女の戦い Final
何とか連続投稿できました。気長に見てもらえると嬉しいです。
感想をくださった方、誤字訂正をいただいた方、忘れないでいてくださってありがとうございます。
夜会の時間が来た。セシリアはジルベスターから送られた美しいプリンセスラインのドレスを身にまとい、椅子に浅く腰掛け、しゃらりと腕に付けたジルベスターとそろいの腕輪をなでた。
(今日隣国はどんな罠を仕掛け、どんな方法でリンダブルクは回避しようとしているのか。)
影の情報とセシリア自身の考えを合わせてみるに、隣国はおそらくジルベスターのことを前国王と同じように色を好むと思っている。影の情報によれば、ジルベスターは現在、セシリアがいるために表立ってほかの女に手を出せないことになっているようだ。もともと国に居付かない生活をしていたため、ジルベスターに関する情報が少ないのだろう。前国王をモデルにジルベスターを推察しているようだ。
(実際には手あたり次第女性を手籠めにするような方ではないんだけれど。)
とにかくあちらの公爵令嬢がどのような手にでてくるかはわからないため、その時にできることをするだけだ、と気合を入れなおし、侍女が用意してくれたすっきりとした飲み口のハーブティーを口に含んだ。
トントン「セシリア!」
ノックと同時に部屋に入ってくるのはマナー違反ではないのだろうか。リンダブルクにきて何度も心の中で入れた突っ込みを今日も律儀に心の中で入れつつ、セシリアはジルベスターの方を向いた。
「殿下もおかけになりませんか。」
そういうとジルベスターにソファを勧めたが、ジルベスターはセシリアを見るなり、彼女のそばでひざまずいた。
「セシリア、今日もとてもきれいだ。」
心の底から出るたような深い声と熱っぽい瞳でセシリアを見つめ、そっと手を取ってそこにキスをした。
今日の装いもジルベスターの色彩を盛り込んだものだが、銀色のセシリアの髪のようにきらめく銀色の布が多く使われ、刺繍や縫い付けられた宝石に主にジルベスターの色があしらわれている。
ジルベスターは満足げにセシリアに微笑むと、髪を崩さないように小さく彼女の髪にキスを落とした。
「セシリア、今夜中にすべて決着をつける予定だ。もちろん戦争になったりしないように秘密裏にすべてが収まるように打ち合わせ済みだ。だから安心していてほしい。私のそばから離れてはいけないよ。私がいないときはイェルクかマルクがそばにいるから。それと、今日夜会で出される飲み物や食べ物には手を付けないでほしい。マルクが安全な飲み物を持ってくることになっているから。マルクから受け取るものだけ口にしてくれ。食事は後で用意させるから。」
それはセシリアを毒物などで排除する動きがあるということなのだろうか。聞いても教えてくれなそうだったので、「はい」とだけ返事をした。
そこで侍従から声がかかり、2人は大広間へと移動した。
2人が広間に入ったあと、王太后が入場し、ジルベスターの開会宣言によってつつがなく夜会が始まった。ファーストダンスが終わると、早速マリアンナ王女とアデリーナ公爵令嬢があいさつにやってくる。今日は使者たちをもてなすための夜会なので、適当に話を切り上げることはできない。セシリアは優雅な笑みでジルベスターとともに2人を迎えた。
「この度の滞在はいかがでしたか?マリアンナ殿下。」
「はい。初めての知見が多く、とても勉強になりました。」
「そうですか。それはよかった。次はぜひ、私たちの婚儀においでください。」
ジルベスターは笑顔を見せると、セシリアの腰を自分の方によせた。
「ええ。ぜひおいでくださいませ。」
セシリアも笑顔で王女をみた。彼女は小さく体を震わせると、一瞬だけ頼りない子供の表情を見せたが、すぐに立て直し、笑顔で返事を返した。
「ありがとうございます。国王陛下にも申し出てみます。」
彼女を娶る意思がないことは、使節団が来てすぐに外務大臣を通じて隣国へと通達していたが、隣国はとにかく「使節団の団長でもあるため、使節団がいる間は滞在を許可願いたい」の一点張りだった。それも今日で終わる。
「あの、ジルベスター殿下。最後に1曲踊っていただいても?」
マリアンナ王女が硬い顔でジルベスターに願い出た。普通に考えれば、彼女は隣国の使者でもあるし、すでに婚約者のセシリアとはファーストダンスを終えているので、問題はない。ジルベスターを篭絡しようとしているうえにマリアンナ王女ではジルベスターを害することは難しいだろう。ジルベスターは。「喜んで。」とマリアンナ王女の手をとってダンスの輪に入っていった。公爵令嬢とともに残されたセシリアは当たり障りのない話をしようとした。さっと周囲に視線を巡らせると、イェルクがそれとなくそばに侍る。
「ツェツィーリア様は、この国の後宮の制度をご存知?」
突拍子もなく、公爵令嬢がセシリアに問いかけた。今はまだどちらも公爵令嬢なので、礼を欠いているわけではないのだが、いささか不躾な質問だ。
「国王陛下を頂点とし、いかなる身分であろうと陛下に望まれれば入ることができる。しかし、側室以上は貴族子女でなければならず、王妃は侯爵家以上の家柄の子女のみ。世継ぎは側室以上の妃となした子に限定される。これでございますか?」
「ええ。さすがによくご存じですわね。」
「ありがとうございます。」
「ツェツィーリア様も高位貴族。夫となる人に他の妃がいても仕方ありませんわよね?」
あからさまな挑発だ。ジルベスターがアデリーナの誘いに乗ってこないことへの焦りか、それとも最後は自分の思い通りになるとの慢心か。セシリアは優雅に扇を広げると、口元を覆う。
