第42階層 レベルが伸び悩んでいる今日この頃
――なんか最近、正面ホールにかっこいい鎧を着ている人が増えた気がする。
その鎧っていうのはなんていうか、『ザ・名のある騎士』みたいな人が身に着けるような無駄に豪勢な感じのもので、とても防御力が高そうな見た目をしている。ごつい(小並感)。堅そう(小並感)。色は濃い赤で、表面は磨かれたようにツヤツヤ。遠くからでもすごく目立つし、やたらめったら自己主張が強い。
この鎧を着ている人たち、いつもまとまった人数でギルドに乗り込んできては、迷宮に入っていっている。
鎧のデザインが統一されているから、ちょっとした集団コスプレなのかなーとか勝手に推測してるんだけど、結局なんなのかは僕のパンピーな脳みそだけじゃ導き出せない。
ちょうど近くにいた冒険者さんにお話を聞いてみると。
「あれか? なんか帝国のなんとかっていう騎士団らしいぜ? 皇帝の肝入で送り込まれたんだと」
らしい。僕の集団コスプレ的な予想はあえなく打ち砕かれた。
で、その人も帝国の事情とかはよく知らないらしいんだけど、帝国はこのナントカ騎士団を現在結構な数フリーダに駐留させて、迷宮に挑ませているそうだ。迷宮で採れる素材が必要なのか。それともレベル上げのためなのか。攻略したっていう名誉が欲しいのか。国が迷宮攻略に本腰入れるっていうのは聞いたことなかったけど、まあこういうことがあってもおかしくはないよね。
そんな集団をぼーっと眺めていると、ふいに受付からベルの音がうるさいくらいに聞こえてくる。
これは受付嬢が冒険者からもたらされる情報をもとにして、他の冒険者に警戒を促す警報だ。この前のときみたいに浅い階層に高深度のモンスターが出没したか、それともモンスターが大量発生したのか、どっちかだ。いずれにせよ冒険者には嬉しくないお知らせしか聞こえてこないのが、ベルが鳴らされたときのお辛いところである。
「みなさーん! 水没都市にて『鮫嵐』が発生する予兆との報告でーす! 階層への侵入は控えてくださーい」
「……うっ、わー」
久しぶりの超激ヤバ情報に、僕は完全に言葉を失った。
もーヤバい。これに関してはヤバいとしか言えないヤツだ。他の言葉が思いつかないもの。
もちろん周りからも、うんざりというか、げっそりとした声が聞こえてくる。
「げー、マジかー。これから【水没都市】に行こうかなって思ってたのになー」
「しゃーねー。第4ルートは今日はあきらめるべ」
「プラン変更だな。仲間と相談してこよ」
「なあ俺『鮫嵐』って見たことないんだけど、どんなのなんだ?」
「あれか? この世の地獄だ」
他の冒険者たちはそんな話をしている。
そんなときだ。さっきのナントカ騎士団とかいう人たちの話が聞こえてきた。
「なんだ。冒険者どもは揃いも揃って一体何を恐れているのだ」
「ふん。我ら帝国の精鋭にかかれば、どんな相手も敵ではない」
「鮫嵐だかなんだか知らんが、戦士ともあろう者たちが揃いも揃って怯えるなどと……。これでは冒険者の質も知れるな」
「いまこそ我らの力を示すときだ。そのシャークなんたらを攻略し、我らの実力を見せつけ、第八小隊の汚名をそそぐのだ」
いやー、例のなんかナントカ騎士団さんたち、すごいこと言ってるよ。この人たち『鮫嵐』の脅威を知らないからそんなこと言えるんだろうね。僕も階層と階層を行き来する『霧の境界』から安全をしっかり確保して見たことがあるけど、あれはまーヤバい。誰が言ったかほんとこの世の地獄って言葉がぴったり合うくらいには阿鼻叫喚の巷してる。某有名パニック映画もドッキリビックリなとんでもないサメカラミティなのだ。
っていうかこの人たち、迷宮のこと舐めすぎじゃない? 迷宮は知識なしのぶっつけ本番で挑んでいいような場所じゃない。入念な準備あってこそのものだ。
マジ完全に頭にドの付く素人さんである。
しょうがない。ここは僕が一肌脱ごう。
僕はナントカ騎士団の人たちに近づいた。
「あの、【水没都市】に行こうとしてるみたいですけど、やめた方がいいですよ?」
「ん? なんだね君は?」
「うむ。君のような荷運び役をしている子供にとってはそうだろうが、我らは帝国の精鋭だ。気にしなくてもいい」
