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第39話 蹂躙されし霊魂

 金属が床に擦れ、嫌な高音が周囲に響く。ゆったりとした足取りで長身、長髪の男が零人の前に姿を表す。


 何処か嘲笑うような表情の男が引きずるは、彼と同じArthur教団のケインベルごと零人の首を貫いた銀の槍。血が滴り、紅の光沢が暗闇の中で輝く。



 肉体の治療も忘れ、零人は目の前の長身男を睨みつけた。

 ただ零人の中にあるのは度し難い怒り。首の痛みなど何にも感じない。


「大罪の『怠惰』の能力者にして世界最強の霊能力者、真神零人。素晴らしいですよ、あなたは。これはとても──」


「黙ってろ」


 悪寒と共に底知れぬ殺意が男の身体を突き抜けた。青年の威圧を受け、身の危険を感じた彼は咄嗟に身を引く。


 身の危機を瞬時に感じ取りながらも恐れるような素振りはしまいと、男は挑発するようにあえて足を1歩だけ踏み出す。


「少し待ってろ」



 だがそこは挑発を買うことなく、零人は静かに目の前のケインベル。もとい柳熊五郎の遺体と魂を霊界へと転送術にて送った。


 弔いの意思として、黙祷するように零人は目を瞑って柳を送る。



「ハァッ!」


 地獄送りが済んでまもなく、槍は容赦なく零人に向かって来ていた。彼の脳髄をぶちまけようと銀刃がこめかみを狙っている。


 刃を素手で握り締めた瞬間、零人はその槍の正体を見抜く。


 その槍は()()()()()


 先程の反応が間に合わなったのはこの槍が魔術ではなく、この槍本来の性質としてこのように伸びていたからだと彼は悟る。


「『霊槍ろくろ』……伸縮自在でリーチは相手を視認できる距離まで伸びる異形の槍。全世界同時異能テロの際に宝物庫ミュニアスから盗まれた代物だ」


「やはり、これも元はお前達の物だったか」


「まさかそれがジェイスガンじゃなくArthur教団の手に渡ってるとはな」


「フフ、やはりこそ泥紛いの行動もお見通しということか、面白い。しかし、浅いな」


「あ? 何言ってんだ──っ!」



 零人は話している途中、突然首を抑えた。零人らしからず苦悶の表情を浮かべる。

 声のひとつも上げぬまま彼はその場でもがき始めた。


「ンン、フフフ、えははは。いくら再生能力があれど、コレを奪われたら手も足も──ッ!」



 零人が自身の術中にハマり、長身男は槍を傾けて狂笑していた。しかし男の動きは唐突に止まる。


 自身の仕掛けた攻撃と同じことをされたと、瞬時に判断した。

 自分の周囲のみ、擬似的な真空状態にされたのだと。



「操作なのか変換なのかは知らねぇが、呼吸不可の状況は対策済みだ。お前もよく、俺の演技に引っかかったな」


「ッ!」


「気が付いた時にゃ、肺に直接酸素をリロードした。ついでにてめぇン所の空気ロードしてな。愉悦からの奇襲で豆鉄砲たぁ、余裕そうだ」


「──くっ! んんっ、やはり一筋縄ではいかないか。流石は世界最強……だがッ」


 男は手を1度鳴らす。またもや一帯の空気が操作された。

 しかし魔術の発動で呼吸問題を補い、零人は落ち着き払った様子で周囲の大気の変化を解析する。

 

