第36階層 リンテさんはつきまとい
この日、僕はとある階層に赴いていた。
いやね、特に用があるわけじゃなかったんだけど、最近よくこの階層に冒険者が集まっているっていう話を聞いたので、野次馬根性丸出しでこうしてひょこひょこ赴いてしまったというわけだ。
僕が異世界に来る理由はレベル上げをするのと、この世界のいろいろを楽しむためだ。
そりゃあ何かあるかもって話を聞いたら行きたくもなるというもの。
というわけで、いまいるここは迷宮深度20【黄壁遺構】の建物の外。この【黄壁遺構】は前の階層である【灰色の無限城】から移動してくる際、一旦外に出てから地下にある遺構の中に侵入するというものになっている。
そのため、外延部というか屋外がある。まあ屋外がないというか屋外にたどり着けない階層なんてついさっきまでいた【灰色の無限城】くらいしかないんだけれど、今日はここの周辺が僕の目的の場所だった。
僕、ここの外側はほとんど未探索なんだけど、遺構の中に入らないで外を探索や冒険をするって人たちもなかなかに多いらしい。
周囲に広がっているのは、見るからに痛そうな枝葉の付いた木々が生い茂る荒涼とした土地だ。茂みも枝も葉っぱも何もかもトゲトゲで、鉄条網かってくらいに殺意が高い。
そこを越えると、なだらかな丘陵地帯が広がっている。迷宮深度7【霧浮く丘陵】をだいぶ穏やかにした環境で、空気が澄んでて過ごしやすい。みんなが思い浮かべる緑広がる高原地帯って感じ。【屎泥の泥浴場】とは真逆の環境だ。ピクニックにピッタリ。ここに来るまである程度の大冒険が必要になるんだけれども、まあ候補の一つには挙がるよね。
そんな場所を気持ちよーく進んでいると、段々と冒険者たちの姿を見かけるようになってくる。みんな同じところを目指しているらしくて、なんていうか登山シーズンの富士山六合目七合目みたいな感じになってきた。人は結構いるようだけど、まだ行列にはなり切れていない感じ。目的地に近づいていくにつれて渋滞してくるあれだ。
「うわ、なにこれ」
そんなこんなで到着した場所には、なんか物凄い光景が広がっていた。
僕がたどり着いたそこは、でっかい木がある丘だ。日立的なこの木なんの木も目じゃないくらいの大きさを誇示している大きな樹木で、僕的にも「でっかいなー」としか感想が浮かばない。語彙力が少なくて大変申し訳ない限りだけどその辺りは高校生ということで寛恕くださるとありがたい。
ともあれ、そんな巨大な樹木の根元に、現在沢山の冒険者たちが群がっているのだ。
でもみんな根元の方に用があるわけじゃなくて、目的は木の上の方にあるらしい。みんな我先にと木に登ろうとしていて、なんていうか見てると地獄の罪人が蜘蛛の糸に群がっている芥川龍之介的な光景と重なってしまうくらいには、わらわらしてるというか死に物狂い感がひしひし伝わってくる。会場はもはやバーゲンセール真っ只中のおばちゃんの圧力の渦に呑まれたワゴン並みと言えよう。あっちは終わったあととか悲惨な状態だろうけど。おばちゃんってマジでパワフル。それだけ現代日本の荒波にも揉まれてるってことなんだろう。
そんな妙な騒動を、僕みたいに遠巻きに眺めていた冒険者に訊ねてみる。
「すみません。あれ最近騒ぎになってますけど、一体どうしたんですか?」
「ん? ああ、なんでも最近、あの実から取れる汁が上等の酒だってことがわかってな。興味のある連中がああしてひっきりなしに集まってるんだよ」
「なるほど。それであんなに殺到してるんですね」
「しかも随分と甘くてうまい酒だっていうんで、酒好き共のほかに怪着族まで参戦してきて、いまじゃ手が付けられねぇんだよ」
「ああ……」
なんというか、納得というか、もうね、こんな風に混沌としているのも頷けるよ。
確かにそんな連中が一斉に群がればそりゃああんな風に死に物狂いにもなるよね。争奪戦だ。血で血で洗う戦争だ。仁義なんて知ったこっちゃないだろう。
でもこの冒険者さんは別にそういった類の人たちと違うみたいで、肩を竦めてやれやれ系主人公になっている。ということは、僕みたいな野次馬的見物人なのだろう。