「いえ、あの、そういう話じゃなくてですね」
「大丈夫だ。我らは巨大で強力な魔物も倒したことがあるのだ。心配には及ばんよ」
「精鋭がこれだけの数揃っているんだ。そうそう遅れは取らないよ」
「違うんです。あれはモンスターがどうとかってじゃないんですって」
「はははははは! わかったわかった! 気を付ける気を付ける!」
ダメだこいつら全然人の話聞いちゃくれない。そもそもその『鮫嵐』っていうのはモンスターじゃない。【水没都市】で起こる超ヤベー現象なのだ。その辺、多大な思い違いをしてしまっている。正面ホールに置いてあるガイドブックに書いてあるんだからきちんと読めばいいものを、読まずに行こうとするんだから目も当てられない。説明書読まずにゲーム始めるのとはわけが違うんだぞ。最近のゲームみたいに懇切丁寧なチュートリアルなんかないし、一度ゲームオーバーになったらタイトル画面にも飛ばずに目の前真っ暗なままなんだ。
その後、僕は彼らに何度も声を掛けたんだけど、結局みんな笑い飛ばすだけで取り合ってくれなかった。マジ無駄ボーン。ナントカ騎士団さん「第八小隊のようには……」とか「俺たちが必ず……」とかとか「ガンダキア迷宮何するものぞ!」とかとかとか言いながら、そのまま二十人ばかりのチーム構成でさっさと潜って行ってしまった。
「ああもう、行っちゃったよ……」
もうどうなっても知らんぞ。
……まあ引き止めるのは僕の義務じゃないけど、別に悪い人たちじゃなさそうだし、ちょっと気の毒かなっては思うよ? だってこのまま不用意に水没都市に入ったら、『鮫嵐』に巻き込まれるのは確定だ。『霧の境界』付近で大人しく待機してればいいけど、きっとそんなことしないだろうし、逃げ場が限られる水上で遭遇する未来しか見えない。それでお空から降ってくるはずないものが降ってきてというかジェット噴射で飛んできて……。
僕はあきらめムードのまま、その足で受付に向かった。
「アシュレイさーん。ちわー、ですー……」
「ああ、クドーくん。ご苦労様。大変だったわね……」
「アシュレイさんも見てましたか」
「ええ」
僕もアシュレイさんも、揃って盛大なため息を吐く。
「まさかあの人たち、あのまま行っちゃうとは……」
「そうなのよね……受付のみんなで言ってもあの人たち全然聞いてくれないし、こっちも強権使おうとしたら、帝国の権力チラつかせるしでね。こっちじゃ抑えきれないのよ」
「全滅ぅ、ですかね?」
「そうね。この前も隊の一つが壊滅したって言うのに……」
「え゛!? そうなんです!?」
「そうよ。特に準備もなしに【黄壁遺構】に入って、『蜥蜴皮』にやられたとかで騒ぎになったわ」
あの人たちと同じくらい強い人たちなら、そうそう『蜥蜴皮』に後れを取ることなんてないだろう。レベルが適正以下でないなら、戦士職が二、三人で取り囲めばよゆーよゆーで倒せるはず。
つまり、だ。
「あー、これは先に『催眠目玉』とカチ合ってますね。間違いない」
「ええ、たぶんそう。それで三人を残して、その他は……ね」
「御許に抱かれちゃいましたか……お気の毒様です」
僕は哀悼の意を表明するように合掌する。
「ちなみにクドーくんは今日これから?」
「ええ。今日はちょっと高深度階層まで足を延ばそうかと思いまして」
「あら? どこ?」
「ときどき行くところです。【常夜の草原】ですよ」
僕がそう言うと、アシュレイさんが小難しい顔をして腕を組んだ。
「……いつも思ってるんだけど。あなたあそこどうやって動いてるの? 適正レベル超えてるわよね?」
「別にヤバい強いモンスターと戦わなければいいんですよ。それ以外のモンスなら逃げようと思えば逃げられますし」
「そんなので大丈夫なの?」
「あそこは他の階層と違って緩いところは緩いんですよ。モンスターのテリトリーさえ意識して動けばある程度の安全は確保できます。それに僕には逃走用の魔法もありますし」
僕がそう言うと、アシュレイさんは何かを思い出したのか。
「そういえば、【秘水の加護】の人たちともそこで知り合ったのよね?」
「ええ。【狼野郎】に絡まれてたので、呪文を唱えて追っ払いました」
