第54話 合縁奇縁日 その2
優人と香菜が祭りに来ていた少し前、もう一方の男女は商店街を抜けた反対側の方で祭に参加していた。
祭囃子が響き、道は大きな神輿が通る。神輿の前と後ろでは近所のおば様方が踊り大男達が神輿を担いで街の中を練り歩く。
「これが神輿か……生で見るのは何気に初めてだ」
「零人君ってお祭りとか行ったことなかったの?」
「修行や任務で忙しかったから、こういう祭りとは無縁だった。海外の神を祀るやつとかならあるけど……」
「そっちの方がすごくない!?」
零人と菜乃花は担がれて道を行く神輿を見ながら談笑していた。
他愛のない話をしていたが、祭りのうるささもあり2人の間には数秒間の静寂が流れる。
その時、2人は心の中で同じことを考えていた。
((いや何この状況!? めちゃくちゃ緊張するんだけど!!))
まず事の発端は香菜にあった。
それは数日前の出来事、香菜が零人に今回の任務を知らせに来た時──
『なるほどな……俺らの気晴らしも含めた任務か、ルシファーさんも気が利くじゃねぇか』
『うん、最近はちょっと任務疲れしてたし……パァと遊びたいかな』
この時、香菜は任務で少々多忙過ぎるスケジュールをこなした後でとてつもなく疲労していたことは零人でも彼女の顔を見ればすぐに分かった。
『……そんじゃ、当日は別行動でいこう』
『え?』
『行動範囲は広い方が良い──ってのは建前で、その様子じゃ優人とも久しく遊びに行ってねぇんだろ? お前とのデートなら優人も喜ぶし、祭りはバラけて動こう』
『っ!! ありがとうございます零人さん』
『現金だなおい……』
──ということがあった。
しかし問題はここから、なんと他に1人も予定の空いている人がいなかったのだ。
元々、零人を含め優人と香菜、菜乃花、政樹の5人で遊ぶと想定していた所、優人と香菜は離脱。
さらに政樹は当日に屋台のバイトがあるということ。
零人は白夜と沙耶香も誘おうとも考えたのだが、2人も予定は空いていなかった。
つまり、零人と菜乃花は半デート状態で祭りを巡るということになったのだ。
(どど、どうしよう! 香菜ちゃんそれ早く言ってよぉ〜)
(ていうか俺の女友達なんて菜乃花さんと西源寺しかいなかったし、結局は来ちまった。でも──)
2人はどうすることも出来なかった。なぜなら──
((恥ずいけど、この状況はすっごく有難い!!))
2人は互いに気がついていないが、完全な両思い同士。
せっかくのチャンスを棒に振ることだけは絶対にしまいと祭りに来たが、どうすれば良いか分からずに立ち往生していたのだ。
だがこのまま沈黙を続ける訳にはいかぬと、菜乃花は零人に話しかける。
「零人君、おっお腹空かない?」
「腹……確かに空いてきた。屋台探して食べるか」
ようやく会場に到着してから2人は行動を起こすことができた。
ちなみに会場に来てからずっと同じ場所に2人は立っていた。
しかし更に2人の心の中はパニックになる。
会話をしてひとまずの目的ができて歩きだすと2人はわずかに冷静さを取り戻す。
その一瞬の隙に2人はとんでもない大失態に気が付くこととなる。
((浴衣めっちゃ似合ってるじゃん))
緊張のあまり、互いに気がつくことができなかった普段とは違う服装。
零人と菜乃花は緊張でしっかりと褒め言葉すらかけられなかった数分前の自分を悔やむ。
(菜乃花さん浴衣着ると一気に大人っぽくなってんじゃん! 正直俺の横で歩いてるのが嘘みたいなんだけど!?)
(うう〜ん零人君の浴衣ぁ、いつもよりキリッとしててカッコいい……あぁなんで一言言えなかったのわたしぃ〜!!)
恋愛とは悩むことが付き物。
ぎこちない動きで一緒に歩いている2人の顔面は真っ赤になり、通りがかる人々は2人の初々しく甘酸っぱいようなその雰囲気で思わずニヤける。
──だが菜乃花よりも今は零人の方が大いに緊張し、思考がまとまらなくなっていた。
零人は能力者としての生活の長さゆえに、一般的な青春は上葉高校へ来てから初めて体験したような特殊な少年。
そんな彼にとって恋愛とは完全に管轄外、未知の領域、どこまであるか分からない深淵の様な存在である。
彼が知る恋愛の限界はラブコメがせいぜいと言った所、今までの零人の対女子関係といえば化け物と変わらないような強さの大罪の能力者かクレイジーな敵の女能力者のみ。
世界最強の能力者である零人は、世界で最も女子との恋愛に慣れていない無知なる少年なのだ。
(どうすれば良いのやら……てか、祭りってのはやっぱ人が多いもんだな)
ただでさえ狭い道の両端には屋台があり、道の人口密度は非常に高くなっており、歩くのがやっとの人混みとなっていた。
「菜乃花さん、何食べたい?」
「じゃあチョコバナナかな、あと飲み物もあれば……確か向こうの方にお店があるはず」
「了解。それじゃあ人が多くてはぐれそうだし、菜乃花さんは俺の浴衣掴んでくれ」
「えぇっ!? い、いいの? それじゃ……」
零人はこの時は頭が混乱していたため、その典型的なイケメン発言は特に意識して言ったわけではなかったが、菜乃花に不意打ちのストレートとしてクリーンヒットする。
菜乃花は零人の浴衣の左腕を掴んで後ろを歩くと、みるみる顔がさらに熱くなり火が吹きそうなほどに心臓が躍動する。
にやけて変な顔にならないように菜乃花は必死になって顔を隠す。
零人はそんな菜乃花の様子や自分の発言なんて気にする暇もなく、人にぶつからないように避けながら目的のチョコバナナ屋台を探した。
「今は霊力が全然ないから術が使えねぇ……こんなに人が多いならなんかしらの魔術使って楽に移動したいぜ」
「れ、零人君と私の霊能力に対する価値観って相当違う感じがすごい……」
零人にとって霊能力とは戦闘手段であるが同時に生活でも使えるチート手段とも考えている。
それは前に白夜との会話でも零人は「目覚まし代わりの術式」などというふざけて聞こえる術式について語った時もそうだった。
しかし人の波を掻き分けて進んでいくと商店街の屋台に近づくに連れて人の混み具合が一気に増していく。
菜乃花は零人の後ろを歩いてはいても何度かぶつかられて手が離れそうになる。
(どうしよ、これじゃあすぐに迷子になっちゃう──はっ! いや、あの手が……いやでもあれは、うぅどうしよおぉ〜)
菜乃花は1つの妙案が頭に浮かんだ。
しかしそれを実行するためには彼女はとてつもない羞恥心を耐える他ないのだ。
行うか否かを菜乃花は十分に悩んだ末、それを行うことを決めた。
(大丈夫できる。この間は魔法少女になったぐらいなんだし、できるよ私ッ!)
