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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第二章 突撃、隣の宇宙船
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4 殺意

 見ていた画面が唐突にホワイトアウトした。

 塩味をつけた爆ぜた豆を片手に観戦していたジェイムスンは不満の声をもらす。


「おやおや、故障ですか? 点検・整備はしっかりやってくれないと困ります」

「こちらの問題ではありません。現在、あの宙域には電離した水素が散布されています。煙幕を張られたような物です。……各宇宙機の位置関係ぐらいは出せますが」


 イモムシは口から糸を吐いて無重力のブリッジを器用に移動していた。


「それだけ見ても面白くなさそうですね。ドクマムシと連絡は取れないのですか?」

「ドクマムシおよび搭乗者とのリンクはすべて切断されています。こちらからの制御は効きません。意図的に切断されてる様でもありますが……」

「心配ありません。あの搭乗者は指令に忠実ですよ。敵の防御を抜いて整備補給基地を攻撃しようとした所を見たでしょう。惜しかった。もう少しでボールをゴールに蹴りこめる所でした。キーパーの頑張りをほめるべきでしょうか?」

「サッカーをやっている訳では無いのですが」


 イモムシはその攻防の結果で画面がホワイトアウトしたのだと指摘しようとしたが、思い直した。

 せっかく主人が上機嫌なのだ。水を差す必要はない。


 ジェイムスンと名乗る樽型のボディは、そこから伸びる金属の触手をブンブンと振り回した。


「大事なのは外宇宙からやって来る『来訪者』殿です。どうなっています?」

「光速の9割5分ぐらいの速度で近づいて来ていますね。推進力はスペースラムジェットと推測されます。神の使いとしては俗な移動方法だと思いますが」

「光速を超えた移動をしたら時間の分岐がまた増えてしまいますからね。そんな事よりも何千年・何万年も前から現在の状況を予見して使者を差し向けていたというのが、神の力です。人智を超えた知性と情報伝達能力を持つのは間違いない所です」


 そうやって、得体のしれない存在をすぐに信用するから騙されるんだよ。


 イモムシは相手に聞こえないぐらいの小声でつぶやいた。

 ジェイムスンのような長命者ははるか昔に異星由来の生物と契約を結び、共生した者たちだ。人間の種を宇宙に広めること、共生した相手を生き永らえさせることが契約内容。

 最初のうちは上手くいっていたが、長命者たちが人間の姿を失うようになってからも『共生した相手を生き永らえさせる契約』のせいで死なせてもらえない。また、人間が生きるには厳しい環境に強化人間が送り込まれることが多いのも『人間の種を宇宙に広めるため』であったりする。


「さすがに、アレならば私を殺してくれるでしょう。我らが神の目的はすべての超光速宇宙船を破壊すること。パラレルワールドをこれ以上増やすことは許されない」

「人類に超空間航法なんて物をもたらさないでくれればそれで良かったんですが、ね」

「このアタラクシアに乗っていれば、私は死ねる」


 教授のほの暗い声を聴いて、人造の知恵ある節足動物は何度目か分からないため息をついた。否、ため息と呼べそうな音を発した。

 身体の側面で呼吸する身ではため息を吐くのも簡単ではなかった。





 虎じま機のハッチが開いた。

 敵の宇宙機が自分の機体に接触し、その相手に向けられる武器がないとなったらどう対応する?


 原種人類ならば打つ手がないだろう。

 しかし、タイプOで軍用装備に身を固めていたら?


 その答えがあちらのコックピットから飛び出してきた。


 タイプOの完全体。

 ノーマルのタイプOも大柄だが、それにさらに強化外装を追加した姿だ。本来ならば軍用兵器のタイプOが少数ながら市井にも存在し、僕のような横流し品も許容されているのはこれがあるためだ。僕のようなノンオプションのタイプOは不完全な存在なのだ。

 生体装甲と強靭な筋肉。

 宇宙用の推進器まで取り付けたその姿は人型の超小型宇宙機とも呼べる。


 デーモンとも魔王とも呼ばれる怪物。


 凶悪な破壊兵器。


 そいつが宇宙空間に飛び出してくる。

 一瞬だけ、ドーサン・ロボのパンチで迎撃しようかと思ったが、どうせ無駄だ。ロボの巨体からの攻撃ではテレフォンパンチにならざるを得ない。腕が伸縮するスピードだって銃弾よりも速いわけでは無い。


 実際、迎撃方法を考えている暇もなかった。

 何らかの攻撃でドーサンのコックピットまわりの装甲が引き裂かれる。音をたてて空気が抜けていく。


 一応は人間サイズだと言うのにどれだけの火力を持っているのだ?

