出会う者達
透明感のある青は雲1つ無い空をどこまでも染め上げ、地平の彼方まで澄み渡っていた。あふれる陽光は緑を称える公園の木々も、活気を失い滅びた都市も等しく照らしている。
ツンカシラのドローンが都市の上空を周回して情報を集めている頃、俺達は生き残った人間を探して都市内を探索していた。ターミナル駅から続く地下街に降りると、店内を物色した形跡があり商品が通路にまで散らばっていた。
特に飲食店や惣菜店は酷く、食料は全て持ち去られていた。地下街から続くホテルに入ってみるが人の姿は見つけられなかった。
「中心部に人はいない感じだな」
「食べ物が無くなったから移動したんやろな」
地下画を出て研究所とは反対の方へ進んでみる。デバイスによると、この区画は大規模な公園を中心にしたオフィス街になっているそうだ。
公園内の案内板によると、中心には池があり外周をランニングコースとして整備されている。敷地内には売店も設置されている様だ。
池に沿って歩いていると、木々が密集している場所に簡素な小屋が立っていた。段ボールとビニールシートで立てられており、ヒモを使って周りの木々に固定されている。入口には布が掛けられていて中が見えなない。
入口の横には水の入ったバケツが2個置かれているが、水面には枯れ葉や小さなゴミが浮かんでいた。近くには、小石を積み上げて作られた簡易的な囲炉裏も見つかった。
「ここで暮らしてた人がいるのか?」
「でも、周りに人はおらん感じやな」
小屋からは人の気配がしない。周辺を見回しても人影は見当たらないので探索に出ている可能性がある。
池に戻ってランニングコースを歩いていると、畑を見つけた。元は運動場だったであろう場所は雑草が生い茂っており運動するには向かない環境になっている。
そんな運動場の一角を耕して作物が育てられている。畑の中には作物が育っているが、所々に雑草が生えている。最近は手を入れていない感じだ。
「この畑、手入れをしてないのか……」
「どこに行ったんやろ?」
「……無理に探す必要は無いだろう、他を当たろう」
公園を離れてターミナル駅近くのホテルに戻って来た。地下街からも連結しているので滅びる前は便利な施設だったのだろうと推測出来る。ワンルームにベッドが1〜2台設置されたビジネスホテルで電気は止まっているがノベルティは残っていた。
「ホテルに泊まってばっかやな」
「設備が揃っててゆっくり休めるからな。緊急時の避難先にもなるから、生き残った人間が拠点にしている可能性もある」
苦笑い気味に言うシャーラにホテルを選んで泊まる理由を説明した。体力の回復は勿論だが、生き残った人がいれば話を聞けるという思惑もある。もっとも、俺達以外の人とは遭遇していないので思惑は外れているのだが。
「早いけど今日は休もう。体調を整えて明日、研究所に向う」
「直接行くのは嫌がってなかった?」
「痕跡を見つけたから尋ねてみる。向こうが俺達を見つけていたら、話くらいは聞いてくれるだろ」
研究所で働いていたなら理性はあるだろう。出会い頭に攻撃されるような事は無いよう祈りたい。可能なら時間移動に関する手掛かりが欲しい。
「それじゃ、何かあったら呼んでくれ」
明日の話が終わると俺は部屋を出る。1人で大丈夫との事なので、少し気になるが離れる事にした。
◇
翌日、都市部から外れた所に設けられた研究所へ向かった。入口となる門は、8割ほどが閉められており、通行用に人が通れる程度に少しだけ開けられている。
門を抜けて敷地内に入ると一気に自然が増えた。立ち並ぶ木々の間からは雑草に覆われた田畑の残骸が見てとれる。
周りの景色を見ながら舗装された道を進むと白い建物が見えて来た。この建物が研究所だろうが、周りの木々に隠れて正面が分からなくなっている。
「道が分かれてるな」
「どっち行く?」
「そうだな右に行ってみよう」
左右に分かれている道から右を選択して進んだ先は研究所の側面だった。約3mはある大きなシャッターが設置されているので搬入口だろう。シャッターは閉じられており、中を確認する事は出来ない。
建物に沿って左回りに進むと少し開けた場所に出た。研究所の入口についた様で、生き残りの研究員と思われる人達が驚愕した顔でこちらを見ている。