菜乃花は暑苦しい人混みの中で深呼吸をし意を決すると、零人の肩をポンポンと軽く叩いた。
そしてこの祭囃子と人の声のうるささでは自分の声が聞こえないと思った菜乃花は零人の耳元に近寄り小声で尋ねる。
「──零人君、はぐれちゃいそうだから……手、握っていいかな?」
「っ!!? ──へ」
「ダメ……?」
──その瞬間、菜乃花はその一言を言うことに緊張し過ぎたあまり無意識下とはいえとても大胆な行動をとっていた。
零人側の視点に立った場合、それは理解できるだろう。
自分の好きな女子がすぐ後ろで自分の浴衣を掴みながら歩く。これだけでもドキドキするところに更なる攻撃を受けるのだ。
耳元で女子から「手を繋いで」という内容の囁きが聞こえる。その小声で耳がくすぐられた瞬間にキュンポイントの第一ウェーブがやってくる。
そして心拍数が上昇しながら振り向くとそこでは身長の差が理由で女子が自分のことを見上げ、頬を赤らめて恥ずかしがりながら「ダメかな?」と尋ねてくるのだ。
まさに小悪魔、零人の知る限りでも最もお淑やかで清楚な菜乃花が突然そんな行動を取ってきたのだ。
これでキュン死しない男がいるだろうか、これで恋に落ちない日本男児がいるだろうか──いやいない。
零人は心臓の爆音が体内で反響して緊張と喜びでパンクしそうになりながらそっと菜乃花の右手を握る。
「じゃあ……」
「うん……」
流石に恋人繋ぎは恥ずかしかったため普通に手を握ったが、終始その心の中は穏やかではなかった。
(マジか……女子の手ってこんな小さくてやわらかいのか。握って痛くないか? 俺、変な手の繋ぎ方してないよなぁ!?)
(零人君の手、大きくて暖かい……これって本当に──)
((恋人同士みたいで嬉しいんだけど緊張する……))
2人は会話もすることすらままならず、狭い道を寄り添って歩いた。
通りすがる人々はそんな初々しく見ていてドキドキするような2人をニヤニヤと笑いながら見ていた。
──人があまりに多かったため屋台でチョコバナナと飲み物、ちょっとした軽食を購入して2人は近場の小さな公園に向かった。
公園内ではレジャーシートを引いて花火を待つ人々がチラホラいたが、偶然空いていたベンチに零人と菜乃花は座る。
「っはぁー、雰囲気は嫌いじゃないけど人混みって疲れる……」
「そうだよね。何度ぶつかられたのか分からないほどぶつかられちゃったよ」
そんなふうに話ながら座った2人は買ったチョコバナナと飲み物を取り出して食べ始める。
だが人混みの中から出てしまい、妙な静けさになると2人はまた沈黙してしまう。
──零人は何の話で繋ごうかと考えながらペットボトルを口に当てた瞬間、空からとてつもなく大きな炸裂音が聞こえてきた。
ヒュルルと景気の良い音を立てながら玉は空へ打ち上げられ、祭りに来た人たちが上を見上げたと共に夜空で大きな花を咲かせる。
「花火か、随分と数も花火のサイズも大きいな……」
「花火……なんだかテイスティーランド行った時のこと思い出すね」
「うん。今日の花火も、あの日に負けないぐらい良い光景だ」
「……そうだね」
その会話が終わると再び2人は沈黙してしまった。
上手く自分の気持ちを言葉にできない2人はあっという間に綺麗な花を咲かしてしまう花火を見て、どこか嫉妬する。
咲いたら即座に儚く散っていく花火は後から打ち上げられた花火達によって上書きされて、見えなくなっていった。
色鮮やかに弾けていく花火を見ながら、また零人と菜乃花の考えはシンクロする。
(私にもう少しだけ勇気があれば──)
(俺がほんの少しだけ普通だったら──)
((君に『好き』って言えたのかな……))
2人が自分の気持ちを伝えられるようになるのは、もう少しだけ先の話である。





