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風精の魔導師、異世界の旅に出る  作者: かーくん
時を超える旅路
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そよぐ風と瞬く星

 満月が輝き、星が煌めく光をもって静寂の闇を彩っている。人のいなくなった都市に生気は無く、所々に見える壊れた商業施設や崩れた建物からは世界の終わりを感じ取れる。


 人工の光である電気すらも届かず、真っ暗な中で沈黙する捨てられたホテルの一室で休息を取っていた。


 「うーん……」


 僅かなうめき声の後にゆっくりと体を起こしたのは、ベッドで横になっていたシャーラだ。寝ぼけた半目のまま視界を巡らせるが、部屋の中は漆黒に塗り潰されており何も見えなかった。


 苦しさを覚えるほどの静寂に耐える為なのか、ただの幻なのか耳には僅かな喧騒と金属を打ち付けたような高く響いた音が届けられた。


 少しずつ明確になっていく意識の中で、幼い頃よりともに競い合い高め合ってきた2人の姿が浮かぶ。


 (コルザ……ウィル……)


 部署や目標は違えど同じ警察局に所属し、様々な失敗と挫折を乗り越えてきたかけがえのない友人達。今や会う事も、声を聞く事も叶わない。


 テロリストの航行艦で起きた事件。未知の魔法具【境界の羅針盤】の暴走により、その場にいた魔導師と一緒に虚数空間に投げ出された。


 光も音も上下左右すら無い空間を抜けた先が今の世界だ。その魔導師は数百年前の異世界オーガニアだろう、と言っていた。本当なら時間軸を超えた事になる。


 知る限りでは時間を超えた事例は確認されていない。オカルト的な話題は何度か耳にした事もあるが科学的な証明は未だだ。


 ーー2度と元の世界には帰れない。大切な人達とは会えないーー


 そんな思いが湧き上がると耐えられなくなる。溢れ出す涙は止められず、胸を締めつける苦しみは痛みとなって全身を駆け巡る。幸か不幸が自分1人で放り出された訳では無いのだが、それでも抑え切れない声が部屋に響いた。



 ◇



 野生の鳥や野良の犬猫すらも姿を消した都市では沈黙が支配している。ホテルの部屋に備え付けられた窓から外を見るが、月と星に照らされた街並みが闇の中で懸命に存在を主張していた。


