それぞれの思惑
その場所には大小様々なモニターが設置されていた。モニターの下に設置された機械に向かって、何人もの人たちが座っていた。
座っている人達の手元にも小さなモニターがあり、細かいマスが大量に表示されていた。細かいマスを場所を変えながら何度も叩いている。どうやらキーボードとして使用されている様だ。
キーボードを叩いている内の1人が椅子を回して後ろを向き報告を始めた。
「都市内に未確認の飛行物体が侵入しました。映像を出します」
中央の一番大きなモニターには都市の上空を飛行している微かに光る小鳥の姿が映し出された。その小鳥が都市内を飛び回る姿を、カメラの視点を変えて追跡している。
他の場所よりも一段高い所に座る人物が口を開いた。その人物は他の人達と似ているが少し意匠の異なる服装をしていた。
「これは……鳥か? しかし全身が緑に発光する鳥とは奇妙だな。先ほど報告のあった異世界人の仕業だろう」
その人物が話し始めると、他の人達は手を止めて作業を中断した。どうやら彼が責任者の様で、話を聞き逃すまいと聞き耳を立てている。
責任者が異世界人の行動と関係があると判断したので、その後の対応について指示を貰う必要がある。都市内に入り込んでいる以上、個人の判断で対応出来る領分を超えているのだ。
「どうされますか?」
小鳥の件を報告した人物が指示を仰ぐ。
「ふむ……、このサイズだと撃墜は難しいだろう。民間に被害を出す訳にもいかんからな、様子を見よう」
「了解」
指示を受けて監視体制を確認する。他にも都市内に侵入した小鳥が確認されているので、見逃さないようにAIに追跡の指示を出す。
AIは指示に従って小鳥の追跡を始めると、複数のモニターに飛んでいる小鳥が映し出された。6個の小型モニターに1羽ずつ、計6羽の鳥が飛んでいる姿が映っている。
責任者は部下の返事を聞くと手元のモニターを操作し始めた。モニターに映るマスを触ると、空中に半透明なモニターが出現した。モニターには砂嵐が映っていたがノイズは入っていない。
モニターに人が映る事無く砂嵐のまま、責任者は小鳥の監視について報告を始めた。
「私です。都市に侵入した飛行物体は例の異世界人の仕業と考えられます。こちらも監視を続けているので、このまま様子を見ます。……はい、そちらは準備しております。……了解しました」
砂嵐のモニターから声が聞こえると、責任者は返事を返して内容を確認した。話が終わり手元のモニターを操作すると、空中に浮かんでいるモニターが消えた。
◇
濃紺の簡素なスーツを着た男が大通りの横道に入って行った。その道は建物の影になっており、薄暗く人通りもない。
大通りを歩く人達は立ち並ぶ店に夢中で横道に関心を持たない。その男が歩く先には黒いスーツを着て肩掛けのビジネスバッグを持っている男が立っている。
紺色スーツの男は黒スーツの男のそばまで来ると立ち止まって話し始めた。声は抑えられていて、当人たちが辛うじて聞き取れる程度の音量だ。
「昨夜のリュポス自然公園で起こった騒動の詳細が分かりました」
黒スーツの男が無言のまま話の続きを促す。それに答えるように紺色スーツの男は続きを話し始めた。
「異世界人が来ました。政府が別の任務で待機していた特殊部隊を動かして捕獲に向かったが失敗、逃げられた模様」
「異世界人か……、彼らが初めて来たのは100年ほど前だ。当時の連中が迫害したせいで、彼らの技術を得るのに大幅な遅れが出てしまった」
今から100年ほど前に齎された魔法技術は迫害によって表舞台から消えてしまった。
しかし、この国では秘密裏に匿われているとの情報が出回っている。未知の魔法技術を求めてスパイを送り込む国は多い。
「特殊部隊を動かしたという事は恐らく”魔法”絡みでしょう」
「私は本国に連絡して指示を仰ぐ。お前は情報を集めておけ」
「了解」
話が終わると2人は別の方向に歩き出して、大通りを流れる人の波に紛れていった。
