第36話 世界を終わらせる力
零人は倒れた優人の前に立ち、魔獣共に宣戦布告を言い渡す。
魔獣共の圧倒的な数と相応の霊力は、怠惰の制限を解放させ、完全戦闘態勢の零人を完成させる。
「まぁ、優崎相手にここまでやれたとはな」
『ナ、何ヲ言っテいル?』
「状況の問題ってことだよ。てめぇらが優人とタイマンでやったら、即死だっただろう」
零人はその苛立ちを口調に出しながら文句をつける。
「第一によぉ」
蜘蛛を睨む零人からは並々ならない殺意が伝わってきた。それは零人が守る存在である優人さえも萎縮させるものだった。
零人は歯を剥き出しに口を開け、般若の如き形相で敵を見回す。
荒々しく揺らぐ霊力が彼の肉体から常に放たれていた。
「俺の親友に手ぇ出しといて、ただで済むと思うんじゃねぇ。蟲共がッ!」
吠える零人の胸に亀裂が入り、斬霊刀の剣柄が突出する。
その柄を握ると、零人は魂に宿る最凶の悪魔を深淵から喚び出す。
「──アズ」
零人に刻まれた怠惰の能力者の魔法陣が浮かび、この世界内の四方八方から鎖が出現する。
その鎖の先にいるアズが亀裂を潜り、この世界へ降臨した。
『グガァァエァァガルァァァ!!』
アズは化け物共を前に咆哮し、その紅い瞳を妖怪達に向ける。
妖怪達はその気迫と霊力の強さに恐れをなし、その威嚇で彼らは数歩ほど脚を引いた。
「せっかくの制限解放だ。ダチの仇討ちとして、可能な限り凄惨に消し去ってやる」
零人が殺戮を宣言すると、空気が震えた。空間中の霊力が零人の霊力と共鳴して彼に吸収される。
「いつか必要になった時の為に、お前に見せておく。大罪の力の、その先をな」
するとアズの姿は闇霧に変貌して零人の体の周りを旋回し、彼の身体に覆い被せていった。
霧は繭のように零人を包み込むと、聖骸布となって彼を纏う。
『武神サまの……イヤ、ソレヨりも遥ニ……!』
霧が晴れるにつれて、変わり果てた零人の姿が露になる。
「アァァ……」
零人の胴体と腕には鎖が刺さり、肌はアズと同じく紫紺の肉と紋様のようなタトゥーが刻まれていた。
右目は零人の透き通る蒼い目、左目はアズの真紅の瞳。身体は鎖と、所々に破れて紅く染まった包帯が巻かれている。
両腕に走る霊力は黒曜石の輝きを放ち、零人の霊力が六本指の拳に収束されていく。
これこそ、零人の述べた大罪の先の力。
「これが7つの大罪の真の力、『ワールドエンド』」
その姿と常に溢れ出る霊力に優人は圧倒的されていた。
呆気に取られる友の姿を微笑ましく思うと、零人は拳を握り締めて敵を哂う。
「それじゃあ、鏖殺だな」
この瞬間、殺意を向けられた魍魎達の全てが死を予感していた。
逃れることも反撃もかなわないと察した今、降り立った魔神を前に思考を停止させて静かに死を待った。
「──ァァッ」
その刹那、金属を叩いたような共振音が小さく響いて、零人の手元が些かに閃光を放つ。拳から放った眩い光が弾けると、周囲の音は凪のように消えていった。
コンマ1秒後、彼の拳の延長上に存在するものは完全に消失し、埋めつくしていた化け物達が消えて空間奥が顔を出している。
虚無は瞬く間に周囲の霊力を巻き込んで侵食し、無数の蜘蛛共を霊力の残像だけを残して消し去る。
「……ッ!」
優人は目を丸くして、驚愕していた。直後に到達した衝撃波にすら反応を返せないほど、その想像を絶する光景を刮目する。
優人を追い詰めた化け物は次々と討たれ、塵屑と化して燃え尽きる。灰は微かな虹色の光に変わると、虚空へと飽和していった。
やがてはそこに、何も残るものは無かった。
「消し飛んだか、加減に失敗したな」
零人がボヤいていると、アズの唸り声に応えるように彼のの身体からは鎖から紋様に至るまで、全てが蒸発して消失する。
