第7話 守護者の始まり
幼くなった優人は何かを察したように再び他の子供達の元に戻って鬼ごっこを再開した。
涙ぐんだ香菜に零人は驚愕した様子で問いかけた。
「優人が霊能力に目覚めた──いや、その資質を得たのは小4ってのはどういう事だ?」
香菜は鼻をすすり、目に溜まっていた涙を袖で軽く拭うと少しづつ話を始めた。
話をしながら、その手は服を掴み固く握っていた。
「私は、生まれてからずっと霊能力はあったんだ。小さい頃から霊は見えたし、無自覚だったけど悪霊とかの大半は除霊もできてた。──でも当時はそこまで霊能力を扱えなかったの」
香菜は目を赤くして涙を流していた。
手で顔を覆って堪えようとしたが、履いているズボンに彼女の涙はポツポツと落ちて濡れていく。
だが香菜は話を続けようとするが号泣して過呼吸気味となり、とても話を出来る状態ではなくなった。
零人はその様子を見かねて香菜の肩に手を置く。
「おい、無理に話す必要はねぇ。辛いことがあったってのは分かる……」
そう言うと零人は黙って自分のハンカチを手渡した。香菜は渡された零人のハンカチで涙を拭いた。
「ごめん、──話せそうにないからさ、私の記憶を直接見てくれない?」
「……分かった。軽く記憶を見るが、お前のことを考えて断片的にしか見ない。記憶を見る時はお前も見ることになるからな」
香菜はハンカチを目に当てながら軽く頭を傾ける。
「───ありがとう、零人君」
零人は香菜の頭に手をかざして魔法陣を展開する。魔法陣は回転しながら淡い光を放つ。霊力を術に流し込み、意識と術の波長を同調させる。
魔法陣の紋章が点灯すると零人は自身の意識を香菜の記憶の中へ潜行させた。
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零人は香菜の精神世界へ幽体状態で入門する。
零人の術の設定により必要情報のみを出す為、辺り一面は真っ白な空間となっていた。
白い空間の中で零人は待っていると香菜の記憶が目の前の白い壁にスクリーンのようにして映し出される。
その記憶は画面に写真のような第三者目線で次々に再生されていく。
「これで分かるのか、優人の過去が……」
最初にスクリーンに映った記憶の光景は幼い香菜と優人が一緒に遊んでいる様子だった。
優人は今と変わらず純粋な印象の子供であり香菜も優人と一緒に笑っていた。それは2人とも笑顔でボール遊びをしている記憶の1枚。
だがやはり、優人の髪は現在15歳の髪色であるクリーム色ではなく普通の黒髪だった。
つまり霊能力の資質は開花していない状態。
「……」
一定時間が過ぎるとスクリーンは切り替わり、画面は車の中の記憶へ移る。
優人は遊び疲れているのか香菜の肩に寄りかかって眠ってしまっていた。
一方、香菜は窓の外を見ていた。
その香菜の目線の先には悪霊がいる。悪霊は香菜と目線が完全に合っていた。
しかし悪霊は既に消滅寸前で記憶の画面に薄く映っているだけだった。
この時には香菜に除霊をするほどの霊能力が備わっていたという
のを表す記憶のようだ。
その後の数枚は優人と香菜が一緒に楽しそうに遊んでいる記憶が続いた。
それらはどれも幸せそうな記憶だけだった。
──しかし、次に映し出された香菜の記憶を見て零人は絶句した。
次の記憶では優人が病院のベッドに横たわっていた。
優人は何本ものチューブに繋がれて、口には酸素マスクをつけられている。
優人は苦しそうな表情でも安眠した表情でもなく、まるで彼は死んでいるように無表情で眠っていた。
香菜の他にベッドの周りには優人の父の仁、母の嶺花、妹の沙耶香、弟の凌助と守が見守っていた。
仁は歯を食いしばっているが涙は既に頬をつたい、嶺花は優人の掛け布団に顔を埋めて、沙耶香や弟達はただ泣き続けていた。
ベッドの近くには点滴とモニターがあり、モニターには2本の波線が映っていた。1本は脈拍、こちらはしっかりと波打ち正常に見える。
しかしもう一方、おそらく脳波を示す線はただの真っ直ぐな1本線だった。
あまりにも驚いて動きが止まっていると零人は気分の悪さを感じた。
三半規管が狂ったような吐き気と、呼吸が苦しくなるような胸の痛さ、頭痛。これは香菜の精神が穏やかで無くなったことを示している。
「まずい、早く戻んねぇと!」
記憶の主である香菜にもうこれ以上辛い過去の記憶を見せるのは精神的に危険と判断し、零人は自分の意識を体に戻した────
零人は香菜の精神世界から戻ると目の前では香菜が呼吸を荒くし苦しそうに俯いていた。
「──はっ! おい、大丈夫か!?」
香菜は咳き込んで気分が悪そうにしていた。零人は優しく香菜の背中をさする。