◇
(……見られてるな)
(見られてますね)
ブリュンヒルデと魔法で会話しながら、俺達を監視している”監視者”に意識を向ける。昨日の夜、この世界に来てすぐに襲撃を受けた事から、この世界では厳しい監視体制が出来上がっている事が分かる。
今も監視されている事は想定済みだが、もっと上手く監視してくると思っていた。
近くをよく通る犬が2頭いる。初めは野犬かとも思ったが、野犬にしては毛並みが良い。一見、ボサボサで汚れている様に見えるが、所々に艶のある毛並みが見える。野犬ほどの警戒心が無く、通る頻度が多いのも気になる部分だ。
恐らくは特殊な訓練をした犬に監視カメラを付けているのだろう。
索敵の為に広げた魔法にも反応がある。4人のグループが2つ、距離を置いて茂みに潜んでいる。何時間も動かずに潜伏しているのだから一般人では無いだろう。
それなりに鍛えられているのか気配や視線を隠そうとしているが隠しきれていない。監視を機械類に頼っている弊害だろう。
「そよ風よ!」
監視者達に気を向けていると微かに風が吹いた。イザベラの魔法が起動したのだ。今、練習しているのは初級の魔法で弱い風を起こす魔法だ。
この魔法から少しずつレベルを上げながら練習を重ねて、使える魔法を増やしていく。
「今のは上手く行ったな」
何度も失敗した末にようやく成功した魔法を誉めると、息を荒げて肩で呼吸しながらも嬉しそうに笑った。まだ持っている魔力が少ないので初級魔法1回で魔力の大半を使い切ってしまう。
俺は精霊を使って都市部を調査をしている間、イザベラに魔法を教えていた。
初めは全く発動しなかったが、体内の魔力を活性化させてやると発動する様になった。魔法の属性は〈風〉と〈水〉に適性があった。
俺と同じ〈風〉に適性が出たので、教えていくのに大きな問題は出ないだろう。もし〈土〉の属性だったなら、苦手な魔法なので教えられない全く可能性もあった。
俺には精霊の性質もあるので、精霊の加護を与えれば成長も早くなるだろう。
監視者に警戒しながらイザベラに魔法を教えていると日暮れが近くなった。街に行かせた精霊達を操作して街中にある公園内の木に隠す。
実際の鳥と同じ動きをさせる事で少しでも警戒心を弱めたい考えだ。殆ど意味は無いとは思うがやらないよりはマシであろう。
(ブリュンヒルデ、都市部のマッピングの進捗はどんな感じだ?)
(およそ5%と言った所です。都市全体が広大なので全てマッピングするには、未だ時間が必要です)
ブリュンヒルデの存在は可能なら隠しておきたい。ただのアクセサリーと思われていたなら、捕まった時に脱出の糸口になる。
日が完全に暮れて夜になったが火を焚かずに暗いまま過ごす。変わらず犬は現れるが、向こうから仕掛けて来ないのなら放置で問題無いだろう。
◇
「動かんな。付近に潜んでいる監視部隊からの報告も主だった物はない」
責任者が静かに呟いた。監視対象に変化は無く、都市部を飛んでいた鳥も公園の木に停まったまま動かなくなったと報告を受けている。
「今のうちに拘束しますか?」
「ふむ……、夜中3時に仕掛ける。監視部隊に伝えろ」
「了解」
責任者は手元に出現させたモニターを操作して誰かに連絡を入れた。
「私です。夜遅くに申し訳ありません。夜中3時に仕掛けます。……了解」
連絡を終えると手早く部下達に指示を出していく。
◇
ゆっくりと目覚めると、音を立てない様に体を起こす。ずっと同じ場所で動かなかった監視者達が動いた事を、魔法を通じて感じ取った。
イザベラの体を揺らして覚醒を促すと、小さなうめき声を上げながら体を起こした。
「なに?」
「起きろ、敵が来る」
直感的に攻撃の気配を感じて、眠そうに目元を擦るイザベラを抱き上げて空へ飛び上がった。
飛んだ瞬間、足元を何か通り過ぎたソレは木に当たって跳ね返る。木に当たった瞬間、微かに光ったことで相手が撃った物に見当がつく。
(今の光り、テーザー銃か!?)
