襲撃者の目的
男は目の前にある扉を3回ノックした。中から扉を開けて出て来たのはスーツを着た女で、これから会う人物の秘書をしている。名前は確か「ティーナ」と言ったか。
ティーナは簡単に挨拶を済ませると、真面目な表情を崩さずに目の前に立つ私を部屋の中に招き入れた。
部屋の中には1人掛けのソファが4つ、2つずつ向き合う様に置かれていた。向き合うソファの間には大きめのテーブルが置かれている。
「お掛けになってお待ち下さい」
ティーナに促されソファに座る。少し待っていると部屋の奥、入口とは反対側に設置された扉からノックが聞こえた。ソファから立ち上がり短く返事をすると、扉を開けて男が入ってきた。
シンプルながらも丁寧に仕立てられた黒いスーツで身なりを整えたオールバックの男。これから"異世界人"に関する報告をする人物「ウラルス・ゲラルディ」大統領だ。
「忙しい所をわざわざ申し訳ない。待っていたよアケノス」
「大統領の御命令とあらば、何を置いてでも遂行致します」
「頼もしいな」
これまでに得られた"異世界人"に関する情報を報告すると大統領は顔を曇らせた。
魔法使いの一派との合流は想定より早いが概ね予想通りと言える。問題は魔法使いの一派が住む村に他国のスパイが潜入していた事だ。
スパイを送り込んだと思われる国は、我が国の国民を数百人規模で拉致・誘拐している。その中には隠れ住んでいた魔法使いも含まれていた。お陰で魔法使い達との会談が遠のくだけでなく、国民全体が大統領への不信感が強くなっていくばかりだ。
「奪還した魔法使い達はどうなっている?」
「只今リハビリ中ですが進捗は良くありません」
大量に投与された薬物の副作用で体は機能不全を起こし、繰り返された尋問と拷問により精神的なダメージも大きい。介護者の手を離れれば生きて行くのは不可能なほど心身ともにダメージを受けている。
「あの国は、わが国民を実験材料としか思っておらん。いや、それよりも扱いが酷い」
憤りの感情を露わにする大統領を諌める。気持ちは痛いほど理解出来るが、今は魔法使いの一派と合流した異世界人を優先したい。
大統領も異世界人との関係を優先したいようで、深呼吸して感情を整理してから話の本筋に戻った。
「リュポス自然公園での戦闘について判った事はあるか?」
「残されていたヘリを回収して調査しております。竜巻を発生させていた事から、風の魔法で斬られたと考えられます」
リュポス自然公園で我々が接触した後にも異世界人への襲撃があった。侵入者にかんして詳細は不明だが予想はつく。
「あの国の襲撃から逃れたのは、我々にとっては好都合だ」
「クレス議員を通して魔法使いの代表者との会談について交渉中ですが、リュポス自然公園の一件でかなり警戒されています」
クレス議員は過去に魔法使いを匿った経緯を持つ派閥の所属で、魔法使い側との交渉の窓口になっている人物だ。
「仕方ないだろう。引き続き任せる、上手くやってくれ」
魔法使い側の代表者であるアスクレスも会談には前向きだが、会談の実現には懸念点が多すぎるとクレス議員が愚痴を吐いていたのを覚えている。魔法技術を狙う国は多く、国内はスパイで溢れていた。
民間企業を利用するケースもあり満足な対策が出来ていないのが現状だ。それでも、我が国の発展の為には会談を成功させる必要がある。
◇
都市部から離れて住宅街と混じり始めた辺りにある居酒屋は予約が取れない事で有名だ。手頃な値段で味の良い料理を提供してくれるので常に人が埋め尽くしている。
運良く予約が取れたと友人達を誘って6人で店を訪れている男は、酒の入ったグラスを片手に他愛もない話で盛り上がっていた。話に疲れたのか、酒に寄ったのか男が壁により掛かって一息つくと、隣に酒瓶とグラスを持った男が座ってきた。
「なんだ、もうギブアップか?」
「少し休憩だ。一気に飲みすぎた」
