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第33階層 階層によっては救助作業も一苦労でして……そのご

【登場人物】


 イーシャリア・スヴェンソン……一番受付嬢。もと冒険者(ダイバー)で、受付嬢たちの取りまとめ役。当時の異名は【黒葉旋(イヴーノワール)】。見た目は黒髪長髪で片目隠れ。かっこいいお姉さま。


 ライラック・ミューザー……三番受付嬢。怪着族でもと冒険者(ダイバー)。見た目は黒ギャル風で、雰囲気もユルそう。異名は【ぶっ壊し屋(ザ・デモリッション)】。デコりまくった大きな金棒を持ち歩いている。





 ――というわけで、遭難者が見つかりました。



 僕たちは『溶解屍獣(ポイズンキマイラゾンビ)』をてんやわんやになりながら倒したそのあとのこと。その先にある丘陵地帯を捜索していると、崖の下で身動きが取れなくなっていた救助対象を発見した。



 ……うん。もうなんていうか山で遭難するケースでよくあるようなシチュエーションだよねこれ。滑落して骨折して谷で動けなくなったとか、頂上を目指せないから谷を下りたらにっちもさちも行かなくなったとか、よくあるやつだ。あとでインターネットに晒されてボコボコのボコにされたり、山岳遭難系の解説動画にされたりする案件である。



 というわけで、上から引っ張り上げて救出という運びになった。こっちには筋肉荷運び役(マッスルポーター)の方々いるからこの辺に関しては何の心配も要らない。ファイト〇発的な掛け声もいらず、楽に助け出すことができた。



「筋肉万歳!」


「俺の筋肉は魔法だ!」


「ちょっと何言っているかわかんないですね」



 筋肉荷運び役(マッスルポーター)さんのツッコミどころ満載なセリフに、ついついマジレスしてしまう僕。いまのセリフは「俺の胃袋は宇宙だ」的な国民的アイドルのフードファイタードラマのアレなのか。


 前情報の通り、遭難者は男性の冒険者(ダイバー)だった。

 なんていうか初心者丸出しな感じの装備で、心許ないというよりむしろ恐怖を覚えるレベル。諸兄はスーツと革靴で南アルプスに挑戦した愚か者のことを思い浮かべてくれれば、その不用意さがどれほどのものかわかるだろう。これはあれだ。他の仲間の冒険者の力に頼りまくってここに来たんだろうねこの人。そうじゃなかったら途中の階層でフツーにお亡くなりになってそう。レベルも低そうだし。



 っていうかこの男性冒険者(ダイバー)なんかすごく気持ち悪そうだ。

 いやずっとここにいればそうなるだろうね。現在進行形で僕もそうだし。

 まあ僕はそれを見かねて、男性冒険者(ダイバー)ポーションを渡した。



「はい。これ全部飲んで」


「す、すまない……」



 男性冒険者(ダイバー)は僕謹製のポーションを飲み干すと、突然僕たちに向かって叫び出した。



「お前ら来るのが遅いんだよ!」


「は……?」


「は? じゃない! この程度の場所に来るのに、どうしてこんなに時間がかかるんだ!? 俺は高ランク冒険者(ダイバー)に迅速に救出しに来いと伝えろと言ったんだぞ!」



 うわぁ……最初に詫びを入れたから殊勝な感じかと思ったら、元気になった途端これだよ。っていうか僕が予想していた内容と全く同じだ。B級映画準拠の奴ね。これは僕たちに責任被せるぞーって流れになりそうだわ結構ガチ目に。事前に大怪獣を倒してなかったら、これから突然出現して真っ先に食われるタイプだ。



 ……っていうかこの人、さっきからノンストップでぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん喚いている。「俺のファミリーネームは……」だとか「俺の叔父の力は……」だとか。言うこと全部自分の力じゃないってのがある意味悲哀を誘う部分ではあるんだけれど。