木の枝に着地すると、襲撃者達も飛び上がってテーザー銃を撃って来た。別の木に飛び移りテーザー銃を躱すと、そのまま木の枝を飛び移りながら移動する。
襲撃者達は二手に分かれた。一方は俺達と同じ様に木の枝を飛び移りながら追ってくる部隊、もう一方は地上から追跡する部隊の2方面から向かって来た。
飛行魔法を使って木々の背丈を超えて飛行すると、突如として強い光に照らされた。
この光には覚えがある。昨日の夜にヘリがした事と同じだ。
「ヘリが待機してたのか!?」
上空には3機のヘリコプターが飛んでいるが、殆ど音はしなかった。通常よりも高い位置にいるのもあるだろうが、音が出ないタイプを用意したのだろう。
ヘリからの光を嫌って再び森の中に入るが、襲撃者達は執拗に追いかけてくる。
『どうしますか?』
ブリュンヒルデが聞いて来た。移動中に木々を抜ける時に発する音で襲撃者まで声が聞こえないと判断したのだろう。
通常通り話してくるので、こちらも普通に口に出して答える。聞かれたとしてもイザベラがいるので腕輪と会話したとは思われにくい。
「魔法で吹き飛ばしても追いかけてくるだろうし……。それに、昨日の襲撃者とは雰囲気が違う感じがする」
考えながら抱えているイザベラを見ると、服を握りしめて目を強く閉じている。
「幻術を試してみるか。ブリュンヒルデの使える魔法に幻術はあるか?」
『あります。起動させますか?』
「そうだな、虚像を作る幻術とレーダーの妨害を頼む。俺は視覚から嵌める幻術と地形操作の魔法を使う」
『了解』
ブリュンヒルデと軽く打ち合わせして、種類の違う幻術を2つ発動させる。
『〈隠蔽〉、〈錯視幻覚〉』
「〈幻惑〉! 〈洪水〉!」
ブリュンヒルデが使った〈隠蔽〉は、感知機器を妨害する電磁波や音波を出す魔法で隠密行動を補助してくれる。
〈錯視幻覚〉は自律起動るす偽物を複数作る魔法で俺が使った〈幻惑〉は、眼から脳に伝わる視覚情報を見出して虚像を見せる魔法だ。
系統の違う2つの幻術を即座に解除するのは、余程の熟練者か初めから幻術に高い抵抗力がないと不可能だ。
〈洪水〉は、文字通り洪水を起こす魔法だ。欠点としては洪水が起きている時間が短いのと、効率はあまり良く無い所だが地上から来る追手を足止めするには便利だ。
草木を抜けて地上を洪水が襲う。魔法飛び上がり水の上を走りながら逃げていると、正面に点滅している明かりが見える。
短時間で洪水が収まり、地上に降りると濡れた地面を走る。森を抜けて高台まで来ると、視界の先で男が立っていた。
「こっちだ、付いて来い!!」
男は一言だけ言うとその場から走り出した。後ろからは襲撃者が追って来ている。敵が味方かは分からないが発言からして俺達に価値を見出しているはずだ。
その価値が保たれている間は無闇な敵対はしないだろう。
『どうしますか?』
「付いて行こう。警戒は解くなよ」
『了解』
暗い森の中をぶつかる事なく前を走る男に付いて行くと、崖にある大きな岩場の隙間に入って行った。男が入った所を見ると洞窟になっており、辛うじて人が通れる隙間が空いていた。
男に続いて俺達も洞窟に入って行くと、中は光が全く届かない暗闇だった。風魔法で空間内の構造を把握すると、入口のすぐ先は急な降りになっていた。
注意しながら少しずつ降りていくと、所々で地面が濡れているため滑りやすくなっている場所があった。
突如として洞窟内を柔らかな明かりが包み込む。眩しさはなく慣れてくると少し暗いとも感じ取れるくらいの明るさだ。この光は蛍光灯や電灯ではなく魔法の光だ。
先を歩いている男が片手を挙げている事から、彼が魔法を起動させたのだろう。
「足元に注意しながら付いて来い」
男はぶっきら棒に言うと洞窟を素早く降りて行った。滑りやすい足元にも関わらず早く動けるな、と感心する。
「ここだ」
洞窟を降りて行くと岩の窪みの陰に横へ伸びた通路がある。男は迷わず進んで行くので、遅れないように付いて行く。
隙間の中を進むと少し広い空間に出た。道はここまでのようだが、男は壁に向かって立っている。魔力の流れを感じるので何かしているようだ。様子を見ていると壁の一部が動いて入口が出来た。
「この中だ」
壁に出来た入口に入って行く男に続いて中に入ると、再び壁の一部が動いて通った入口を塞いでしまった。
そこは10m四方ほどの開けた空間になっていた。天井には簡素な照明が設置されており、壁際には麻袋の様な物が無造作に積まれていた。
「初めまして、異世界の魔法使い殿。正直言って付いてきてくれるとは思ってなかったよ」
「ボス!」
その空間には30代前半〜半ば位の男が立っていた。俺達を案内した男が「ボス」と言っている事から彼の上役なのだろう。