「そうですわね。国王ともなれば必要に応じてそういった方を娶ることも必要かもしれません。」
「ジルベスター殿下も男性ですもの。より美しく、より相性のいい女性を求めるのは仕方のないことですわ。心も、体も。」
そういって意味ありげにアデリーナはほほ笑む。
なるほど、迫る期限に焦った隣国側はどうにかして今日のうちに既成事実を作ることを望んでいるようだ。確かにジルベスターがその気ならば可能だろう。あくまでジルベスターにその気があればの話だが。
「それはジルベスター殿下のお心一つでございますね。」
少し困ったようにまゆを下げたセシリアのようすに、己の勝利を確信したであろうアデリーナがさらに口を開こうとしたとき。
「セシリア」
王女と踊り終わったジルベスターがとろけるような笑みを浮かべて戻ってきた。
「一人にしてすまなかった。さみしい思いをさせてしまったね。」
そういってセシリアの肩を抱き寄せるとおでこにキスをする。
「いいえ、こちらのアデリーナ様と楽しくお話させていただいておりました。」
「少し寂しがってくれてもいいのだけどね。」
何事もなかったかのように扇をしまうとジルベスターはセシリアを抱き寄せ、甘い笑顔でセシリアに微笑んだ。
「アデリーナ嬢、私の最愛の婚約者の相手をしていただき、感謝する。」
アデリーナは頭を下げて儀礼通りの礼をした。
「もったいないお言葉でございます。ダンスを続けて踊られたので、お疲れでしょう。あ、あなた。殿下方にお飲み物を。」
そういってアデリーナ嬢は近くを通った給仕を呼び止める。
給仕から受け取った飲み物をジルベスターとセシリアに渡し、アデリーナ自身もグラスを手に取る。特に怪しい動きはなかったが、先ほどのジルベスターの忠告から、何か仕込まれている可能性は十分あった。
「ああ、すまないね。」
しかし、そんなセシリアを尻目にジルベスターがグラスに口をつけた。それを見たアデリーナが笑みを浮かべた。
「殿下、最後の思い出に、わたくしとも踊っていただけませんか。」
「殿下、お話し中申し訳ありません。」
断られるとは微塵も思っていないアデリーナがジルベスターに寄り添おうとしたころで、近衛の礼服を身に付けた青年がジルベスターに声をかけた。
「失礼する。」
ジルベスターはセシリアの腰に手を回したままふわりと向きを変え、近衛騎士とともにその場を離れる。ちょうどバルコニーの近くにエルフリーデが数人の顔見知りの令嬢たちといたため、「わたくしエルフリーデとおりますわ。」とジルベスターの腕から出ようとするとジルベスターの腕に力が入った。
「必ず私が戻るまで、彼女といてほしい。オルレンブルグ侯爵令嬢、頼んだぞ。」
「かしこまりました。」
エルフリーデが恭しく頭を下げる横で、ジルベスターは軽く2、3度セシリアの頬にキスを贈り、騎士とともに厚いカーテンの向こうに入った。
「いつ見ても仲睦まじくて羨ましいですわ。」
エルフリーデのからかうような言葉に周りの令嬢たちも次々と頬を染めながらうらやましがる。
「ツェツィーリア様とジルベスター殿下が並ぶとまるで一対の絵画のようで…わたくし、お2人がお輿入れの際の絵はがきを手に入れましたの。」
1人の令嬢の言葉を皮切りに次々と周りの令嬢が話に加わってくる。
「わたくし、最近有名になった絵師のお2人の絵はがきを手に入れましたのよ。」
「まあ、あのソレス・ピーグの?」
「ええ、人気が出てしまってほとんど手に入らないのです。」
「まあ、羨ましい!」
当の本人が目の前にいるにもかかわらず、きゃいきゃいと盛り上がる若い彼女たちを前に、自然とセシリアは笑みを浮かべてしまった。
「そういえば、わたくしの婚約者から聞いたのですが、ツェツィーリア様、王妃様の首飾りを王太后陛下から贈られたとか。」
程よいところでエルフリーデが新しい話題を投下した。途端にまた周りの女性たちから黄色い声が上がる。
「そうなんですか?ツェツィーリア様!」
「ええ。直接賜りました。恐れ多いことでございます。」
先ほどの話をすでに知っているエルフリーデの情報源は間違いなくジルベスターだろうと確信を持ちつつ、話題にのる。
「もうツェツィーリア様のお立場は揺るぎませんわね。」
「ええ。先ほどのご寵愛ぶりといい、首飾りといい、キツネが入り込む隙も無いほどに完璧ですわ。」
一見彼女たちは夢見る乙女を装っているが、この夜会が終われば、王妃の首飾りがセシリアの手に渡ったことを当主に報告するだろう。無邪気な雀を装った彼女たちも、ある意味間諜のようなものだ。話題をコントロールし、必要な情報を与えてやる。これも高位貴族に求められるものだ。
「待たせたね、愛しいツェツィーリア。」
雀たちに適当なえさを撒いたところで、ジルベスターがかえってきた。先ほどと同じようにセシリアを抱きよせる。
「かわいい婚約者殿、一曲お願いできますか?」
そういってセシリアの手にキスをした彼は、女性たちの黄色い歓声に一つ笑みを向けるとセシリアを連れてダンスの輪に入っていった。
セシリアはダンスもそこそこに、踊りながら必要な人物を観察する。
マリアンナ王女はいささか青い顔で壁際に立っていた。公爵令嬢は若い男性と話をしている。エルフリーデは婚約者と合流したようで、知り合いと話をしているようだった。
後はいつもの夜会のように貴族たちのあいさつをうけ、人脈をつなげることに集中して使節団を送り出す夜会は終盤になっていった。いつもよりもいっそうジルベスターはセシリアを離さず、誰と話していても自分のそばから決して離さなかった。




