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第7話 酒は人を変える

 まだ太陽が南の空に昇っている時刻に、優人達は早めの帰路についていた。


 この日は学校が半日授業。時間もあるので寄り道でもしようかと優人と香菜は話をしながら、同じ家の方向の菜乃花とゲーセンへ向かう政樹も一緒になって歩いていた。


 談笑しながらトボトボと数分ほど歩いていると彼らの前に突然、零人が瞬間移動でやって来た。

 この光景すら慣れてしまった4人は違和感すら感じずにそのまま零人に話しかける。


「零人君どこいってたの?」


「ちょっとあるモン貰いに行っててな、みんなへの差し入れのチョコ菓子だ。良かったら食ってくれ」


 零人の右手には大きなチョコのボールが上に印刷された箱があった。

 その箱の中身を優人達に見せると彼らは美しいブラウンのチョコに魅入られ、カカオとミルクの甘い香りに思わずヨダレが溢れた。


「おいしそ〜! これって誰から貰ったの?」


「一晴が持たせてくれたんだ。何でも中々高級なチョコらしい、俺らへの労いとしてな」


「わぁお、凄い物貰ったねぇ。それじゃあそこの公園で食べよっか」


「零人君ありがとう!!」


 5人は数十メートル先にあった通学路の公園に入る。

 到着すると早速彼らはベンチで横に座り、手をウェットティッシュで拭いた後に1人ずつチョコを手に取って口に頬張った。


「んん〜!!」


「あまあまぁ〜」


 チョコの球は彼らの口の中に入ったと同時にその体温で溶け、あっという間に身体中を甘い香りで満たしていった。

 舌の上で踊るチョコの味のあまりの美味さと濃厚さに5人は悶絶する。


 喉を通り過ぎるその瞬間まで変わらず染み出すチョコの味わい。しかし匂いの余韻を残しながらもしつこさのない甘さ。


 血管の中まで到達するかのような甘味の広がりは少年少女達に極上の幸を与えた。



 しかしその幸福の時間はすぐに終わりを告げた。零人はチョコを食べていたその時、ある違和感を覚えた。


「──ん、なんだ?」


 チョコを食べていた瞬間、彼の胃腸の内部で能力が発動されていたのだ。

 それは彼が自らの体に仕込んでいる身体機能正常化の術式と完全再生能力のフェニックスの権威であった。


 その2つの能力の発動に嫌な予感を感じ取ると零人は即座に己の体を解析術で調べ上げる。


 そして目の前に現れた青白い光の文字に零人は目を見開いた。


 ──有害物質が体内から検出されました。



(有害物質反応だと? 主成分は────アルコールッ!? は、嘘だろ? 一晴から貰ったモンなのにそんな筈は……)


『零人様、大変です!!』


 ちょうどその都合の良いタイミングでチョコを渡してきた一晴からテレパシーが入った。


 零人はまだ混乱しながらも一晴に件のチョコについて言及した。


「一晴!? どうした、ってかお前から貰ったチョコ──」


『誠に申し訳ありません。それがですね、またあのゼウス様がやらかしたんです! なんでも地獄の畜生道で化け狐達を誑かしてチョコの中身をすり替えたらしくって……』


「はぁっ!? マジかあの迷惑ジジイ! ……そんで厳密には何にすり替えられたんだ?」


『人体に直接害はないと思いますが、少し強めのアルコールを霊力と調合したチョコです。どうやら魔術薬学部の研究室から持ち出されたようで』


「それを他に食べたやつは?」


『零人さんにお渡しした物以外は人間に食べられていません。今はお酒の神様方がつままれていますが──えっ、ゼウスが霊界の門に!? すいません零人様、後でまたご連絡します!!』