「わかっているのか!? 俺は都市議会議員の甥だぞ!? 俺がいなくなったら。どれほどの損害かわかっているのか!?」



 ほえーすごいね。自分が偉いわけでもないのに、よくそこまで自分の価値を高く見積もれるよ。きっと脳内物差し物凄くちっちゃいんだろうねこの人。なんだかすんごいかわいそう。腹立つのもそうだけど、残念な生き物感がハンパない。



 ともあれ、お礼の言葉じゃなくて、暴言を吐かれた皆さんはと言えば、もちろんこうなるわけで。



「何コイツ? 自分が助けられたってこと自覚してないの? 頭おかしんじゃない?」


「お姉ちゃん。とりあえず呪っちゃおっか? 結構長期的な感じで」


「そうだね。事故のフリしてやっちゃおっか」


「ちょ、ちょっと二人とも! ダメだよそんなことしちゃ!」


「……焼いとくか」


「そうだな。それが一番いい。表面くらい炙っても許されるだろ」


「ぶらすとふぁいやーの掛け声はいつでも準備万端だぜ?」



 暴発組の面々が、物騒なことを言い始める。

 っていうかみんなこんなところに救助というあり得ない名目で来させられて、なんだかんだ長居してるうえ、この階層の『三大嫌われモンスター』全部と戦ったんだもん。そりゃイライラも頂点だよ。もう爆発寸前だ。この空気読めない男性冒険者(ダイバー)があと一言でもなにか言ったら、フクロにされることはもう火を見るよりも明らかだろう。というかもう、『ぶらすとふぁいやー』の人たちの手のひららへんにすでに火が見えてるし。双子ちゃんなんか冷や水やらやべー呪いやらを浴びせるべく、腰に提げてた頭蓋骨を被ってカ〇カラとかガ〇ガラとかのスタイルになって、ブツブツ軽く詠唱始めてるし。クディット君がそれを一生懸命止めようとしているし。すでにみんなキレてるガチで。僕なんか巻き込まれを考慮してなるべく距離を取りたい切実に。



「人間は愚か。本当に救いがたい」


「いや他にも人間種族いるんだからその物言いは良くないって」


「これが縮図」


「ひどい」



 北極の氷よりも冷ややかな目で辛辣なことを言うスクレールさん。

 まあ気持ちはわかるし、僕もこの人限定なら愚かと言いたい。



「さすがにこれは俺の頭の輝きも曇る」


「これはいい子にできるようにしてあげる必要があるかしら……」



 一方で妙なことを口走り出す年長組の濃ゆい二人。ハーゲントさんは口をへの字に曲げ、エリーナさんは困ったように頬に手を当てる。どうして誰も二人の発言に突っ込まないのだろう。やっぱりこれが普通だからなんだろうか。やっぱり長年迷宮に潜ってるせいでSAN値が下がって不定の狂気を宿してしまっているんだろうか。僕も気を付けよう。定期的にウサギのたまり場に行って回復しなければ。家に帰ったときには廃人になってましたじゃシャレになんない。失踪エンドでキャラクターロストははっきり言ってご勘弁である。



 ともあれ、このままではマズいので、僕が代表して声を掛けた。



「ねえねえ」


「なんだお前は!」


「僕はいまポーションあげた者です。どうも」


「ふん! まあその辺の木っ端冒険者(ダイバー)にしてはよくやったと言っておこう。だが、だからといって調子に乗るな――」



 なんか突然説教してくるとか超ウザいんですけど。

 僕は温厚で優しい人間を自負してるけど、滅茶苦茶この人キックしたい。



「痛っ! 痛いっ! お前、なにっ、ぷげっ!?」


「あ、ゴメン! なんか足がひとりでに……」


「ひとりでに足がうごくわけあるかっ! ぷげっ! うごっ!」



 ヤバいヤバい。僕いま無意識のうちにキックを繰り出してた。否、現在進行形でげしげしキックかましてます。あれれー? おかしいぞー? どうしたのかなー?