「なんだ、水素と可燃性ガスか」


 その刹那、零人の体を包むように辺り一面が火の海と化す。

 瞬く間に蒼炎が彼の肉を内部まで焼き付くし、骨や血を辺りに撒き散らす。



「不死身の怪物ヒュドラは傷を炎で焼かれ、再生を阻害され絶命した。だがその程度で貴様が死なぬことも想定済みだ」


 燃ゆる炎を目に焼き付け、男は目一杯に霊槍ろくろを地面に突き立て詠唱した。


「怨恨傀儡式神『百人一首』」


 刃先から霊力が流れ、次第に汚泥を排出し始める。汚泥は徐々に形を成していき、一体の化け物を顕現させた。

 頭部は肉の垂れかかった竜の頭、首から下の胴体はもはや腐敗したただの肉塊。


 土色の肌で無造作に混ぜられたようなその式神は、実に上級相当の合成魔獣(キメラ)であった。


「百人一首とは元はジャパンの遊びの1つらしいな。この式神はその名に相応しく、私を興じさせてくれる良き玩具だ」


 男の精神的異常性と魔獣の異形さは火を見るより明らかであった。式神の肉塊はただ霊力で生み出されたものではない。

 本物の肉体を素体として創造されたキメラであったのだ。


「百の死者の魂と死肉を媒体として創成した教団の式神だ。まあ百人とは言っているが、実際は240人ほどだな」


 キメラは召喚されるや己の肉を垂らし、気味の悪い声を上げながら炎を飲み込もうと試み始めた。キメラに呑まれた犠牲者達のように、零人を吸収しようと怪物は這いずる。


 独り言のように次々と手札を投下する術者は話も途中に、魔法陣を刻んだ瓶を炎の中へと投げ入れた。


「魔術で閉じ込めた猛毒物質、三フッ化塩素というものだ。毒の抗体はお持ちかな?」


 間髪入れずに男は霊槍を構える。

 槍はろくろ首の如く自在に動き、鞭のような凶刃の強襲が断続的に放たれた。


 火炎、式神、猛毒、斬撃。再生能力を持つ能力者を完全に殺すために徹底された戦法。当然、それら全てに霊力のダメージは上乗せされている。

 この攻撃を受けては霊魂すらも危険な状態だ。能力者といえど人間ならば、ここから生還することなどまずありえない。



 だがしかし、零人との相性は最悪であった。



 先とは比べ物にならない大爆発が部屋の中を襲った。施設内の設備や壁が次第に破壊されていく。


 零人を喰らいにかかっていた『百人一首』は爆発をが直撃し、肉が崩壊を始めていた。

 爆風に煽られて肉を剥がされた百人一首は召喚の維持が不可となる。


 更には爆発に乗せて零人が発動した魔術により、キメラの霊力が解け出す。式神の存在が消されていく。

 死後も弄ばれ、媒体として蹂躙されていた霊魂が解放されたのだ。魂は星屑のように虚空へと消えていった。



 男は爆発の直撃こそ免れたが、爆風に煽られて壁に激突する。


「かはッ! くっ、ぬかったな。それが()()()()()()()()とは」


 男は付けていた腕時計をチラリと確認すると、炎海の上を歩く零人を凝視した。


 睨みながら狂乱な笑みを見せる零人は傷や火傷を負っているどころか、服の焦げすら付いていなかった。


「体はいくらでも再生できんだ。だから自決覚悟の爆破も戦術として十分に成立する。三フッ化塩素の耐性は作らせてもらった、ありがとな」


「服も魔術で作ったのですか? 随分と悠長な」


「これぐらいの霊力消費なんかてめぇ相手じゃ屁でもねぇってことを見せつけるためにワザとやってんだ。それに屑野郎に見せてやるほど俺の裸は安くねぇ」



 零人が壁にもたれた男にある程度まで詰め寄ると、右手を開き指で数字の五を表した。


「俺はこれから5分間だけ待つ、その間に俺を倒してみろ。俺のリフレッシュが終わるか、お前が殺るかだ」


 零人の発言はあからさまに男の神経を逆撫でる挑発であった。

 しかし男は安直に飛びかかりはしなかった。冷静さを取り戻した上で、あえて零人の口車に乗る。



「我が名はハインツ・ベル・クレイルート。Arthur教団の司祭であり、制裁の権を持つ存在だ。我々の道を遮る者は、私が葬る」


 男、もといハインツが名乗ってから間もなく、空間が歪に胎動を開始する。


 暴風が荒れ狂い、霊力も大気も関係なく空間内で入り乱れる。二人がいる建物の壁や床、天井までもが白い閃光を発しながら崩壊していった。