「呪文? へぇ、呪文を聞くだけで退散するなんて結構頭いいのねその魔物」
そんなわきゃない。むしろ頭よかったらその呪文は効かないのだ。僕には理解できないもっとすごい呪文を唱えられる可能性もある。もちろん答えられなかったらころころされるヤツだ。両足八足大足二足の日本昔話的な問答のアレである。かにー。
僕はアシュレイさんの勘違いを修正しないまま、受付を終える。
「じゃあお土産よろしくね」
「もし何かゲットできればですけどね。期待しないでくださいね」
「えー、期待させてよー」
「…………」
相変わらずぶーぶー言い始めるアシュレイさんを尻目に、僕は入口へと向かって行った。
というわけで、前言通り僕が訪れたのは、迷宮深度40【常夜の草原】だ。
この階層、常に夜という極めて不思議な階層なのである。朝とか昼とか来ないから、日光全然浴びれない。体内時計狂うから、いるだけで自律神経失調症まっしぐらな階層である。朝日浴びるのはマジ大事。あと規則正しい生活もマジ重要。
でもってこんな環境だから植生には絶対よろしくないはずなんだけど、なんか知らないけど植物しっかり生えてるんだよね。むしろここで採れる食材も美味しくて栄養満点という意味不明さだ。日光じゃなくて月光で何らかの栄養とかアミノ酸を合成しているのだと思われ。これが月の魔力ってヤツなのだろうか。異世界はホントこっちの世界の常識が通用しないよね。
アシュレイさんの言った通り、階層の深度は適正じゃないけど、ここでは基本的にモンスターと遭遇しないよう動いているため、気を付けていれば安全だ。
そもそもな話、どうして僕がここに来たかというと、だ。
「『吸血蝙蝠』じゃ、最近経験値がおいしくないんだよね……」
というわけなのだ。なんていうか最近、経験値の上がり幅が悪くなったのだ。
まさにゲームでレベルが上がって要求経験値が倍々に跳ね上がったって感じの奴である。
なので、新しい狩場を求めてここに来たというわけだ。
危険だけど、ステップアップのためにはやらなければいけない。
ステップアップとか、危険を冒すとか、どっちも僕のポリシーに反するんだけどね。
そんで、ここに出てくるモンスターなんだけど。
『狼野郎』。こいつはいわゆる人狼って感じのモンスター。冒険者を見つけると率先して絡んでくる。メンチを切りつつ圧を掛けてきてマジ鬱陶しいことこの上ない。武器はナイフだ。爪? 牙? そんなの飾りだよ飾り。あ、頭がカラフルなのが面白いよね。
『芙蓉馬』。この階層のレアモンスターだ。僕も未だにお目にかかったことがないけど、一応詳細は正面ホールにある図鑑に記載がある。ものすごく綺麗なお馬さんで、見ると幸せになるとか言われている。
『木乃伊トリ』。こいつは『吸血蝙蝠』と似たような感じのモンスだ。冒険者に長い嘴を突き刺して、血液を吸い尽くす。ミイラ製造モンスである。身体に巻いてる包帯はどこから入手してきてるのかはほんと謎。殺意は高めだ。会いたくない。
『幽霊根菜』。巨大な蕪に手足みたいな突起が生えた不思議モンス。一応こいつゴーストとかレイスとかそんな類のモンスらしいんだけれど、見た目があんまり不気味じゃないから外見的な怖さはない。集団で出てきて群がられるのは困るけど。出てくる階層間違ってない君? 的なモンスである。名前だけはかっこいいと思うよ。名前だけはね。
あとは中ボス級とか、ボス級とかだ。
そのほかに『影狼』っていうのも出て来るけど、こいつはモンスターじゃないらしい。黄壁遺構の外縁部には『銀狼』っていうのも出て来るけど、そいつとは違うようだ。正直謎。
気を付けながら階層を歩いていると、ふいに視界の端に二足歩行の狼の群れが映った。
「あ、『狼野郎』だ」
『狼野郎』。こいつらはいわゆる人狼って感じの見た目をしたモンスターで、冒険者を見つけると率先して絡んでくるというウザイ奴らだ。メンチを切りつつ迫って来るから圧も強いし、お怖い感じ。そして武器がナイフとか鉄の棒とかいう珍妙さも忘れてはならない。
毛並みは灰白色なんだけど、頭部の毛が個性的で、ブ〇ーチでもやったんかってくらいに色とりどり。目をぐるぐるさせて、口の端から涎をこぼしてるヤク中っぽいのもいる。