「こ、この俺をっ、足蹴にっ、ごはっ!? 痛いっ! お前ひょろっとしてるくせになんて威力の蹴りをっ!? ごぴゃっ!?」



 僕はひとしきり男性冒険者(ダイバー)にキックをしたあと、そのまま地面に押さえつけるように顔面をしっかりと踏みつける。もちろん男性冒険者(ダイバー)は「うー! うー!」と言って、悶えるばかりだ。



 よし、ここはさらに変なことになる前に対処しとこう。



「ねーむれー、ねーむれー、ねーむってだまれー」



 僕はおかしな替え歌を歌いながら相手を眠らせる汎用魔術を掛けた。

 すると、男性冒険者(ダイバー)は一瞬で眠りこけてしまった。

 これで一安心だ。



「はいはいめんどくさいめんどくさい。助けに来たのにケンカ腰ってどうなってるのこの人。さすが上級国民だよ。ぼくたちにはできないことを平気でやってのけるその精神恐れ入りますわー。はー」


「だからって問答無用で蹴り付けて眠らせるのもどうなんだ……」


「いやまあ、判断としては悪くないだろうけど」


「スカっとしたから問題なし。むしろアキラの行動が正解」


「そうそう、アキラくんやるじゃん!」


「アタシも呪いかけたかったなー」



 最後とてつもなく怖いことを言ったのは双子ちゃんの妹の方。一時的に物騒な攻撃は大丈夫かもだけど、呪いとか継続的に物騒なのはNG。マジひどいことになりかねないからヤバい。



 ハーゲントさんが心配そうに声を掛けてくる。あ、僕にね?



「だが大丈夫なのか? 相手は都市議会議員の関係者だぞ?」


「僕ですか? 僕は大丈夫ですよ? 逃げたり頼りにさせてもらえる人たちがそこそこいますから」



 そう、何かあったら僕の世界に逃げちゃえばいいし、そうじゃなくてもライオン丸先輩とかに頼るという手立てもある。あと最悪は神さまだ。なんてったってアメイシスのおじさんは会いに行けるアイドルならぬ、会いに行ける神さまなのだ。直でお願いに行けるのである。あんまり迷惑になることはやりたくないけどね。大人に頼れるのは子供の特権である。


 他の人がこんなことやるとそのあと大変だろうけど、僕はどうにかなるのでここは僕がやるべきなのだ。



「それで、これ、どうする?」


「簀巻きにして持っていけばいいと思います。まる」



 僕はディメンジョンバッグに入れてあった(むしろ)を出して、男性冒険者(ダイバー)をぐるぐる巻きにした。扱いがひどいって? そんなの知らんよ。そもそも助けに来た人間への扱いもひどいんだから、こんなん因果おーほーである。



 すると、筋肉荷運び役(マッスルポーター)さんたちが前に出てきて。



「よし、これを運べばいいんだな?」


「よろしくお願いしまーす」


「おう。筋肉に乗ったつもりで任せろ」


「うむ。筋肉万歳!」



 筋肉院運び(マッスルポーター)さんたちは、やはりマッスルなポーズをキメている。暑苦しい。これってやっぱり儀式なのか様式美なのか。それとも太陽万歳的ななにかなのか。

