第46話 異世界へ手招くモノ
「はぁ……本当にこれはキツいわ」
辺り一面は深い緑が広がり、豊かな自然と美味い空気で満たされていた。
心地良い風が肌を撫でるとともに密度の濃い霊力が肌に伝わってくる。零人は立っている丘の上から目線を落とすと、その先には小さな西洋風の村が見えていた。
だが何より印象的なものはそこらでのさばっているドラゴンや魔獣達であった。
何を隠そうこの場所は──
「異世界転生なんて不本意でしかねぇよぉぉ!」
零人が飛ばされたこの場所とは、とあるコテコテファンタジーな異世界である。
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──それはおよそ数時間前の出来事だった。
零人は当初、霊管理委員会の本部にてルシファーから呼び出されていた。
零人は彼の個室である真っ白な部屋の中に入らされ、紅茶を飲みながら今回の依頼についてルシファーが語っていた。
「異世界転生装置のトラックを破壊?」
「そうそう、よく聞くでしょ? 『トラックに轢かれたら異世界転生してた!』ってやつ」
「最近のアニメとかじゃ定番ですが、まさかそのトラックが創造されたんすか?」
それは古代の神々や悪魔達と同様の原理で生まれた存在である。
昨今の異世界転生ブームに伴い、多くの人々が『異世界へ強制転送するトラック』という存在を認知した結果、本当にそのトラックが誕生してしまったのである。
「そうなんだよ〜、しかもそのトラックは他にも存在してる『現実的異世界』間をワープしまくってるらしくって、魂の往来が激しくて管理に困るからトラック破壊してって向こうの世界の組織から伝令」
この世界で存在している霊管理委員会は世界的な秘密組織である。
しかし同時に他の異世界で同様の異世界移動や霊能力を含めた超常現象を扱う組織、または世界そのものと契約や同盟を結んで共同管理している。
よって同盟同士という立場の元、零人が駆り出されたのである。
零人は面倒そうにしながらもハイハイと言って任務を引き受けた。
「まぁ、俺らの世界みたいに死後の選択権云々の存在じゃなくて強制的に魂を誘導する存在だからってことですね。特定次第、ぶっ壊します」
そして零人はトラックを迎え撃つため、手元に複数の魔法陣を展開して待ち侘びていた。
「俺の術とトラック出現条件は満たしたはず、つまりそろそろか」
彼の予想通り、トラックが何も無い空間から出現した。
そのトラックは姿こそ変哲がないものの車内は無人、そしてトラック自体からは強力な霊力が感じられた。
零人は魔法陣を正面のトラックに構えて術を発動しようとした。
「来たか、後は術で木っ端みじ──ッ!」
零人の術は確かに発動した。
それも転生対策として『対象が術士の距離に反比例して破壊される術』を使用していた。
しかしトラックは無傷のままこちらへ突っ込んで来る。いくら今の零人が『怠惰』の制限下にあるとは言えども、術自体は完璧であった。
「破壊条件が通常じゃねぇのか。だったらッ」
零人は瞬間的に異なる術を切り替えて発動した。
トラックは加速を続けていた。しかし零人は獲物を前に回避することはなかった。衝突の直前に零人はトラックに向かって言い残す。
「行った先の異世界で、また会おう──」
零人は無防備のままトラックに正面衝突し、鈍い音が狭い道路内で響いた。
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そして今に至る。零人は作戦上、強制転移で異世界へと到着したのだ。
転生させられたばかりの零人はひとまずの現状確認として己の肉体や霊力、術の確認を行った。
「つってもアレか、トラックはあくまで転移装置の役割で殺傷力はねぇタイプ。能力も制限もそのまま。奴が来るまで暇だしな、遊んでるか」