で、こいつら、真珠豆が自生している付近によくたむろしている。こいつらにとってここは夜のコンビニの駐車場とか高速道路のパーキングエリアみたいな扱いなんだろうかね。車座になって、特徴的な恰好でしゃがんでいる。蹲踞、いわゆるヤンキー座りとか、ウンコ座りとかっていうしゃがみ方だ。なんていうかこいつらの生態って不良がよく取るような行動のイメージが重なって仕方がないよ。この階層が常に夜ってことも相俟って、そうとしか思えない。
まあでもこいつらは対処法を知っていればクソ雑魚なので正味僕にとっては余裕がある。
「x+y=-2 y=-x-2 xy=-3 x(-x-2)=-3 -x2-2+3=0 x2+2x-3=0 (x+3)(x-1)=0 x=-3,1 y=3-2=1 y=-1-2=-3 (x.y)=(-3,1)(1,-3)……」
僕が口ずさむのは、高校生程度の数学の方程式だ。
それを聞いた『狼野郎』は耳や尻尾をピンと立てて、毛も逆立った。
これがこいつらに対抗するためのおまじないだ。効果はマジ抜群である。ご丁寧に答えまで言ってあげてるのにね。
『狼野郎』たちは、すぐに指揮系統が乱れてあたふたしはじめる。まるで雷に怯えるように耳を塞いだり、地面に伏せたり。そういうのはさっき僕が雷撃ったときにやれよと思うけど、こいつら雷よりも数学の方が怖いらしい。お前らそんなに計算式嫌いかよ。この分じゃ中学生レベルにまでレベルを落としても効果あるんじゃなかろうか。
『狼野郎』たちはやがて四分五裂。蜘蛛の子を散らすように逃げていった。相手にもならない。倒してないから経験値は入らないんだけどさ。
「完全勝利。ぶい」
僕は誰に見せるわけでもないポーズを取る。これは気分だ。深く追求するな。ツッコミが入ったら入った分だけ僕の心が辛くなるぞ。
「よゆーよゆー……はっ! いや、っていうか何やってんの僕ゥ! 追っ払うだけじゃ倒したことになんないじゃん!」
完全に失敗した。経験値を得るには倒す必要があるのに、いつもの調子で追っ払ってしまった。いまから追いかけて倒しに行くにも……いや、下手な魔法はかわされてしまうから、思い付きで戦うのは良くないし、それに集団を相手にするのは分が悪い。やめておこう。
「うーん。どうしよう……」
このとき、僕は完全に油断し切っていた。
後ろの方から、とんでもない殺気が襲ってくる。
大きな青白い月を背景に、見覚えのあるシルエットが立っていた。
「っ、『人馬の射手』だ……」
マズい。あれはマズい。ほんとマズい。まさかここまで近づかれていたとは。迂闊だ。
さすがの能天気な僕も久しぶりに緊張する。
なりふり構わず、ダッシュでそこらの茂みに飛び込んだ。泥だらけになったって安いモンだ。命には代えられない。
直後、僕がいた場所が吹き飛んだ。もうもうと上がる土煙。強い衝撃が僕の身体を打ち据える。
「っ、ぐぅっ……!」
さながら地雷でも爆発したかのよう。防御も間に合わない。久しぶりに身体が滅茶苦茶痛い。おそらくは矢を打ってきたのだろう。
モンスター、『人馬の射手』。上半身が人間で獣面、下半身が馬というケンタウロスみたいな見た目をしたおっきなモンスターだ。射手の名の通りに弓……弩を持っていて、馬とか凌駕した機動力で冒険者を翻弄、矢を冗談みたいにバカスカ撃ってくるこの階層の本気でヤベー奴。
脅威なのがその速度と魔法への耐性だ。魔法矢を使うため、総じて魔法に対する耐性を持っている。それゆえ、魔法使いだと手が出しにくい高レベルモンスターとして広く畏怖されているのだ。
……なんかこいつだけダークなソウルとか、エルデンなリングとかそんな鬼畜ゲームから飛び出してきたかのような理不尽極まりない戦闘能力をしてる。リアルで死に覚えゲーはしたくない。
(っ……こっちを見てる)
僕がそう思った直後『人馬の射手』の弩が構えられた。
そして、即座に矢が放たれる。
矢は、弩から放たれたとは思えない恐るべき速度で飛来。音の壁をぶち破って、僕の真横に突き刺さった。
ズドン。
まるで火薬が破裂したかのような衝撃が、真横から僕を揺さぶる。鼓膜破れそう。頭がガンガンする。目の前の景色が一瞬白くなった。
(うぐっ……!)