「お前達は?! ここに何の用だ?!」
「敵対する気は無い。人がいるから訪ねて来ただけだ」
両手を軽く上げて敵意が無い事を示すが警戒されたままだ。ジェスチャーを間違えたなだろうか。
「思ってた以上に警戒されてんねんけど……」
「AIの反乱が原因だろうな。……これでも人間の魔導師だ、話をしたいが構わないか?」
警戒は仕方ないにしても話くらいは聞いて欲しいものだ。
「ここへ来た目的は人がいるから、と言っていたが他に人はいなかったのか?」
「いない。少なくとも都市内や周囲に人の気配は無かった」
「いない?! そんなハズは!? いや、まさかもう……」
目の前にいる人物が驚いて挙動不審になっている。恐らく、人類が自分達を残して全て滅んだ可能性について考えているのだろう。
都市内に人の気配は無かった。最近まで使用された寝床は見つけたが、利用していた人がまだ生きている保証は無い。確証が無い情報は混乱を招くだけで交渉にはマイナスになるので提示出来ない。
「現状、AIが都市や拠点地域を攻撃している。郊外や田舎は後回しにされているから、そこに住んでた人達は生きている可能性が高い」
「どうして分かるんだ?」
「飛び交ってる情報を解析した結果だ。国も魔導師を集めて都市防衛を行なっている様だが、AIによる妨害で後手に回っているな」
解析したのは嘘だが都市防衛は事実だ。ツンカシラから渡されたデバイスでは、人類の生存状況を見る事が出来る。おおよその数字なので実際とは異なるが問題は無いだろう。
オーディンの最初の攻撃も人類が持っているデバイスの中で機種を限定して行われている、とブリュンヒルデが解説してくれた。
やはり、人類の削減に関して開示されていない情報と条件があるようだ。
「話を戻そう。人がいる場所を訪ねる理由は何だ?」
「情報が欲しい。この世界の事、文明のレベル、それから"時間移動"について」
この時代の俺は世界の事など理解出来ず必死に逃げ回っていた。AIの攻撃からも、人類からも逃げ続けた。
文明レベルに関してはシャーラの理解を深めるのが目的だ。どの程度の技術水準にあり、どの様な文化があるのか知れば見識も広まるだろう。
時間移動に関しては僅かな可能性があれば、といった感じだ。
「この世界? まるで他の世界から来た様な言い方だな」
「他の世界から来たからな」
次元移動に関して興味があるのだろうか。ならは、俺達が持っている次元移動の魔法は交渉の材料として活用出来る。
「他の世界!? 他の世界へ行く方法を知っているのか!?」
「知っている」
「教えて貰えないだろうか?」
お互いの情報に価値が生まれたので交換が可能だろう。問題は提供する情報と技術の程度だが、それは話し合いの中で決めれば良い。信用出来そうなら多めに情報を出しても良いかも知れない。
「こちらも教えて欲しい事がある。情報を交換しよう」
お互いの持っている情報を交換する事が決まったので、研究所の中に案内してくれた。入ってすぐの所、入口横に設置されたロビーの席に座ると気を遣って飲み物を出してくれた。
「ありがとう」
お礼を言って口をつける。シャーラは戸惑っているが、俺は死ぬ事が無いので先に飲んで毒味をする。欲しい情報を持っているかも知れない相手に、情報を聞き出す前に毒殺する事は無いだろう。
出された飲み物を飲み切るとシャーラも口をつけ始めた。特に変わった味では無いが、飲み物を飲めるだけでも一息つけるのでありがたい。
「早速で済まないが"他の世界へ行く方法"を知りたい」
「分かった。まずは一通り話して行こうか」
俺は次元移動に関して話し始める。装置を使った転移、大型船を使った次元航行、個人の魔力を使った次元移動が上げられる。
装置を使用した転移を行える施設は限定される。理由としては、次元移動の装置を搭載した航行艦が人と物の輸送を担っているからだ。わざわざ大掛かりな装置を使わずとも航行艦で事足りる。
個人の魔力を使用した次元転移は課題とリスクが大き過ぎる。転移の魔法式を起動させるだけでも膨大な魔力を消費する上、安全性を担保した上で異世界までの"道"を繋ぐ必要がある。