零人はあまりに暇だったので王道パターン通り、近くにある村を目指すことにした。霊力よ節約のため、零人は丘をてくてくと歩いていた。
『ギシュヤアアァァァ!!』
「ん?」
零人はボヤッと空を見上げると、真上には赤い鱗の生えた巨大なドラゴンが零人を睨みながら舌なめずりをしていた。
ワイバーン型のドラゴンを前に笑みを浮かべた零人は指をパキパキとならした。
「雑魚にしちゃァ上等、サンドバッグには足りねぇな」
零人が睨みつけた直後、プロメテウスのアナウンスが彼の脳へと伝わってきた。
『霊力が規定値をオーバー、7つの大罪「怠惰」の真神零人様の怠惰の制限を一部解除。並びに特殊環境条件を満たしたため、魔術式0.5パーセント相当の使用が許可されました』
「おっ、随分と羽振りがいいじゃねえか。サンキューなプロメテウス。そんじゃ早速だがよ──」
『ギョアァァァ!』
「無双でもしとくかあァァ!」
『……ッ!』
──零人が放ったその咆哮はただの叫び、威嚇効果などの術は決して使用していなかった。しかし竜は確かな死を予感して震え上がっていた。
この生物の前では自分はただ殺されるだけなのだと、ドラゴンは本能的に本能で理解した。
この異世界では生態系の頂点であったのだろうドラゴンは人生初の感情が芽生えたその一瞬の硬直で生物的強者に隙を与えてしまったのだ。
「霊動術、ポルターガイストで身体強化。トカゲの背後に結界」
『ブォ──ッ!』
零人は地面を強化した脚で蹴るとすぐさまドラゴンの懐に入り込む。
もはや瞬間移動と変わらない速度にまで零人の移動速度は加速していた。
零人は刹那の内に竜の視界から消えると正面から神速の平手打ちを放つ。
硬い鱗の皮膚下で鼓動する心臓を外部から潰して破壊た。
衝撃は竜の胴を貫通するも、零人の張った背後の結界によって跳ね返され、無慈悲に竜は追撃される。
壮絶な痛みが竜の全身に広がって弾ける。痛みのショックと苦しみによってドラゴンは白目を剥き、外傷なく飛竜は絶命する。
『────』
「あ〜あ、折角のブレイクタイムなのに耐久力がねぇじゃねぇか」
「えっ、ウソォ! 草原の炎竜が倒れてる!!」
「んぉ?」
振り替えるとそこには異国の庶民的な風体の少女が立っていた。
地面で舌を出しながら倒れている竜と傍にいた零人を見るや、信じられないと絶句して少女は驚愕していた。
「これ、貴方が倒したの?」
(おぅ……出たよ王道パターン、アレだろ? 異世界民が主人公見て「強過ぎ」ってなった後に魔王だギルドだの話になるやつ。面倒くせぇ〜)
「えっと、まぁそうだけど?」
「凄い。というか貴方のその恰好、ここらじゃあまり見ないわね──はっ! もしかして貴方、神が使わせた伝説の勇者!?」
(この展開とかマンネリ過ぎて腹一杯だわ、俺はアニメでも異世界俺TUEEEEは嫌いなんだよ)
存在自体が俺TUEEEEのような零人は心の中で呆れていた。受け答えも面倒になり、零人は適当に返答した。
「まぁ、なんかそれっぽいやつ」
「やっぱり! 予言の通りだわ、魔王を倒して世界を救ってくれる勇者様ね」
「あっ、この世界にも魔王いるのか。まあ当然か」
零人は欠伸をしながら手彼女の額に手をかざした。
「ちょっと待っててくれ……解析術『霊力探知』」
彼女の脳内にあるこの世界の基本情報とおよその地図、追加で巨大な魔力の気配を探知する。
「エレメントクラスはぎりぎり上級程度の魔獣が主、この国最高クラスの現騎士団長でもB級能力者。多少の誤差を抜けばさっき倒した雑魚竜は魔王幹部と同等、萎えるな」
続けて彼女の記憶から情報を辿っていった。
「この魔王、異世界にも進行してんのか。なら委員会の条約には
引っかからねぇよな」
