第1話 新章
それは午前6時半頃。
まだ早朝であるというのに日差しが強く照りつけ、蒸し暑さを不快に感じながら零人は学校へと向かっていた。
しかし不快感の正体は暑さでも湿気でもなく、今朝に見た夢の内容であった。
こうして通学路を歩いていると嫌でも彼は先程の夢を思い出させられた。
「発動の前例がねぇから、どこまで情報が正確かは知らねぇ……だがアレは易々と他の奴らにも話せるような内容じゃねぇな。ひとまずはルシファーさんに話すだけに留めるか」
未来予知、それは言わば高確率で発生する事象の予告。あるいは未来に起こる事柄の一例を上げるもの。
しかし零人の場合、幸か不幸かその力はあまりにも正確である。
運命は変えられる、しかし相応の代償が必須であることもまた然り。
「とにかく、あの夢の中でも、今の俺が分かる中で注意しなきゃなんねぇモンは──白夜と瑛士の重症、上葉町の地下都市、アンラマンユの復活、優人の死……かは分からねぇが肉体の大損傷」
先刻の記憶を整理していると、再び脳内で痛みが走るように肉声が響く。
『────お前は血から逃げられない』
「ッ! チィッ……」
まだ脳裏にこびり付くその言葉を払拭するように舌打ちをして大きな歯軋りを立てる。
不快感が増すと共に零人の顔も険しくなっていった。
しかしそんな不愉快さなんて一気に吹き飛ばすように零人の頭上から軽快に彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おお〜い、零人くぅぅん!!」
零人が上を見上げると、眩しい太陽の方角から黒の宝石を身に纏った優人が翼を広げて飛んできた。
黒いダイヤモンドをその体から零しながらゆっくりと下降して少年は零人の隣に着地する。
「二学期始まったけど、暑いよねぇ……朝からムシムシしてて汗がべったりしてるの」
泣き言を吐きながら制服の汚れを取っていると優人の体表から生えていたダイヤは霊力に戻って霧散化し、優人の右手首に付いている腕輪が僅かに光る。
「学校前に付けてるなんて相当気に入ってんだな、それ」
「うん♪ 透真君と手に入れたお宝だもん!」
優人が古代遺跡にて獲得したソロモンの腕輪、持ち主自らを悪魔化させる魔法具を彼は早速使いこなしている様子であった。
「気に入ったは良いが、破壊力も備わってんだからビルとか倒すなよ」
「だっ、大丈夫だよ〜」
「能力覚醒した初っ端にお前は墓石破壊してんだ、心配するなってのはムズい相談だ」
「あ、あははぁ……」
そんな変わらないいつもの会話を交わしたことで零人は心の平穏を取り戻す。
優人と笑い合いながら登校している内に、先程までの不安は消えてなくなった。
(そうだ、俺が何とかすりゃ良い話だ。どんなことがあろうと俺は────世界最強なんだからよ)
最強、無敵、絶対的な実力。その言葉達を自分の心の中で何度も繰り返し詠唱するように零人は念じた。
それは縋るように、自分の強さを信じるために。
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2人は程なくして学校に到着した。
新学期が始まった学校は生徒達の気だるげな空気と休み前の活気が半々の状態だった。
優人と零人は教室に着くと先に席についていた政樹と他愛のない話をして過ごしていると、あっという間にホームルームの時間となる。
担任が簡単に挨拶と要件を述べると忙しなく生徒らは始業式のため体育館に招集された。
体育館に来ると優人と零人は前後の位置で床に座った。
騒がしいのと教師らの視線を避けるために零人はテレパシーで優人に話しかける。
『なぁ優人、これって時間かかんのか?』
『1時間くらいかな? そのぐらいだと思うよ〜。時間が長いからお話聞くのは大丈夫なんだけど、いつもお尻痛くなっちゃうんだよねぇ』
『そうか、じゃあ軽くポルターガイストで浮かせとくわ』
『やった♪ 零人君ありがとっ』
2人の体はポルターガイストでふわっと浮き、床から数センチほど腰が離れる。