壁により掛かる男の顔は赤く染まっており、酒に酔っている事が一目で分かる。隣の男も手に持った酒瓶とグラスをテーブルに置くと壁に体を預けた。
「俺も休憩するかな」
男はそう言うと赤い顔の男に少しだけ頭を近づけると声を抑えて話し始めた。
「魔法使いの村に潜入させていた者達との連絡が途絶えました。拘束されたか処理されたと考えられます」
赤い顔の男も別人の様な雰囲気で話を聞く。そこには酔っ払っていた雰囲気は無く、視線は鋭く周囲を捉えていた。視線の先には集まって4人で談笑する友人達と慌ただしく動き回る店員が映る。
「このタイミングで見つかるとは、例の異世界人の仕業か?」
「恐らくは。村の魔法使いに新しい魔法を教えていたと報告も上がっております」
「高精度の探索魔法を教えた、と言った所か。ウラルスの動きは分かるか?」
「魔法使い達との会談を予定しており調整に人を割いている様です」
「了解した……すまん! トイレ行ってくる!」
赤い顔の男は隣の男からの報告に返事をした後、雰囲気を戻してトイレに立った。残った男も自分が持ってきたグラスに酒をついで一口飲むと4人の談笑に加わった。
◇
村に滞在して1週間が過ぎた。大きなトラブルは無く、魔法技術の伝達も滞りなく進んでいる。レオ達と会った翌日にはエリアスと言う回復魔法を専門に使う魔導師と、リコと言う諜報を担当する魔導師を紹介された。
レオ達も含めて、それぞれの適性や要望に合わせた魔法を教えている。それ以外にも魔法に関する講義も行い、魔法に関する理解を深めて貰っている。
とは言えアスクレス達に監視を任せきりにするのは怖いので精霊を森に放っている。今の所、不審な影は無い。
アスクレスやアリエスは訓練には参加せずに別の事をしている様だ。少し話してくれたが、この国の大統領との会談を進めているそうだ。
ただ、俺が公園で受けた襲撃が懸念点の1つになって話が進まないと言っていた。最初に襲って来たのは国の特殊部隊だが、2度目の襲撃は他国のスパイ部隊というのがアスクレスの予想だ。
「もう少し警戒レベル上げとくか」
「疾き風よ! 敵を貫く刃となれ! 風の弾丸!」
隣ではイザベラが演習場の壁に向かって魔法を放っている。覚えたてなので1発しか弾が作れてないが、練習すれば万能の魔法になる。
今日はアリエスも予定が空いたと訓練に参加した。現在はバルゴとともに魔力の制御訓練をしている。魔力の強弱や流れの方向を感じ取れる様になれば、俺がイザベラにした様に他者の魔力を活性化させて魔法を習得しやすく出来る。
少し離れた所ではレオとバランが模擬戦をやっている。剣を持ってるバランがやや優勢だが、レオも上手く捌いている。並の剣士が相手なら一方的に殴り勝てるだろう。
「よし、今日はここまでにしよう」
俺が訓練の終了を告げると、バルゴとアリエスが地面に座り込んだ。レオとバランは余裕がありそうな表情で座っている2人に感想を聞いた。
「そんなに辛いのか?」
「倦怠感と疲労感が強くて動けない」
レオの質問にアリエスが疲れた声で答える。バルゴは声も出ない様子で、それを見たバランは苦笑いだ。
「制御能力が上がると、魔法の効率も上がるし相手の魔法を捌きやすくなる。魔法が使えない人でも魔法を使える様にする事も出来るから覚えておいて損はないぞ?」
「さて、帰ってメシにするか!」
微笑みながらレオの方を向いて説明すると話題を変えられてしまった。魔力制御は苦手なようだ。夕飯には速い時間だが、帰って支度をすれば丁度良い時間になるだろう。
「それじゃ、帰るか」
バランが言った瞬間、森に放っている精霊から警告が届いた。視界を共有すると、森の中に不審な人影が見えた。1人2人では無く、村を囲む様に等間隔で配置されている。推定で100人はいそうだ。
「待て!! 森に不審者がいる、数はおよそ100」
「不審者!? それに100人だと!?」
「それは本当か?!」
