第34話 精霊の大地
「それじゃあ優人、楽しんできてね」
「粗相のないようにな、無理はし過ぎないように」
「うん、じゃあねパパママー」
この日、優人はブードゥー教の呪術を学ぶべく、ブードゥー教の術の仙人がいると言われているアフリカ大陸の何処かにあると言われるサラマンダー寺院へと向かうこととなった。
仁と嶺花は息子が海外修行へ向かう前の見送りとして玄関で手を振る。
「行ってきまぁす!」
優人が扉から勢いよく飛び出し庭を走り抜けるとその先に一晴が律儀に立って待っていた。
一晴は優人の姿が視界に入ると頭を下げ丁寧に挨拶を交わす。
「優人さん、お待ちしていました。本日はサラマンダー寺院へのご案内役を務めさせて頂きます」
「ありがとうございます! ……ところであの、一晴さん。もう少し楽にしゃべって大丈夫ですよ〜?」
一瞬だけ動きがフリーズした後に一晴は苦笑いしながら答える。
「あぁ、いえ。この話し方が癖なのでお気になさらず……」
「……?」
優人から見ると落ち着いているような様子の一晴だったが、その内心は穏やかではなく、むしろ慌てふためいていた。
(いやいや無理無理、優人さんレベルの方だと粗相できないんだよ! バックにいる零人様が怖いし)
先日の神殿騒動の情報も彼の耳に入って来ていたためますます一晴は優人に対して畏敬の念と同時にその才能ゆえの恐怖を感じるようになっていた。
その時でさえ優人の能力や能力指数を見て彼は度肝を抜かれたのだ。
特に霊力量と実体干渉能力については何度見もしたほどに。
「あっ、そういえば優人さん。優人さんはこの間の件で昇格したため、現在のあなたのランクは『SS級』でござます」
「やったあ! ついに僕もSSだぁ〜!!」
SS級の霊能力者──それは現段階、霊管理委員会が定める霊能力者の強さを判定する基準の中で最高レベルの値である。
これで事実上、優人は霊管理委員会の中でも稀有で最高戦力と呼ぶに値する存在へとなったのだ。
「むっふー!」
一晴の恐怖心など知ることも無く、鼻息を吹き優人は満足そうなドヤ顔を浮かべていた。
「この人だけは敵に回したくない」とヒシヒシと感じた一晴だった。
「ではサラマンダー寺院へ行く前に寄り道しますね、あの子が会いたがってましたよ」
「あのこ───」
優人が言葉を話し切る前に転送術は発動し、2人は別空間へと飛ばされる。
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転送術が発動すると2人はタイムラグなく亜空間へと瞬間移動した。
一面が真っ暗闇の世界にふと優人は飛ばされた。
「───って誰……あれ、ここは地獄?」
「地獄の『畜生道』ですね。地獄も宗教や刑場などエリア分けをしておりまして、ここは魔獣や獣系召喚獣の飼育所や休憩所の役割をしています」
すると次の瞬間、畜生道の闇の中から悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。
優人が上を見上げると真上から翼の生えた斑点模様の愛馬──愛麒麟が降りてきた。
「ミリー!!」
『キャルルル〜!』
麒麟の亜種である麒竜のミリーは生やしていた黒いドラゴンの翼を背中へ戻し、完全にキリンの姿へ変身してからその長い舌で優人の顔をベロベロと舐め回す。
ミリーは表情豊なため、とても喜んでいることが分かった。
「あはは、くすぐったいよぉ〜」
お返しに優人もミリーの下顎を優しくグリグリ撫でる。
ミリーは猫のようにゴロゴロと声を立てご機嫌な様子になる。
「ミリーちゃんはとても賢くて職員の方達からも評判ですよ。最近なんかはなんと、知恵の輪も解きましたし……それも舌で」
「そうなんですか!? えらいねミリィ〜!!」
(確かにひとつはクリアしましたが、その後の1つはイライラしていたようで蹄で踏み潰して外しましたよ)
蛇足となる一言をグッと堪えて一晴は温かく見守る。
彼らの一通りのコミュニケーションが終わった後、一晴は再び魔法陣を展開する。
彼が呪文を詠唱すると共に座標、日時などがギリシャ文字などで細かく指定されていく。
ゆっくりとイルミネーションのライトに光が灯るように一晴の足元から魔法陣全体に霊力が流れて陣の文字や線が光始める。
「今後は僕のアナウンスのみとなります。優人さんお気をつけて、あとミリーちゃんも」
「ありがとう!」
ミリーも一晴に向かってその長い首を曲げて会釈する。
そして2人は眩い光に全身覆われながら、目的の地へと飛んで行った。
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魔法陣からほっぽり出され、彼らは雄大なサバンナのど真ん中に足を踏み込んでいた。
見に飛び込んでくるのは短い草、赤い土、奥に見える水場、そして数多の動物たちだ。
象にライオン、シマウマやヌーなどドキュメンタリー番組でみるようなラインナップの動物たちが雄大な自然の中で生きていた。
「凄いよぉ! アフリカにきちゃったあ!」
「実際、ここはアフリカの裏の亜空間です。アフリカのある座標に存在する存在しない場所です。簡単に言うと、天界や地獄のような場所で──」
『ッ!? キュオオオン!!』
「はふぇ!? どうしたのミリー」
ミリーの奇声に驚いて2人がなだめていた所、遠くから無数の足音が響いてきた。
振り向くと彼らの数百メートル先からは疾走するメスライオンと追われるキリン達が彼らの居場所まで走ってきているのが見えた。
「キリンさん達が追いかけられてる! 助け──」
「優人さん、亜空間といえどここは自然公園の中、人間が自然の摂理に干渉することは自然公園の規則により許されま────あれ?」
『ギュアアア!!』
「ミリーちゃん!?」
ミリーはその背から再び大翼を広げると一目散に追われているキリンの群れに向かって飛んで行った。
『ガァァァァ…………ッ!』
ミリーは空中からライオンを見下ろすと、獣とは到底思えないほど迫力ある無言の殺気を放った。
その恐ろしさはライオンだけでなくその場に居合わせた一晴やキリンらにも伝わっていた。
その殺気で皆が硬直する。そしてこの位置から少しでも動けば命はないと百獣の王は察した。
獅子はゆっくりと足を引いてから方向を変え無我夢中になりそこから逃亡した。
「ミリー、カッコイイ!!」
『キュー♪』
(ひぇぇぇ……麒竜の威嚇こっわ!!)
