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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第二章 突撃、隣の宇宙船
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5 決着、でも連戦

 動きが止まったカランに対して僕は容赦なく銃弾を叩き込む。

 一発や二発で死ぬような相手ではないが、無傷では済まないはずだ。


「こら、ロッサ君、止めないか!」


 それは出来ない相談だ。

 宇宙空間に飛び出してしまった以上、僕の機動力はカランに大きく劣っている。ここには遮蔽物もない。

 一度手に入れた主導権を手放すことは、僕の生死を相手に委ねることとほぼ同義だ。


 相手が混乱している間に殺し切る。


 狙撃銃の弾丸が肉をえぐり骨を砕く。

 そうしている間に僕はドーサンに着地する。

 踏みしめる場所さえあれば有反動モードでのより威力のある射撃が可能だ。


 だが、カランもそう易々とは撃たれてくれない。回避機動を再開する。

 体力の消耗が激しいようだ。

 今までのような精緻な回避ではない。見て避けるのが出来なくなっているだけではなく、同一の動きを続ける時間が長すぎる。

 僕ならば普通に狙撃が可能だ。


「ロッサ君、話を聞いてくれ」


 銃弾で返答する。

 ヘッドショットの一発でケリをつけるのが理想だが、そこまでは無理だった。片足を撃ち抜いたのみ。

 タイプOの生命力ならばあのぐらいはスタミナの消費程度の意味しかない。


「分かった、降伏する。降伏するから攻撃を止めてくれ」

「武装解除が条件だ」

「了解した。って、宇宙空間で強化外装をどうやって解除するんだ?」

「戦闘能力の喪失が確認できない以上、攻撃は止められない」

「シグレちゃん、頼むから彼を止めてくれ!」


 カランは悲鳴を上げた。

 僕はさらにもう一発命中させる。そろそろ急所にあたっても良いと思うのだが、運のよい奴だ。まだ生きている。

 シグレの返答は冷たかった。


「あなただって私を助けてはくれなかったでしょう?」

「それは、軍人として」

「ならばここで軍人として死ぬのも理屈に合っている」

「そうだけど、納得いかない!」


 人生って納得いかないものなんだろう。


 カランは逃げた。

 ドーサン・ロボの反対側、僕の狙撃銃の死角へと潜りこむ。


 僕が追撃するよりもシグレが言葉で追い討ちをかける方が早かった。


「あなたが着任したのと私がケースに入れられたのはほぼ同時。10年間、私がどんな想いだったかあなたには想像できる? 身体を動かす事もできない、食事をとる事もできない、外部とのアクセスも常に監視される。そんな環境で10年よ。その間、あなたは好き勝手やっていたわよね」

「そんなに大した事はやっていない」

「二股」

「「え?」」


 僕とカランの「え?」がハモった。


「男たちに二股かけて、本命はまた別に居たっていう」

「何でその事を知っている?」

「こちらから能動的に働きかけなければ、大抵のファイルは参照できたから」

「シグレちゃんも好き勝手やっていたように聞こえるぞ」

「気のせいよ」

「と、とにかくだな。このままだとお前もテロリストの一味として処断される。細かい事情は分からないがロッサ君がシグレちゃんを助け出してくれたんだろう? 悪いようにはしないから投降してくれ」

「無理。軍の命令と公社の意向を無視できないカランでは私たちは助けられない。その事はこの10年で証明されている」

「しかし、このままではお前たちには追い詰められて殺される未来しかないぞ」

「燃料公社に戻されるならば殺されるのと同じこと。またあのケースに入れられるぐらいならば、私は自由に生きあがく方を選ぶ」

「ロッサ君、君の方はどうなのだ? その様子だと、ヴァントラルに忠誠を誓っている訳ではないのだろう? 君ならばこのまま逃げまわった場合の戦略上のリスクは理解できるはずだ」


 ここまで会話が続いた以上、答えない理由もない。


「逃げまわっているつもりは無い。敵対者は叩きつぶす。あと、主導権を他者に渡すつもりも無い」

「ブラウ惑星系のすべてを敵に回しても勝てる気でいるのか?」

「必要であれば」


 カランは呻いた。


「……ガキだ。ガキだ。紛うことなきクソガキの思考だ。下手に力を持った躾のなっていない10歳のクソガキ。コイツの存在がヴァントラルの最大のテロだ」

「もう良いでしょう。あなたたちは正しかったと言う事よ」

「何がだ?」

「テロ組織がロッサたちの精神をコントロールして自由に動けなくしたのは正解だった。燃料公社が私をケースに入れて外部との関係を制限したのも正しかった。もう、それで良いよ」

「……」

「間違いなのは私たちを自由にしてしまったこと。そう思い知らせてあげる」

「クソったれ!」

「ロッサは既にそれを証明した。正規の軍人と軍用装備を相手に間に合わせの機体で互角以上に戦い、打ち倒した。今度は私の番」

「そんな手番は回さなくていい」

「ランプの魔神は解き放たれた! 私もロッサの横に並び立つ存在よ!」


 宇宙が動いた。

 一瞬、そう錯覚する。


 実際に動いたのは五つに分かれた虎じま宇宙機の残りの四つだ。

 前に言った通り、シグレはワンダガーラの子機を完全に乗っ取っていた。宇宙的な視野でならすぐ近く、人間レベルの視点では遥か遠方にいたそれらが、僕の視界の大半を覆うほどに接近する。