 いや、大気圏突入用のオプションを外したドクマムシには大した防御力がないのも事実だが。


 このまま座っていたら外から一方的にブチ殺される。


 こちらもコックピットのハッチを解放。シグレを残して外へ飛び出す。

 右手に持つのは愛用の空間狙撃銃MK-775。弾種に強装弾を選択。


 軍用の完全装備の相手に通じるのはこれだけだ。強化装備のないタイプOに対してすら僕程度の腕力では有効打が出せない。接近戦での対応は自殺行為だろう。


 軍用兵器vs間に合わせの民生品。

 先ほどまでの宇宙機同士の戦いをスケールダウンして繰り返す形だ。


 黄色と黒のツートンカラーの強化外装が宇宙に飛び出した僕を待ち構えていた。

 どこまで虎じま塗装が好きなんだよ⁈

 内心でツッコミを入れつつこちらもバーニアを吹かせて進路を変える。


 市販品の宇宙服用バーニアでは反応が鈍すぎる。

 虎じまが右手をこちらに向けるのを見てワイヤーガンを使用。ワイヤーを引っ張って機動する。一瞬前まで僕がいた空間を何かが通過していく。

 ヤツの武器は砂粒のように小さな弾丸を高速で撃ち出す物のようだ。小さくとも速度が速いので威力は充分。連射すれば宇宙機の装甲も貫く。

 小さくて速いのでひどく視認しづらい。相手の動きを見て発射タイミングを読まなければ回避できそうにない。


 こちらからも空間狙撃銃で応射する。

 虎じまは軽々と避けた。


 今のは完全に銃弾を見てから避けている。武器の世代差が激しい。


 相手が回避行動をとった間に虎じま機の上に吸着靴で着地する。虎じま機の装甲はドーサンと大差ない。自分の機体を傷つけたくなかったら、相手の行動は制約される。


 敵に考える時間は与えたくない。

 狙撃銃の弾丸をばら撒き、牽制する。あちらもドーサンを背に戦う、なんて思いつかれると厄介だ。


 あちらの機動力は戦闘用の宇宙機並みだ。宇宙空間を自由に動く。

 僕から見て虎じま機の反対側に移動した。


 どこから出てくるか?


 僕としては360度、全方位を警戒せざるを得ない。


 そこへ通信が入る。

 燃料公社で使われる標準的な通信プロトコル。僕のかぶっている簡易宇宙服のヘルメットはそれを自動で受け取っていた。


「そこの狙撃手。お前がロッサ・ウォーガードか?」


 声が女性のものである事に少し驚く。

 流れからしてこの通信の相手は交戦相手のタイプO、だよな? 女性のタイプOとは珍しい。

 だが、すでに戦いは始まっている。話をする必要は認めない。


 僕は答えずに、油断なくゆっくりと移動を開始する。


「警戒しても無駄だぞ。そこは私のワンダガーラの上だ。そちらの行動はすべて見えている」


 それも当然か。

 ここは相手に有利なフィールドでもある。


 僕は方針を転換する。

 自分の力ですべてを終わらせようとするのをやめる。シグレがこの宇宙機をハッキングするのを期待する。

 その時間を稼ぐため、会話に応じる。


「そうだ、僕がロッサ・ウォーガードだ。軍では交戦相手と言葉を交わすことを推奨しているのか?」

「これは、手厳しいな。ロッサ君が同族にしては小柄なのが気になっただけだ。……私はカラン・インベーション。階級は大尉だ」

「テロリストに階級はない。部下はいないから軍隊で言えば一兵卒だな」

「駐在武官の私にも部下など居ないから気にしなくて良いぞ。それで、ロッサ君の年齢を教えてほしいのだが。タイプOでその体格だと、6歳か7歳ではないのか?」

「失礼な。少しだけ変種なだけだ。これでも10歳になる」

「それでも大概だがな」


 タイプOの成長は早い。

 ホルモンや神経系の成熟も早いから子供特有の落ち着きのなさも存在しない。10歳でもちゃんとした大人なのだ。

 さすがに人生経験が不足している事は否定しないけど。


「そう言う大尉は何歳ですか?」

「私か? 私は約20歳だ」

「約?」

「そこは気にするな」

「おばさんか」

「年端のいかないクソガキの言うことだ。大人として広い心を持って許してやろう」


 まったく許していない声色でカランは言った。

 タイプOの成長が早いと言ってもそれは成人するまで。10歳以降は原種人類と大差ないが、四捨五入して20歳ならば原種ならば30歳を超えるぐらい。

 うん、おばさんで間違いないよね?


 同時に宇宙服のサブモニターが作動する。

 僕はなにも操作していないが、シグレがやっているのか?

 ドーサンからこちらを見た映像だ。僕の左後方から接近する物体がある。対人用の小型ドローンのようだ。


 自分の肉眼で確認もせずにMK-775で撃ち抜く。

 空間狙撃銃は無反動だ。後方への噴射炎にだけ注意すればしっかりと肩づけして撃つ必要などない。


 通信の向こうから舌打ちする音が聞こえてきた。


 僕は会話で時間稼ぎをしてシグレのハッキングを待ったが、カランは会話で僕の気を散らして奇襲を狙っていた。


 やるじゃないか!