正直おしっこちびりそうなくらいビックリしたけど、気付かれるから声は出さない。もちろんおしっこの方もだ(重要)。あと、魔法もいまは使えない。僕のバリアーじゃ一発で突破されるし、そもそも魔法を使うと完全に気付かれてしまう。
大丈夫。向こうも僕をきっちり視認したわけではないはずだ。さっきのは、僕が茂みに飛び込んだときに出たわずかな物音を聞きつけて、盲撃ちをしたに過ぎない。その証拠に、『人馬の射手』は周囲を窺うように、あっちこっち見回している。
……これを機に先手を取るか。いや、それはダメだ。魔法耐性を貫通できるできない以前に、まず僕が魔法を当てられるかどうかの確信が持てない。ここから『人馬の射手』のいる場所までかなりの距離があるから、下手をすると狙いの甘さで外れる可能性もある。一撃外せば、その隙に『人馬の射手』の矢が僕に突き刺さるだろう。向こうの攻撃も外れるかも……なんて考えは楽観でしかない。
最近戦った『溶解死獣』はボス級で、あちらの方が巨大で危険だ。だけど動きが遅くて、攻撃の仕方が手近な物に限られるから、僕にとっては比較的という前置きは付くけど、戦いやすい相手でもある。
でも『人馬の射手。』こいつは違う。何も考えてなさそうというか考えるための脳みそが蕩けている『溶解屍獣』と違って頭もいいし、素早い動きで敵を追い詰めてくるから、僕みたいな戦い方をする冒険者にとっては天敵みたいなヤツだ。
僕の偏差撃ちの技術が心許ない以上、正面から相手取るのは危険だ。なら足を止めるために地形にダメージを与えるって手もあるけど、動く先を読んでタイミングよく打ち込むのも、同じくらいに技術を要する。
ダメだ。うまい手が思いつかない。
また、『人馬の射手』が弩を構える。
ズドン。
左横に矢が突き刺さる。大丈夫。まだ大丈夫。
ズドン。
地面がえぐれた。何て威力だ。グレネードランチャーも目じゃない。
ズドン。
目の前から土砂が吹き飛んでくる。でも、声を上げてはダメだ。心臓の音がやけにうるさい。『人馬の射手』の耳に届いていないだろうか。不安になる。
ズドン。
追い打ちだ。また至近に着弾。衝撃波が僕の右半身を盛大に叩く。横合いから盛大なボディブローを食らったみたいに、内臓が悲鳴を上げる。
(…………!)