「バカな、こちらでコントロールできない⁉︎」


 確かに、これはもう僕の出る幕ではないな。

 虎じま子機たちはすべて同じような構造、同じ装備を持っていた。機首の固定砲は対人用には適さないが、ドーサン・ロボがパンチで潰したのと同じ近接戦用の回転砲塔が四方向からカランを狙う。


 四つ同時に発砲した。





 宇宙の彼方、ブロ・コロニー周辺宙域。

 レーダーどころか肉眼ですら発見することが難しい宇宙機がそこにあった。


 名称はミラビリス。

 鏡の迷路だ。


 古いSFには可視光線を吸収する事で宇宙での発見を困難にする機体が存在したが、実際にはそんな物は必要ない。暗黒が必要ならば周りの宇宙空間に幾らでもある。『吸収』ではなく『反射』が正解だ。

 レストラット保安長が指揮するその宇宙機は外部との通信設備(通称『潜望鏡』)だけを鏡面装甲の外に出した『潜航』状態だった。外部の状況を知るのに自前のセンサーすら使わず、ブロ・コロニーの観測設備に頼っていた。


 しかしその視界も今は充分ではなかった。


「連邦軍め、しゃしゃり出て来たくせにだらしのない」

「ヤツが出てこなければこちらからの狙撃で対応できたのだ」

「補給基地の駐在武官なんて酔っ払いの対応ぐらいしか仕事がないでしょう」


 ガヤガヤと騒ぐ部下たちを古強者の保安長は一瞥した。

 一瞬で静かになる。


「戦況の確認を」

「はっ。ヴァントラル所属の宇宙機DML-13は連邦軍の宇宙機ワンダガーラと交戦を開始。その影響で現在の状況の確認は困難ですが、どうやら破損しながらもヴァントラル機はワンダガーラに強制的なドッキングを行ったようです」

「破損しながらも、は余計だ。あの機体は不要になったパーツを使い捨てていただけだ。……それにしても宇宙でボーディングとはな。大航海時代の帆船でもあるまいに」

「ですが駐在武官も戦闘用強化人間です。白兵戦はお手の物では?」

「ここまで良いようにやられているんだ。白兵戦でも連邦軍側が負けると仮定して対応しよう」

「そうすると、どうなります?」

「軍用機のセキュリティがどうなっているかなど、私にも分からない。搭乗者が死亡したとしてもそう簡単に奪われることは無いと思うが」

「軍用機には特に鍵などつけていないと聞いたことがありますが」

「それは味方の基地に置いてある機体限定だろう。その基地に置いてあること自体がセキュリティになっていれば、鍵など有事即応性を損なう物でしかない。しかし、ワンダガーラは違う。平時は民間のステーションに置いてある機体だ。正規のパイロット以外には操縦できないはずだ」

「それが道理ですな。……と、動きがあったようです」


 ブロ・コロニーの観測設備でも、この距離この環境では人間同士の戦いの結末など分からない。しかし、宇宙機の動きは見ることが出来た。

 五つに分かれたワンダガーラがまた一ヶ所に集まっていく。


「軍人の勝ちか。予想が外れたな」

「ですが順当な結末ではあります」


 テロリストには軍用機など動かせない。それが当たり前の常識だ。

 だからレストラットたちはカラン・インベーション大尉がテロリストを打ち倒し、自分の機体を再度ドッキングさせようとしていると思い込んでいた。


「ブロの観測には周辺の警戒に戻れと伝えろ。状況は終了ではない。気を抜くな」

「まだ何かあるとお考えで?」

「ヴァントラルがブラウ大気圏内で騒ぎを起こすとタレコミがあったと言うのが気に食わん。この一件はどう見ても陽動だろう。奴らは別の場所でもっと大きな何かを起こすつもりだ」

「そう伝えます」


「待ってください! ワンダガーラが!」


 保安長たちは目を見はった。

 いや、目をむいた。

 バラバラに分離したままのワンダガーラが動き出す。それぞれ別の方向に向かって加速する。

 その行動に意味を読み取れず、保安局員たちは戸惑った。


 レストラットだけが戸惑いながらも最悪の想定に従ってデータをチェックした。

 ワンダガーラの各機の進路の先を確かめる。


「反陽子砲の砲口を開け。カウントダウンは省略、緊急射撃。標的はこの機体だ」


 保安長はワンダガーラの一つにマーカーをセットする。


「軍の機体ですよ、いいんですか?」

「さっさと撃て。この機体はVT-02への衝突コースに入っている」

「何ですって?」

「インベーション大尉は敗北した。それだけではなく機体の制御もテロリストの手に落ちた。それ以外に考えられない。……撃て!」

「了解、撃ちます」


 鏡面装甲の一部がスライドし、何もないように見えた宇宙空間に反陽子砲が出現する。

 砲身寿命をすり減らす急激なエネルギーチャージの後に緊急射撃を行う。


 命中するかどうか、レストラットは楽観しなかった。まず九割の確率で回避されると思った。光速に近いスピードのビーム兵器でも着弾まで数秒かかる距離だ。その数秒の間に移動のベクトルを変更されればビームは命中しない。標的をホーミングするビームでもあれば別だが、そんなファンタジーな兵器は存在しえない。


