐えられるとは思えないな」


 僕だったら無理だ。

 ヤツは絶対に武器を隠し持っている。そう確信する。先制攻撃して完膚なきまでに破壊したいぐらいだ。

 それをやったら意味ないけど。


 僕たちの乗るワンダガーラは減速する。

 ドーサン・ロボは虎じまの上で仁王立ちしている。そのままでは重心の関係上、全体が回転を始めてしまうので背中からドーサンのバーニアをふかしてバランスをとっている。その炎がまるでマントをなびかせているようだ。

 なかなかカッコイイ。

 敵に背中を向けているのでなければ、ね。

 メインロケットをふかして減速しているので機体の向きに関してはどうにもならない。


「おおい、ロッサ君」


 インベーション大尉が声をかけてきた。

 電波ではなく接触している機体を通じての通信だ。うかつに電波を発信するようなら即座に握りつぶすが、そのあたりは心得ているようだ。


「本当にヴァントラルと戦うつもりか? いや、シグレちゃんを助けたあたり、テロに熱心でないのは分かるんだが」

「別に組織に忠誠心はない」

「それが賢明だな。こちらの記録でもテロ行為に参加したヴァントラルのタイプOの生存率はほぼ0%だ」

「……姿を見なくなった同期や先輩方は使い捨てられていたか」

「同情はしない」

「それはわざわざ強調することか?」

「彼らが暴れた跡を見たことがあるからな。まるで遊ぶみたいに手足をちぎってたり、人間のやる事とも思えなかった」

「相手の逃亡を防止するために足をちぎったんだろう。特におかしな行動じゃない」


 カランが息をのむ気配。僕の横ではシグレも似たような反応をしている。

 僕はそんなにおかしな事を言っただろうか?


「人の血の流れぬ外道か」

「私も今のはちょっと退く」

「手足の一本や二本で何を言っているんだ?」

「……ちょっと待て、それはヴァントラルの常識か?」

「ヴァントラルと言うか、僕たち同士の訓練ではそんな感覚だな。骨折ぐらいで決着がつくなら軽いほう。そう簡単にちぎれはしないけどね」

「おいおい」

「どうせ即死さえしなければ大抵の傷は治る。気にするほどの事か?」

「地獄の住人が人の心を持たないのは当たり前な気がしてきた」

「ねぇ、カラン。タイプOだって痛みは感じるのよね」

「当然だ。私たちだってそんな無茶な訓練はしない。虐待も受けない」


「かわいそうなロッサ。自分が不幸だと知ることもできないほど不幸なロッサ。私でさえ10歳までの間は幸せという物を感じることが出来たというのに」


 二人の言葉はどうも意味が取れない。

 敵が目前だ。とりあえず、ただの雑音として処理する。


 アタラクシアが望遠をかけずとも見えてくる。

 その形状は中央が膨らんだ一本の棒だ。後ろ半分がロケットエンジン。前側がブリッジと貨物その他のエリア。中央のふくらみが超空間航行機関で、そこを守るように人工重力用のリングが設置されている。


 僕は何も気づかないがシグレがアッと声を上げる。


「アタラクシアが消えた」

「消えてないぞ」

「それじゃなくてネットワーク上から消滅。代わりに同じ場所に別の船が? 裏モード?」


 なるほど。

 シグレが乗っ取ったのはアタラクシアの表向きのシステムか。裏モードに切り替えていつでもコントロールを回復できた訳だ。


 宇宙船の外装の一部がパージされ、武装らしき物が露出する。


 さあ、お仕事の時間だ。

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