第19話 時の悪魔
「はぁっ、はぁっ……」
「くっ、クソがぁ」
優人と零人は制服のまま上葉町の繁華街の歩道を全力疾走していた。周りの人々には悟られぬように魔術で気配を消しながら零人は手刀、優人は幻想刀で通り魔のように剣を振り回して走り去っていく。
現在時刻は昼間なのにも関わらず現れた無数の悪霊達を倒しながら。
「なんでこういう時に限って、異世界の魔王軍がくるんだよ!!」
「零人君、空飛んでショートカットしよっ!」
2人は強く足を踏み込むと息ぴったりの跳躍で空を舞い、2人に空中から接客しようとしていた悪霊達に優人の即席錬金術製のロープを引っ掛ける。
そしてまるでターザンかのようにロープの勢いを利用して
『グフェッ!?』
「オアァァァ!!」
「鬼火ぃ!」
優人は舞いながら手に力を込め、鬼火を燃やすと握ったロープから鬼火が伝って紐の支店となっている悪霊達を焼いた。
『ェガィァア──』
青い炎はあっという間に悪霊の全身を回ってタバコの灰のように風で流された。
「時間がヤバいよ!」
「何としてでも間に合わせるぞ優人、『スナイピングオブラン Target Film』に!」
本日は2人が今ハマっているスマホFPSゲーム『スナイピングオブラン』の特別アニメ映画が上映されるのだ。
本日は公開初日であり、来場者には劇場限定のスナラングッズが販売するのである。何としてでも映画を鑑賞し、ゲットしなければならなかった。
映画館の席も零人が1番乗りでベストポジションの席を予約済み。友人同士2人で映画を存分に楽しめる──筈だった。
「んがああぁぁ! なんで素早くて弱ぇのばっかなんだよ、霊力の制限が解放されねぇぇぇ」
「今はどれくらいあるの?」
「さっきお前のやったみたいに幻想刀作って鬼火やったら消えるレベル」
「うわあぁん、足りないぃ……」
ちなみに現在の零人の霊力量であれば家屋一軒を燃すかビルを水浸しにする程度のことしかできない。
普通の霊能力者の感覚であれば、3日間無敵状態レベルの量である。
だがこんな程度の霊力では本当に足りなかった。
ちょうどこの日は朝に委員会から「異世界の魔王軍がこの世界に転送された」との報告が来たのだ。
映画の上映開始までのタイムリミットは残り20分。
それまでにこの悪霊を全て排除する必要があるのだが、2つ問題点があった。
1つ目は零人の霊力が敵の弱さゆえに充分解放されずにいること。そしてもう一つは現在、この上葉町に頼める7つの大罪の能力者が出張中だったのだ。
香菜は部活のテニスの大会で県外へ遠征中、白夜は上級魔獣を倒す任務のためにロシアのサンクトペテルブルクまで出張していた。2人はもちろんすぐに駆けつけることも、この時間だけ抜けてくることもできない。
つまり優人と零人だけで街に放たれた悪霊達を処理しなくてはならないのだ。
異世界のこの悪霊達は霊力こそ弱いがこちらの世界のセオリーと違って昼間も活動できる悪霊のようだ。世界が違うと霊能力の常識すらも異なるというのが厄介な話だ。
まだ空中を2人が浮遊していた時、零人は体勢を調整しながら優人の右手を軽く触った。
「優人、お前の霊力を少し借りる。肉体時間加速術で走り抜けるぞ!」
『肉体時間加速術』が展開され、魔法陣が2人を包み込むと2人の意識と身体の時間が加速する。
周りの光景が全てスーパースローモーションの動画に見え、悪霊も人も鳥達も動きが止まっているように感じる。
空気抵抗には異常なく、代わりに重力は緩やかに発生していた。
優人らは視界の中に入ってきた悪霊を次々と蹴散らしながら街を駆け抜ける。悪霊の消滅を見届ける間もなく2人は走り、そのスピードで空中を疾走していった。