それはともあれ、やっぱりお酒の魔力って怖いね。未成年の僕には未知のものだし、当分の間は未知のままでかまわないけど、一度好きになってしまうとあんな感じになってしまうのだろうか。気を付けなければならないだろう切実に。
僕はさっきの冒険者さんにお礼を言って、もう少し近付いてみる。やっぱり冒険者たちは昇ってる途中でも争っているらしい。でもやはりこの争いは力が強い怪着族が優勢らしく、上にいるのはモンスターの毛皮を羽織ったり、腰に巻いたりした人たちが多い印象だ。
僕はそれをぼーっと眺めつつ、バッグから取り出した最後までチョコたっぷりなお菓子をむさぼる。
「ポリポリ――あ」
そんな風に異様な光景を眺めていると、そこに見覚えのある姿を見つけた。
というか、見つけてしまった。
「うおぉおおおお! それを寄こせぇええええええ!」
「おいミゲル! 無理しないで降りてこい! こんなとこで怪我したってどうしようもないだろ!」
「そこだよ! やれ、ぶっ飛ばせ! ミゲル! 絶対手に入れなよ!」
「レヴェリーさん! ミゲルさんをあおらないでください!」
「…………」
そう、僕は根本付近にミゲル率いるチーム『赤眼の鷹』の面々がいたのを見つけてしまったのだ。木の中腹ほどで頑張っているミゲルを引き止めようとするランドさんとトリスさん。その一方でレヴェリーさんは声援を送っているといった状況。
これは、うん、まあ、なんというか、酒とかいう名称が話題に出てきた時点で多分に予想できたことだけどさ。まあ、予想通り過ぎて言葉もないよね。ここは今日だけ他人のフリをしておくべきだろう。
「あ、クドーくんだ」
そんな折のこと。ふいに名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だ。
振り向いてみると、そこには群青の髪をショートボブにした少女がいた。
ボーイッシュな美人さんで、男にも女にもモテそうな凛々しいお顔。でも表情はどこか気だるげで、ロックバンドのベーシストってイメージが先行するのは、僕の感覚がおかしいだけか。
背中に背負ってるのが大きなハサミじゃなけりゃ、完璧それだったのかもしれないけど。
いまは騒動なんて我関せずっていう感じで、お菓子をポリポリ齧っている。
もちろん、僕のお知り合いだ。
「あ、どうもリンテさん……って、何食べてるんですか?」
「これ? さあなんだろうね、わかんない。いまクドーくんが食べてたから」
リンテさんはそう言って、気だるげな半眼で最後までチョコたっぷりなお菓子の小袋に目を落とす。
いつの間に僕の手の中からかすめ取ったのかこの人は。いま僕が持っている箱の中の数と、僕が食べた数の計算が合わない。むしろ半分くらい減ってる。ごっそり取られた。
でも、リンテさんは悪気なんて全然ないのか、フランクに話しかけてくる。
「おいしいねこのお菓子。全部くれたら一回タダで雇われてあげるよ」
「タダ? それだとタダじゃないんじゃないですか? 言葉の意味を改めて辞書で引き直しましょうよ」
「細かいことを気にすると毛根死滅するよ? ほら早く出してよ。持ってるの全部取っちゃうよ」
「はいはい」
僕は持っていた最後までチョコたっぷりのお菓子をリンテさんに渡す。
もちろん僕が食べる分ももう一つ用意するわけだけど。
すると、
「よろしい。じゃあこれボクのご利用券」
リンテさんそう言って、肩叩き券みたいな札を押し付けてくる。ボクのご利用券とか言うと(意味深)にしか聞こえない。
「うーん。そこはかとなくエロいアイテムっすね」
「うわー、すぐ下ネタに走るー。サイテー」
「男の子だからそういうのは仕方ないんですよ」
「なに? クドーくんはご無沙汰なの?」
「いえ、ご無沙汰もなにも僕は未経験でー」
「ふうん。色街とか行かないの? お金さえあれば色んな種族の子とヤり放題だよ?」
リンテさんは親指を人差し指と中指の間に挟み込む。そのジェスチャーは異世界でも共通なのか。
「いやー、色街は僕にはハードル高いっす。やっぱり初めては好きな人としたいというのが正直な気持ちでして」