 目まぐるしい環境変化に対応するまでもなく、零人は結界を張り崩落の様子を見届ける。



 空間はその原型を失い、ついにはこの場所を隠していた異界術が解除される。



 一転して、零人の視界の全ては藍色の世界となっていた。


「そうか、ここは海のど真ん中だったのか」


 雲ひとつない青天の夜空、静かに波が揺れる海原、視界の端に映る果てしない地平線。


 夜明けを迎える前の空模様は見ている間に刻々と色を変えていった。



 零人は術で海よりも高い場所で浮遊して周囲を見渡す。


「異界からのアクセスで来たから分からなかったが、まさかこんな場所だとはな。それもこの座標、大西洋のど真ん中じゃねぇか」


「これを見られないために、な」


 ハインツが目を向けた途端、水面に夥しい数の水泡が現れる。泡の中から霊力が漏れ始めた次の瞬間、大量の幽霊が水面から飛び上がってきた。


 魚や鯨などの海洋生物に加え、海で亡くなったと思われる人の霊達が、蒼い半透明の姿であっという間に零人へまとわりついた。

 攻撃を仕掛ける訳でもなく、単に彼の体に霊の大群は張り付いた。


「こいつら、半精霊化した海の霊じゃねぇか。下衆野郎が、どんだけ死者を冒涜すりゃ気ぃ済むッ!」


「Arthurを奉らぬ者も、導かれぬ者も等しく死後の権利はない。むしろ私が利用してやる事に喜びを得るべきだ」



 命すら軽々しく吐き捨てる外道、ハインツはこれを計算していた。

 零人が無闇に霊を攻撃出来ないという心も、彼に付いた霊の霊力が起爆剤になることも。


 零人自身も、下手に魔術は発動がかなわなかった。

 自身の霊力を使用しようとも、半精霊の霊体が己の肉体に入りかけていては、彼らの身が持たないことは明白。


 そしてこの瞬間、零人は信じ難いほどに強い大気圧によって取り押さえられていた。それも全て、ハインツの手である。


「私のスキル『大気支配(エアフォース)』。お察しの通りこれは大気中の気体の操作と変換を司る」


「そして何の罪もねぇ霊の使役が主軸とは、卑怯以外の何者でもねぇな」



 何としてでも周りの霊だけでも救済する手段を零人は探っていた。

 しかしその時、零人の肉体に入りかかっていた一体の霊の声が頭蓋の中で響く。


『ごめん、なさい──』



 瞬間、音のない霊力の大爆発に零人は包まれる。散った霊力はキノコ雲を描きながら燃えカスのように宙へ消えていく。


 青年と一面の夜空を隠すほどに霊気で辺りは満ち、波が荒々しくうねり出した。



 しかしこの時にハインツは既に焦燥を覚えていた。

 拡散された霊力のせいで零人の存在は捉えられない。しかし彼の生存の決定的な証拠があった。


 大気支配(エアフォース)が発動しない。 正確には、発動しているのに効果が表れていなかったのだ。


 大気中の気体の割合は何も変動せず、そよ風すらも起こせない。



 焦りを覚えるハインツの前に、青年の姿が顔を出す。

 霊力の蜃気楼を裂くように掻き分け、頬のかすり傷をフェニックスの権威にて消し去った。


 ニヤリと微笑んだ零人の姿が見えた時、ハインツは大きく動揺した。


「何故、何故だ。何故貴様が」


 ハインツは彼の横に目を向ける。

 そこにいるは、零人の持つ大罪とは別の、大罪を背負いし悪魔。


「強欲の悪魔『プロメテウス』を、使役……!」


 青年の肩に隠れながら、黄金色に輝く小さな星は自転している。星はその場に居合わせた二人に向けテレパシーを送信した。



『零人様、周辺の浮遊霊全体の霊界送り、並びに大気状態の安定化が完了致しました』


「そうか、ありがとうな」


 その光景を目にし、ハインツは目を見開いて動揺していた。


「他の大罪の悪魔までも使役するのか」


「こいつは本物のプロメテウスじゃねぇ。強欲の悪魔プロメテウスを複製したAI型魔術演算装置だ」


 言葉を失うハインツへ懇切丁寧に零人はプロメテウスについて語る。

 自分が不利であると相手に悟らせ、早々に意志を折るために。


「通称、衛星プロメテウス。創造神プロメテウスを触媒に創成した惑星の悪魔を、更にコピーした悪魔。無限回転を利用してコイツらは霊力回路を稼働させ、能力者の魔術を補助してる」