「ちなみに零人君は斬霊刀とか出せない?」
「この魔王軍達が、ほんっとに弱すぎて出せねぇ」
「なんでこういう時だけ弱いの……」
腐ってもこの悪霊達は異世界の存在。霊能力者であれば命の危機以外の何ものでもない──普通であればの話なのだが。
無論、この2人は既にその枠からは飛び出している。
──悪霊を狩り続け、上映まで残り時間があと10分。
加速している2人に時間が置き去りにされている中で優人はある策を考えついた。
「そうだ! ねぇねぇ零人君、悪霊のいる範囲と霊能力者のいる範囲ってだいたい分かる?」
「確認する……んっと、悪霊がいるのはここから半径8km以内。そん中にいる霊能力者は俺らだけだ。だがどうしたんだ?」
「えっへ、この間の戦いで学んだんだ。──結界術の応用!」
優人が叫びを上げたと同時に地面が黄金色に閃光した。2人が立っている地面と住宅の屋根の上がハイビームの如く光り輝いた。
感じる霊力と先の優人の質問から、零人はこの光の正体を理解する。
それは巨大な魔法陣の紋章の一部であることを。
街の向こうを見ればバリアのような半透明の壁が張られていた。それは単純な構造であったが優人の霊力の多さによって大幅に強化された簡易結界だった。
「まずは、簡易結界からで……呪錬拳!」
まだ光の余韻がある地面からは、ゆらゆらと揺れる呪いと鬼火を帯びた呪錬拳が無数に放たれた。優人は地面に手をつきながら意識を全ての拳に集中させた。
「──ここだぁ!!」
一斉に出現した呪錬拳はロウソクの炎のように上ったかと思えば、蜂のように鋭い拳突きで周辺にいた悪霊達を殴り飛ばした。
時間よりも優人の方が速いだけあって悪霊は気づく素振りすらなくただ殴られた。
拳によって突き上げられた悪霊達は飛ばされながら一定範囲内に押し込められる。その一定とは霊力の流れる範囲のこと。
「鬼火発動お!!」
『ペゲ──』
霊力は悪霊と空気を流れ、回路に電圧を加えるか如く空気中と霊の中の霊力に負荷を加えて鬼火とし焼き払った。
悪霊達は断末魔をあげることさえも許されず、蒼の業火に焼かれながら地獄へと送られることとなった。
零人は焼かれ崩れていく悪霊達を見ていた。消えるその時は夜空の星が弾けるような光景で実に壮観であった。
「優人、ここまで成長したのか。流石に俺でも候補生になる前はこんな広範囲の攻撃できな──ッ!?」
「あぁー……も、ダメぇ」
感傷に浸っていた零人が振り返って見た先では、優人が地面で綺麗に伸びていた。
ヨダレを軽く垂らし、表情も脱力しきった顔をしてぶっ倒れていた。
優人自身も、優人から霊力を借りていた零人にも加速術の効果が切れて本来の時間の流れが到来した。
「ちょっと、調子乗っちゃって……霊力使い過ぎちゃったみひゃい」
「あぁ〜、高火力かと思ったら調子良くて許容上限突破してたのか──あっ! もうあと5分しかないぞ? 空にまだ少し悪霊が残ってる。もう少しだ、頑張れ!」
だが零人が優人を担ごうとした時、上空から悪霊が急降下してきた。霊力は残ってはいるものの、すぐに吹っ飛ばすことは不可能。最低でも数分間は戦うこととなるだろう。
(くっ…映画は諦めるしかないのか………)
『グェアア──』
「ぐっ…………ん、あれ?」
零人はその1秒間、違和感を感じた。次の1秒で思考を始め、最後に3秒経った時点で現状を理解することができた。
悪霊の体が完全に停止していたのだ。
それも悪霊だけではない。街を行く人々も、空を飛ぶ鳥も、道を走る車も、地球を巡る風も。
加速術によって時間より速く動いているなんてチープな次元ではなかった。文字通り世界の万物──時間の流れそのものが完全なまでに停止していた。
