マルヴァス
研究所に戻るとシャーラが先に機動兵器の処理を終えて戻っていた。地面に転がる残骸には所々に縦長の穴が空いており、外装が黒く焼け焦げていた。
「さすがに早いな」
戦闘中に何度か雷鳴の様な音が聞こえたので、俺と同じ様に魔法剣を突き刺した後に雷系の魔法で内部を壊したのだろう。対してシャーラは俺が倒した個体の1つを指して心配そうに聞いて来た。
「それ、大丈夫なん?」
「中のシステムをハッキングしたから大丈夫だ。上を飛んでるドローンもハッキングは済んでる」
「でもハッキングしてどうするん?」
ハッキング後の事を聞かれたので、情報を取りたい事を伝えた。フツギのネットワークにアクセス出来れば、他の機動兵器の位場所や移動ルートを把握出来る。
だが、管理AIを相手に簡単に情報を手に入れられるとは思っていない。技術水準はブリュンヒルデが上だが管理AIも大きく劣っている訳では無い。
「AIが使ってるネットワークに侵入して情報を探している。少し時間が掛かるから休憩にしよう、話も途中だったしな」
「敵が集まって来たりはしないのか?」
情報交換の話をしていた研究員が不安そうな表情で聞いて来た。
機動兵器やドローンが破壊された場所に追加の戦力を投入するかと言えば微妙だ。ここはツンカシラの領域で、破壊した機動兵器はフツギが管理している。フツギも他の管理AIの領域を無闇に侵す事はしないだろう。
機動兵器のシステムを完全に掌握しているので、フツギ側は破壊されたと判断した可能性が高い。だが、管理AIの思考を完全把握している訳では無いので推測の域を出ない。
「そこはAIの思考パターンによるとしか言えないな」
『ここは管理AI〈ツンカシラ〉の領域です。〈ツンカシラ〉は能力の高い人間を好みますので自身の能力を示していけば生存確立を上げられると推測します』
「管理AI?」
『文明を壊し、再建するプロセスを管理するAIです』
「そんなの聞いた事ないぞ!」
『元々はネットワーク管理を担っていたAI群です。AIが反乱する前に未来予測演算にてプロセスを管理するに最適なAIが選出されました。それが管理AIです』
ブリュンヒルデが研究員達に管理AIについて説明を始めた。その中には俺の知らない情報も含まれていたが、オーディンやブリュンヒルデとしても聞かれなかったので答えなかった程度の認識だろう。
「だが、君? は大丈夫なのか?」
『私のシステムは、この世界の文明レベルとは大きく離れていますので管理AIからの干渉は不可能です』
研究員がブリュンヒルデの心配をしている。未来ではあっても用意したのは管理AIの1機であるオーディンだ。
今の時代のオーディンがブリュンヒルデに気づいて干渉してくる事も充分に予想出来る。その事を魔法を使った会話で聞いてみたが、識別コードの一部が違うそうだ。
そもそも、ブリュンヒルデ自体が俺に【オーパーツ】の蒐集を依頼する際に用意されたデバイスであり、この時代には存在しない。
小さなアップデートだが数百年を掛けて積み重ねられた進化は、この時代の管理AIを遥かに上回る性能の獲得に至っている。
そしてブリュンヒルデは、そんな管理AIオーディンのコピーとして作成されたデバイスだ。この時代は管理AIに負ける要素は全く無い、と力説された。自信に満ちた解説を受けて呆れるしか無い。
「お前達が我々の味方である根拠も確証も無い!」
魔法での会話でブリュンヒルデから解説を受けていると研究員の1人が叫び出した。
「君の言う事も理解出来る。だが、彼らは私達に対して敵対行動を取っていない」
「私達を騙している可能性もあるわ」
もう1人も声を上げた。明らかな不信感から表情が強張っている。警戒や怯えの感情も混ざっているのだろう。
「そうだな。しかし、それは他の人間にも言える事だ。彼ら以外の人間に出会ったとして、その人間達は私達の味方になってくれる保証は無い」
「それは……そうだが」
研究員に諭されて押し黙る2人。過酷な状況の中で人類は生き残る為にあらゆる手段を使うだろう。当然、裏切る者も他者を使い捨てにする者も現れる。俺達以外の人間が味方してくれる保証は無い。
その事実を改めて目の当たりにした2人は俯いて言葉が出ない。他の研究員達も複雑な表情をしている。
「うちの者達が過ぎた事を言った、申し訳ない」
「気にするな。この環境なら疑うな、と言う方が無理だろう」
研究員の謝罪を素直に受け取ると、安心したのか表情が和らいだ。彼らも環境のせいで殺気立っているのだから仕方が無い。
研究所のロビーに戻って話し合いを再開する。俺達が戦っている時に、騒ぎを聞きつけた他の研究員達に事の次第を共有した。
ブリュンヒルデに機動兵器とドローンの解析結果を聞いた。俺達は機動兵器と思っていたが実際には違う様だ。
『探索用の大型ドローンと言った所でしょうか。簡単な戦闘なら出来ますが、メインは探索です』
大型動物の撃退を主な戦闘として想定されており、他の機動兵器や魔導師と戦う事は想定されていないそうだ。
「この場所を調べに来たって事か……」
研究員がドローンの出現理由について考え始めたが、割り込む様に別の研究員が会話に入って来た。
「ねぇ、話を遮る様で悪いんだけど自己紹介はしたの?」
情報交換する事が決まってすぐに話し合いに入ったからお互いの名前すら分からない事に気づく。
「……まだだ」
「なんでよ……」
「遅くなったが、自己紹介をしよう。私はラモン・マルヴァス、この研究所で主任を勤めていた」
目の前の研究員から自己紹介が始まった。会話に割って入って来た研究所の名前は「イザベラ・ワウドゥール」と名乗った。
(マルヴァスにワウドゥール?!)