 ちな筋肉に乗るってやっぱおんぶとか肩車なのかな。確かに楽はできそうだよね。



 ともあれそんなこんなで、僕たち探索組は拠点居残り組と合流し、階層入り口付近にたどり着いた。

 やっとこの階層からおさらばできる。いやー長かった長かった。



 ふと、出発前に突っかかってきた青年冒険者(ダイバー)が声を掛けてきた。



「今日はお疲れだったな。身体の方は大丈夫そうか?」


「お疲れ様。僕はまだ最悪だね。死にそうだよ」


「……そ、そうか。戻ったらゆっくり休んでくれ」


「そうするよ。はー気持ち悪い。早く【大烈風の荒野】の風を浴びたいよ」



 そんな妙なテンションの会話をしていると、彼は切り出し難そうに声を掛けてくる。



「あのさ」


「ん?」


「……いや、出る前は悪かったなって」


「ああ、あれ? 気にしないでよ。僕もほら、ランキングあれだしさ」


「ほんとそれ。ややこしい話は全部アキラのせい」



 横にいたスクレール先生から的確な突っ込みが入りました。確かにその通りなのでぐうの音も出ない。



「なんでランキングを上げないんだ?」


「ランキングの試験の時間が合わないし、めんどくさいんだよ」


「えぇ……」



 僕にとっては切実な理由だけど、彼らにとっては妙な理由なのだろう。困惑している。



「でも、ランクを上げるといろいろプラスになるぜ? もっと稼げるしさ」


「迷宮に潜る理由なんて人それぞれだからさ。僕は無理に稼がなくてもいい生活をしてるから。大丈夫大丈夫。上手くやってるから。心配してくれてありがとう」


「お、おう……」



 青年冒険者(ダイバー)が微妙そうな返答をしていると、スクレール先輩が呆れ声を掛けてくる。



「アキラはそれで迷惑を被っている人がいるのを知るべき。主にアシュレイが」


「仕方ないよ。アシュレイさんは僕の自由のために尊い犠牲となってもらうしかない。悲しいことだけどね」


「ひどい」


「スクレ、現実は厳しいんだよ」



 会話はそれで決着する。僕もスクレもそれほどアシュレイさんのことを心配していないのが、ちょっと薄情なところではあるんだけど。青年冒険者(ダイバー)は目をパチクリするばかり。



 ともあれ、そんなしょうもない話したあと。



「これで一応保護は成功だな」


「そうねえ。いろいろと大変ではあったけど、結果は上々ってところかしら」


「それで、このあとは? すぐに戻るのか?」


「いや、みんな余力はあるだろうが、念を入れて臨時拠点で少し休憩してから帰還だ」



 そんなこんなで、僕たちは冒険者(ダイバーズ)ギルドへ帰ることとなった。




   ●




 冒険者(ダイバーズ)ギルド正面ホール受付前には、今回救助隊の手配を行った受付嬢たちが集まっていた。

 さながら円陣でも組むかのように輪になって立っており、その中心には冒険者が数人。

 辺りは剣呑な雰囲気に包まれており、見ようによってはこれから弾劾裁判でも始まるかのような勢いだった。



 真ん中にいる冒険者たちは当然、今回救助対象となった男の仲間たちに他ならない。

 そんな中、冒険者の一人が不安そうに切り出す。



「救助隊は無事に助け出せるでしょうか……」


「さあ、どうかしらね。たどり着いたときには死んでるって可能性の方が高いんじゃないかしら?」



 受付嬢の一人、アシュレイ・ポニーが素っ気なく言うと、隣の窓口で化粧直しをしていたマーヤが気まずそうな視線を向ける。



「アシュリー。さすがにそれはちょっとドライ過ぎじゃない? もっと優しい言葉かけてあげたら?」


「私は保証もないのに勇気づけるなんて無責任なことしたくないの。そんなやさしさ、私は嫌よ?」


「相変わらず仕事は厳しいわね」



 マーヤは同僚の発言に苦笑し、肩をすくめる。



 一方で、円陣の中で一際威厳のあるオーラを放つ女性が、アシュレイの発言に同意するかのようにうんうんと頷く。長い黒髪を持ち片目が隠れた、鋭さを感じさせる女。



 受付嬢たちの代表格である、一番受付の受付嬢イーシャリアだ。



「だが、受付嬢はそれくらいでなければな。厳しさも優しさの内だ」


「それは私もわかってますけど。これはさすがにイジめてるみたいでちょっとねー」


「いじめてるってマーヤ、人聞き悪いわ」


「よく言うわ。アシュリーいま自分がどんな顔してるかわかってる? すごく怖いわ。鏡見る?」



 マーヤはそう言うと、アシュレイに持っていた手鏡を見せる。

 アシュレイはそれを一瞥すると、すぐに視線をもとの位置に戻した。



 ――久々に苛立っているわね。



 マーヤはそんなことを考えつつ、また化粧直しに精を出す。



「まあ、それぞれ冒険者を思いやっていればいい」


「あーしはその辺よくわかんないけど。下手なこと言うのは調子に乗らせるだけだしー、キビしくするのはあーしも同意ー」



 一番受付に追随したのは、同じく円陣を構成する怪着族の女性だった。細い木の棒に付いたアメを口に含めて、ちゅぱちゅぱ舐めている。背中には過度にデコられた大きな金棒が一振り。三番窓口の受付嬢ライラックだ。