「えほえほっ……うん、大丈夫」
「悪い……辛いこと思い出させたな」
「いいんだよ……私のせいなんだから──」
「……」
香菜は呼吸をして平静を取り戻そうとする。気持ちが治まるのを確認すると零人は香菜に単刀直入で尋ねた。
「──お前は、優人に何かしたのか?」
「……」
「じゃあ、直接的にでも間接的でもお前が何かしたのか? 物理的、精神的、霊能力のどれかのお前の行動のせいで優人はあんなことになったのか?」
「ううん違うの……ただ何も私は出来なくて、優人を助けられなかったの」
すると次の瞬間、零人は真っ直ぐな目で香菜へ語りかけた。
「じゃあお前のせいじゃねえ! それならいつまでも過去を気にしてんな」
「っ!」
「何があったのか知らねぇし、さっきの記憶じゃ全く判断がつかない! でも、一応これだけは言えるってことはある」
香菜はまだ赤いその目で零人の青い瞳を見つめる。
零人は悲しそうな表情をしている香菜に止めどなく、自分の思ったことを伝える。
「お前は優人がああなった原因じゃねぇ。何もできなかったってお前は言ったが、それは勘違いしてるぜ西源寺」
「え?」
「お前は6年前にあった『何か』で優人を助けられなかったのか分からんが、それはお前が責任感じる必要ない。現に優人は生きてるしピンピンして、今もここで走ってるだろ?」
「っ……」
「それに、どうせさっきの記憶のあれが優人が霊能力に目覚めた何かの原因なんだろ?」
香菜は言葉を発さず、ただ小さく頷いた。
「そして霊能力者になった優人を守るために強くなって──『暴食』にたどり着いたんだろ?」
「──そ、それでも。そんな簡単には……」
「今の優人にはお前以外に俺っていう守れる存在がいるし、優人自身も成長してる」
零人は気持ちが高ぶると共に段々と口が早くなり声も少しずつ大きくなっていく。
「お前は今まで十二分に『守護者』の役目果たした……だから優人は生きてるんだ!」
──香菜は零人からそう言葉を掛けられたときに、彼女の肩が僅かに上がった。
今までの重圧や後悔、色々な感情がまるで蒸発したように思えた。
それは本当に肩の荷が下りたような感覚があり、喉の奥でつっかえていたものが一気に通ったような感覚がした。
「それでも後悔があるなら喰らえ!! 『暴食』だったら、過去の辛さも後悔も全て食って、今ありこれからもある愛や幸福を食い尽くして分かち合えば行けばいい。過去に囚われたお前なんて、優人も望んじゃいねぇ!!」
──香菜の心の中で淀んでいた不純物は流れ、後悔の鎖が弾ける音がした。
ここで零人は我に返り、一気に恥ずかしくなって思わずそっぽを向いた。
「す、すまん。なんか熱くなっちまった。その……お前が無駄に辛い思いしてる感じがしてな。もし見当違いだったり、傷つけてたら──ごめん」
だが零人が振り返ると香菜は笑みを浮かべていた。
今までで最も自然で何かスッキリしたような笑顔をした香菜はベンチから立ち上がる。
「なんか、スッキリした! 零人君サンキュー♪」
そう言うと香菜は優人と子供達の方に走り寄って行った。
そしてショタ優人に近づいて抱きつく。
「よ〜し、私も混ぜて〜」
「わあっ、お姉ちゃん」
「うわぁぁ! やっぱり優人が1番可愛いよぉ!!」
香菜は優人の頬と自分の頬をすり合わせて優人を愛でた。
それを後ろから傍観した零人はひとまず安堵して胸を撫で下ろす。
「ふぅ……とりあえず良かったのか」
──遊ぶ時間はあっという間に過ぎて、上葉町の空は柿色に染まる。
他の遊んでいた子供達はそれぞれ家に帰り、公園にはショタ優人を含む彼ら3人だけとなった。
そしてその時間は唐突にやって来る。
優人の体は柔らかな光を放ち出し、数秒間急激に発光して光が優人の全身を一気に包み込む。
化け狸の残っていた霊力は術の解除と共に優人の身体から離れ、蛍のように宙を舞って消えていく。
光が収まると小さい身体は成長し、元の優人の姿へ戻っていた。
優人は閉じていた目を開けると周りをキョロキョロと見渡す。
「あれぇ? ここってどこ?」
幼児化していた最中の記憶はないらしく、優人はキョトンしていた。
状況整理がままならない優人に香菜は飛びついて抱き締めた。
「優人おぉ! よかった戻ったぁ」
「どうしたの香菜ちゃん!?」
香菜は抱きつくと優人のクリーム色の髪に顔を擦り付けて喜んだ。
香菜が優人に半日の出来事を説明している間、零人は遠くからこんなことを考えて優人を見ていた。
(よし……今度また優人を幼児化させよう!)
零人はショタ優人にハマってしまった様子。
実行の日はもしかすると、意外にも近いかもしれない……