「おう…………あんのクソジジイがァ、今すぐしばき倒してグーパンでもぶっ込みてぇが今はそれどころじゃねぇ」


 問題は彼の横でそのチョコを食べていた4人であった。

 特に菜乃花と政樹に至っては肉体がほとんど常人。霊力を含んだ物質による影響を零人は懸念する。


 焦って指示を出していなかった零人は彼らにチョコを今すぐ食べるのを止めろと叫んだ。


「おいお前らそのチョ──」


「えひぇひぇ、れぇ〜とくぅん……」


「ッ!?」



 しかし時既に遅し、彼らはもうチョコを摂取してしまい霊力と共に酔いが回ってしまっていた。


「えへへ、ゆーうーとぉ〜♡」


「かにゃちゃぁ〜ん!」


「あぅ、うぅぅ……」


「おい零人、このチョ……うぅっぷ!!」



 彼らは全員が能力者、それぞれ霊力の回る割合やスピードは若干異なっていたがもう手遅れになってしまっていた。


 優人と香菜は酔っ払っていつも以上のイチャつきでじゃれ合い、菜乃花は唸りながら頭を痛そうに抱え、政樹は吐きそうになりながら手で口を抑えていた。


「んだぁぁぁ、クッソぉぉぉぉぉ!!」


 目を離したもののほんの一瞬で事態は収拾がつかない段階にまで突入しかけていた。


「とりあえず優人と西源寺だけでも転送術で……ってそうだ、今日霊力の徴収日でジリ貧だったじゃねぇか! 畜生なんでこんな時にねぇんだよぉぉ!!」


 公園内はもはやカオス過ぎる空間と化していた。

 通り過ぎる人々は零人が頭を抱えイライラしながら悶絶している姿を遠巻きに見ていた。


「一体どうすりゃ──おん? いや待て……西源寺、お前酔っ払ってねぇだろ」


「っ!!」


 零人から核心的な一言を言われるや香菜はピクんと体が反応するが、依然として優人に甘えていた。しかしその顔が零人には少し強ばっているようにも見えた。


「確か暴食の能力にはある程度アルコールを無効化する能力もあった筈だ。酔い潰れるなんてそうそうあるもんじゃねぇ」


「っ……」


「お前、ただ優人と合法的にイチャつきたくて酔ったフリしてただけだろ」


「…………バレちゃった?」


「アホかお前ぇ! イチャつくんだったら場所とタイミング考えやがれ!!」


 香菜はてへへと舌を出すと軽く体を解して体内のアルコールを完全に分解した。


「まぁ仕方ないかな〜」


 しかしこの瞬間、香菜の目は横で唸っている菜乃花の姿を捉えた。

 そのほんの僅かな時間の間に香菜の脳内ではあることを考えていた。


(あれ? でもこの状況だともしや──)


 見た限り他に泥酔しているのは菜乃花のみ。政樹は先程からえずいているものの完全に酔ってはいない。

 零人は香菜を除いて唯一酔っ払っていないため彼らの後処理担当となるのは必然。

 そして優人はデレデレになって泥酔中。


 ここから導き出された香菜の答えは単純であった。


 初めに香菜は優人を連れて即時帰宅、ここで公園内は3人になる。政樹はある程度介抱したとしても、ここでの最重要な介抱すべき人物は菜乃花。零人が放っておけるはずも無い。


