召喚
テスト終わったぞー!
無限に存在する世界を内包する、“秩序”。
その外側の“混沌”。
そのさらに外側の、どこか。
そこに、それは在る。
魑魅魍魎が巣くい、あらゆるモノを呑み込む、無限の”穴”、もしくは“海”ともあらわせる、それ。
いつも自分を喚ぶ者を待っているそれは、唐突に喜悦の色を浮かべる。
それを知るのは、たった四柱の“王”のみ。
そしてそれは、徐に言葉を発する。
───みつけた───
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「ん」
ひやりとした冷たさに、うっすらと意識が覚醒する。
目を開けると、薄暗い。ようやく目の焦点があってきて、複雑な紋様が描かれた天井が見える。どうやら仰向けで寝ていたらしい。
それにしてもここはどこだろう。
なんでこんなところにいるのかな?
確か寝る前は──!?
─ジャラッ─
「ぐぇ、ぐっ、えほっえほっ。」
勢いよく起き上がろうとして、首がしまった。
そこで初めて、私は大の字で寝かされてて、両手両足首、四肢の付け根、そして首を、枷で床に固定されていることに、気づいた。後、裸だ。寒い。
乙女にあるまじき、うめき声を出したのは、忘れてほしい。
ってそうだった!悪魔崇拝者達がやって来て、それで…
結局私、誘拐されちゃったんだなぁ。
そうだ!お母さんは無事!?
「お母さん!」
と読んでみるも、お母さんからの返事はない。
しかし…
「おやおや、もう目が覚めたのですか。」
知らない男の声がした。起き上がれないどころか、首も満足に動かせないため、姿も見えない。声の感じからすると、あまり若くはなさそうだ。
「誰?」
「私ですか?いいでしょう、教えてあげましょう。私の名はアラビアータ。悪魔の王が一柱、憤怒を司るサタン様を信仰する、教団『憤怒の使徒』の、リーダーをしています。」
まさか答えてくれるとは。
あ、でもよくこういう敵って、ペラペラ語ってくれたりするし、こんなもん?まあとにかく、話してくれるなら都合がいい。
ここからなんとか、逃げ出すためにも、情報を聞き出せるだけ聞き出そう。
「お母さんはどこ?」
「あなたの母親ですか?。さあ?。ここに並べている贄のどれかだと思いますよ?」
「…生きてるの?」
「そりゃあもちろん。死んだら贄としての価値が下がりますからね。」
「ここはどこ?」
「ここですか?ここはですねえ。王都のスラム街のどこかの地下、と答えておきましょうか。詳しくはめんどうなので。」
「…悪魔を召喚してどうするつもり?」
「おやおや、なかなか聡いですねえ。そうですねぇ。私にとって、サタン様が全てなのですよ。そんなサタン様が召喚を望んでいる。だから召喚する。ただそれだけですよ。」
そう言ったアラビアータの声音は、熱に浮かれていた。
「さて、お喋りもこれまでですね。準備も整ったようですので、とっとと儀式を始めましょう。」
「「「「「ハッ」」」」」
その時初めて、この空間に大勢の人間がいたのを知った。
って、それよりまずい!全然逃げる算段ついてないのに!
このままじゃ、お母さんが死んじゃう!
「待って!お願い待って!」
「「「「「ゞ■仝£〆々∇∃§%@Å」」」」」
私の訴えはむなしく、誰も意にも介さない。広さも不明なこの薄暗い空間に、ただ意味のわからない不気味な呪文が響きわたる。
「そうだ!。もうすぐここに聖騎士が来るよ!それでもいいの!?」
「「「「「Ⅹ┛юфПΨヰ†ΛΘДЯж」」」」」
聖騎士の名前を出せば、少しは動揺しないかと思ったけど、効果はない。
天井の紋様が、淡い紫の光を放つ。そしてたぶん、床も光ってる。
「あ、悪魔なんか、怖くない!あんな雑魚に頼るしか能のないお前たちも、怖くない!この国を滅ぼすなんて、できる訳がない!」
こんなのただの強がりだ。でも、相手を挑発するぐらいしか、おもいつかなかった。
紋様の光はどんどん強くなる。さらに不気味な靄が発生し、天井に描かれた紋様の、中心で渦を巻き始める。
「「「「「〆ΘП§ΨЯжфÅ∃%Д£∇」」」」」
「お願い、やめてよう!お母さんを、殺さないで…誰か、誰か助けて…」
私の願いは、届かない。無情に、儀式は、終わってしまった。
光が一段と輝きを強め、靄の渦は濃くなり、ついに、門が開いた。
───そして、それは顕現する。───
天井の、紋様中心に開いたそこから覗くは、果てなき深淵。垣間見ることすら許されない、途方もない存在。
そこに確かに在る。しかし、知覚することができない、許されない。
ただ、理解させられる。これに比べれば、人間など、いや、他のなんでさえ、とるに足らない矮小な存在であると。