「追われていたからな。あの状況で声を掛けてきたのなら、俺達に求める物があるだろうと思ってな」
「なるほど、求める物があるなら不用意な敵対はしないと踏んだ訳か。悪くない判断だ」
「欲しいのは"魔法技術"か?」
俺達を案内した男は魔法を使っていたが、襲撃者達は魔法を使わなかった。ブリュンヒルデが解析した情報にも魔法に関する情報は少なかったので、少なくともこの世界では"魔法技術"は発達していない。
「そうだ。そこで取引をしないか?」
「……内容は?」
「私達に魔法技術を提供して欲しい。その見返りとして、この世界の情報と生活支援を提供しよう」
この世界の正確な情報は欲しいが取引のバランスを取るのは難しい。情報は形が無く、俺達に真偽を確かめる手段が無い。
対して魔法は技術として後世にまで残るだろう。交渉の前提が間違っていたら、与えた魔法技術で世界が滅びかねない。
「初めに確認したい。この世界に魔法はあるのか? あった場合、お前達は魔法を使えるのか?」
「その問いに意味はあるのか?」
「答えないなら取引は無しだ」
「我々が素直に帰すとでも?」
笑顔のまま魔力を解放する2人の男を相手にしているが恐怖は全く無い。溢れ出す魔力から鍛えている事は分かるが威圧感が足りない。
「その程度で抑え切れるとでも?」
手本とばかりに言葉に威圧と殺気を混ぜながら魔力を解放すると2人の顔色が変わっていく。
最初は自分達の威圧に動じないのかと感心した様な表情が、驚きに変わり恐怖に引きつっていく。
「っ!?」
「グッ!?」
「さぁ、答えは?」
威圧と殺気を更に強めると、ボスと呼ばれた男は両手を上げて降参を示した。解放していた魔力を抑えて威圧を辞めると、案内役の男はその場に座り込んでしまった。
「ハァハァ……クッ」
男は威圧にのまれたようで息が上がって動けなくなっている。ボスの方も息は乱れているが動けない程では無い様だ。
「これ程とは思って無かったよ。さっきの答えだが、この世界に魔法はある。ただし、成熟しておらず、初期研究の段階なので一般には広がっていない」
「最近、魔法技術を発掘したって所か……」
「いや、技術自体は100年ほど前に異世界人が来た時に提供されている」
100年経っても初期段階というのは遅い様に感じる。正直に感想を伝えるとボスは頭を抱えた。
「歴史を語る前に自己紹介をしないか? 私の名前はアリエスという。そっちで座ってるのがピスケスだ。君達の名前も聞かせてくれないか?」
「俺はハヅキ、この子はイザベラだ」
「ハヅキにイザベラだね、承知した。それで、この世界の魔法に関してだが……」
アリエスは国の歴史を話し始めた。
今から100年ほど前に巨大な戦艦に乗った世界人達が空を裂いて現れた。その異世界人達は戦争から逃げてきたと言って保護を求めた。魔法技術はその見返りとして提供される予定だった。
しかし、当時の権力者達が未知の魔法技術に恐怖して異世界人達を排除しようとした。政治的な弾圧をかけて迫害し、部隊を投入して殲滅を図った。
その行動に反発した派閥が異世界人を受け入れて匿った。派閥の支援もあって異世界人達は逃げ延びたが、この世界の隅で隠れる様に暮らすハメになった。
近年、魔法技術が見直され始めた。きっかけは工学技術の発展が乏しくなったからだ。「魔法と合わせれば今よりも発展するのでは無いか」そう考えた学者達は魔法を求め始めた。
だが、時既に遅し。魔法はごく一部で秘密裏に受け継がれるだけになっていた。世界中の国々は魔法技術を求めて、この国に大量のスパイを送り込んでいる。
「襲撃者達の狙いは、俺の魔法だった訳か」
「そうだ。この国のトップであるウィリアム・フィリップは魔法を受け継いだ人間を何人か攫って研究していると聞いている」
「教えてくれてと素直に聞いても過去の惨状をみるに魔法を教える事はしないだろうな」
「今を生きる魔法使い達は完全に行方をくらませてしまったからね」
傲慢が招いた結果を後から嘆いても意味はない。過去の尻拭いにしても強硬策に出たものだな。それだけ焦っているという事か。
「お前も国の人間なんだろう? 派閥が違うのか?」
「私が所属している派閥は昔から秘密裏に魔法使い達を支援して来た。その関係で他の派閥より知識がある。反面、それを好ましく思わない連中も多い」
「支援してくれる派閥の力を強める為に俺達の所に来た訳だ」
「そうだ。今より知識と技術を深めて政局での地位を不動のものにする。私達がいなければ魔法技術の研究が出来ないとなれば無碍には出来ないからね」
政治的な存在価値を高める為に俺達を利用したい訳か。それなら魔法の知識や技術が尽きない間は敵対する事は無さそうだ。