最後に最東端の地に最も強力な魔力があることが判明した事で確認作業は終了する。
「ここから東に行くと魔王がいるのか?」
「えっ? え、えぇそうよ! 敵の本拠地は東の果て、だからまずはギルド……いえ、国王様に会ってお話を──」
「んなぁ悪い、魔王だが倒すかわかんねぇ」
「……えっ、どういうこと?」
「魔王のとこ行ってきて話が通じなかったら倒す、だがもし和解の余地があると判断すれば俺は生かす。それを念頭に置いておいてくれ」
「わ、わか……い?」
「スマンが、正確には勇者じゃねぇもんでな。期待はあんましすんな」
(折角だしな……『奴隷王』のアイツと違って、人関係はからっきしだが、せめて魔王関係程度なら俺がやっといてやるか)
「とっ、とりあえず村へ──」
「もうすぐ行ってくるからこれでさよならだ。元気でな」
話が終わると早く事を済ませたい零人は即座に地面へ陣を張り、急ピッチで体を転送し始めた。
少女は零人の体が消えていく様子に困惑していた。
「えっ、えっ!? 何それ! 体が消えていく!?」
(転送術はこっちじゃ珍しいのか。魔王の件はトラック待ってる間にやっとくか……あっ! てかそうだ──)
少女が呆然と見つめる中、零人は魔王の居所へと瞬間移動した。
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零人は先の始まりの地からわずか2秒足らずでこの世界の最東端の地、魔王城へ到着した。
「よっと、おう」
『──ウォ?』
転送されたのは魔王の目の前、俗に言う魔王の間という場所だっ。
魔王城の中、魔王の玉座の目の前まで零人はワープしていた。
「お、あんたが魔王だな」
その放たれる大量の邪気を含んだ霊力、所々に死肉のついた骸骨と鬼のような角。身に纏う装飾品や雰囲気からも魔王であるというのがフツフツと分かるあからさまな風貌。
そんな魔王が零人を見たその瞬間、取り乱した。
『キッ、貴様! ドこカら城へ侵入シた!?』
「まぁ、そんなことは別に……」
『衛兵ヨ! コヤつヲ捕らエろ!!』
「あっ悪い、時間の流れ止めてんだ。応援は呼べねぇよ」
『ナっ、時間ヲ……「止メタ」!?』
(まサカ、コヤつが予言の……)
零人の突然の登場と規格外の能力の開示で、魔王も穏やかではいられなかった。
だが事を早く済ませようと零人は魔王が落ち着く間もなく本題へ移行した。
「単刀直入に聞く、あんたらが人間を襲う理由ってなんだ? それ次第で話が結構変わるんだが」
『りリ、理由ダと?」
「フッ……単純ナこと、そレは人を喰らウため! ニンゲンの味、悲鳴、苦しみを味ワうタめよ』
「そうか。それは他の魔族もか?」
『全てノ魔族は本能ノまマに動きニンゲンを襲ウ。我のヨウに自我がアルモノは我と幹部のみ。皆、求ムものハ同じ』
「そっか、じゃあな──」
『ヌッ!?』
言い残すと魔王の目の前から零人は忽然と消えた。煙のように零人がその姿を消したと同時に魔王の部屋に一体のゾンビ兵が入室してきた。
『大魔王陛下! 我が軍ガ現在、半壊状態トなっテおりマす』
『何ダトッ!』
──同刻。魔王城内部、兵士達の広場にて。そこでは魔王軍の兵士達の体が飛び交っていた。そして魔王軍の全軍が待機する大広間で零人は只管に暴れ回っていた。
「質は悪いが数はいいな、丁度いい遊び相手になるなぁ魔王軍ァ!!」
魔王の前で話していたのは零人本人ではなく零人が一時的に作り出した分体。零人と意識を共有して会話するだけの存在。
魔王を倒す口実作りのための道具に過ぎなかった。
「しっかし、量産型ばっかだな」
魔物や兵士達は次々に消される一方で、彼らの攻撃は零人に対して全く歯が立っていなかった。