「映画のためになぁに、シリアス感だしてるの〜」
零人が真上を見上げると、スーツを着こなす金髪の堕天使が降りてきていた。その黒い翼から羽を落としつつ、大罪の能力者の直属上司のルシファーが半笑いで彼らに近づいてきた。
「あ、ルシファーさん」
「2人の様子見がてらスイーツ食べにきたら焦ってる君達が見えたからさぁ〜」
「フッ、どうだか……」
たしかにルシファーの片手にはクレープが握られていた。そのクレープの豪勢さから推測するに、ただクレープ目当てにわざわざ地獄から来ていたらしい。
ちなみにそのクレープは『バナナ森盛り!?ビックリチョコクレープ』だった。
「ねぇルシファーさん、これって一体どういう状況なんですか?」
優人は疲労困憊で倒れたまま、寄ってきたルシファーに質問を投げかける。その間もでろんと溶けていた。
「簡単なことだよ優人君──時間を止めただけさ」
「や、やっぱり……」
優人は久しくこの感覚に襲われた。自分自身とは世界が、次元が違うような圧倒的な圧力。その感覚は石を持った原始人が隕石に立ち向かうかのような気分だったという。
そして確かに周りを見渡しても動いているのは自分達のみで、ルシファーの言う通り本当に時間が停止していたのだった。
「ちなみに加速術も含め、俺の使う時間系能力もルシファーさん直伝だ。つっても俺レベでも自分の身体や意識にしか適用できねぇ。だからこの人がルシファーの座に就任した時は閻魔のおっさんも喜んでたぐらいの大罪だったらしい」
「えっ!? じゃあルシファーさんも『大罪の能力者』だったの?」
「まぁ……成り行きでね」
満更でもなさそうに大悪魔は照れて笑い、それを能力者の中で最強の零人がため息をついた。
「それじゃさ、あとの悪霊は片付けとくから映画見てきなよ」
「え、いいんですか!?」
「いつも2人には悪霊退治をよくしてもらってるからね、たまの休みぐらい楽しんできてよ」
「ではお言葉に甘えて、行くぞ優人」
「え!? ちょ──」
そう言うと零人は咄嗟に転送術を展開し、大急ぎで映画館に直行していった。
2人が一瞬のうちに移動した時、ルシファーはとあることに気が付いた。
「んあ! 零人、何気に僕の霊力奪ってんじゃん。うわぁ、やられた……。でも良いか、ボーナスだボーナス」
──そして映画の上映が始まってから1時間半後、スナランのOVAは上映を終えた。
2人は映画を楽しみ尽くした後、来場者限定のオリジナル商品を大量輸入した。欲していた限定グッズを手に入れた2人はホクホク笑顔をしてスキップをしながら自宅へと向かうのだった。
その2人の満足げな表情を、ルシファーは空に浮かんで遠巻きに眺めていた。そして2人がスキップをしている光景を目の当たりにして、思わず笑い声が込み上げた。
「アハハッ……はぁ、やっぱり彼らは面白いな。見ていて飽きる要素がない」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
忙しかった週末を乗り越えた翌日の月曜日、優人は寝起きでボヤっとしたまま学校へ登校した。
「ふわあぁぉ……ありょ!? みっ、皆どこに行ったの?」
優人は静けさに包まれた『誰もいない教室』に違和感を感じた。思い返して見れば、今日が校舎内に入ってから1度も生徒の顔を見ていなかった。
そして既に時刻は予鈴まであと30分のところ。誰も学校にいないのは非常におかしかった。
ひとまず肩にかけたバッグを床に置いて自分の椅子に座った。深々と木製の硬い椅子に座った時、優人はここであることに気づいた。
「あっそうだ、今日から夏休みだ」
この夏、霊能力によって慌ただしく、それでいて刺激的な日々がが優人に訪れる。