「そんなこと言ってたら使わないまま老人になっちゃうよ?」
「大丈夫ですよだって僕まだ若者ですし! むしろまだ子供の括りですし! そんなのいくらなんでも気が早過ぎますよ!」
「まあそうだけど」
そう、リンテさんの言う通り、ここフリーダには色街はある。というかフリーダの西区画が丸々色街なのだ。冒険者は迷宮に潜って探索、戦闘という危険な仕事をしているため、種を存続させる本能が高まるので性欲バリバリらしい。
僕は恥ずかしくて近付くことすらできないけれど。意気地なしとか言うなし。
「もしクドーくんが十枚貯められたら、ボクが相手してあげるよ」
「それって絶対貯めさせる気ないですよね? 一枚のハードルがどんどん釣り上がっていくヤツ。そうやって僕からお菓子やら何やらを巻き上げようっていう魂胆ですね?」
「バレたか」
ぺろりと舌を出すお茶目なリンテさん。男の子を期待させる嘘を吐くのは罪深い行為だけど、彼女の場合本気じゃないのがわかりやすいからノーギルティ。なんていうか友達と冗談言い合ってるって雰囲気だし。全然そんなんじゃない。
「それで、クドーくんはあれの見物に来たの?」
「ええ。なんかすごいことになってるって聞いたので」
「すごいよね。人のあさましい欲望をまざまざと見せつけられてるってかんじ。醜いよね」
「……その醜い争いの中に知り合いがいるので、罵倒はそこまでにして欲しいです」
「大変だね。あれでしょ『赤眼の鷹』のリーダー」
「あれ? リンテさんミゲルのこと知ってるんですか?」
「そりゃああのチーム有名だしねー。それにときどきボクが雇われるところのチームのリーダーが、彼のこと嫌いらしくてさ」
「ミゲルが嫌われてるって……あーそんなにおかしくないかー」
「彼って女の子寝取ったりとかはしないけど、いろんな女の子に粉かけるからね」
「で、その子を狙ってた人たちに、恨まれると」
「そのチームのリーダーは、仲良くしたい人とホークバッカスのリーダーが仲良くしてるからなのと、性格がクソみたいに陰険だから」
「い、陰険って」
「あれはひどいね。一緒に探索してると吐き気がしてくるくらいクソな性格だよ」
「……じゃあどうして雇われるんですか?」
「お金の払いがいいんだよ。背に腹は代えられないし。我慢して一回二回吐けばいいだけって割り切れば、そこまで苦痛じゃないよ?」
「吐くんですかい……」
それは相当きついんじゃないかと思うけど、本人が割り切ってるなら僕が何か言うことではないか。いやーやっぱり冒険者稼業は地獄だぜ。
「ねぇクドーくん。これどこで売ってるの?」
「僕の住んでるところですよ」
「あー君が転移するところかー」
「そうそう」
…………。
「ちょ!? リンテさんなんで僕が転移してきてるって知ってるんですか!?」
「ん? だってこの前あと尾けたから」
「やだ、もしかしてリンテさん付きまといですか?」
「そう。職業柄、ボクの得意分野だしね。どこで美味しいもの買ってるのか気になってさ」
「つきまといを素直に認めるとか手ごわい……」
「だって変態的な理由じゃないしねー」
リンテさん全然気にした様子もないのほんと手ごわい。ボケとツッコミの塩梅が壊れそう。
「で、一体キミはどこから来てるの?」
「僕が来てるところですか? 違う世界ですよ」
「違う世界って……」
「この世界とは全然違う次元というか時空といいますか……地続きでも海を渡っても行けないまったく別の場所です」
「そんなことあるの?」
「ありますよ。その辺の詳しくは神さまに聞いてください」
「……そういえばキミ神さまに会ってるって言ってたねそんなこと」
リンテさんはそう言いながら、僕のことをぼーっと見つつ、お菓子をポリポリパクパク。
でも僕が異世界から転移して来てるの知ってるのって、ライオン丸先輩にスクレール、あとは師匠とリッキーくらいだ。そういやなんだかんだ付き合いのあるミゲルとかアシュレイさんとかには言ってなかったなぁ。
ともあれ、その辺の話はリンテさんは気にしないのか、またお菓子を一本ポリポリしながら言う。