 保安長は祈るように両手を組んで握りしめた。


 命中してくれ、と思った。

 命中しないでくれ、とも思った。ワンダガーラの動きが早急に基地に帰還しなければならなくなった為であれば、機体は減速するはずだ。衝突コースに入っている前提での射撃は命中しない。


 結果は良くもなし、悪くもなし。


 反陽子ビームはワンダガーラの子機に命中した。

 放っておけば子機は整備補給基地に激突し大破させていたはずだ。だから子機を破壊した事を後悔はしない。だが、起こった大爆発は先ほど打ち上げ式のタンクが破壊された時よりもさらに大きかった。


「センサー類、ホワイトアウト。標的の破壊は確認。それ以外の目標はロストしました」

「嵌められた。これが狙いか」


 レストラットの眉間に皺がよった。

 テロリストは爆発に紛れて逃走するつもりだ。しかも五つに分かれたワンダガーラのどれに乗っているのかわからない。

 残りは四つ。

 いや、最初から乗っていた宇宙機もある。結局、五機すべてを破壊しなければ安心できない。

 ドーサンに推進剤が残っていないなど、彼に想定できることではなかった。実際、ロッサがシグレとイチャイチャしていなければタンクから推進剤を移し替える暇ぐらいはあったのだから。


「嵌められたと言っても、今のは撃たない訳にはいきませんでしたよ」

「分かっている。それがこの相手の悪辣な所だ。こちらの嫌がるところを的確についてくる。VT-02を見殺しにしたうえで、ワンダガーラの子機同士が十分に離れたところを一機ずつ狙撃していけば確実にしとめられた。しかし、我々は軍人でもテロリストでもない。警察官だ。我々にその選択肢はない」

「……はい」

「ブロの観測への先ほどの指示は撤回。ロストした標的の再発見に全力を集中させろ。本機も潜航モードを解除。使用可能なすべての観測機器を使用してヤツを見つけ出せ」

「了解です」


 こうしてブラウ惑星系のすべての観測機器は『内側』へ向けられることとなった。

 外宇宙に目を向ける者は居ない。


 破滅の到来まであと少しだった。





 どうやら、何とかなったようだ。

 僕とシグレは破損したドーサンのコックピットからワンダガーラのそれに居場所を移していた。


 ドーサン・ロボは捨てて行っても良かったが、まだ何か使い道があるかもしれない。特に多腕式のアームはまだまだ利用できそうだ。

 だからロボは虎じま機体の側面に曲乗りするように張り付かせていた。もっとそれらしい形にドッキングしなおした方が移動の効率は良くなるのだが、今はあえてその形だ。保安局の宇宙機からは見えないであろう方向に隠れさせている。


 虎じま機のコックピットには予備のシートが存在していた。

 だから今回はシグレの席もある。もう膝の上に座らせる必要は無い。それが惜しいなんて、別に思わないからね。


 席と言えばメインのシートは僕には大きすぎる。色々と調整しなければ操作しづらい。標準的なタイプOの体格どころか強化外装を身に着けた状態を基準にしているようだ。


「ロッサ、保安局は完全にこちらを見失ったもよう。再発見しろとしきりに通信を飛ばしている」

「その通信がこちらを油断させる罠の可能性もある。気は抜けない」

「そうね」

「それよりも、アレはどうするつもりだ?」

「本気で殺すつもりだったけれど生き残っちゃったから、とりあえずキープで」

「お姫様の仰せのままに」


 ドーサン・ロボはアームのうち三本で虎じま機体を掴んでいた。

 残りの一本はと言うと。


「とどめを刺すつもりが無いのなら、私もそちらに入れてくれないか?」

「そんな危険なこと、出来るわけが無いだろう。ちょっとでもおかしなことをしたら、そのまま握りつぶすぞ」


 カラン・インベーション大尉を捕まえていた。

 四方からの砲撃をよけきれず右腕と左足を吹き飛ばされた無残な姿だが、タイプOの生命力ならば死ぬことは無いだろう。既に傷口もふさがっているようだし。


「ロッサ君は冷たいな。シグレちゃん、助けてくれ」

「どうやらうわ言を言っているようね。死にきれずに苦しんでる者には止めを刺すのが慈悲だったかしら?」

「シグレちゃんも冷たい。名前的に」

「バカな事を言わないで、大人しくしていて。こっちは次の戦いが待っているんだから」

「次って、いくらワンダガーラでもミラビリスの相手は無理だぞ」

「ミラビリスって?」

「保安局の宇宙機」

「あの反陽子砲ね。違うわよ、次の相手はヴァントラルよ!」

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