驚いて声を上げるレオと信じられないと言うアリエス。
手元にモニターを出してアリエス達にも精霊と共有している視界を見せた。日が傾いて暗くなり始めた森の中を明らかな不審者が潜んでいた。
「これだけの数をいつの間に!?」
村人の避難を勧めるとアリエスは承諾して指示を出す。地面に座り込んでいたバルゴも、いつの間にか立ち上がって話を聞いていた。
「レオとバラン、バルゴで住民を中央の集会所に誘導する。途中、リコやピスケス達にあったら事情を話して協力してもらうように。私はアスクレスに連絡して事象を説明する」
「「おう!」」
「はい!」
「ハヅキ、動きがあれば教えて欲しい」
「分かった。おい!! ちょっと待て!!!」
アリエスの指示が終わると、レオとバランは勢い良く走り出したのを叫んで止める。レオはあからさまに不機嫌になるが気にしている余裕はない。
腰に下げたカバンから紙で折った鳥を10個取り出すと魔法を掛けた。紙の鳥は魔力を纏うと生きた鳥の姿に変わった。
「これは?」
「連絡用の式神だ、連れて行け! 多めに用意したから必要な人に渡してくれ」
初めて見る魔法に疑問を持つアリエスに式神について簡単に説明すると、レオとバラン、バルゴに2羽ずつ。アリエスに3羽、自分に1羽と式神を振り分ける。式神を受け取ったレオとバランは再び走り出した。
「助かるよ」
アリエスとバルゴも別のルートから演習場を出て行った。俺は精霊から来る情報をブリュンヒルデと共有して、魔法で村の小さな立体図を作って状況の整理と把握を始めた。
◇
(アスクレス! 聞こえるか?!)
(どうしました? そんなに慌てて)
アリエスから魔法で連絡が来た。何やら慌ててる感じなので話の続きを促した。
(ハヅキが森の中に潜んでる侵入者を見つけた!! リコも確認している!!)
(なっ!?)
アリエスから侵入者の情報とレオ達の動きを共有してもらう。切迫した状況に飲まれないように深呼吸してから手早く準備を整えて家を出る。敵に気づかれる可能性を減らすため、慌てず出来るだけ普段通りの行動をする。
アリエスの報告では、レオ達は手分けして村の外側にある民家に向かっている。周りの森から民家は離れているが最初に攻撃を受ける可能性があるため避難させる必要があるのだ。
アリエスやレオ達と魔法で連絡を取りながら"日常的な外出"を装って村人を避難させて行く。
村人は全て中心部にある集会所に集まった。移動中に襲撃を受ける事はなく、スムーズに避難を終えたと報告が来た。
その報告より少し後に私も集会所に到着したので避難してきた村人に事情を説明した。最初は驚いていたが、私が説明した事が良かったのか素直に聞いてくれた。
他の村人も順次、レオ達が集会所に誘導している。探索魔法を使って集会所の周りを調べるが不審者は発見できなかった。ハヅキからの報告では、森の中から出た者はいないそうだ。
村人の避難が全て完了した。集会所には普段の集会を遥かに超えるだけの人が集まっていた。外ではレオが正面に立ち、バランが裏に立って警戒をしている。
アリエスとピスケスはそれぞれ左右に分かれて隠蔽の魔法を使って姿を隠している。私達の警戒をよそにハヅキが正面から堂々と帰って来た。
「ハヅキ! 無事だったか!!」
「あぁ、何も問題はないよ」
ハヅキの姿を確認したアリアスが隠蔽を解いて声を掛けた。私も駆け寄って彼の無事を確認する。訓練場にイザベラと残っていたから心配していた。
「それでも正面からは感心しませんよ。イザベラは一緒ではないのですか?」
正面から帰ってきたのは驚いた。侵入者が潜んでいる状況では襲ってくれと言っているのと同じである。一言注意してから、いつも一緒にいるイザベラの姿が見えない事に気づく。
「戦いの範囲が広くなりそうなんで演習場で待って貰ってる」
「そうですか」