 すなわち、ここから優人を連れ帰ることによって自分がイチャつけるだけでなく親友の菜乃花の恋路の応援にもなる。


 まさに一石二鳥、香菜が1秒未満というあまりに短い時間内で考えついた悪魔的発想であった。


「せめてそれなら自宅でな……」


「それではお暇させて頂きま〜す♪」


「なっ、手のひらドリル過ぎるだろ!!」



 香菜は優人を背におぶると転送魔法陣を展開し、そそくさと公園を後にした。

 しかし彼女の真意など知らない零人はただこの状況の厄介さに手を焼くばかりであった。


 対応を考えていると政樹が彼に声をかけた。


「れい、うぷっ……」


「おいおい大丈夫かよ、さっきからマジで吐きそうじゃねぇか。別にそこらで吐いちまっていいんだぜ? てか政樹、お前家に帰れんのか?」


「うん、ここからすぐそこだから平きうぼっ!」


「でもどの道そんなんじゃ家に帰っても家族に──」


「親は滅多に家でも会わないし昼間はいないから大丈夫。それよりも入山さんはどうするんだ?」


 2人は先程から苦しそうな唸り声を上げている菜乃花を見て悩んでいると、政樹が妙案を思いついた。


「あぁ〜、それか零人だけここに残って入山さんの酔いが覚めるまで待ってるってのは……あ、ちょっとごめん」


 政樹は近くの木の根元まで走っていくと濁流を抑えていたダムが決壊したかのように木陰で盛大に嘔吐した。

 聞くに絶えない嗚咽が公園内で木霊するとしばらくしてから政樹は前屈みになって歩き始めた。


 心配になった零人は途中まで送っていくと提案したが、政樹は頑なにそれを拒んで自宅まで彼は向かっていった。


 3人がいなくなったことで嵐の後のように静かになった昼の公園は零人と菜乃花の2人きりとなった。

 改めて冷静になった零人はこの2人きりの状況に胸が高鳴ったが、落ち着いて菜乃花を介抱するために深呼吸をしながらベンチに戻った。


「ええっと、酔いが覚めるまでっつってもどうすれば」


「ううぅ、うぅ〜ん……」


「菜乃花さん、大丈夫か? てか今は意識あるか?」


 同い年の女子の介抱など当然経験した事の無い零人は不器用ながら彼女に質問をしてみた。

 しかし意識があるのかスラも分からない様子で、零人を対応をし兼ねていた。


「そういえば酔った奴には水を飲ませろってよく言うよな。でもこの状況じゃ1人で置いてけねぇし、瑛士達は学校で助けを呼べねぇ────へ?」



 時間にしてたった3秒、その間零人の感覚の全てはふいに鈍化していた。目に入る物も、音も、触覚すら、この世界で起きている事象を認識するのに彼の中でラグが発生していた。


 3秒が経過し零人の感覚と意識が現実世界に追いついた時、彼は起きていることをようやく認知した。



 チョコのせいで酔っ払い、紅く蕩けた顔の菜乃花が零人の膝の上に頭を乗せたのだ。


 あまりに唐突、あまりに衝撃的な光景に零人は自分の正気を疑った。しかしそれは夢でも錯覚でも幻術でもなく、実際に発生している出来事であった。


 動揺とうるさい心臓の鼓動音の中、零人はどうしたら良いかさらに分からなくなり狼狽えていた。

 その時、菜乃花は寝起きのようなトロンとした声音で零人に話しかけてきた。



「れぇとく〜ん」


「ふぁいっ!?」


「えへへぇ、かっわいぃ〜」


「ッ!!?」


 予想だにしていなかった菜乃花の言葉に零人は硬直する。そして恥ずかしさと喜びの入り交じった感情が怒涛の如く零人へ襲いかかった。


 自身の膝から伝わる菜乃花の体温、髪の毛の良い匂い、耳を撫でるかのような甘い声。


 全てが初体験、その全てが零人にとって未知のものであった。


 溢れ出る愛おしさに似た感情が押し寄せる零人が固まっていると、菜乃花は突然体の向きを変えて彼に抱きついた。


「れぇとくんのおなか〜あったかぁい」


 いつもの清楚で汚し難いあの菜乃花から一変、小犬の如く懐き抱きついてくる彼女は小悪魔的な魅力があった。

 当然、零人の心の中は少女の一挙一動で大きく揺れ動かされていた。


(おおおぉ、落ち着け落ち着け俺ぇ!! 酒に酔ってる時ってのは意識が混濁するもんだ。真に受けんじゃねぇ、菜乃花さんが……菜乃花さんが、俺なんか…………)



 家族愛という必要な愛情を十分に受けれず、人から強者としての信頼や畏敬の念以外の愛情に近い感情で接されたことの無い零人は菜乃花の好意に気が付けなかった。


 酩酊状態時に言う言葉、それは即ち隠している本音であるということなのだと彼は素直に受け止められなかった。


 零人の中で1番新鮮な感情、それが菜乃花に対する恋心だとようやく自覚した程度の彼にはとても信じ難い出来事であったのだから。


 しかし鈍感な零人でも、自分の中にある感情にだけは素直であった。

 世界最強の能力者という肩書きが今だけは剥がれ、彼は16の普通の青少年の心に戻る。



(でも、もし……菜乃花さんが俺のことを────)