思わず咽そうになるのを、手で口を押さえて死ぬ気で我慢する。
一発も直撃してないのに、身体はいつの間にかボロボロだ。
身を伏せて息を殺していると、『人馬の射手』の視線が他所に向けられた。身体の向きが反転する。気のせいだと思ったか、それとも獲物を油断させるためのフェイントか。
僕は少しの間、様子見に徹する。やがてそれがフェイントでないことを確信してから、やっと這いつくばって動き出した。
目がぐるぐるしてる。吐きそう。服も汗でびっちょりだ。
『人馬の射手』がやっと視界からいなくなった。
立ち上がって、呼吸の制限を解く。
「ふっ! はぁ、はぁ、うへぇ……こんなの命がいくつあっても足りないよぉ」
でも、なんとか逃げおおせられた。良かった。
僕は近場の安全そうな場所に移動して、座り込む。
「はぁ、こんなんじゃダメだなぁ……」
警戒を怠ってしまったのは、ダンジョンに潜ることに慣れてしまったからだろうか。いつもは他人に「迷宮は危ないところ」って言っているクセに、自分でこんな目に遭ってるんだから世話ないよ。さすがにこれは恥ずかしい。逃げようと思ったら逃げられますからとか、どの口でほざいてるんだと、ちょっと前の僕に言ってやりたいくらいだ。これは完全に反省点である。
「……ここ、モンスの狩場にするにはいまの僕には厳しいなぁ」
なんていうか、壁にぶち当たった感覚だ。あんなのが出てくる場所を狩場にするのはさすがに危険すぎる。採集のためにときどき入ることはあるけど、そういうときは攻撃魔法なんて使わないし、よく気を付けていたから大丈夫だったけど……いや、だからこその油断だったのだろうね。
「どうしたものかなぁ……」
考えても、いい案は思い浮かばない。緊張で脳みそが疲れてしまったのか、まだ酸素が足りないのか。僕は体力を戻したあと、その場から離れる。
その後、僕はここ【常夜の草原】の中間地点に建築された砦に足を運んだ。
ここは、ザ・古い砦って感じの見た目の城砦だ。草原のど真ん中を突っ切る川を利用して建てられたこの砦は、びっくりするほど大きくて、複数の櫓が立てられており、城壁もかなり強固そう。
周囲の地面にも、広範囲にわたって木製の杭が沢山立てられていて、おまけにキラキラ輝く魔物除けの晶石杭もそこかしこに打ち込まれているから安心感がある。
この砦は第2ルート攻略する冒険者たちの中継地点となっている。さらに先の階層に向かう人は、ここで休息を取るのだという。
……次の階層は『ノーディアネスの地階』と呼ばれるところだ。迷宮深度は驚異の48。以前にライオン丸先輩に拉致……もとい連れて行ってもらった階層より深度は高いけど、他の冒険者が立ち入っているから、おそらくはあそこほどではないと思われる。いまの僕には絶対に行けない場所だろうけどね。
話によればここは立て坑のような階層で、真ん中吹き抜け、巨大な螺旋階段が壁に添ってずっと続いているのだとか。そんな場所でモンスと戦うとかすごく嫌。まず地形が殺しにかかってる。某『ドラゴンみたいな~』的なタイトルのヤクザゲームよろしく、ヒートなアクションで投げ落とされる未来しか見えない。えぐい。
僕は砦内にあるお食事処兼宿泊施設である『眠らずの妖精亭』に避難もとい足を運んだ。
このお店の名物である『きのこのソテー』を賞味する。
アツアツの鉄板の上に載せられた、炒められた各種きのこをフォークでぶっ刺して口に運ぶ。
『ゲッコーきのこ』に『エッグマッシュルーム』、『カメキノコモドキ』に『ソレラタケ』あと『ワラエナイタケ』とか馬鹿にしてんのかって名前のきのこもある。
「……ないよ。味ないよぉ」
かなしみの涙を流しながらそんなことを言う僕。
きのこの旨みはそれはもう抜群なんだけど、その良さを引き立てる塩味がまるでない。なので物凄く物足りなく感じる。
アツアツの鉄板で供されているのが救いだった。虚空ディメンジョンバッグからバターと醤油を取り出して、ぶっこむ。一瞬、店長の強面がひどくスパイシーになったけど、入れたら抜群にうまくなったから知らない。きのこにはバターと醤油。間違いない。
……そんなこんなで、僕は正面ホールにたどり着いた。
なんか、結構な騒ぎになっているらしい。
わいわいやってる冒険者たちの集団に対して、耳をそばだてる。
「例の帝国のなんとかって騎士団の連中、また壊滅したそうだぜ?」
「ほんと馬鹿だろ。鮫嵐が発生するってのに構わず行ったんだろ?」
「せめて発生前に、『霧の境界』辺りで様子見してればいいものを」
「小人の言うことも聞かなかったらしいし、残当だな」
予想通り壊滅してしまったらしい。かわいそうな話だけど、仕方ない。これが迷宮なのだ。僕も今日はこんな感じだったから人のこと言えないけど、やっぱこうやって勉強していくしかないのだ。彼らも誰かの教訓となって、活かされることだろう。