零人の圧倒的破壊力を持った魔術と術を取り込んだ体術を前に彼らは翻弄されていた。そして零人は早々に決着をつける。
「オーバーロード・ブラックホール」
魔王城の中で巨大な黒煙の渦が生まれ、逃走を図った兵士達は為す術もなく引きずり込まれていく。
やがてその場の全ての者が呑まれ、城は瓦解して更地となった。更地の中で零人と魔王だけが残って立っていた。
『貴様ァァァァァッ!!』
「あっ、お邪魔してます魔王へいかー」
嫌味たっぷりの笑顔で零人は魔王に手を振る。かつて無い屈辱と絶望で魔王は発狂する。
『こんナ、こンナ……』
怒りに満ちていた魔王を笑っていると突然、零人に小さな電流が流れる。
「……んッ! この感覚、あと十秒だな」
魔王はその巨体では有り得ない速度で零人に詰め寄った。しかし零人は怒り狂った魔王は眼中に無く、ただ数を数えていた。
「3、2、1……」
カウントが終わった途端、零人の背後に音もなく先のトラックが姿を現す。
『ッ!?』
異世界転生装置たるトラックは再びその禍々しい霊力と厳つい車体を零人の前に現した。
「丘にいた時からここまで……予定通りだ」
零人は瞬間移動でトラックの軌道から外れる零人を捉えられなかったその勢いのまま、トラックは全速前進で向かってくる魔王へ突っ込んでいった。
「トラックが異世界転生装置ってんなら、その性質は勇者へと向かう。だからその逆、異世界の魔王とぶっかりゃ相殺できんじゃねぇかっていう単純な考えだ」
『ハぐゥッ!?』
(ト、止マれナイ!!)
感情を剥き出しにして冷静さを欠いた結果、魔王は零人の術中にハマった。
いくらスピードを出せるとはいえ、その巨体の物体移動を止めるには相応のパワーが必要。
「別に必要なかったが、お前はついでに餌食な」
トラックもブレーキをかけ始め、魔王城の床とタイヤが擦れる音が響いたが静止も軌道変更も既に不可能な距離へと迫ってしまった。
「しゃあ!」
零人は先ほどトラックにかけた反比例の破壊魔法を併用し、存在消滅の術を魔王とトラック両方に発動した。
トラックと魔王がぶつかりそうとなった正にその時、両者はそのボディがひび割れて溶け始めていった。
術から経由された零人の霊力が流し込まれる。
「ヌガがガがたあアァ!!」
「はいッ! 転生」
衝突と同時に両者は激しい閃光を放ちながら爆ぜ散った。
勇者でも騎士でもなく部外者である零人の手によって仕組まれたシナリオにより、本来は相見える筈もない2つの存在は対面して完全に消滅した。
両者のいた筈の地面には落雷の後のような2つの焦げ目がつき、微量の黒すすが付いていた。
転移でも転生でもなく、シンプルな破壊によって2つの存在は消失し、数多の世界の迷惑行為と1つの世界の脅威は去った。
「うーし、これで仕事完了だ!」
よってこの世界にいる理由もなくなった零人はそそくさと空間転移術で元の世界へ戻る準備を整える。
体と同じサイズの魔法陣を空間に発動して鼻歌交じりに帰宅後の事を考える。
「はぁぁ……にしてもここまで純粋に無双できたのは久々だな、嫌なことは忘れよ。早ぇとこ戻ったら優人とスナランでもするか!」
魔法陣は青白い光を放ちながら光の紋章を宙にうかべる。
零人は展開した魔法陣に吸い込まれるようにそこをくぐり、光と共にこの地から消えて元の世界へと帰還した。
──この出来事が全て、30分未満の間に発生した騒動というのが零人の恐ろしいところである。
そして余談だが、この世界は突然の魔物の消滅で驚く程に平和となり、人類の文明は急速な成長を遂げた。
更には王国の再建によって異世界間との交流が発達し、じきに零人達の世界にある霊管理委員会とも同盟を組む間柄にまでなった。
そんな一方で零人の存在がこの世界で伝説の神として後世まで伝わる事となったのだが、それはまた別の話である。