感覚は低反発マットレスのようで気持ちが良く、優人は締まりのない顔をしてリラックスする。
生徒達が段々と静かになっていくと教頭が壇上に上がってマイクに話しかける。
「えー、只今より始業式を始める──」
始業式はとても退屈なもので式の最中に零人は眠そうに何度も欠伸を繰り返す。
じっと座ったまま校長の話を聞いているだけでも30分が経過し、いい加減自分以外の生徒らに肉体時間加速術を与えようと考えていたが霊力の節約もあり断念する。
しかし眠気に襲われていた零人はある人物によって目を覚まさせられることとなった。
「続いて新学期の抱負。生徒代表、石川和幸」
その名前が呼ばれると1人の生徒が壇上に上がる。同時に座っている生徒達が一斉にざわめき始めた。
それはその生徒、和幸の容姿が関係していた。彼の髪は明らかに染めた金髪に耳につけた銀色のピアス、そしてその場の全員に威圧感を与えるような鋭い目付き。
制服は模範的に着こなし、染髪やピアスに関しては上葉高校の校則上問題ないことであったのだがそれでもやはり生徒達は彼に異物を見るかのように目を向ける。
その出で立ちはヤンキーそのもの、近寄りがたい雰囲気を身に纏いながらステージの上に立つ姿はミスマッチなように思えた。
そんな大衆の目線は気にせず和幸は頭を下げ、代表のスピーチを始める。
「新学期の抱負、代表石川和幸。私は──」
彼は挨拶を終えるとその姿からは想像がつかないほどハキハキと、それこそ模範生らしい内容のスピーチを始めた。
零人は彼のそんなギャップに驚いて眠気が飛んだ。
スピーチの内容は実に優秀、現実的でありながら優等生らしい巧な文章で零人は思わず和幸に対して好感を抱いた。
だが同時に、テレパシーの範囲を広げてみると零人の脳内には不快な言葉が飛び込んできた。
(うわぁ……あんな真面目文章なんて誰かに書かせたに決まってんじゃん。先生なにやってんだよ)
(えぇー、なんかいい子ぶってるけど思いっきり不良じゃん)
(あいつ多分留年した時の保険でスピーチ読んでんじゃね?)
(何だこれ、良い子ちゃんアピール感まるだしじゃん……)
彼の外見が理由で生徒達からは良い印象を持たれていなかったようだ。
実際、彼を見る生徒たちの目は何かしら含んだ不愉快な視線であった。
周りのざわつき具合に思わず優人はテレパシーで零人に尋ねてきた。
『ねぇねぇ零人君、なんで皆ザワザワしてるの?』
『──何でもねぇよ、あと周りの奴らの心はテレパシー使うなよ』
零人がテレパシーで告げると次の瞬間には周りのざわめきがピタリと止んだ。
──何故なら零人が和幸に対して無礼な思考をしていた生徒達に向かって殺気を放ったのだ。
ただ思考しているだけなら放任しようと彼は思っていたが、あまりにもその愚考を態度に出していた愚か者達への不快感が我慢の範疇から超えた為だ。
(結局は表面上しか見てねぇ腐った奴らは何処にでもいるんだな……優人達が良いダチ過ぎて忘れてたぜ。何よりも──)
和幸に好感を抱いた時、零人はテレパシーを応用して彼の心を軽く覗いていた。
そしてその時の印象は零人にとって久しく良いものだったのだ。
(アイツの心は、優人に次いで汚れのない良い精神だ。浅い所しか見てねぇが悪いヤツじゃねぇ事は確かだ)
「──以上でスピーチを終わります」
気がつけば彼の抱負は話し終えていた。
彼の発表後はあっという間に式が終わって教室に戻ることとなった。
そして体育館を後にする時、再び生徒達はざわめいていた。
「な、なぁ。石川の発表の最中になんかすっげぇ寒気感じなかったか?」
「え、そうなん?」
「あっ、私も感じたー! ビックリして声出なかったよ」
「え〜? そんなのあったかなぁ」
人によって反応はバラバラであったが、零人は胸がスっとして僅かに微笑んだ。
だが安心感していると今度は優人からテレパシーが送られてきた。
『零人君、さっきステージでお話してた和幸君に気がついた?』