「あ、あぁ」
それは、誰の声だったか。私だったのかもしれないし、アラビアータかもしれない。一つ確かなのは、畏怖の念が込められていたこと。とにかく、それは隔絶しか存在感を放っていた。なのに知覚することができない、それ。
やがて、その存在は形をとる。
影は、五つ。おそらく、人型。
やがて、五つの人影は地に降り立ち、私の視界から消えた。
──コツ、コツ、コツ──
足音が一つ、響きわたる。
私は、恐怖に身を固めるしかなかった。
足音はだんだん近づいて来て、私の頭の上で止まった。
それはしゃがみ、私の顔を覗きこんできた。その顔がはっきり見えた時、私は息を飲んだ。
美しかった。ありえない程整った、人外の美。
少なくとも、その顔はに人間との相違点は、見られない。
けれど、その神秘的な美しさに、人間ではないと理解させられる。
どこか喜びをはらんだその眼は、どんな宝石もかなわない輝きを放つ、朱と金のヘテロクロミア。
特上の絹が、糸屑に等しいと感じるような銀髪は、蒼と黒のメッシュがはいっている。
その白い肌は、雪原でさえくすんで見える。
身に纏うは、極上のメイド服。レースなどで飾られたそれは、大国の姫のドレスすら、足もとにも及ばない。
見惚れていた。先程まで感じていた恐怖など、軽く吹き飛んでしまっている。熱に浮かされたように、多好感で頭が満ちる。
悪魔の王様に仕えてるメイドさんかな?とか、こんな美しい悪魔になら、体を奪われてもいいかな、とか、むしろ私なんかの体で申し訳ない、とか、とにかく、くだらないことを考えていた。
危機感を、抱けない。この人が望めば、死すら喜んで受け入れてしまいそう。それほど、その美は、桁外れだった。
その悪魔のメイドは、私の首に手を伸ばす。
ああ、殺されるんだなぁ。この人になら、むしろうれしいなぁ。
と、そんなことを考えていた私の耳に、「パキッ」と、何か固いものが折れた音が聞こえた。
一瞬、首を折られたかと思ったけど、違う。私の体の自由を奪っていた枷。それが碎け砕け散っていた。
そして、手首をそっと掴まれたと思えば、流れるように立たされた。痛みも何も感じなかった。気づいたら、立ってた。そんな感じ。
見ると、私の前にあの悪魔のメイドさんが、片膝立ちをしている。スカートからはみ出た、太ももがまぶしい。
「ようやく。」
メイドさんが、言葉を発した。すごく綺麗な声。この声を聞くだけで幸せな気持ちに溢れてくる。そんな声。
それにしても、「ようやく」?なんだろう。
「ようやく、見つけました。」
ああなるほど、ようやく合う肉体をみつけたとかかな?
あ、そういやぁ私って、悪魔の王様の入れ物になるんだっけ。
このメイドさんじゃないのか。それはちょっと残念だなぁ。
そういえば、メイドさんのご主人様ってどんな人だろう。
そう思って、メイドさんの後ろに目を向ける。驚いた。
なんせ、四人の悪魔が片膝立ちで、跪いてるんだもの。
え、もしかして、このメイドさんが一番偉い?
じゃあなんでメイド服?コスプレ?
そんなアホなことを考えていると…
「どうされましたか?」
という言葉に、はっとする。
正面を向くと、メイドさんが私を見つめてる。
そんなに見つめられると恥ずかしい。そういえば、私って裸だったなぁ。どうしよう。全部見られてるよね。まあ、4歳児の体だしいっか。と思ってたけれど、あれ?私、服着てない?なんかいつのまにか、ドレス着てるんだけど。いつ着せられたの!?
ぜんぜんわからなかった。
「寒そうでしたので、僭越ながら、お召し物をご用意させていただきました。お気に召しませんでしたか?」
「あ、いえいえいえ!むしろありがとうございます!」
また、一人思考にふけってた私に、メイドさんの声がかかる。
その言葉に、慌ててお礼を言うと、嬉しそうに微笑んで、「恐縮です。」と返される。おお、メイドだ。って、この人、私にこんな腰低くていいのかな?
「はい。もちろんでございます。私はお嬢様のメイドですので。」
「へー」
て、へーじゃないよ!?私!え、お嬢様って私のこと?そんなまさか。てゆうか、心読まれた?
「メイドの嗜みです。」
そ、そうですか。
それより、私はどうすればいいのかな?この状況。
私、悪魔の王様に、捧げられたんだよね?
なんかメイドさんと会話してるだけなんだけど。
そしてお嬢様ってなに!?
「お嬢様はお嬢様です。これから、お仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、はい。」
意味わかんなすぎて、これしか言えなかったよ。




