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sept

シシィが失踪してから2ヶ月。


「シシィは元気にやってる?」


王城の執務官室。

昨日の報告書に目を通していたアンリがディータに聞いてきた。

これまでほぼ毎日、警備兵から上げられる報告書も渡し、ディータ自身も細かに報告してきたが、直接は会っていないアンリ。

「ああ。とても町娘になりきってるよ」

「どんな格好をしていても似合うだろーけどさぁ、そろそろ帰ってきてほしーんだけど?」

昨日の報告書をきちんと畳みながら、アンリはディータに言う。

「まあね。もう少し、かな」

きちんとたたまれたそれを受け取るディータ。

「何だよ、それ」

「まあまあ」

言を濁すディータ。

「あ、でも、シシィ殿が無事家に帰った暁には、タンザナイト家はマダム・ジュエルにたくさんの茶器や皿を弁納しに行った方がいいよ~」

ニヤリと笑いながらアンリの肩をポンポンと叩く。

「……ああ、そうらしいな……」

がっくりとうなだれるアンリ。今までの報告書にはシシィの破壊の数々がしっかりと書かれていたのだから。

「それに、タンザナイト家御用達の菓子屋にしないとな~」

「それ、うちだけじゃないだろ」

ディータをじと目で見る。

「だね。もちろんアウイン家も御用達だ」

そんなアンリの視線も気にせずご機嫌なディータ。

「まあ、もう少し待って。もう少しだから」




「よかったら、これから僕と食事でもどうですか?」


いつものように、閉店間際のシシィとのお茶の時間。

ディータは極上の笑みと共に、シシィを食事に誘っていた。

「はい?今何とおっしゃられましたか?」

キョトンとなるシシィ。

ディータの発言を聞き逃した、というか理解できなかったシシィが、間抜けな声を上げた。

「ええ。ですから、これからうちに来ませんか?と言ったのです」

あくまでも穏やかに微笑みながらディータが告げる。

「よければうちで夕飯を一緒に、と思ったのですよ。どうですか?」

「えーと、それはですねぇ、ちょっとですねぇ」

焦ってしどろもどろになるシシィ。

アメジストの瞳が宙をさまよっている。

よほど狼狽えているらしい。

それすらも可愛く映る。

そんなシシィの様子を見かねてか、面白がってか、

「明日はお休みだから、行ってきてもいいわよぉ~」

と、マダムの呑気な声が奥から聞こえてくる。


またもやグッジョブ! マダム!

マダムには僕の気持ちが伝わっているのに、シシィってばひとつも気付いてないんだから!


シシィの鈍さに苦笑が漏れる。

「ええっ?!きゅ、急にそんな!!」

シシィが慌てて立ち上がろうとするが、

「まあ、マダムの許可も出ましたし、行きましょうか?」

強引にその手を取り、店を後にする。




アウイン家を見た途端、シシィの顔色が変化した。

蒼白。

「あ……」

こわばった表情でつぶやくシシィ。

「リリィさん。いや、シシィ殿」

それまでの笑みを消して、まじめな顔になるディータ。

本当の名前を呼ばれてぽかんとした表情になったシシィだったが、すぐに何か思い当ったのかハッとして、

「ディー……ディータ!! あなたがアウイン侯爵?! 髪も……瞳も……違う……、わ……?」

揺れる瞳でディータを見上げてきた。

「あなただって違うじゃないですか。輝くようなプラチナの髪も、泉のようなアクアマリンの瞳も……」

動揺を隠せないシシィに、彼女と繋がれていない方の手を翳す。

彼女の魔法を解くために。

シシィの魔法など、一瞬で解けてしまう。


プラチナの髪、アクアマリンの瞳が瞬時に戻ってきた。


シシィにもその変化がわかったようだ。

驚き固まっている。

今日は結われていない、ふわりとしたプラチナの髪を一掬い手に取ると、ようやくの思いが込み上げてくる。


ようやく、元のシシィに会えた……!


うれしさに、手にした彼女の髪に口づける。

彼女はまだ動揺の最中らしい。

元の輝きを取り戻したアクアマリンは、忙しなく動いたまま。

『ディー』には打ち解けてきていたのに、『アウイン侯爵』とわかった途端に拒絶の反応が見て取れる。

しかし、拒絶の中に動揺があるだけでも望みはまだある。


「……誤解がたくさんあるようだ。とりあえず話をしましょう。中へお入りください」

そう言って、屋敷へと案内する。

静かに控えていた執事が門を開いた。




シシィのために設えてあった部屋に、初めて彼女を通す。

そこはディータの私室の隣。

そして彼女のために揃えていた侍女たちにシシィを任せて、ディータは自室へいったん下がり、着替えてからシシィの元を訪れることにした。

シシィのために用意した部屋や服は気に入ってもらえるだろうか?

そんなことを考えながら、自身の支度をするディータ。


支度を終えてシシィの元を訪れると、そこには求めてやまなかったタンザナイト伯爵令嬢のシシィがいた。

「ああ、やはり美しい、私のシシィ……」

うっとりと見つめてしまった。

「『私の』じゃありません! あなたのモノになった覚えなんてありません!」

キッと睨まれたが、そんなの気にもならない。

隣を陣取り、今までの誤解を解くためにいろいろと話をするディータ。

最初は動揺していたシシィだが、次第に困惑に変わっていった。


アウイン侯爵は嫌いだけど、ディーには好感を持っていた。


どちらが本当のディータか。


シシィの困惑はとうとう極限に達し、ディータが食事に誘うも、

「……今日は食欲がなくなってしまいました……。申し訳ございませんが、帰らせてもらいます……」

そう言うと、おもむろに異動魔方陣を展開させて、発動させ、消えてしまった。

ディータが引き留める間もないほどに、あっという間に。



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