 ツンカシラから渡されたカード型デバイスのモニターには、領域に入り込んだ異物に関する情報が表示されている。キメラや兵器の情報は戦う上で重要になってくる。


 感染症や寄生虫などの治療データも入っているので予防策が取れる。リスクを大幅に減らせる方法を知るだけで活動範囲を広げられるのだ。


 「手近な相手から倒していくか」


 モニターに映る情報を見ながら行動方針を立てる。時間移動の情報が記録されている【テクノ・スフィア】を探しながら、キメラと兵器を処理していく。


 ツンカシラの持つ情報ほ有用性は不明だが、今は頼るしか無い。最悪、時間移動の術式が確立出来なくても奥の手はある。


 情報と思考の整理が終わり、ベッドに座った時にその声は聞こえて来た。無音の闇を切り裂くような声が深い悲しみ纏って、果てしない絶望を表すかの様に建物内に響いた。


 「この声…シャーラか?」


 隣の部屋の前に立つと、よりハッキリと聞こえてくる。叫ぶ様な泣き声には様々な感情が混ざっている様に感じた。


 このまま泣かせた方が良いのだろうか、と考えるものの放置は出来ないと思い直す。溢れ出す思いが声となって届く中、気持ちが落ち着くのを待った。


 しばらくすると落ち着いたのか(すす)る様な泣き方に変わったので、声にかき消されない様に強く扉をノックした。


 少し待っていると返事が返ってきたので部屋に入る。明かりの無い暗い部屋のベッドの上にシャーラが座っていた。


 「どうしたん?」


 「明かりをつけるぞ」


 魔法の明かりを灯して部屋に光を入れる。眩しいのか僅かに目を閉じたが、強い光では無いのですぐに慣れた様だ。


 シャーラは努めて平静を装ってはいるが爆発した感情の後は隠しきれていない。瞳は赤く充血しており、目の周りと鼻も紅に染まっている。何より、流れる涙が止まっていない。


 何も言わずに同じベッドに腰を下ろすと、赤く染まった瞳を見つめて思いを伝える。


 「大丈夫だ、必ず元の世界に帰してやる」


 赤い目を見開いて何かを言おうとした様だが、少し俯いた後に無理やり笑った


 「うん」


 俺は立ち上がってシャーラの頭を軽く撫でると隣のベッドに移動した。見ると少しほうけた様な顔をしいる。


 「ハヅキ?」


 「同じ部屋で寝よう」


 「えっ?!」


 「安心しろ、手を出したりはしない」


 そう言って俺は背中を向けてベッドに横になる。シャーラは困惑した様子だが諦めてベッドに横になった。長い沈黙が流れたので寝たのかと思ったが、起きていた様でポツリポツリと話し始めた。


 「ハヅキは…寂しく無いの?」


 「寂しくは無いな」


 「もう合われへんかも知らんのに?」


 「イザベラにはスクルドがついてるからな。それにコルザとウィルも一緒だ」


 「スクルドって?」


 話してなかった様なのでイザベラが持ってあるデバイス、スクルドについて説明した。


 俺がオーディンに依頼して用意して貰ったデバイス。AIの性能的と演算領域に関してははブリュンヒルデと同程度。ただし、平時はイザベラのレベルに合わせた魔法を使う。


 【境界の羅針盤】は無いがスクルド単体でも転移は可能だ。万が一の事を考えてオーディンにはイザベラの保護を依頼してある。

 

 「家族は?」


 「俺は生まれた時から1人だ。イザベラは両親に売られて帰る場所が無い」


 「…ごめん」


 「気にするな」


 再び沈黙が流れる。背中越しに動く気配がするが声を掛けるのは憚られるので目を閉じて眠る事にした。


 気づいた時には朝だった。窓からは朝日が差し込み、部屋に満ちていた闇は払われている。目が痛くなるほどの光の中で隣のベッドではシャーラがまだ眠っていた。


 魔法でお湯を沸かし、コーヒーを入れると香ばしい香りが部屋を満たしていく。2杯目を飲み終える頃、隣のベッドではゆっくりと体を起こし始めた。顔の赤みは引いているが、髪は少し乱れている。


 「おはよう」


 「おはよう」


 「コーヒー入れようか?」


 「そやね、貰おうかな」


 手櫛で頭を整えながら応えたので、カップにインスタントコーヒーを入れて手渡した。あれから少し眠れた様で表情は落ち着いている。


 目が覚めた軽い朝食を済ませると、魔法の練習をする為にホテルを出て備え付けの駐車場に向かった。駐車場は車が30台ほどは止められそうな広さがあり、普段はコインパーキングとして運用されていた様で看板が残っている。