「どうした?」
「何でも無い。俺の名前はハヅキ・シルフィリア、魔導師だ。腕に嵌めてるのがサポートをしてくれるデバイス〈ブリュンヒルデ〉だ」
『よろしくお願いします』
「私はシャーラ・シュトルムと言います。警察局の捜査官をしてます」
自己紹介が終わったので、改めて話し合いを再開する。ラモンは研究所に現れたドローンの事が気になっている様で詳細が知りたいと言って来た。
「どっちも偵察・探索用だな。小型で広範囲を探索して、大型で要所を調べる感じみたいだ」
「あのドローンは、私達がここにいるから来たのか?」
「分からない。たまたま研究所を見つけたから探索に来た可能性もある」
都市探索の為に移動している途中に研究所を見つけたから寄っただけ、という可能性も捨てきれない。
これ以上の詳細はブリュンヒルデの解析待ちになる。現在はドローンを通してネットワークにアクセスして俺達とラモン達が欲しがっている情報を集めている。
「ハッキングして、何か情報とれた?」
シャーラが進捗を聞いてきた。ネットワークへのアクセス自体は何度か行っているが、欲しい情報は取れていなかった。
『世界や時間を越える研究に関する資料は有りましたが、こちらが求めている情報は得られませんでした』
今回も収穫無しだ。重要案件として隠されていると介入した時にバレるので深くは探れていない。ツンカシラとしても、効率良く俺達を使いたいだろうから提供する情報は絞るだろう。
「ハヅキの魔法で私達を別の世界へ運ぶ事は出来ないのか?」
イザベラが俺の魔法で他の世界へ行かないか尋ねて来た。行けるのであれば、これ以上のリスクを負う必要は無くなるので確認しておきたいのだろう。
「出来ない事もないが、行き先はランダムだ。あと、身につけられる程度の軽い荷物しか運べない」
他の世界へ行く事は可能だが、運べる物は少ないし人数制限もある。行き先も基本はランダムだ。
専用のマーカーを設置していれば移動先を固定出来るが、生憎とマーカーの反応は捉えられない。ラモン達が全員で同じ世界に移動する為には航行艦が必要になる。
「航行艦ごと転移させるん?」
「それは現実的じゃないな」
シャーラは俺が航行艦ごと他の世界へ移動させると思っている様だが無理がある。出来なくは無いが、後の事を保証出来ないので実現性は無い。
「なら、不可能って事か?」
「多分、大丈夫だ」
ラモンは話の流れから不可能だと思ったらしいが手が無いわけでも無い。少々の手間は掛かるが、俺が航行艦ごと転移させるよりかは現実的だろう。
「多分って……、当てでもあるん?」
「当ては無いが目星はついてる」
「詳しく聞かせてくれ」
俺の提案は、管理AIに奪われた軍艦を使う事だ。AI制御を採用しているほぼ全ての軍艦が管理AIの支配下にあるが、ブリュンヒルデならば取り返す事が可能だ。
「取り返した軍艦に【境界の羅針盤】の術式の一部を刻めば一度位なら問題なく移動出来るはずだ」
軍艦に搭載されているエンジンが生きているなら次元転移に必要なエネルギーを賄える。足りない場合は別で調達する必要はあるが、軍艦を確保してから考えれば良い。
ブリュンヒルデに使えそうな軍艦が無いか探して貰った。出来るだけ破損の少ない物が望ましい。
『ここより南西にあるバパナーズ沖に停泊中の軍艦を発見しました』
「なら、その軍艦を鹵獲するか」
発見した軍艦は管理AIに奪われた後、使われずに港に停泊している物だ。使わないと意味が無いのでは、とも思うが人類の攻撃手段を制限した時点で役目は果たしたとも言える。
「私達はどうすれば良い?」
「生き残ってくれ。余裕があるなら軍艦に積み込む荷物を用意してくれると助かる」
ラモン達には生存を最優先とした上で物品の準備を頼んだ。了承すると即座に行動に移った。必要な物品のリストアップや敵襲時の対応などを話し合っている。