 歯軋りを立てるハインツに妖しい笑みを向けながら、零人は軽く握った拳を見せつける。


「五分経過、残念だが休憩は終わりだ」


 青年のニヤリとした笑顔が現れると、背面にいた衛星プロメテウスは虚空へと姿を消す。


 代わりに全方位に無数の魔法陣が宙に並べられた。陣は目の眩むほどの白光を放ち、古代文字の刻まれた紋章が薄く浮かんだ。


 左手で印を結び、零人は無慈悲の魔術を発動する。



「神獣霊峰『オリュンポス』」


 その刹那、男の体が零人の視界から唐突に消される。正確に言えば目の前の獣の巨腕によって遮られたのだ。


 夥しいほど設置された魔法陣から、魔獣の体の一部分が突出していた。強烈な獣臭を漂わせる凶悪な牙、複数の生物が合わさったような模様の巨脚、蝙蝠を連想させる翼。


 怪物の異なる部位が魔法陣から飛び出し、ハインツの体を覆い隠していた。



 この怪物は全て聖獣、または上級相当の強靭な魔獣だ。この魔獣達は皆、神話上に登場する化け物なのだから。


 伝説に名を残す獣共は我を忘れて獲物に食らいつく。

 怪物達の止めどない猛襲により、血なまぐさい霧が周囲に吹き始める。



「止めろ」


 零人の一喝によって魔獣の召喚は解け、ようやくハインツの姿が彼の目に入ってきた。


 しかし既に肉体は腐乱死体のようにボロボロで、失血量も致命的なほどまで達していた。

 肉の大半は崩れ、今にも絶命しそうである。



 最期の慈悲として痛みなく地獄送りを行おうと零人が魔術を発動しかけた時だった。


 ハインツが突然、甲高い声で笑い始めた。


「はっ、はは、はは。あははは。日の出だ、もう遅い! 時が満ちたァッ!!」


「おい、何す──」



 ハインツは心臓に霊槍ろくろを躊躇なく突き立てた。吐血し、胸から鮮血が飛び散って出苦しむ中で、ハインツは笑う。


 壊れたように、笑い狂った。


「てめぇ、一体……」


 この状況の異様さに零人は何か規格外の事態が発生すると予感していた。



 彼の勘は的中し、天が一変する。


 夜明けを迎えようとしていた空は時間が巻きもどるかのように暗さを取り戻し、黄金に光る満月が水面を照らしていた。


 更に信じ難いことに、月から正体不明の光がハインツに降り注いだ。胸に刺さった霊槍ろくろは激しく点滅を繰り返し、やがて眩い光が男の体を包み込んだ。



 零人がその光から僅かに目を逸らすと、次第に空模様は夜明け前の明るさを取り戻していった。


 そして目の前に長身の男が再び立ちはだかる。



「成功した、Arthurが私にもたらした奇跡に感謝する。主は、私を導いた」


 ハインツ・ベル・クレイルートの肉体は完全に治癒され、元の状態まで超回復していた。魂からは先の肉体よりも遥かに膨大な霊力量を放っている。

 見た目は変わらず、肉体だけが生まれ変わったような変貌を遂げていた。


 恍惚の表情で迫るハインツに零人は困惑を隠せない。何か悟ったような顔をして、ハインツは青年へ微笑みかける


「偽りの神を語る貴様は、もはや取るに足らぬ存在となった」


「ハッ、神がなんだってんだよ。そんなヤツら──」


 近付く敵を前に大罪は恐れてはならない。肉体を通る回路に現在の霊力をありったけ注いだ。


 疑問や不快感も一切脳から排除し、零人は瞬時に己を不屈の狂戦士へと仕立て上げる。


 どのような存在を前にしようと零人は、世界最強は揺るぎない。



「いつだってブチのめして来たッ!」

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