 「ここなら大丈夫だろう」


 練習中にキメラや機動兵器と遭遇しても広さのある駐車場なら対応しやすい。


 これから練習するのは"保留魔法"だ。シャーラが知っている魔法は保留中も魔力を消費するので、俺が知っている魔力消費の無いタイプを教える。


 「俺が使ってる保留魔法は、起動させた魔法の後に使うことで保留状態に出来る」


 この魔法は詠唱が無いのでイメージを掴んで貰うしか無い。俺の使っているイメージを教えながら自分流にアレンジして貰う。


 「俺は、起動させた魔法を封じた珠が手元にあるイメージで使っている。合わなければ自分なりに調整してくれ」


 「イメージ…、魔法が手元に残るイメージ……〈術式保留(ホールド)魔弾の雨(ネロポンディ)〉!!」


 シャーラが魔法弾を起動させて保留させた。保留となった魔法は消えた様に見えるが起動状態のまま残っている。


 「開放する時はどうすんの?」


 「〈術式開放(レリーズ)〉の後に保留している魔法名を唱えると開放される」


 「〈術式開放ー魔弾の雨〉!!」


 シャーラが魔法を開放すると、大量の小さな魔法弾が地面に降り注いだ。1発の威力は高くないが、少ない魔力で広範囲を攻撃出来るのは優秀だと言える。


 「どうだ、使えそうか?」


 「そうやね、今までの保留魔法より魔力消費も少なくて楽になった感じや」


 感触も良さそうなので次は実戦で試して貰おう。とは言ってもキメラも機動兵器も俺達のいる場所から離れている。追いかけても良いが、生き残った人間達と接触して生の情報が欲しい。


 カード型デバイスで生き残りがいないか調べる。すると、100kmほど離れた都市に生き残りの科学者がいるという情報が表示された。


 その科学者は都市部から離れた研究所を拠点に生活している様だ。研究所は【促進の紋章】を使って一次産業の効率化を図る研究が行われていたので、食料は確保出来ている。


 シャーラに相談すると「任せる」と返されたので、次の目的地に設定した。山間部を抜けるので、山間(やまあい)に作られたキャンプ場で1泊する。


 「よし、行くか」


 忘れ物が無いか確認が終わると空へ飛び上がり、目的の都市を目指して飛び始めた。



 ◇



 一面が緑に覆われた山間部を飛び続けていると目的の都市が見えて来た。中心部に向けて飛んでいると、目立つ高層ビルが少ない印象を受ける。その高層ビルと繋がるように屋外型の巨大ターミナル駅が設置されており、以前は人の往来が活発だった事を思わせる。


 ただ、混沌と戦った都市よりも瓦礫と化した建物が多い。まるで絨毯爆撃を受けた様だ。生き残りが暮らしている研究所に直接向かっても良いが、良好な関係は保ちたいので少し回り道をする。


 「研究所には行けへんの?」


 「警戒されて話が出来なくなるのは避けたい。偶然を装って接触したいが…」


 具体的な作戦は思いつかなかったので、ターミナル駅のホームに降りて、周辺を探索する事にした。ホームから改札へ向かうと、ダンボールと毛布で作られた簡易的な寝床が無数に設置されていた。


 「ここにも生き残りがおったんやね」


 「いや、様子がおかしい」


俺達を警戒して隠れている様子では無い。散乱しているゴミを見ても、昨日今日のうちに捨てられた感じはしない。飛んでいる虫が異様に多いのも気になる。


 寝床の1つに近づいて静かに毛布を捲ると、人が寝ていた。ただし、肉が完全に消失し白骨化した人だ。骨の隙間を虫が這い回っている。


 「ハヅキ?」


 「見ない方が良い。外に出よう」


 手早く駅から連れ出して探索を開始する。周辺の建物も崩れている所が多く、高層ビルの1棟は爆撃によって破壊された様で先が倒壊して無くなっていた。壊れたビルの周辺には瓦礫が積み上がっており、砂山に刺さった棒の様だ。