『気がついたって何がだ?』
『僕の勘違いかもしれないけど────和幸君の霊力、他の皆よりも多い気がしたの』
零人は先のスピーチの光景を頭の中でもう一度再生する。 薄ぼんやりとしている記憶を甦らせる。
そして和幸の姿を思い出す。
(思い返してみりゃあッ!! そうだ……なんで気が付かなかった。あの霊力量、よくよく考えりゃ常人レベルの霊力を超えてやがる)
通常の場合、一般人の霊力量というものはC級能力者クラス。
つまり大気に漂う霊力と霊力量があまり変わらず、霊の見えぬ普通の人間やせいぜい政樹など霊が見える程度が関の山の能力者が含まれる。
だが明らかにあの時、零人が感じた霊力は彼の周囲10mほどをすっぽりと覆う程度までに多かったのだ。
(前に魔法少女になっていた菜乃花さんだって霊力は200ちょい。だが石川の霊力量は500以上はある。もしあれが──霊能力者だったら、おそらくB級能力者だ)
『優人、放課後になったらアイツの後を見つけるぞ。なんか少しだが、変な予感がすんだ』
『でも大丈夫じゃないかな? 和幸君は悪さをする人じゃないと思うの……』
『あれだけの霊力があるんだ、霊管理委員会の能力者として見過ごすことはできねぇ。それに霊能力者にとって勘や違和感っつーのは意外と重要な能力なんだ、何かあったら未然に防げるように準備は必要だ』
零人は体内の霊力の流れを変えて温存を始めた。
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始業式は半日で終わるため、驚くほどあっいう間に時間は経過して放課後となった。
優人と零人はホームルームを終えるとクラスメイト達にバレないよう隠密結界を張って気配を消し、和幸の後を追うことに成功した。
「外の人気がねぇ通りまでいったら突撃するぞ」
廊下で後を付けながら零人は優人と手順の確認を取っていた。
すると突然、廊下内に女子生徒の短い悲鳴が響いた。
「きゃあああ!!」
悲鳴の方向を向くと2人と和幸の間を歩いていた女子生徒が躓き、手に持った書類の束を宙へ投げてしまっていた。
見事なほどに紙は舞ってその女子も体が45度近くまで傾いた。
その光景を目撃していた優人と零人は反射的にその女子を助けようと1歩足を踏み出したが、次の瞬間に突如として発生した現象を目にして体が固まった。
────紙は床に落ちることなく、女子生徒も転ぶことはなかったのだ。
何故ならこの時、優人と零人を除いた学校内の全員が硬直していたのだから。
女子生徒は物理法則を無視した体勢を維持し、紙も接着剤で接着されたかのように宙で固まっていた。
優人は自分達が隠密結界内にいることを忘れて小声で零人に尋ねる。
「れ、零人君……これって──」
しかし優人が質問を終えるまでに新たに衝撃的なものが目に飛び込んできた。
皆が石像のように硬直している中で、和幸は1人歩いて女子生徒の方へ接近していたのだ。
予想外の事態を瞬時に理解した零人は好奇の目を向けながらも驚きを隠せずにいた。
(おいおいおい、そういうことかよ……)
和幸はこの硬直した空間の中で当たり前のように動き、そして女子生徒の体勢を元に戻した。
体の向きと足の向きを調整して元の位置に直し、宙にぶちまけられた書類を束ねて彼女に持たせた。
作業を終えると和幸は向きを変えてまた歩き出す。
同時に生徒達の硬直は解ける。
「──あれ? 今わたし、コケなかったっけ? ……まあいっか、ラッキー♪」
書類をぶちまけた女子生徒はこの状況に混乱していたが、見ていなかった周りの生徒は何も無かったように平然として歩いていた。
しかしその一部始終を目の当たりにした2人は確信した。
「和幸君は、能力者だね」
「あぁ、しかも厳密に言えや違うだろうがアイツは────確実に時間を止めていた」
驚愕しながら2人は能力者であると判明した金髪の彼の後を追いかける。
あの状況も見せられたせいで、優人も無意識の内に霊力を拳へと送っていた。