 だがこの世界と運命は零人を無理矢理、世界最強へと引き戻させた。


 零人の脳内にプロメテウスの機械的な声がテレパシーで響き渡る。


『コードZBY発生、対象ゼウスと化け狐複数体が最接近しています。零人様は直ちにゼウスを天界へ送還して下さい』


 次にあるかないかも分からぬこの至福な時間に終わりが告げられる。

 この事態を引き起こした張本人は零人に訪れたささやかな幸福の時間すらも奪った。


『なお、零人様の怠惰の制限を一部解放致します』


 プロメテウスからの指示を受け、即座に制限が緩和されると零人は数秒の間沈黙していた。

 その刹那、零人は無言で魔術を発動する。菜乃花の体内のアルコールを完全分解し、眠りにつかせた後に何も無い虚空から毛布を取り出し彼女に掛ける。


 菜乃花への対応を終えると零人は首と肩を回しながら指をゴキゴキと鳴らす。


 そして激怒し引きつった笑顔を浮かべながら零人は霊力の流れを読んだ。


 奴らの居場所が零人から見て真正面の空にいると捕捉すると零人は鬼の如き覇気を出しながら怒りの一言を零す。



「俺をおちょくるたぁ良い度胸だなぁクソジジイ…………鏖殺だ」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 飛行機と変わらぬ高度で風に乗りながらゼウスと尾を翼に変えた化け狐達は笑いながら縦横無尽に飛んでいた。


「ヒャッハッハ、チョコ風情で生意気な! ワシが食いたくなったらワシが食うのが真理。せいぜい酔っ払って醜態を晒しとれアホ人間共が」


 糞餓鬼のような理屈をこねながら人間の逆鱗を撫で回すゼウスを取り巻きのように化け狐達は褒めながら笑っていた。


「こっちについでに適当な女子でも連れ帰って────おうん?」



 先程まで調子に乗っていたゼウスであったが、飛行しながら彼はある事に気が付いた。

 とてつもない霊力の塊のような物体が衝撃波を放ちながら地上から急接近していたのだ。


 その霊力が自分達に近づいてくれるに連れて、ゼウスも化け狐らも顔が真っ青になっていった。


 上空でも伝わってくるほどの衝撃波を放出しながら急速に迫る巨大な霊力の存在など1人しか該当しないのだから。


 雲が衝撃波で掻き消されると共に右拳を構えた零人の姿が彼らの目に飛び込んできた。



「随分と好き勝手やってくれたみてぇだな肥溜め共がァァァァァァ!!」



「「「えぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!?」」」


「安心しろよ! てめぇらが消滅しねぇように聖力たっぷりでぶん殴ってやるからなァァァ!!」


 零人はその言葉通り魔術式によって聖力や神力などを拳に乗せ、高密度な霊力を指の中に凝縮させていた。

 追加効果で上位の破壊力のポルターガイスト、超重力負荷、霊力破裂を付与して拳をさらに握りしめた。



 ゼウスらは逃げようと試みていたが、既に彼らは零人の射程範囲内に侵入してしまっていたため逃れることは叶わなかった。


「エクス・デスティネーションッ!!」



 害神と妖畜生は零人が放った拳撃の延長線上でモロに攻撃を喰らう。

 もはやエネルギー砲にまで見える拳撃により彼らは霊体にダメージを負うことなく、痛みを伴いながら大気圏外へと吹っ飛ばされた。


 そして条件が満たされたことにより大気圏から排除されたと同時に天界へと送られた。


 最終的に任務を達成し、零人の攻撃の影響で海上にて発生していた台風の1つは消滅した。



「んがあぁぁ、腹の虫が収まんねぇな」



 ────その後、公園に戻った零人は眠らせた菜乃花を起こしそのまま彼女を自宅の付近まで送り届けた。

 突然、酔っ払っていた時の詳細は伝えないままで。


 そして菜乃花の見送りを済ませた零人はすぐさま天界へと赴き、ゼウスへの懲罰に参加した。


 結果的に零人をブチ切れさせることとなったゼウスは天界でも零人に締められることとなった。

未成年はお酒を絶対に飲まないでね!

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