 追加でもう三機ほどドローンが現れる。

 ノータイム、ノールックでそれを撃破する。


「貴様の空間認識力はどうなっているのだ? 化け物め!」

「その分、体格が犠牲になっているんだ。文句を言うな」


 こう言っておけば接近戦を挑んで来る、かな?


 甘かった。


 大尉はタイプOとしての素の能力ではなく強化外装の強みを活かす。

 宇宙機の裏側から飛び出す。宇宙空間を飛びまわりながら、自分の機体に多少の傷がつくのは構わずに砂粒のような弾丸を乱射してくる。

 乱射、だ。

 しっかり狙っていない分、対処が難しい。僕でも確実な回避は不可能。被弾確率を下げる事しかできない。


 宇宙服の手足の装甲を削られる。

 簡易宇宙服の物でしかないヘルメットに当たらなかっただけマシか。


 応射するが、この距離では避けられる。

 距離を詰めたいと思っても宇宙空間での機動性はあちらの方が圧倒的に上だ。


 これは本格的にシグレに頼るしかないか?


 彼女が虎じまワンダを乗っ取ってくれれば打つ手は増える。


 僕の苦戦を見かねたのか、ハッキング以外でシグレが動いた。

 ドーサン・ロボがバーニアをふかす。

 ドーサン本体の推進剤は空だが、多腕式の物は使えた。ゆっくりではあるがロボと虎じま機が動いて僕を虎好き軍人に近づける。


 カランは動揺した、かな?


 僕は狙撃銃の後尾を閉じて有反動モードへ。

 後ろへ抜けて銃の反動を打ち消すのに使われていたエネルギーもすべて銃弾へと集中する。


 そして発砲。

 今までよりも高速・高威力の銃弾がカランを襲う。


 黄色と黒の強化外装はこれを完全には避けられなかった。

 クリーンヒットではない。多分、若干浅く入った。が、銃弾はカランの胴体のどこかをえぐった。


 追撃のチャンス。


 僕も宇宙空間へ飛び出して距離を詰めようと思った。

 しかし、カランは自分の武器をフルオートで連射。弾丸を無差別にばら撒く。

 僕の装備では足場のない所では機敏に動く事はできない。僕は接近を諦めた。


 かわりに狙撃銃を可能な限り連射する。

 強化外装の装甲にもタイプOの肉体にも通じる強力な弾丸だが、見事な回避機動をとる相手を捉えることが出来ない。


 ほんの僅かにこちらに有利な膠着状態。

 それを打破するのは僕の側であるべきだった。

 しかし、カランは何かに気づいたようだった。一瞬だけ動きを止める。そして、直線機動に移る。


 目標は僕ではなかった。

 手負いの虎はドーサンのコックピットに向かっている。


 不味い!


 ドーサン・ロボが無人ではない。僕とは別の意思で動いていると気がついたか。


 もはや空間機動力が低いなんて言っていられない。

 僕もカランの後を追って飛びだす。


 虎じま強化外装は振り返って撃ってきた。

 僕は有反動のままの狙撃銃の引き金を引いた。敵ではなく横を狙って。

 狙撃銃の反動を利用して攻撃を回避する。


 避けるのには成功した。

 しかし、一瞬ではあるが足止めされてしまった。


 カランはその一瞬の間にコックピットに接近、容赦のない連射がドーサンを襲う。

 コックピットのハッチが吹き飛んだ。


 僕の心臓がキリリと痛んだ。


「シグレ!」


 僕が望むだけの機動力を発揮できない宇宙空間がもどかしい。

 それでも宇宙服のバーニアを全力で吹かし、無反動に戻した狙撃銃を連射する。


 銃撃を回避するカランの動きが乱れている。

 見て避けるのではなく必要以上に大きな動きで回避行動をとっている。


「ちょっと待て、ロッサ君! これはいったいどういう事だ⁈」

「何が疑問だ?」

「あそこに居るのはシグレちゃんだろう? それも、捕らえられているのではなく、自分の意思で動いている!」


 接近によって僕の視界にも吹き飛んだハッチの内側が入ってきた。

 シグレがこちらを見上げている。

 宇宙服のバイザーは暗い。顔まではっきり見ることは出来ないが、華奢な体格を見ただけで彼女を判別することは不可能ではないだろう。


「それがどうした? ……シグレ、知り合いか?」

「私にとっては敵ではないけれど味方でもない人、ね」

「それはないだろう。私だってシグレちゃんの事は常々気にしていたんだ。私たちは一種の同期じゃないか」

「何ら役に立たない実効性のない気にしかた、ね」

「駐在武官として公社内部の事には口を出せない」


 つまり、僕が戦闘を中断する理由はない、な。


 隙を見せたカランに向かって僕は遠慮なく引き金を引いた。

 こちらに銃口を向ける者は敵。


 敵は殺す。

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