 散乱した大量の瓦礫によって道が途切れてる場所もある。周辺のビルも壊れた部分があり、倒壊時の規模を物語っていた。


 「〈下位風精召喚ー小鳥〉! 人がいたら教えてくれ」


 呼び出した精霊に人探しを任せる。2人で探すよりは効率が上がるだろう。シャーラも精霊を呼び出して都市探索を命じている。


 俺達は研究所の方は向かって歩いて行く。目ぼしい発見も無いまま進んでいると、ターミナル駅と研究所の中間辺りまで来た。


 この辺りは崩れた建物が中心部より多い印象だ。敵との遭遇が無いのは助かるが状況が進展しないのも困る。


 小さな公園を通り掛かったので休憩する事にした。遊具は無くベンチと花壇だけが設置された休憩スペースという印象だ。


 ベンチに座って地図を確認していると精霊から報告が入った。場所は研究所から都市部外周に入った辺りで、ここから遠くは無い。


 報告のあった場所に到着したが人影は見当たらない。周囲を探索しても痕跡は無かった。


 「ハヅキ、あっちで何か動いた気がする」


 「どこだ?」


 シャーラが指さしたのは崩れてはいるが中に入れそうな建物だった。中に入って確認するが誰もいない。


 「ごめん、見間違いみたい」


 謝られたが、なぜか見間違いとは思えなかった。建物の奥に進んで行くが人の姿は無い。しかし、埃の溜まり方が不自然だ。棚の埃には手形が残っている。


 「誰もおらへんよ?」


 「……いや、人がいた痕跡があるな。棚も埃ほこりを被ってない所がある。最近、誰かが触ったんだろう」


 「でも今は別の場所におるみたいやな」


 シャーラは別の場所にいる、もしくは研究所に戻ったと考えている様だ。土地勘が無い以上、無闇な深追いは相手を警戒させるだけだ。


 「無闇に探しに行っても警戒されて逃げられるだけやし、一旦引き上げた方が良いとちゃう?」


 「そうだな」


 建物の外に出て再び探索を進める。デバイスの情報では、フツギの機動兵器に関しては1度攻撃した都市の優先度は下がる様だ。また、明日にはツンカシラのドローンがこの都市に来る予定になっている。


 「どこ行っても瓦礫の山やな」


 「AIの反乱で戦争とは言っても建物がここまで壊されるとはな」


 フツギの機動兵器は他の管理AIの領域に侵入して無差別に攻撃しているそうだ。ブリュンヒルデか集めた情報ではAIの反乱があったのは、およそ1ヶ月前になる。


 「人類を減らすと言っても虱潰しらみつぶしと言う訳では無さそうだな」


 ツンカシラは能力主義、フツギは無差別攻撃、やり方は違っても基準ば確かにある。殲滅攻撃を仕掛けるにしても少々雑な気がする。


 5,000人まで減らすとは言ったが、それが全てでは無いのかも知れない。俺達を含めた人類には提示されていない情報や生き残る為の条件があるのではないだろうか。


 「元の世界に帰る方法はあるん?」


 シャーラが不安な顔で聞いて来た。【テクノ・スフィア】という情報は提示されたが現物が無いので真偽は不明だ。


 仮に本物であったとしても無事に時間を超えて元の世界の元の時間軸に帰れる保証は無い。


 「俺は分からない。この世界に"世界や時間を越える方法"はあるのか?」


 『研究はされていましたが実用化されたという情報や報告はありません』


 正直に言って帰る時間移動の方法は不明だ。ブリュンヒルデにも調べて貰っているが未だに手掛かりすら発見出来ていない。世界を渡る方法はこの時代でも存在する。しかし、時間移動が絡むと話が違う。


 異世界へ渡る次元移動も、術式や方式によっては時間軸を超える場合がある。ブリュンヒルデには次元移動と時間移動の両方から探して貰っているが手掛かりは無い。


 「無いなら作るしか無い。ひとまず、時間移動に関する資料を集めるか」


 魔法を作る技術はある。問題は時間移動の方法だ。虚数空間を移動するのか、ワームホールの様に繋がるのか、次元移動の応用か。


 考えながら歩いていると、シャーラが立ち止まって曇った表情のまま俯いていたのに気づく。戻って近づくと、声を掛けて抱き寄せた。驚いて声を上げるシャーラにもう一度伝える。


 「今は分からなくても必ず見つける! 必ず帰してやる!」


 「……うん」


 【境界の羅針盤】の暴走は蒐集を任されている俺の責任で、巻き込んだのも俺の不手際だ。転移魔法で無理やり送り返す事も出来たのにしなかった。


 過ぎたことを言ってもやり直せない。ならば最低限、無事に送り届けるのが俺の役目だろう。

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