 冒険者が項垂れる。



「やっぱりダメなのか……」


「期待しないでおきなさいって話よ」



 アシュレイの返答は先ほどに比べ多少は優しかったが、それでもトゲは隠し切れない。



「まあ、これくらいは覚えておきなさい。助けに行ってくれる冒険者(ダイバー)だって無事じゃすまないかもしれないんだから」



「そうね。いくら実績があるって言っても、不慮の事態は絶対起こるし、今回は場所が場所だからね。救助の人員も何人かは無事で戻ってこないかも」



「そ、それは……」



 冒険者(ダイバー)たちは申し訳ないのか、顔を青くしている。



「それだけ、あなたたちの見積もり(プラン)が甘かったってことよ」


「…………」


「はぁ。本当にみんな大丈夫かしら……」


「場所が場所だからなぁ。どうなるだろうね?」


「【屎泥の泥浴場】はキツイ。あんなとこ、二度と行きたくない。てきなー」



 心配そうにする他の受付嬢たちに、アシュレイが声を掛ける。



「一応、こっちで大きな保険はかけておいたから大丈夫だとは思うけど」


「うん? アシュレイ、そうなのかい?」


「ええ。ドラケリオンさんもシーカー先生も認める凄腕よ」


「えー? そんな冒険者(ダイバー)、あの中にいたかなー?」


「あー、なるほどねー。なるほどー。あの子かー」


「この前の、ゆるゆるふわふわ、てきなー?」



 アシュレイやマーヤ、ネム、そして一番受付嬢(イーシャリア)以外の受付嬢たちは、不思議そうに首を傾げている。



 そんな矢先のことだった。



 迷宮の出入り口から、冒険者(ダイバー)の一団が現れる。

 それは、救助から戻った晶たちだった。



 ハーゲントがイーシャリアの前に歩み出て、声を掛ける。



「戻ったぞ」


「ああ、よく戻って来てくれたな。みなの無事の帰還を祝福しよう」



 追って他の受付嬢たちも歓声を上げる。



「お疲れー!」


「どうやら無事なかんじだね」


「戻ってきた。ヤバい階層から冒険者(ダイバー)たちが戻ってきた」



 そんな中、マーヤが全員を見回して目を丸くする。



「えっと……もしかしてみんな怪我無く帰還した?」


「うわ、ちょっとマジ? 救助隊一人も欠けてないじゃん。一体どうなってるのコレ? しかもみんな元気ってウソ? え? ほんとにマジで【屎泥の泥浴場】に行ってたの?」



 マーヤと同じく、ギャル風の三番受付嬢(ライラック)が困惑を見せている。

 そう【屎泥の泥浴場】に行けば、かなりの確率で人員が欠けるし、少なくとも誰かしらは怪我や病気を免れない。そういった者たちを多く見てきた受付嬢がこうして驚くのも当然のことである。