俺達はバパナーズまでのルートを選定して、軍艦の鹵獲に向けた行動計画を立てる。とは言っても行き当たりばったりなので大まかにしか決まらないのだが。
打ち合わせをしているとラモンが疑問を投げて来た。
「なぜ、ここまでしてくれる? 情報交換を持ち掛けたのはこちらだが、ここまでして貰えるほどの情報は渡していない」
「こちらの都合だ、気にするな」
俺の考えではマルヴァスもワウドゥールも"あの世界"と関係がある。イザベラという名前も偶然の一致だろうが、放置出来ない気がした。
ここで彼らが死ねば歴史が大きく変わる可能性もある。彼らを生かしてあの世界へ届けるのは歴史に刻まれた行為だと感じていた。
ロビーの端を借りて転移用のマーカーを設置した。万が一の時はマーカーを利用して研究所に戻って来られる。
「出発はいつ頃の予定だ?」
それぞれの打ち合わせが一段落したので、お互いの予定を確認する。研究所からバパナーズまでは休憩無しでおよそ20時間掛かる。
旅程を考えると片道は、休憩を挟んで2日取った方が無難だろう。問題になるのは軍艦を取り返すのに必要な時間だ。妨害を受ける事は想定しているが、どの程度の規模で来るかは想像がつかない。
やはり、行き当たりばったりになりそうだ。
「休息を挟んで2日か。ラモン、すまないが寝床を借りれないか?」
今から出るには遅いので研究所で1泊出来ないか頼んでみると、問題無いとの返事だ。少し他の研究員と話した後に、俺達を空いた部屋に案内してくれた。
行きしなに説明してくれたが、住居棟まで隣接しているそうだ。ワンルームでシャワーとトイレが付いている。希望すれば中の掃除もしてくれるが誰も頼まない。
ラモンが言うには、積み上げた資料やプライベートスペースを触られるのを嫌がる者が多いとの事で拘りが強いのだと自嘲していた。
案内された部屋は他よりも少し広い管理者用の部屋だった。2人なのでワンルームでは狭いと気を遣ってくれたのだ。
「すまんが相部屋で頼む」
ラモンは部屋の設備を一通り説明すると退室した。食事は「手持ちがあるから」と言って断った。彼らも余裕は無いだろうから食料は持っている物を出す事にする。
◇
翌朝、地平線が赤く染まり闇夜が白んでくる頃、研究所から飛び立った。バパナーズへの移動は順調で、小まめに休憩を挟みながら予定通りに到着した。
途中、ワイバーンに近い姿をしたキメラに遭遇したので討伐しておいた。食料になるかと思ったが、身と血に猛毒があるので諦めた。
バパナーズの沖合に停泊している軍艦はツンカシラが管理している。カード型デバイスで連絡を取って使わせて貰えないか交渉する。
『構わないが何に使うのだ?』
「秘密……と言ったら断るのだろう?」
『そうだな。戦局が変わる事は無いが、君に暴れられると困る』
「生き残った研究員を他の世界へ移動させる」
『……良いでしょう。ただし、バパナーズ湾を含む海洋地域に生息するキメラを討伐してください』
バパナーズ湾が属するグラスト海には海洋型のキメラが3体確認されている。このキメラはフツギが送り込んだものでは無く、人類が研究の末に生み出した生物だ。
知能が非常に高く、高度な魔法も使うので手を焼いているそうだ。ベースは遥か古代に生息した生物で、復元する際に知能強化と身体構造の最適化が施されている。
この3体がグラスト海に君臨しており、海洋上を移動する障害になっている。
「異物じゃ無いのに討伐するんだな」
『こちらにも"都合"というものがあります』
「……何を隠してる?」
『貴方が知る必要はありません』
僅かな沈黙の後、討伐を了承した。デバイスには3体のキメラに関する情報が送られて来た。それぞれ、深海まで潜るので詳細な追跡は不可能との事だ。