「ねえねえ。キミのいる世界にあるんなら、こういうの頼んだら買ってきてくれるの?」
「いいですよ? 通貨が違うので大量にとはいきませんけど」
「ちなみにこれ一つでいくら?」
「小銅貨二枚ですね」
僕がそう言うと、リンテさんは変な顔をする。
「……いくらなんでも安過ぎじゃない?」
「これ、僕の世界じゃ子供が買える安価なお菓子なんですよ」
「これが? おかしいね」
「おかしだけに」
「……?」
小首を傾げるリンテさん。
僕の渾身のギャグはわからなかったらしい。だけど仕方ない。韻を踏むタイプのギャグは神さま謎翻訳によって無効化される傾向にあるのだ。サムいギャグ絶対許さない感がすごい。
「なんでもないです。あーでもこっちの世界も、食料の大量生産ができるようになればできるようになるんじゃないですかね。まあ食料事情が、その前にデカい戦争とか起こりそうですけど」
まーそのためには大量の石炭とお水が必要になるだろうけどね。
「君さ、結構平気で怖いこと考えるよね」
「って言いましても、歴史的なお話ですから。人の考えることなんてどこだって基本おんなじですよ。耳長族の友達曰く「人間は愚か。本当に救いがたい」だそうです」
「まったく同意だね。人間種族は好戦的だし」
リンテさん、なんか他人事な感じだ。
「あれ? もしかしてリンテさんって……」
「そうだよ。ボクは腰巻とかマントとか、いろいろ付けてないけど、これでも怪着族なんだ」
「そうだったんですか。でも、種族的にそういうのアリなんです? それじゃ特徴的な判別とかできませんけど」
「別にボクたちは他の種族から判別してもらうためにやってるわけじゃないしね。これはルヴィ様の真似。ボクたちの特徴なんて基本的に力が強いのとお腹すきやすいことだけだし。種族の名前だって便宜上のもの? らしいし」
「ほえー。そうだったんですか」
「そうそう。もともと怪着族はルヴィ様が、アメイシス様とオーニキス様が生み出した人間種族を真似て、そこから生み出したものだから。他の種族と違ってそんなに外見的な違いはないんだってさ」
「僕もその辺不思議だなって思ってましたけど、そういうことだったんだ」
「獣頭族はトーパーズ様が動物を取り入れて生み出した種族で、ジェイド様は獣頭族を真似て尻尾族を生み出したんだって。耳長族は人間種族や怪着族のいいとこ取りみたいだよ?」
「勉強になります」
なんか、図らずも種族の事情っていうものを知ることになった。
でも、なんかその辺、いろいろ性格が出てそうな気がするなぁ。トーパーズ様もどこかの事務所に出入りしてそうなアロハのいかついお兄さんだったし。他の神さまたちってどんなのなんだろ。異世界ド・メルタ神さま一家みたいな頭にヤの付く自由業的な感じではあって欲しくはないけど。
「それで、リンテさんは今日どうしてここに?」
「どうしてって、そんなの決まってるじゃん」
「……あ、もしかしてリンテさんもあれなんですか?」
そう言って、でっかい木の上を指さすと、リンテさんは頷いた。
「うん。ボクも気になってたからね」
「やっぱ甘いもの大好きなんですね」
「そうだよ。だからクドー君の持ってるお菓子を奪い取ってるわけだし」
「そっか。ですよねー」
僕は視線を手元に落とす。
もう一つ出していた最後までチョコたっぷりなお菓子は、いつの間にか全部なくなっていて、代わりにリンテさんの言っていた「ボクのご利用権」が一枚増えていた。怪着族恐るべしである。
「じゃ、ちょっと行ってくるよ」
「え?」
リンテさんはそう言い残して、ぴょいぴょいと飛び跳ねながら行ってしまった。
人の背中を踏み台にしながらだ。周りにものすごく恨み買いそう。見ていてハラハラする。
でも本人は至って普通に軽快に、あっという間に枝のある方までたどり着いてしまった。
「うわー、リンテさんってすっごい身っ軽ー」
僕からはそんな感想しか浮かばない
リンテさんが太い枝の上で、おっきなハサミを使ってチョキチョキしていのを見ると、なんか樹木の剪定をしている林業の人たちが連想される。あれって恐ろしく危険なお仕事らしい。いま見てるのも高所作業だから、なんかいろいろヒュンッとする。