 イーシャリアがメンバーの様子を見つつ訊ねた。



「ハーゲント殿。みな大丈夫なのか?」


「まったく問題ない。受付嬢みんなでメンバーをうまく見繕ってくれたおかげだ」


「要救助者は?」


「……そちらもだ」



 その返答は、どこか煮え切らないというか、答えにくそうだった。



 ハーゲントは晶に視線を送る。

 その晶と言えば、筋肉荷運び役(マッスルポーター)の一人におんぶされていた。

 口を手で押さえながら。目がぐるぐるしており、いまにも吐き戻しそう。



「クドー君」


「アシュレイさん。ぼ、僕はもうダメです……ほ、骨は拾っておいてください」


「あなた相変わらずあそこに行ったあとは気持ち悪そうね」


「当たり前ですよ! っていうかなんでみんな平気なのかほんと不思議ですよ! みんな肝臓機能強すぎ!」



 晶は調子悪そうなのはどこへ行ったかと言うように、ぎゃあぎゃあ騒ぐ。気分の悪さよりも、愚痴や文句が勝ったためだ。


 ともあれ、救助対象の冒険者(ダイバー)は、荷運び役(ポーター)に担がれていた。

 どさっと適当に下ろされる。



「そっちが?」


「ええ。回復魔法とか解毒魔法とかポーションとかで適当に応急処置はしときましたので、なんとか大丈夫だとは思いますよ?」


「クドーくん、ちなみになんで(むしろ)でぐるぐる巻きなの?」


「あ、これですね。来るのが遅いとか言い出してトラブル起こしかけたから、キックして魔法かけて眠らせて簀巻(すま)きにしましたー」


「救助しに来てもらったのにそれってどうなの……」


「知りません。思考回路に問題があったんでしょ」



 そんな話を聞いた仲間の冒険者たちは、気まずそうにしている。救助隊のメンバー全員に声をかkる。「すまん」「ありがとう」と申し訳なさそうにしていた。



「あと、これもお願いねー」



 エリーナが虚空ディメンジョンバッグを開けて、荷物を取り出す。

 机の上にごとりと、今回の冒険の副産物とでも言うべきものが置かれた。



「これは今回の戦利品だ。納めてくれ」


「大漁よ? こんなのそうそうないんじゃないかしらね?」



 そこに置かれたのは、モンスターの素材に加え、各種核石。『溶解屍獣(ポイズンキマイラゾンビ)』、『松露怪獣(マタンゴン)』、『腫瘤魔獣(ガングリオン)』、【屎泥の泥浴場】の最悪モンスターたちの核石フルコースもあった。



