敵陣にて
ふとセシリアは目が覚めた。どうやら石畳の上に後ろ手に縄で縛られて、寝かされているらしい。目だけで周りをぐるりと確認し、暴漢がいないことを確認して体を起こした。
牢屋のようだ。
年若い女性ということで、抵抗できると思われていないのかもしれない。そんなにきつく縛られてはいなかった。むしろ捕虜を縛るような慣れた縛り方ではない。
過保護な父は、いざという時のために娘たちに護身術の教育もしていた。しかも、父の影を講師に、わりと実践的なものだ。
(お父様の過保護も役に立つ時があったのね)
実際にはセシリアによからぬ企みを持つ者が多かったので、あながち過保護なだけではないのだが。
念のためゆっくりと体を起こすと、背中合わせにもう1人女性が寝かされていた。栗色の整えられた髪とドレスから、どこかの貴族だろう。
(1人ならなんとか逃げられるかもしれないが、2人となると救助を待つしかないかしら)
セシリアには常に影が付いているから居場所はすぐに知らせることができるが、目的も行き先もわからないので、時間が掛かるかもしれない。
小さく揺さぶり、彼女を起こす。
「ん…」
小さな呻き声と共に、女性が目を覚ました。ハッとしたように起き上がろうとして、体が動かないことに気づいたようだ。
「声を上げないで。わたくしはツェツィーリア・ロブウェル。あなたは?」
「ツェツィーリア…?わたしはローザ・ルエーガーです…」
まだ少しぼんやりとした話し方だ。薬か何かを嗅がされて来たらしい。
(そう言えばわたくしも、夕食に呼ばれたところまでしか記憶がないわ…)
「ルエーガーというと、元王太子の婚約者だった方?」
(確か、影から報告があった。婚約破棄の後、右足が不自由になったと。するとますます2人で逃げ切るのは厳しい。)
「ええ。ロブウェルというのは、オーラリアの…」
「ええ。ジルベスター殿下の元に輿入れして来ました。」
「そうでしたか…存じ上げず申し訳ありません…」
「いえ、まだ来て日が浅いですから。でも、なぜわたくしとローザ様なのでしょう?」
「わかりません…屋敷内に火事が起きたと慌ただしくなったときに、突然おかしな人たちが入ってきて…」
(首謀者も狙いもよくわからない。)
「とりあえず、それは置いておきましょう。立てますか?」
そういって、彼女の体を起こそうとすると顔が痛みに歪んだ。
「どこか怪我を?」
「いえ、今回のことではなく、前から右足が…」
「そうでしたか。痛みますか?」
「少し。でも大丈夫です。ツェツィーリア様、あなたお一人なら逃げ切る隙があるかもしれません。わたしに構わず、時があれば逃げてください。」
それも考えないではないが、彼女を1人置いて行きたくない。
とりあえずいつでも縄は抜けられるが、地下牢をすぐには出られなさそうなので、少し状況を見ようと思ったところで、建物の中に高い靴の音が響いた。