私は心配した風を装ってハヅキに近づくと即座に魔法を起動させて攻撃した。魔法を受けて吹き飛ばされたハヅキは地面を蹴って回転すると体勢を立て直して地面に着地した。
「おい?!」
「ハヅキは私達を警戒してイザベラから離れる事はありませんでした。それに、貴方がしている腕輪からは何も感じません」
「感じないって、この腕輪はただのアクセサリー……」
「ハヅキの腕輪は魔法具ですから魔力を感じ取れます。本人が言わないので聞かなかっただけです」
「なるほど、魔法使い同士で感じるものがあるのか。勉強になるな」
ハヅキの声色が変わり、その姿にノイズが入ると一瞬光った後に別の姿に変化した。現れた姿は、黒い迷彩柄の服を身につけており顔はマスクで隠されていた。
現れた侵入者の姿形に違和感があるので身につけいる装備にも迷彩が施されているのだろう。
「貴方達の目的は何です?」
「ウラルス様の命令で貴方達を捕まえに来た。抵抗しないなら手荒な事はしない」
マスク越しに話す侵入者の声は機械音声に近く年齢や性別を判別出来ない。
「それは嘘ですね。ウラルス大統領がこの村を襲撃する命令を出した事はありません」
「えっ!?」
私の発言に戸惑いを隠せないアリエス達とは対象的に侵入者は冷静だ。
「貴方達の目的は魔法使いを攫って研究材料にする事でしょう? ベルケロアの皆さん」
「なんだ、俺達の事も知ってるのか。なら会話での揺さぶりは無理だな」
アッサリと認める侵入者が右手を軽く上げると、周りの茂みから新たな侵入者が7人現れた。その姿を見て自分でも険しい顔になっているのが分かった。
(ここまで近づかれているとは)
「我が国の為の人柱になって貰おう」
上げた手を水平まで下ろすと周りの侵入者達が集会所に向かって走り出した。先頭を走る侵入者がが集会所の前で拳を構えるレオの間合いに入ろうとした瞬間、侵入者を背後から光が貫いた。
「!?」
それを見た他の侵入者が動きを止めて、ナイフを抜いて周囲を警戒し始めた。私は何が起きたのか分からず固まっていると、空から杖を手にイザベラを抱えたハヅキがゆっくりと降ってきた。
「思ったよりも近づかれてるな」
「あれは、殺したのですか?」
光の棒の様なものに貫かれている侵入者は小さな呻いているが動かない。不自然な状況に戸惑って説明を求めた。
「貫いた相手の動きを止める拘束魔法だ。物理的な攻撃性は無いから安心して良いよ」
「はあぁぁっ!」
侵入者は叫び声を上げて拘束魔法を力づくで振り払うと、腰に装備していたナイフを抜いて正面に構えた。
「魔法への耐性を付けた装備だが完成には遠いな。かかれ!」
侵入者達がナイフを手に襲い掛かろうとした瞬間、鋭く高い音とともに先頭にいた侵入者の首が飛ぶ。残った胴体は血を吹き出しながら地面に倒れた。飛んだ首も地面に落ちると血を流しながら転がった。
「なっ!?」
見えなかったが風魔法による真空波だろうか。魔法の刃と言っても攻撃性能が抑えめな風魔法で首を切るあたり、さすが実力者と言える。
ハヅキが杖の先に魔力の刃を成形して残りの侵入者に切り掛かった。相当に鋭い様で身につけている装備ごと両断された。その後はハヅキの蹂躙劇だった。
1人目と同じ様に首を切られる者や魔法の刃で胸を貫かれる者、中には地面に投げ倒されて首を踏み砕かれる者もいる。
侵入者の2人は撤退を選択して別の方向へ走って行った。しかし、光の棒が2人を貫いて動きを止める。拘束を振り払うより先に真空波が体を両断した。
瞬く間に全滅する侵入者達を見た私達は言葉が出ない。実力者なのは理解していたが演習場で見せた時とは"キレ"が違う。殺す事に躊躇い一切がない。
どう足掻いても勝てない、手も足も出せずに殺される。そう思う程に実力差が開いていた。
言葉を失って立ち尽くす私達にハヅキは声を掛けてきた。
「まだ終わってないぞ?」
「え? あ……そうですね」
無意識の内に呆けていたようで、気を取り直して残りの侵入者に備える。