リンテさんは果実をいくつかゲットすると、また他の冒険者たちの背中を使って降りてくる。
それを見ていた他の冒険者たちは、一斉にぽかんとした表情だ。
「ただいま」
「お、お帰りなさい。収穫は?」
「四個くらい? 取り過ぎると恨み買うし、これくらいがいいんじゃない?」
「いやもう踏み台にしてる時点で恨みは大売り出しだったんじゃ」
「大丈夫大丈夫」
リンテさんはそう言って、僕に果実を見せてくれる。
この木の果実、なんか見た目はすんごくリンゴっぽい。ただ色合いが特徴的というか、独創的で、めっちゃカラフルでグラデーションなものだった。誰かが食べたことあるとか、美味しいとか言ってなきゃ、口に入れるの躊躇するくらいにはすごい色み。
すると、リンテさんはそれを差し出すようにして。
「一つあげるよ。この前のまーぼーなんとかのお礼」
「あれ? あのときのはお菓子で手を打ったじゃないですか。あ、もしかして受け取ったらその時点で料金が発生する料金後払い詐欺的なあれです?」
「……キミはボクをなんだと思ってるのさ」
「もちろんお金にがめつい守銭奴的な性格の人だったのかと」
「ひどい言い草だね。おおむねあってるけどさ」
「合ってるんですかい……」
僕が冗談を素直に認めたリンテさんに呆れていると、彼女は真面目な顔で言う。
「お金は大事だよ? それに、そうやってきちんと線引きしておかないで情に流される生活してると、余計なしがらみやらトラブルも増えるしね。やりたくないのに、断れないってよくあるでしょ?」
「あるある。身に染みます」
「特にクドー君は気を付けた方がいいね。そうでなくてもキミはお人よしなんだから」
「僕はそこまでお人よしだとは思ってないんですけど」
「キミその辺の鈍いんだね」
「……ですかね」
そうなのだろうか。別に僕だって好んで人助け活動とかしてるわけじゃないのに。基本「ついで」で助けるくらいだし、積極的に助けに行ったのもこの前アシュレイさんから頼まれたからだ。
「じゃ、はい」
「ありがとうございます……なんですけど僕お酒の方はちょっとでして」
「へえ、苦手なんだ。でも酒精の成分があるのは熟してないヤツだけらしいから大丈夫でしょ。こっちは熟してるヤツだからただの甘い果実だよ」
「あ、そうなんですね。なら一つ」
リンテさんから果実を受け取って、表面を布で磨いてかぶりつく。
口の中にじゅわっと果汁が広がる。うまい。久しぶりに迷宮で新しい美味に出会えた。
「これ甘くておいしいですね」
「そうだね。これなら絞ってジュースを作りたいかな」
「いいですねそれ」
リンテさんとそんな話をしていると、周りからガン見されてることに気付いた。
僕たちが、この果実を食べていたからだろう。
でもリンテさんに周りのことを気にしている様子はない。
ただひたすらマイペースに果実をパクパク。
「でもクドー君の持ってきたお菓子の方が好みかな」
「それは……たくさんの人たちが頭をひねって頑張って作ったものですので」
現代のお菓子はメーカーの人たちが、舌の肥えた現代の人たちにおいしいと思ってもらえるよう試行錯誤して作ったものなのだ。いくら異世界の食材が品種改良しなくても美味しいとはいえ、敵うかと言えばいい切れない。
特にチョコレートや生クリームはヤバいと思われるというかチョコはかなりヤバい部類に入る。この前から双子ちゃんに会うたびにチョコ売ってくれの催促がそれはもう激しいのだ。まだスクレールのショウユウー教の方が大人しいまである。
そんなこんなで野次馬も終わり、リンテさんとの別れ際、
「ねえ、いつ頃このお菓子買って来れるかな?」
「え? はい、明日またフリーダに来ると思うので、明日の夕方くらいには」
「わかった。明日ね。食堂で待ってるから」
そう言ってリンテさんとは別れた。やはり怪着族、甘いお菓子には目がないというかご執心らしい。最後までチョコたっぷりなお菓子もすぐになくなったけど、例の果実も光の速さでなくなったもの。
……うん。明日約束すっぽかそうものならどうなるか知れたもんじゃないねこれ。




