19.契約のようで
――一週間後。
ミリシャとルマは朝早くから村を出ることにした。
村を翌日には出ることも考えたが、合成獣の件もあるために、念のために滞在期間を延ばしたのだ。
結果としてはもう問題もなさそうだったので、ミリシャとしても安心だった。
今は――村人が町へ向かうという馬車に乗せてもらっている。
元々は歩いて向かうつもりだったのだが――
「ここから先、元の姿に戻るのはまずいでしょうし、せっかくなら乗せてもらいましょう」
そんなルマからの提案もあったからだ。
確かに彼女の言う通りで、村から町に近づけば――それだけ人に出くわす機会も多くなるだろう。
荷物に関しては一度森に取りに戻る形になった。
その量にも驚かれることになったが、馬車で運ぶ分には問題ないようだった。
「ようやく町に向かえますね」
「うん。結局、一日どころか長居することになっちゃったけど……」
「村の人達はもう少し居て欲しそうでしたが」
「喜んでもらえたのは何よりだよ。全部、ルマのおかげだね」
「いえ、ミリシャ様のおかげだと思いますよ?」
「え、私は何もしてないよ」
「そんなことはありません。ミリシャ様が村のために調査を乗り出す判断をしたのですから」
「でも、合成獣を倒せたのはルマのおかげで――」
「ミリシャ様がわたしに願ったことですから」
そこまで言われて――ようやく理解した。
ミリシャからすれば、合成獣を倒せたのはルマのおかげ。
全てはルマがいてくれたからなのだが――そもそもミリシャがいなければ、この合成獣の問題はすぐに解決することはなかった、と言いたいのだろう。
つまりは――ルマが仮に村に一人で足を運んだとしても、村の問題に関わろうとはしない。
人のままの姿のルマといると気にならないが、彼女は魔物――フェンリルなのだ。
当然、人々が魔物の件で困っているからといって、それを助ける義理は彼女にはないわけで。
そう聞くと冷たく感じるかもしれないが、ルマは正義の味方というわけではない。
何となく、ミリシャもルマと一緒にいて理解したことがある。
あくまでミリシャが望んだことだから――ルマはそれに従っている。
それは同時に、彼女の危うさを示すものでもあった。
「……今、言うことはワガママかもしれないんだけど」
「! はい、何でしょうか?」
「困っている人がいたら、その……私の言葉がなくても、助けてあげてほしい」
ミリシャがそう言うと、ルマは少し驚いた表情を見せた。
――ルマからすれば、ミリシャ以外の人間のことをどう考えているか分からない。
そもそも――彼女は人のことが好きなのだろうか。
あくまで、ミリシャがルマを救った恩返し――そういう関係で二人は成り立っているわけで。
だから、ミリシャにとってみれば――『困っている人』というのは抽象的すぎるかもしれない。
「それはつまり、今回の村のような出来事があれば――助けたい、と?」
「うん、そういうことになるかな」
「……ミリシャ様はやはりお優しいですね」
「私は……優しくなんかないよ。軍属魔導師だったのに、臆病で人を殺すことも満足にできなかったから」
「そんなあなただから、魔物のわたしのことも救ってくださったのでしょう? 人間も魔物も同じです――そこに悪意があるのなら、わたしはミリシャ様をお守りすることを優先します。けれど、善意があるのであれば、わたしはミリシャ様の言葉に従いましょう」
ルマはそう言って、ミリシャの手を取ると――優しく口づけをする。
それはまるで何かの契約のようで、上目遣いの彼女に思わず見惚れてしまいそうになった。