また、必要な魔力を確保出来たとしても精密かつ正確に制御する技術が無ければ意味が無い。個人で行うにはハードルが高過ぎるのだ。
「君たちはどうやって、この世界に来たのだ?」
「転移装置のトラブルに巻き込まれて気づいたら崩壊した街の中にいた」
【境界の羅針盤】についは言う必要はないだろう。彼らが欲しいのは"他の世界へ行く方法"であり、【オーパーツ】に関する情報では無い。
「トラブル……、そうか」
明らかに落胆した顔をしたが、口元に手を当てて何やら考え始めた。交渉の序盤なので情報は絞っているが、気になる情報でもあったのだろうか。
驚いたり、考え込んだり、首を横に振ったりと忙しい人である。ひとしきり表情を変えた後で恐る恐るという感じで言葉を紡ぐ。
「まさか!? 君たちは!?」
口ぶりから察するに俺達が時間を超えて来た存在だと気づいたのだろう。「時間移動に関する情報が欲しい」と言っているのだから当然ではあるが。
騒がれても困るので黙っていて貰おう。口元に立てた人差し指を置いて"秘密"のジェスチャーをすると伝わった様で言葉を飲み込んだ。
その後、こちらが求めている情報について話してくれた。探索して得られた情報や彼らの現状、文明レベルについて言葉を選びながら分かりやすく教えてくれた。
都市の状況について情報交換をしていると、研究員の1人が研究所に入った途端に大声で叫んだ。
「大変だ!! 研究所の外にドローンが集まってる!!」
報告を聞いてロビーにいる全員が外に出て確認すると、上空を多数のドローンが飛び交っていた。様子を見ていると、周りの森や都市には行かずに研究所の周辺を飛び回っているだけだ。
『警告!! アンノウンの接近を確認! 正面から4つ、裏から2つです』
「デバイス?!」
研究員達が驚いているが、今はアンノウンが優先だ。フツギの機動兵器ならば優先的に処理しなければならない。
「俺が正面を押さえるから裏は任せていいか?」
「えぇけど、1人で大丈夫なん?」
「ダメそうなら呼ぶよ」
軽く打ち合わせをしてから分かれてアンノウンの元に向かう。移動しながらカード型デバイスで確認すると、研究所の上を飛んでいるのはフツギの偵察用ドローンだった。
向かってくるアンノウンもフツギの物で、魔法を主武器とした機動兵器だった。シャーラにも壊して問題無いと伝える。
機動兵器が俺を確認したのか魔法弾が飛んで来た。1発1発は小さいが数が多い。弾幕となって襲い来る魔法に対して、同系統の魔法を打ち込んだ。
「〈風の弾丸〉!!」
お互いの魔法弾がぶつかり、激しい音を立てて相殺し炸裂する。相殺した直後を狙って魔法剣で追撃を仕掛ける。
「〈烈風の剣〉!!」
鈍い金属音と 鋭い炸裂音が響き、機動兵器を魔法剣が貫いた。しかし、急所は外した様で落とすまでは行かなかった。
距離を詰めて突き刺さった魔法剣を掴むと雷系の魔法を起動させる。内部回路を破壊すれば機能停止に追い込めるだろう。
「〈雷の咆哮〉!!」
激しい雷撃が魔法剣を伝って内部回路を駆け巡る。通常よりも高い電圧と電力を受けた回路は焼け焦げ、精密に整えられた配線は溶けて基盤を焼き始める。
微かに焦げた臭いから内部の破壊に成功した事を確信する。完全に機能が停止した個体は浮遊する事が出来ずに地面に落ちた。
「〈旋風の鎖〉!!」
その横を抜けて行こうとする3機のドローンを拘束魔法を使って捕まえた。薄い翡翠色に輝く風の鎖に縛られて動きを封じられた機動兵器は強引に脱出しようと出力を上げた。
「〈電離溶断〉!!!」
複数の属性を持った複合魔法で脱出される前に溶断する。振り抜いた杖の先から熱線が迸り、風の鎖ごと機動兵器を切り払っていった。
破壊された事で2機は機能停止となり、その場に音を立てて落ちて行った。残りの1機は破損した状態でも動いているが、ノイズの混じった音を立てて動かなくなった。
『システムのハッキング完了しました。合わせてドローンも掌握が完了しております』
倒し損なった個体をブリュンヒルデが制圧した。研究所の上空を飛んでいたドローンも掌握したそうなので、ひとまず危険は去ったと言えそうだ。
散乱した機動兵器の残骸を魔法で浮かせて研究所に向かって歩き始めた。