ワールドエンドを解除すると零人は優人の元に駆け寄って治癒魔法を施し、霊力を分け与える。
「よく耐えたな優崎、特段痛むところはあるか? 痛みは引いてってるか?」
「うん、ありがとう。平気だよ」
「本当なら能力者専用の病院に行くべきだが、今の状態なら、傷は完全に治せる。だが無理はするなよ」
「零人君、またダメだったよ。負けちゃったし、最後は零人君に助けられて、僕……弱くてダメなままだった」
優人は唇を震わせ、涙袋を濡らしながら自分の無力さを嘆いた。優人は悔しさを押し殺そうと歯を食いしばる。
「あのバケモン共はお前よりも遥かに格上だった。以前のお前なら、確実に食われて死んでいた」
「……」
「だがお前は、あの怪物共を前にして戦い、死なずに耐えた。そして俺に時間を与えた。お前の時間稼ぎがなけりゃ、奴らを俺は吹き飛ばす力を貯められなかった」
「……っ!」
「お前は成長した。もう敵を前に恐怖して逃げる優崎優人とは決別したんだ。能力者として、お前はもう覇道を歩み始めたんだよ」
「ぅぅ……」
「おめでとう、そしてありがとうな。俺はお前に救われた。お前が成長したこと、お前が生き延びた事が、俺は嬉しい」
優人と零人の間に沈黙が訪れた。零人はしばらく何も言わずに治療していると、優人の頬を伝った数本の涙の筋を見てホッと息を吐く。
「……緊張の糸が切れたか?」
優人の瞳からボロボロと溢れ落ちる。透明な水が一気に溢れ出して彼の服を濡らす。
零人は震える少年の背中を優しくさすり、穏やかな笑みを浮かべて静かに寄り添った。抑えの効かなくなった感情に負けて、優人子供のように声を上げながら泣き始める。
「うぅ、うわああぁぁぁん! うわああぁぁぁぁぁ」
「今は良い、好きなだけ泣け。いつ戻っても大丈夫にしからな、思いっきり泣いちまえ」
この静かで広い空間の中、優人の泣き声だけが響いていた。
優人は零人の服を掴み、彼の服も濡れるほど涙を流す。
優人はその後泣き続け、気持ちが落ち着いて目の腫れが引くまで零人も付き合っていた。
呼吸も整って優人が平常心を取り戻すと、零人は足元に魔法陣を発動し始める。
「じゃあ戻るか。こっち来てから割とすぐに時止めたから現実世界とのラグはほぼねぇ。俺の攻撃で空間もほとんど破壊できたし、出たら自然崩壊するだろうな」
「うん。ありがとうね、零人君!」
「ハッ、んな事言われる筋はねぇって……」
空間の壁は発動した魔法陣に霊力が流れるに連れて崩れていき、やがて結界の内壁が剥がれて世界が割れていく。
崩壊する異界に背を向け、2人は魔法陣の中へと吸い込まれて元の世界へと帰還した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
何も無い山道の虚空から投げ出され、2人は無事に元の世界へと帰還する。
「──わっ!」
「──よっ、と」
だが戻ったその場所は山の斜面だったため、2人は思わず滑って尻もちをついた。
戻った瞬間に優人は尻もちの衝撃とは別に、気圧差の影響で頭が痛むのを訴える。
「ああー、そうだよね。気圧とかも違うんだよね」
優人は立ちくらみでフラつくと、零人はスっと立ち上がり優人に手を差し伸べて引っ張り上げる。
「ほらよ。大丈夫か、優人」
「うん大丈夫だよ……えっ!?」
突然の事に優人は驚きのあまり二度見した。そして仰天しながら零人に向かって恐る恐る確認を取ろうとする。
「零人君、今僕の下の名前で──」
「早くしねぇと日ぃ暮れるぞ、早く合流してさっさと山降りるぞ」
「さっ、先に行かないでよぉ!」
早歩きで山を登っていく零人を優人はおぼつかない足取りで追いかける。
優人に背を向けて歩く零人は、頬が赤くなっているところを見られまいと隠しながら、更に歩く速度を上げて道を登っていった。