ミリーは優人の褒め言葉に喜ぶような表情をすると、そのまま地へ降り助けたキリン達とコミュニケーションを取り始めた。
キリン同士の会話は鳴き声を使わなかったため優人にはどのようになっているかは分からなかったが、ミリーが彼らと良いコンタクトを取れていることは把握出来た。
愛麒麟の成長を微笑ましく思っていると、一晴は小走りでミリーの元へと走り出した。
「それじゃ優人さん、僕がミリーちゃんの傍にいますので優人さんは寺院にどうぞ。あの水場の前で左に曲がると着きます」
「はい! ありがとうございます」
優人はミリーを一晴に任せると進行方向を変え、一晴が指さした目的の方角へ向かって走り出した。赤い大地を風の如く少年は駆けていく。
「よーし、頑張るぞおー!」
優人は気持ちの高ぶりと共に霊動術を発動して寺院があるであろう霊力反応の元へと飛んで行った。
一晴に指示された通り、水辺に辿り着くと霊動術で方向転換して優人は左に曲がる。
しかしその刹那、優人の網膜は不思議な発光体を捉えた。
「──うん? あれ何だろう……」
優人は赤や青の蛍のような無数の謎の光を確認した。昼間にも関わらず、まるで蛍のようにふわふわとそれらは水面の上で浮いていた。
「うーん、危険そうじゃないし良いかな?」
優人は光を無視して寺院へと駆けていった。
──霊動術の効果で優人は時速60km近い速度でアフリカの大地を駆け抜け、ついに彼はサラマンダー寺院へと到着した。
ブードゥー教の呪いを伝授してもらうという意識があり、優人の心臓は慌ただしく躍動する。
寺院の見た目は藁と木で造られた小屋に近い構造の建物であった。
まじないに使うような道具や骨が外壁一面に飾られ、玄関には鬼瓦のように牛の頭蓋骨が出迎えていた。
「ご、ごめん下さ……」
口の中に溜まった唾を飲み込み、優人は挨拶の言葉を述べる。
しかし優人の手がドアに触れる前にドアはゆっくりと開き、優人を歓迎した。
そして建物の奥で黒人で仙人のような格好をした老人があぐらを組んで微笑んでいた。
その老人は穏やかな声で優人に話しかけた。
「よく来たのぉ、童よ」
「お邪魔しま……あっ、日本語だ!」
「ヒョッホッホ、委員会のもんは日本人が多いからの。覚えねば面倒な作業をする必要があって老骨にはしんどいのじゃ。まぁそんな与太話は後にして、まずは座りなさいや」
「はっはい」
流暢な日本語でしかも仙人口調なのがその風貌と絶妙にマッチしていた。目の前で初めて見る本物の仙人に驚きながら優人は中へと入り荷物を端に置く。
そして土足のままでは居心地が悪かったので優人は靴と靴下を脱ぎ、老人の前で正座した。
優人の支度が整うと老人は自己紹介をした。
「わしは老師のンクーロンじゃ」
「ンクーロン……老師! 僕は優崎優人です。えっと……この度はよろしくお願いします!」
「うむうむ……良き霊力に良き若さ、良き精神の純潔さ。噂通り、お主は相当の実力と見受けられるのぉ」
「ありがとうございます、えへへ……」
照れながら頭をかく優人をまじまじと見ながらンクーロン老人は自分の髭をいじる。
数秒ほど頷くと老師はピタリと動きを止め、低く貫禄ある声で優人に問い掛ける。
「──して、早速であるがそちはここに何を求めるのだ?」
「ブードゥー教の呪いの修行のためにきました。僕にブードゥー教の呪いを教えて下さい」
老師は自身の長く白い髭を撫で、再びホホホと笑いかけた。
だが声を出すと直ぐ老師は目を瞑り、瞑想を始めた。ンクーロン老人はまるで唸るように閉じた口の中から一定のトーンの声を吐き続けた。
「んっ!?」
老師の声が段々と大きくなるのに比例して老師の周りが光り始めた。
赤や紫、黄色に緑など様々な色の発光する玉が宙でチラつき始める。その光は正真正銘、優人が通り過ぎた際、あの水場にいた無数の謎の光であった。
「もしかして……これが、精霊ですか?」
「そうじゃ、ブードゥー教とは神ではなく精霊崇拝の宗教。ゆえにブードゥー教の術とは精霊との親和と信頼なのじゃ」
そして言葉を言い終えた老師が自身の膝をパンと叩くと、エントランスにあったような牛の頭蓋骨が老師の目の前に現れ、優人と顔を突き合わせた。
ネオンのような鮮やかで煌びやかな光を線香花火のように辺りへ散らせながら頭蓋骨は上下にゆっくりと揺れ動いた。
「ブードゥーを学ぶためには『精霊』、そして己の力の種を知ることじゃ。今日と明日の2日間でお主にブードゥー教の術を叩き込もう」
「──はい!」
光の精霊達がチラチラと飛び回り、屋内は精霊の穢れない霊気で満たされていった。