 それらを見たせいで、さすがに受付嬢たちも絶句している。



「……結局全部と戦ったのか」


「……ああ。まさかこんなことになるとか思わなかった。まあみな無事で帰れたからな。結果は上々というところだろう」


「これ上々なんてレベル? 超高ランクチームの業績だし……」


「すごいね。ぼくもこんなの久しぶりに見たよ」



 受付嬢たちが驚く中、双子のアリアとレリアがぴょんぴょん跳ねる。



「受付さん受付さん! 予想外の強敵を倒したからその分、報酬とか追加して! あと評価の方も」


「そうそうそうそう! その辺、考慮して!」


「ふ、二人とも、別に僕たちだけで倒したわけじゃないんだからさ!」


「りーだー! ダメだよこういうときこそぶっこまないと!」


「そうそう! 遠慮なんてしてたら評価なんて上がらないんだよー!」


「いやでもさ」


「わかったし。その辺きちんとするから心配するなし」



 受付嬢もその苦労は知っているだろう。三番受付嬢(ライラック)が親指を立て、サムズアップを見せる。そんな姿に、クディットは申し訳なさそうに頭を下げた。



 その一方で、アシュレイはと言うと。



「ねえクドーくんクドーくん。『溶解屍獣(ポイズンキマイラゾンビ)』はどうやって倒したの?」


「なんかメジャーなやり方らしいですよ? 防壁作って、その繰り返しです」


「そうね。ちなみに、あなたが、一人で、倒して来るときは、いつもどうしてるのかしら? お姉さん気になるわー!」



 アシュレイは部分部分を強調して、聞こえよがしに声を張り上げている。



「ちょ、アシュレイさん!? 声が大きい!」


「大きくしてるのよ。わざとね」


「それ個人情報の漏洩! プライバシーの侵害だぁあああああああ!」



 晶とアシュレイがぎゃあぎゃあ言っている中、他のメンバーがどこか悟りきった様子で話し始める。



「あー、やっぱりあれ一人でどうにかできるんだー」


「なるほど。それならこれだけの実力も付くか」


「さすがだ。俺たちもさらなる火力を目指して頑張らなければ」


「アキラはおかしい」



 一人だけ寸評は辛辣だが、間違っていないので晶も強く否定できない。

 ともあれ、冒険者たちが救助対象を引き取っていき、ミッションはこれで完了。

 その後のもろもろの手続きはすぐ済んで、解散の運びとなった。



 筋肉荷運び役(マッスルポーター)の背中から降りた晶は一度伸びをして、スクレールに声を掛ける。



「なんか今日は救助で潰れちゃったね」


「仕方ない。でもその分報酬は約束された」


「まあ、そうなんだろうけどね。はー、でも疲れたよ。ちょっと食堂で休もっか?」


「なら臨時収入を使う。気分が良くなったら上の階のレストランに食べに行く」


「それもいいね。ちょっとお高いの食べちゃおう」


「ステーキがいい。わくわく」



 お高い物を食べようという晶の提案に、スクレールは目を輝かせる。

 彼女は相変わらずおいしいものに目がない。いまにも口の端から涎が垂れてきそうである。



 一方で『ユルい集い』の面々もそれを聞いていたようで。



「よし。俺たちもレストランに行くか」


「さんせー!」


「メシだメシだ!」


「俺実はお腹ぺこぺこでさ」


「お前は道中ずっと何か食べてただろうが……」



 すると、一番受付の受付嬢イーシャリアが切り出す。



「それなら食事代はギルドで出そう。みんな行ってくるといい」


「マジで? やった!」


「お肉お肉お肉!」


「おいしいおにくが食べられる!」


「あらあら、お肉だけじゃダメよ? お野菜もきちんと摂らないと大きくなれないわ」



 お高い肉をタダで食べられることになり、興奮しきりのアリアとレリア。そんな二人にエリーナがまるでお母さんの言いそうなことを口にする。



 そんな中、イーシャリアがエレベーターに向かう。これからギルド長に交渉してくれるのだろう。



 そんな太っ腹なところを見た晶は、乗っかることにした。



「よし、ちょっと調味料を準備してくるよ」


「アキラアキラ! それならショウユウーと胡椒とにんにくをいっぱい!」


「マスタードとわさびもね。急いで仕入れてくるから待ってて」



 晶はもうひと踏ん張りという様子で、冒険者ギルドの外へと駆け出していく。

 もちろん向かう先は現代日本だ。



 ……晶が場から離れてすぐ、他のメンバーが今回の潜行の感想を言い合う。



「いや、さすがは小人だ」


「いやーほんと楽だったよ。サポートは完の璧だぜ? 【屎泥の泥浴場】があんなに快適だったなんて初めてだよ」


「クドーくんはまだ気持ち悪そうにしてたけどな」


「環境が合わないんだろ。モンスターとの戦闘は普通にこなしてたし、」


「でも、浄化のポーションとか言ってたか、あれ? あれ欲しいなぁ。ゲールさんの店に卸してくれないかなぁ。ハーブの香り袋使うよりも、体調悪くならないし。突発的に『屎泥の泥浴場』の素材が必要になったときとか」


「おいおいそれこそ争奪戦が始まるぞ?」


「絶対三大チームが買い占めちゃうでしょうねぇ。『内臓洞窟』まで消耗も少なく通れるようになるもの」


「むしろ卸さないでくれまであるぞ。ポーションマイスターの資格持ちだから、個人で買うことができる。まあ、その辺は小人の匙加減だろうが」


「アキラくんならお金とタイミングさえあれば売ってくれそうだよね。無理強いはできないけど」


「ほんとどこでも欲しがる人材なのに、どうしてソロに拘ってるんだろ?」



 ……濃い面々が、そんな話をしていたとかしてなかったとか。



放課後の迷宮冒険者の第二巻が10月20日に発売します!

加筆もありますので、どうかよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] >「当たり前ですよ! っていうかなんでみんな平気なのかほんと不思議ですよ! みんな肝臓機能強すぎ!」 クドーくん、そのうち、深酒した時などに飲まれる、肝機能を強化するドリンク剤を混ぜたポー…
[気になる点]  記述ミス。  そんな話を聞いた仲間の冒険者たちは、気まずそうにしている。救助隊のメンバー全員に声をかkる。「すまん」「ありがとう」と申し訳なさそうにしていた。
[良い点] ああ…守秘義務が…
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